荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と巡り合い ベル

 ふーっと一息、大きく息を吐き出してしまった。

 船内散策はまだ始まったばかりだというのに、既に体力と精神力を大幅に持って行かれている。

 もちろん、この程度で止めてしまうほど柔な鍛え方はしていない。

 

 ……何か意地を張らずにはいられないような、そんないたたまれない感情に支配されてしまう。

 

 今度は自身に呆れる様に、小さく息を漏らした。

 それと同調するかの様に、誰かの吐息が聞こえてくる。

 

 私は馴染み深いその声色で、その人物が誰のものであるかすぐに理解した。

 部屋の入口から顔半分だけを覗かせて、視線を向けてみる。

 

「……こっちの方が弾薬が安いけれど、燃料はこちらの街の方が安いみたいね」

 

 買い物だろうか、ノートにペンを走らせているハルカゼ飛行隊のベルが目に入った。

 ハルカゼの中では一番歳上……もとい、お姉さん役を務めている為だろう、面倒見の良い子である。

 じっとこちらを見つめていたのを変に思ったのか、ベルはこちらへと視線を向けてくると、口角を上げて応えた。

 

「あら、船長じゃないですか。部屋の入口で立ったままどうしました?」

 

 あどけない微笑みは、雰囲気を一気に柔らかくしてくれる。

 彼女の人柄の良さが、顔つきや所作にも滲み出ている。だが、あまり年上扱いをしてはならない。

 あくまでハルカゼの中ではという程度の意味合いだが、大人びた女性の様に見えても、少女に違いないのだ。

 

 手招きでこちらを呼んでいるので、特に異論があるわけでもない私は歩み寄り、椅子を引いて彼女の正面に座った。

 

 家計簿かい? 随分と熱心じゃないか。

 

「ハルカゼが予備隊だった頃からの癖なんです。あの頃はとにかくお金がなくて……家計簿をつけていかないと、やっていけなくなるぐらいに仕事が無くて。もうすっかり、習慣です」

 

 なるほど、心の常備薬みたいなものか。必要に迫られたのだろうけど、立派なものだ。

 

「いえ、私に出来る事といえばこのくらいですから」

 

 少々自嘲気味に笑うベルだが、ハルカゼの貧しい生活の時代の中で、隊員たちの精神的な支えとなってきたのは、紛れもなくベルだろう。

 自分の行動をあまり評価していないところは、彼女の……謙虚さなのだろうか。

 

「すいません、こんな話を聞かせちゃって」

 

 謝る必要はないさ。ハルカゼの昔語りは聞いていて退屈しないからな。

 

 それに、今のベルへの評価にも繋がるからな。

 

「へっ……? わ、わたしですか? あ、いや、あの……」

 

 顔を赤くしながらもこちらの視線から逃れるベル。困った時に頰に手を添えるのが彼女の癖らしい。

 他者の美点を指摘しても、真っ先に自分への賛辞へ結びつくというのが、ハルカゼ飛行隊という環境下の中で育まれた彼女自身の考え方なのかもしれない。

 

 逆に褒められる事に慣れていないというのも難点ではあるが、これ以上はよしておこう。

 ここは素直に賞賛しておくべきだ。

 

 気を悪くさせたのならすまない。ハルカゼが苦難を乗り越えられた一つには、ベルが側に居た事も大きかったのだろうと、伝えたかっただけだ。

 

 極めて穏やかな声色で彼女の強みを説明できる言葉を選びとっていく。

 それを聞いたベルはようやく納得した様に顔をあげるが、まだ口元に手を当てて何か考え込んでいるようだった。

 

「か、買いかぶり過ぎです、よ……?」

 

 伏し目がちにおずおずと答えを返すベルの様子は実に初心で可愛らしい。

 ニコではないが、思わず笑みが漏れてしまうのを抑えられない。かわいい。

 私の一言をきっかけに、彼女は居心地悪そうに視線を逸らしてしまった。かわいい。

 

「せ、船長ってば……!」

 

 やはり頬は紅潮している。

 そんなこちらの不躾な視線に気づいたのか、抗議するように机へ置かれた私の手を軽く叩いてくるベル。

 想像以上の激痛が手首から上腕にかけて走り抜けた。

 そうだった。彼女はちょっとばかり逞しい子だった。

 

 お酒が入るとリミッターが解除されるのは理解していたが、こういう場面でも遺憾なく発揮されてしまうとは。

 そんな心の内を外に出さないまま、若干焦りを混ぜながらも笑って誤魔化す。

 大人には守らなければいけない意地があるのでね。

 

「もう! そうやって誤魔化して、やっぱりからかってるだけじゃないですか!」

 

 その誤魔化しは別問題で、本当にからかってるわけではないんだよ。

 分かってくれないベルの表情へ再び視線を向けながら、彼女の細い指を両手で優しく包み込むように持ち直した。

 女性らしさを感じる小ささだけど、飛行機乗りの手だ。

 そしてちょっとやらわかくて、なんだかとても安心する。

 

 私までベルにお姉さん成分を求めてしまっていたようだ。

 可笑しさにあてられて笑いが込み上げてきた私の様子に、ベルも釣られて笑みを見せてくれた。

 

