荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
狭い飛行船の通路を一人寂しく歩き回る。
珍しい事に誰一人としておらず、どこまでも静かな空間が広がっている。
何処へ向かっているのだろう? と自分でも不思議に思いながらも、足が動くままに進んだ先は、飛行船内部にある滑走路。
その端には、各飛行隊の戦闘機が駐機していた。
今回は飛行隊が勢揃いという事もあって、一部は街の駐機場に置かれ、他の機体は格納庫へとしまわれている。
本来であれば荷物を収納する倉庫扱いなのだが、大型エレベーターを搭載されているため、こうして便利な格納庫として活用している。
……そういえば、震電はどこにあるのだろうか。
何となく思いつき探してみようとした矢先、聞き慣れた二人の声が耳元に届く。
目を向けてみれば、怪盗団アカツキのベッグと、ゲキテツ一家のニコが、何やら話し込んでいた。
「……なのだ。震電はカッコイイ戦闘機なのだ!」
「なるほど……」
ベッグの主張に、言葉少なげに返答するニコ。
この二人はいつの間に意気投合したのだろう? いや、確か以前から交流があるとは言っていたが……。
普段から二人には整備の手伝いをして貰っており、その為か随分と顔馴染みになった様子で、関係は良好であるようだ。
タイミング良く震電の話をしていたので、声を掛ける事にした。
二人とも、お疲れ様。何を話してるんだ?
「あ、船長なのだ! ニコと震電の話をしていた所なのだ!」
我が事のように自慢気に語るベッグ。それだけ震電を気に入っているという事だろうか。
私もその機体は好きだ。搭乗者はやかましい奴だったんだけどさ。
それとなく感心していたところ、ニコが口を挟んでくる。
「ベッグから機体について話を聞いていた……」
「ニコはベッグの話をきちんと聞いてくれるのだ! アカツキの仲間達だと適当に流されるのだ!」
笑顔を向けるベッグだが、いつもと変わらぬ少しばかり怖い顔をしたニコの表情であった。
ベッグが語り部となっている隙間をぬって、ニコへ聞いてみたい事があったので振ってみる事にした。
ニコ、ベッグはお前さんの守るべき人間の範囲外なのか?
「……ああ。ベッグは意思がはっきりしている。それに……大きい」
大きい。その言葉にどちらへ視線をやればと困惑するが、とりあえず話は続けよう。
ベッグもニコの事を怖がらずに接しているようだが?
「私の外見よりも、知識への好奇心の方が強いようだ」
ああ、確かに。
飛行機全般についてベッグの探究心は凄まじい。
それは皆も驚かせている所だ。まるで童心に返るように、様々な側面から物事を紐解こうとするのだ。
戦闘機に限らず、爆撃機などにも詳しく、知識量は豊富である。だからこそ彼女の乗機には必ず整備道具一式を積んでいる程だ。
「ちゃんと聞いているのだ? だから震電はカッコイイのだ! だけど、ここにある機体は不完全なのだ」
流出品を組み立てた機体だからなあ。発動機はかろうじて動くものの、実際に飛ばすとなるとどうだろうか。
実際は性能評価以前の問題だろう。
「船長、船長。この子をどうするつもりなのだ? 直して飛ばすのだったら、ベッグの技術力が必要なのだ! 高くつくのだ!」
対価が怖いなあ。そんな事を思いながら私は軽く頭を抱えて悩んでみせる。
「でも、船長からのお願いなら話は別なのだ! この船で沢山の機体を弄らせてくれたのだ! そのお礼なのだ!」
ベッグは自身の胸を張り、ふふん、と鼻を鳴らす。
そしてチラリと機体を見てから私に対して笑顔を浮かべた。
本音と建て前が半分ずつって感じかな。
「……ベッグは本音しか言っていない様な気がする」
マジか。ニコが言うなら案外そうかもしれないな。
それじゃあ遠慮なくお願いしようかな。確か機体について書かれた書類が残ってたはずだし。
私がそう告げると、彼女はにんまりとしてみせる。そして地面をぴょんと飛ぶかのように駆け寄ってきた。
素直に懐かれていると分かる反応で非常に心地良い。内心で安堵をしていると、せがむように問いかけてきた。
