荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
町会会議に参加させて頂いた私であるが、隣にはちゃっかりとカナリア自警団のエルが着席している。
本人曰く、「イヅルマ所属の自警団が同席していれば説得力も上がるかと」とのことらしい。
実際に、ここの街は男性議員が大半であり、彼女の美貌に魅了されている議員達も何名かいるようだ。
実に美しいルックスと、同性も羨むスタイルをしながらも、他者を慈しむ優しさを持っている人柄。
人並みならぬ努力と、それすらも楽しむ度量の広さを持ち合わせている彼女は、老若男女問わずに人気を博していた。
おかげでこちらの説明は、何一つ滞りなく進行し、議会は無事に閉会へと至る。
自分達の街の運命がかかっている会議があっさりと終了したことのついでに、これで私がエライ人達にとって反逆行為を企てている事が、彼らの耳に遠からず伝わっていくことだろう。
そして私は、この一連の行動によって覚悟を再確認出来た。
──私には、守らなければならないものがあるのだ、と。
改めて自覚をした自分は自然と頬をほころばせるが、目敏いものなどはそんな自分に気が付いたはずだ。
現に、隣にいるエルがこちらに視線を向けてきた。
「船長ってば、なんだか楽しそうな表情をしていらっしゃいますね」
場所は移り、街に幾つかある飲食店の隅で彼女と二人で食事を取っている。
自分はまだ少し笑みを深めて肯定をすると、続けて口を開いた。
言葉にしてようやく、腹が据わったような感覚を得たよ。これからが大変になる事は間違いないのだけどね。
「それでも、人々に求められてそれに応えようとすることには、大きな意義があると思います。それに応え続けることを決められた事は、カナリア自警団の副長としても、私個人としても、とても嬉しく思っています。船長」
とても大人びた、それでいて確かな自信を持った言葉を紡いだ彼女を前に、こちらの口角は再び上がった。
うん、そうなんだよ。エル。私もそれを再認識をしたよ、そしてそれを踏まえたうえで……人々の力を借りて、大きな争いにせず事を済ませたい。
「大丈夫ですよ。皆さんも同じ想いを抱いて行動されてます。協力していけば……きっと……」
そこまで言うと、エルはこちらの顔をじっと見た。彼女が言葉を止めるなんて初めてではなかろうか? そうして彼女の翡翠を思わせる目が合った。
改めて見ると、綺麗な色をしてると思い、まじまじと眺めてしまう自分がいるのに気が付いた。
そんな自分に対して、彼女もこちらを見つめてくる。互いに逸らせることのない視線。
「うふふっ、どうしたのですか。船長? そんなに私の顔を見つめて」
はたと気がついた私は、改めて何をしていたのかと振り返るが、その後、彼女から水の入ったコップを手渡され、ようやく自身の状況を把握するのだった。
「落ち着かれましたか? 何か悩み事があれば、私でよければ一緒に考えますよ。大丈夫です、一人で抱え込むことはありませんよ」
何時ぞやの居酒屋エルちゃんでも始まりそうなやり取りだね。ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。
「ダメです。こういう時に頼られないのは困ります。本日は船長の秘書としてお世話をすると決めた日なので、逃げ場はないですよ」
いや、そんな笑顔で言われても。え? この後もなにか予定とかあったかな?
「いいえ、特段何も。強いて言うなら本日一日は船長と一緒に過ごす事が、私の本日の任務です」
わーお、それは大変喜ばしい事だ。とてもやる気が湧いてきたよ。ありがとう。
ならば折角訪れた街だ。少しばかりデートがてら出かけてみようか?
「あら、素敵なお誘いですね。エスコートしていただけますか?」
勿論、喜んで。
私がそう返事をすると、彼女は軽い足取りでこちらに駆け寄ってくる。
小さな手を差し出され、その手をしっかりと握り返した私は、二人で街へと繰り出すのであった。
この街は住人の少ない閑静な場所に構えられてあるためか、町とも呼べるし、集落とも呼べるぐらいの規模である。
他所からやってきた客を受け入れる施設も最低限ではあるけれど整っており、宿屋や食料品店といったお店はそこに含まれていた。
当面の物資を確保する必要性は無いが、経済を回すという意味では大切な仕事。
幾つか果物を買い終えた後は、周囲を歩きながら食べ歩き。熟れ加減の絶妙な具合の味を噛み締めつつ、堪能させて頂く。
「歩きながら果物を食べるなんて、なんだか恥ずかしい気もしてドキドキしてしまいますね」
そう照れ笑いしつつも、味を楽しむ事は忘れずに食べ続ける彼女を見て、微笑ましい気持ちになった私は歩幅を狭めてみる事にした。
最初こそ急に縮まった距離に驚いた彼女だったが、直ぐに私が意図している事を汲み取ると、遠慮がちにではあったが身を寄せてきた。
「ありがとうございます。これでもっと船長に近づけますね」
手を繋いだエスコートは、腕を組むことで更に強化され、積極的な彼女から伝わってくる体温は心地良く、それは旅先で浮かれた雰囲気に呑まれてのものと分かっているのだが、胸が高鳴って仕方がない。
そのまま歩きながら周囲の風景を眺めていれば、イジツでは珍しく小規模ながらも草原が一面に広がっている場所を目にすることが出来た。
このような自然を感じる事が出来るとは。
この際だからと休憩を提案してみた。彼女は頷くと更に腕に力を入れて絡めてきたので、私もそれを返す形で彼女を受け入れておくことにする。
