荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と巡り合い リガル

 船外活動。

 それは私に礼服を着て外出し、町の方々と今後について話し合う場である。

 帽子の位置を直し、襟に付けた清潔なバッジとネクタイの結び目を確認してから船外の出入り口へ移動を始めた道中で、彼女は現れた。

 

 壁に背を預けながら腕を組み、厳しい視線を送り続けているのは、怪盗団アカツキのリガルである。

 彼女は美しさに取り込まれた悲しきモンスターであり、私が船外に出ようものなら必ず身嗜みチェックを欠かさない上、鋭い目で私の一挙手一投足を監視するのだ。もはや監視を通り越して警備だ。

 

 リガルのチェックから一発合格を頂いた記憶がないほど、厳しい目を私へ向けてくる。

 私は黙って立ち尽くしたまま、彼女のチェックが終わるのを待っていた。

 

 何故ここに居るのか? 

 そんな当たり前すぎる疑問をぶつける事さえ出来ない空気である。事に集中しているリガルに対し、隙を見せた方が負ける相手だと感じていたからだ。

 

 誰かが鼓動を早めていく。次第に早まる心拍数が強まり、耳鳴りが始まる始末。これは暑さによるものではなく緊張から来るものであろう事を考えると、どれだけ私の心は乱されているのかを実感した。

 

 何も言葉を発せず、ただ顔をひきつらせている私に対し、リガルは溜息をついた。

 何を言われるか判らない私は瞬時に背筋を正し姿勢を良くする。

 互いに無言の沈黙が空間を埋め尽くし始める前にリガルの方が先に口を開くことになったのだ。

 

「却下ね。やり直しよ、船長」

 

 は、はいっ! と裏返りかけた声を出しながら、心の隅ではこうなるだろうと予感していた私。

 リガルから付いて来いと視線で促され、慌てて後を追いかけていく。

 全身が確認出来る程のスタンドミラーが置かれた部屋へ連れて行かれた私は、着せ替え人形宜しく次々にリガルから指示される。

 

「全く、何度言えば分かるのかしら? 礼服を着る機会が少ないとはいえ、あなたは船長なのよ? この部隊の責任者がみっともない姿で人前に出る気?」

 

 それはもうボロクソに正論を述べるリガルが怖いです。はい。

 

「船長には外見の美しさについて散々説いてきたつもりだったんだけど……足りていないのか、単にあなたが非常識なだけ? あぁごめんなさい。訊くこと自体が間違いだったわね」

 

 言葉とは、暴力である。

 

「ともあれ、あなたは姿勢からして残念なのよ。凛々しさの欠けた情けない顔とだらしない目つきを自覚なさい」

 

 心が折られそう。

 しかし、私が反論もせずにいるのには理由があった。

 その理由とは……言葉とはうって変わり、リガルの表情はとても慈愛に満ち溢れていて、私のだらしない部分を一つ一つ丁寧に指摘している彼女からは、私に対する優しが滲み出ており、叱っていながらもその裏で「仕方がないわね」という感情が伝わってきているからだ。

 

 言葉では小言を言い続けているリガルだが、それを理解しているからこそ、私も彼女には感謝の念と反省を持って対応したいと思っている訳である。

 そんなリガルの言葉を全身くまなく受け止め続けた結果、気付いたことがあった。

 

 流石の私も普段からずっと姿勢自体がだらしない訳ではなく、誰かにそのことを指摘されれば素直に耳を貸すわけだ。

 なのでリガルからの説教も最初は気持ちが折れかける程辛かったものの、それらは全て自分のためを思ってくれているお叱りなのだということが、直ぐに理解できた。

 

 自分が成長するためのアドバイスだったのだ。

 そうなると今置かれている状況は非常に重要なのかもしれない……つまりだ。私が目指したのは仕事のデキる格好良い美女ということになるのだから。

 

「何を言っているのかしら。船長は男性なのだから格好良くしなくては駄目よ。私達に恥ずかしい思いをさせない為にもね」

 

 ボケをスルーされるぐらいに、ごもっともです。

 襟元を整え、ネクタイを締め直してくれるリガルは、無防備なほど近くにおり、彼女の髪の香りが鼻をくすぐっていく。

 

 ヒールを履いているせいもあるのだろうが、腕を回すのに丁度良い身長差になっており、ふと目の前のリガルを見ると、これまたこの上なく綺麗に見えた。

 

「あら、私の美しさにようやく気付いたの? 良い傾向よ、船長」

 

 うん。外見も内面も素敵な女性だと思います。はい。

 

「ハッキリと言い切りなさい! このまま締め上げてもいいのよ?」

 