「そうこなくっちゃなのだ! それで、作業する為の空間と、ニコを貸して欲しいのだ!」
「……私か? 何故だ?」
「ジャンクから機体を作り上げられる程の技術力の持ち主なのだ! ベッグの相方としてピッタリなのだ!」
急に相方と呼ばれたニコはビクッと震えたが、少しばかり考え込む様にすると口を開いた。
「なるほど……確かにありかもしれんな。分かった。好きに使ってくれ」
「やったなのだ! ニコ、ありがとうなのだ!」
許可を得たベッグは、お礼を伝えながらニコへ抱き着いた。
そんなベッグを静かに見下ろしながら、ニコは腕を伸ばすと彼女の頭を撫で始める。
普段と明らかに違う優しい手付きだ。そのおかげか、ベッグはとても上機嫌である。
……あれ? ニコにとってベッグは範囲外じゃなかったっけ? まあ、仲が良いのは良い事だ。
薄ら笑いを浮かべたニコを眺めながら、ぼんやりと頭の片隅でそう思った。
あ、そうだ。一つ質問をするか。
各隊から討伐部隊の扱いについて話は聞いた? 二人はどう思っているのか、よければ聞かせて欲しいんだけど。
「こんなに面白い所を解散させられるのは御免なのだ! 絶対に食らいついてやるのだ!」
「……私の天使達がその件で思い悩んでいた。フィオ、モア、チカ、ガーベラ、そして……」
あーうん。そうだね。その様子だと一人追加された感じだね。ニコは守るべき人が沢山いて大変だな。
「フフッ……ああ、本当に。大変だ!」
言葉の割に、笑いが嚙み殺せてないぞ、ニコ。
小さくて可愛い以外でも、新たな魅力が見つかったんだろう。……よし! そういう事にしておくね!
事態を回避した後は、資料でも取りに行くとしますかね。
──船長が資料を取りにいない間。
私はベッグからのお願いにより、彼女を肩車していた。
機体の下部の調査は十分に終えたとの事で、今度は上部から確認をするという。
彼女の太ももが、私の顔をギューっと。
……フフッ。大変だ。これは本当に大変だ。
「ニコ、大丈夫なのだ? ベッグが重たくないのだ?」
「大丈夫だ。羽のように軽い。作業に集中出来るよう、ちゃんと支えておく」
「ありがとうなのだ! ニコは優しいのだ! ロイグ達も見習って欲しいのだ!」
何故、私は以前出会った時にベッグの魅力に気付けなかったのだろう。
あの場には、モアという天使と、シアラとかいう邪悪な悪魔が存在がしていた。
間違いなくシアラのせいである。そのせいで私の目は曇り、ベッグの魅力が分からなくなっていたのだ。
私は彼女に見えないよう拳を強く握りしめた。
だが、もう心配はいらない。彼女が儚げに笑いかけた時、私は確信を抱いたのだ。
高揚感や保護欲といった感情が心に沸き上がるのを。
この心が満たされた感覚。これこそ、真の幸福感ではないか。
私は世界の理を目にしたのかもしれない。そう確信したのだ。
その瞬間、バランスを崩しかけたベッグが足に力を入れた事で、私の顔は更に柔らかな場所に沈み込んだ。
「わわっ! ゴメンなのだ、ニコ! ……ニコ?」
一向に反応をしない私に不安を覚えたのか、ベッグが声を掛けてくる。
だが、そんな状況であっても私は微動だにしなかった。否、出来るはずがない。
私の人生において最も重要な場面が、突然目の前に転がり込んできたのだから。
目先、数センチ先。こちら心配そうに身体を折り曲げながら覗き込むベッグの顔。かわいい。
困った顔も、楽し気な顔も、ちょっと不安げな顔も。どんな表情でも全て愛しい。
そんなベッグが、その豊かな双丘を私の頭に惜しみなく押し付けてくるのだ。正気を保てというのはあまりにも酷ではないだろうか。
今まではただの少女だと思っていたのに、これがギャップというものなのか。
フフッ。船長が戻ってきたら自慢してやろう。きっと羨ましがるだろうな。
負け惜しみを口にする船長の姿を想像し、笑いを堪える。その様子を不思議そうな顔で見つめるベッグもまたかわいい。
全てがかわいいで埋め尽くされて、それ以外の語彙が浮かんでこない。どうしよう。かわいい。