「船長ってば。変なところだけは、出会った頃のままです。噂とは大違いで、少しだらしなくて、だらけていて、だらしないし。でも」

 

 彼女にとって大事なことなのだろう、少し言葉を溜めたベル。その瞳の奥は優しく、そして穏やかだった。

 

「本当はとても凄い人なんだろうなって、わたしは思っています。だって、そうでなければ混合部隊の指揮なんて出来ないと思うんです」

 

 それは信頼と言い換えるべきか。

 

 ありがたい限りだよ。本当にベルには……いや、ハルカゼの皆には感謝している。

 こんな私と部隊を助けてくれてありがとう。君達のお陰で私なりの在り方を実現できるんだからね。

 

 ふっと口元を緩ませながら感謝を言葉にすると、ベルの指先が少し温かくなった気がした。

 きっと気のせいではないのかもしれない。それでも良いじゃないか。今はそんな気分だったんだ。

 さて、お邪魔して悪かったね。そろそろ行くよ。

 

 返事を待つよりも先に、椅子から立ち上がろうとすると、彼女が指に力を入れた。

 ベルにとっては多少の力であっても、他者からすれば……? 

 結果的に彼女へ覆い被さる様な姿勢になってしまい、咄嗟に身体を起こそうとしたところ、腕を掴まれて完全に動きが固定されてしまった。

 

 ベ、ベル? 普段の彼女では考えられない行動に動揺してしまい、らしくもない問いかけをしてしまった。

 そんな私の心配をよそに、彼女は柔和な声音で答えた。

 

「もう少し、話をしませんか?」

 

 若干意図が掴めないままながらにも頷くしかなかった私は、再び椅子に腰を下ろしたのだった。

 

 

 ──わたしの強引な誘いに断るわけでもなく、船長が椅子に戻った様子を見て思わず頰を緩めてしまう。

 自分の行動に疑問を感じつつも、この時間が終わってしまう事がなんとなくもったいなく感じたからだ。

 

 当初こそ、覇気のない船長の姿に面を喰らったわけだが、今は楽しく感じられる部分がある。

 大人の癖に子供っぽい部分を持っていて、隙だらけで、ここに訪れる隊員たちが作るご飯が大好きだというその一面。

 

 イジツに生きる男性としては珍しいほど、穏やかで自分より他人を優先して生きている。

 そんな印象をわたしに抱かせた。

 

 実際、この部隊でもハルカゼは下っ端の飛行隊であることに間違いは無いのだが、時にはわたし達にすら頭を下げて教えを乞う謙虚な姿勢には、やはり驚いてしまう。

 

 冗談と本音が分からなくなってしまいがちな船長だけれども、つまりは根がお人よしだということだろうか? それとも他の理由があるのだろうか? ただのおバカ……んっんん! ……そんなわけないわ、多分。

 

 どちらにせよ、こうしてお喋りを続けたくなる魅力のある人物には違いない。

 ハルカゼは褒められて伸びるタイプなのだから、たまにはわたしも沢山褒めてもらおう。

 

「ねえ、船長」

 

 わたしの方を向いて欲しかったので、話を振ったのだが……うん? 露骨に目を逸らしてる! 怪しいっ! 

 じーっと目を見つめながら無言の圧を掛け続ける。

 ずっと気まずそうに目を逸らし続ける船長。

 

 思わずわたしは手を構え、指先をゆらゆらとさせる。

 こちらからの先制攻撃を、視線を向ける事無くいなされて、驚きと悔しさがこみ上げる。

 何故、頑なにこちらを見ようとしないのかしら? 疑問に思いながらも攻勢に打って出る。

 

 見ようとしないのなら、意地でも視界に入らなければいけない様に攻撃するだけだ。

 自信満々な表情で船長に覆い被る様にして立ち、ようやく船長がこちらを見たので視線を合わせる。

 

「……船長。そんな露骨に視線を外されると、わたしも傷つくというか」

 

 言葉とともに、しょんぼりした態度を見せたことで罪悪感を刺激しつつ、話題を逸らしたりしにくい状況へ。

 案の定というべきか、船長はわたしをフォローしなければいけない流れに陥っており、何度も言葉を詰まらせている。

 

 ……そんなに言いにくい内容なんだろうか? 再び顔を近付けて睨みつけると、観念したのかこちらを直視して息を吐いた後に、私の腕をツンツンと指先で突いてくる。

 何事だろうとそちらへ視線を向けると、本来の位置とはだいぶかけ離れた場所に、スカートを支える肩紐が存在していた。

 

 留め金が何かの拍子で緩んだのだろう、片側だけずり落ちそうにはなっているのだが……完全に脱げてはいない。

 斜めになっているスカートから、セーターの裾がいつもより少し下がって見えている。

 

「…………」

 

 二人して、それを見つめたまましばし沈黙。船長に至っては先ほどまで以上に視線が泳ぎまわっている。

 冷静に考えて見れば、何故こんな状況に陥っていたのか不思議な程だ。

 今更ながらに気付いた事実に全身が熱くなっていくのを抑えられなくなる。

 

 そして、お互いに確認した事実を打ち消す様に、同時にわたし達は素早くそっぽを向いた。

 実際には、もう色々と手遅れだけれど。

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