 すみません。調子に乗りました。

 

 両手を挙げて降参の意思を示せば、彼女は一度頷いた後に私のネクタイから手を離した。

 

「もう、仕方がないわね」

 

 クスクスと笑みを零した後、リガルは可愛らしくしゃがみ込み、足元回りのチェックを行う。

 ズボンの裾から靴に至るまで入念にチェックが入ると、彼女の笑顔がまた一段と綺麗に見えた。

 

「こちらは大丈夫ね。船長ってば私の教えをちゃんと守っているじゃない。素敵よ」

 

 足を折りたたみながら小さくなっているリガルが、上目遣いの状態で見上げてくる。

 その動作は美しさよりとても可愛らしく映り、私は手を伸ばす。

 ふふっという声を洩らし笑いながら彼女は私の手を取り立ち上がると、話を続ける。

 

「にも関わらず、上半身だけは少し残念ね。毎回チェックに引っかるし、教えても直しきれていないわ。私がいる時なら問題ないけれど、一人の時は気を付けなさい。身だしなみを整えることは、他人へ不快感を与えないこと。なにより自分自身が整えたことに対する満足感を得られるものよ」

 

 言われていることはもっともだと思い、私は頭を下げる。

 

「それとも……私に直して欲しくてワザとしてるのかしら? そうだとしたら……」

 

 リガルは自らの口元に手を当ててクスクスと笑った後に、その口を私のほうへと近づける。

 彼女の唇が微かに私の耳元へ近づき、ただ一言。

 囁いた。

 

「甘えん坊さん」

 

 細い指が胸板の上、心臓辺りで止まると、甘美な声色から挑発的なセリフを口にする。

 指をさわさわと動かし、まるで焦らすような手つきで胸元を弄ばれているなかで、彼女の発した言葉の意味を遅れて理解し、反射的に顔を熱くして身じろぎしそうになる。

 

 しかし私の本能を辛うじて止めさせるものがあり、今この時を以て鼻の下を伸ばすわけにはいかないと、我に返らせてくれた。

 

「気を付けなさい、船長。私は『怪盗殺し』と呼ばれる怪盗なのだから。油断すれば、貴方の心ごと盗むわよ?」

 

 そうして密着していた彼女は私の身体から離され、仕上げのミスが無いかを確認すると満足したように頷き、それを終えると一言。

 

「以後、気を付けなさい」

 

 そう言って颯爽と姿を消す姿は、やはり只者ではなかったのだと彼女の背中を見送りながら痛感するのであった。

 去り際に微かに漂う良い香りは……美人の匂いとはこういうものか、と思ったのは内緒にしておこう。

 

 

 ──船長の身嗜みを整え終えた私は、去り際に口にした数々の言葉を思い出す。

 真剣な面持ちでこちらをじっと私を見つめた瞳、慌てた様子、照れを滲ませた船長の赤らめ顔、あまりにも可愛らしい姿に対し、思わず誘惑するように行動してしまった自分がいた。

 

 もっとからかってみたい、もっと困らせてやりたい、……少し本気にさせてみたい。

 女として芽生えた本能がそうさせてくるのか、はたまた怪盗としての心意気か。

 何故あのような行いをしたのか、それは自分自身でもよく分かってはいない。

 

 けれど、もし理由を付けるならば……そう、目の前にあるものがあまりに愛おしく思えたからとしか言いようがないのかもしれない。

 最も、それが行き過ぎた行動であったと自覚してしまっているが故に……非常に厄介なのだけれどね。

 

「……ちゃんとしていれば、格好良いのにね。船長」

 

 呟きとはいえ、言葉にするのは気恥ずかしく……小さく溜息を零すことで、言葉に出来なかった感情もろとも押し流した。

 少し照れてしまうけれど……たまにはこういう気分に浸るのも悪くはないかもしれない、なんて。

 最近の私は随分と考え方も変わってきたような……アカツキの時に感じたものとは、また別物だけど……これはこれで悪い気はしなかった。

 

「そういえば……例の件で船長をさらう計画があったわよね。……たまには一人仕事も良いかもね」

 

 仮にそうしたら、この船にいる全員から狙われるのだろうか? けど、船長と一緒ならそれはそれで面白そうね。

 想像したら思わず、ふふ、と笑みが溢れてしまう。

 思わずそんな未来を思い描いてしまったからなのか、やっぱり私は面白いと感じてしまっていた。

 

 ちょっとだけ、ちょっとだけ真面目に策案を立てるとしようかしら。

 それだけで、今日一日はとても楽しく、そしてあっという間に過ぎるに違いないわ。

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