「素敵な光景ですね」
二人きりで心行くまで、風を、空に連なる雲の流れを眺め、自由に過ごしてみれば自ずと満たされた感情が心に溢れるのだろう。
「なんだかみんなに申し訳ないわ。私ばかり船長を独り占めにしちゃって」
その台詞は私以外の全員に対してだと分かりきっていたが、その照れながらもはにかむ表情を見た瞬間、心に抱いていた危機感が少しばかり薄らいだ。
日頃から世話になっているのだから、このぐらいは当たり前ではあるが、エルは割と素直に言葉へ好意を乗せてくれる。
そういった部分も含めての人柄なのだろう。彼女を慕い、相談を持ち掛ける者が多い理由も、確かに頷ける。
意図的でないとすれば尚更だ。天然の人たらしなのだと思えば、なるほど納得出来るというもの。
それに加えて本人からも何か込み上げてくるモノがある。
何をと問われてしまえば……甘えてみたくなるという、恥ずかしいとも言える願望であろうか。
それこそ馬鹿馬鹿しいほどに子供っぽい甘えではあるが……。
「船長。折角ですし、少し座りませんか? 草の上と言うのは心地良いものですし、飛行船の中と違って、心地良いですよ」
エルはそういうと、草原の中で座れるスペースを確保する。そうして手で座るように誘導して見せたので、その好意を有り難く受け取る事にした。
……ただし、その場所は彼女の膝上を指定される。俗っぽい言い方をすれば、膝枕の形である。
頭を悩ませていると、エルは微笑みながら再度誘ってくるので観念する事にした。
そこから眺める空は、半分も見えやしない。理想のお姉さんを見つめたいのに、理想図が完璧すぎて邪魔になり顔を拝むことが叶わないという。
これ程残念な事はないだろう。仕方がないので、私は身体の力を抜いてエルに身を委ねる。
きっとこれも、彼女の気遣いの一つなのだろう。甘えるつもりはないのだが、今はその言葉に甘える事としよう。
エルの手が私の頭に触れると、柔らかく暖かい感触が伝わってくる。
その心地よさに身を任せているうちに私は知らずのうちに緊張も解かれてしまったようで……睡魔が徐々に襲ってくるのを感じたのだ。
追い打ちをかけるように彼女が鼻歌を歌い始め、いよいよもって睡魔はさらに強く私を苛んだ。
自分でも眉間に皺が寄り表情が険しくなるのが分かる程、目を細めながらその誘いに抗うが……エルの細長い指が目元を優しく撫でるせいで……徐々に視界が狭くなっていってしまう。
あぁ……もう少し、心地良さに身体を委ねたいのに。そう思うが私の身体は既に抵抗することを諦めて眠りに入ろうとしてしまう。
もう良いか……と自分に言い聞かせて目を閉じる事にしたが……どうやら、エルもその事を察してくれたようで子守唄を口にして歌を歌ってくれたのだ。
耳に響くその心地よい旋律に包まれながら私は眠りに落ちて行ったのである。
──ようやく船長が私の膝枕で眠ってくれた。
常に目を離せない気分にさせられる、そんな不思議な人に……自分の行動で安らぎを与えてあげられた事に対して幸福感が込み上げてきた。
身体を少しばかり丸めて眠る姿は小さな子供のよう。
船長に膝枕をするのは初めてであるが、こんなにも無防備な姿を見せてくれる程に……自分は船長から信頼されているのだと少し嬉しくもなり──同時にとても愛おしくて思わず髪を優しく撫でてしまう。
私の拙い子守歌でも、眠りに誘われる船長がどれだけ疲労を溜め込んでいるからだと伺い知れる。
だから私は少しでも多く船長が癒されればと考えて、しばらくの間ゆっくりとした時間の中で静かな風と草波の音を感じていた。
「……船長」
いつしか一曲が終わり……ポツリと名前を発した私は、船長の顔を間近で観察している。
苦しそうな表情をしていない。それどころか──安心した表情で眠っているのだ。
それを見て私は改めて自分の存在意義というものを再確認する。
「……船長」
自分でも分かるぐらいに声が甘くなる。
船長がリラックスしている時には……無意識の内に声の調子も上がってしまうようだ。
膝の上の重みを愛おしく思いながら、内面と外面の違いを改めて感じて……矛盾するようで実は合致する存在である事を再認識してしまうのだ。
慈しむような感情を持った私はついつい優しくその頰に触れてしまう。
少しだけ指で頰を撫でてみると「ぅんん」という微かな甘い声が頭上から聞こえると共に、表情の和らいでいく船長が視界に入った。
「……せーんちょ」
あどけないその寝顔は私の心を和ませてくれる存在であり……気が付けば、私はゆっくりとその頭を包み込む様に膝枕をしながら優しく髪から頰を撫でる。
段々と力が抜けていくような様子で、猫のように擦り寄ってくる船長から目が離せなくなっていた私は、改めて思う──この体勢ってば、実は恥ずかしいかもしれない……と。
だが、何故か今の私にはその恥ずかしさよりも満足感の方が勝っているのだ。
私の胸の内に満たさせる温かい感覚が溢れんばかりに湧き上がらせてくれて笑みを漏らしてしまうのだ。
幼少期から体験してきた危機感とはまるで違うドキドキ感。
それは……今の私にとってこの上なく特別なものだと感じていた。
「ふふっ」
つい零れた笑い声を隠すことも出来ず……自分の性格の根本にある子供っぽい無邪気さを肯定出来たこと、そして目の前でこんな無防備な姿を晒してくれている事が嬉しいのだと改めて自覚して頬が緩んでいくのだ。
極上の幸福感が私を襲い幸せが溢れかえる感覚に包まれた。
穏やかな寝顔で身を委ねきっている船長にうっとりとした視線を送りつつ、その髪を指で優しく梳いていく私は自然とこう呟きを零していた──