荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
船内の通路を進み、船長室へと向かうと後ろから聞こえる足音に気付いた。
振り返ってみれば、こちらを伺う少女の姿が大きな背を丸めながら歩いて来るのが見えて、私は立ち止まった。
何か用かね? ダリア。
と尋ねると、少女は安心したように表情を緩めてこちらへと寄ってきた。
彼女はハルカゼ飛行隊のダリア。
他の隊員たちと近い年齢ながら頭一つ抜けた背が特徴の少女だ。
「せ、船長。ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど……」
控えめな言葉。おずおずとした態度ではあるが、私が否定しないという確信があるのだろう。
無言で先を促すと、彼女は柔らかそうな髪を揺らしながら顔を上げた。
「船内の照明がね、幾つかチャカポカし始めたのを見たんだ。必要なら交換したいなって思っていたところなんだよ~」
チャカポカとは、また珍しい表現の仕方をするものだ。
確かに彼女の指摘したとおり、不安定な灯りが増えているのは把握していた。
会議室でも見かけたし、そろそろ替え時かも知れない。
丁度良いタイミングで現れたな、と頷きつつ告げると、彼女は顔を綻ばせた。
「それでね、交換する部品と脚立を持って行こうとしたら……」
見つからなかったのか? そう尋ねると、彼女から肯定の言葉が飛んでくる。
物資の出入りに関しては、一時的であっても署名が必要としているので、彼女は少なからず困惑しているようだ。
ところで、何が見つからなかったんだ?
「脚立だよぉ。電球なら他の誰かが気付いてくれたのかなって思ったけど、脚立って……ここだと用途が多すぎるし、名簿にも書かれていないから誰が使っているのかさっぱりだよ~」
彼女は小さく文句を垂れながら、拗ねた様子で頬を少しだけ膨らます。
それが小動物を連想させて愛らしいく思えたが、本人なりに怒っているようなので黙って続きを聞いた。
「それで、船長に船内放送で使用者を呼び出して欲しくて……あ、いや、怒ったりとかはしないよ! 貸して欲しいなぁって思うだけで……!」
段々と尻すぼみしていく声は聞き取りづらい。彼女は自身の手を握りしめて、体を震わせた。
数秒、気まずい沈黙が流れると彼女はこちらをちらりと見てくる。
今にも泣いてしまいそうな顔で懇願されては、断る事は出来ないだろう。
分かった。私から船内放送を……。
そこで自分の口が止まる。ここでもし該当者が現れた場合、ダリアはどのような対応をするのか。
仮に相手が本当に使用中であったり、名簿記載の些細なミスが原因であったとしても、彼女の場合は相手以上に重く受け止めて、負い目を感じさせてしまうのではないか。
どうするか。表情には出さない様に思考を巡らせて言葉を探す。
──こうしようか。
「どしたの、船長?」
いや、船内放送をしても相手が直ぐに現れるとは限らないからな。
そのまま時間だけが過ぎるのもあれだ、私がダリアの手伝いをしよう。
そう言った私に対して、少女はきょとんとした顔を見せた。
「船長が手伝ってくれるのは嬉しいけど……背を伸ばしても手の長さは変わんないよ?」
その場で身体を真っすぐにしつつ背伸びをするという、ちょっと間抜けな光景。
一連の動作を終えると彼女は小さくため息をつく。折角のやる気がそがれてしまう前に、行動へ移すとしよう。
交換用の部品を取りに行こう。方法については道中で説明するよ。
「うん……船長がそう言うなら分かったよぉ。付いて行くねぇ」
私たちは揃って倉庫へ足を運び、該当する品を見つけ出していく。
名簿にはダリアの署名を記入した後、交換場所まで辿り着くと、確かに灯りはチャカポカと点滅しており、交換の必要性を感じさせた。
区画の電流を一時的に止め、警告文を貼り付けて、作業の開始だ。
「せ、船長。ホントに乗らないとダメなの? 私、背が高いし結構重いと──」
腕まくりをしてやる気を見せていたはずの彼女が不安げに見上げる。
そんな彼女の言葉を遮るように、私は身を屈めた。
ほら、肩車だ。慣れているだろ?
「それはする方であってされる方じゃないよ! うう、でも……うん!」
うだうだと何かを呟くダリアは決断したのか、身体の重心を前にかけてきた。
乗ったか? よし、じゃあ持ち上げるからしっかり摑まっていてくれよ。
その言葉を皮切りに両膝に手を当てて、持ち上げる準備をした。
女の子と言うべきか。細く柔らかさも兼ね備えている感覚が、私の肩に座る少女の肉と骨をより感じさせる。
人一人を支える為に体勢を整えるのは中々に難儀だ。だが、彼女の作業の邪魔にならないよう支えてやるのが私の義務なのである。
ゆっくりと丁寧に、しかし確実に力を入れていくと──ふわりと彼女の全体重が私に預けられたのが分かる。
そして頭上でダリアは小さくため息を吐き……覚悟決めたように声を発した。
私の頭の上から降ってくる明るい声色には、不平や不満が含まれている訳ではなく、私を安心させてくれるような温かなものだ。
それは私にとって大変喜ばしく思える声だった。
キュッキュと電球を回す音に耳を傾けて、静かな時間を楽しんでいる。
気が付いた頃には作業が終わっており、上から優しい声音で名前を呼ばれた。
私がそれに応えると、ダリアをゆっくりと地面へと下ろしていく。
「お、重くなかった? 大丈夫だった……?」
少々緊張したような声色で投げかけられた心配の言葉を優しく受け止めるように、私は微笑みつつ大丈夫と力強く返答した。
ホッと安堵の声を漏らしてから安心した笑顔を向けられた後、少し申し訳なさそうな恥ずかしそうな様子も混じえながらお礼の言葉を言ってくれた。
「……にへへ。ありがとう、船長ぉ」
どういたしまして。さっ、分かる範囲だけでも交換して取り付けよう。
「うん!」
ダリアは元気よく答えると、楽しそうに笑った。
それだけでも彼女の手伝いを申し出た甲斐があったと感じるものだ。
──私と船長が目に付いた限りの交換作業を終え、余った備品を元に戻して倉庫から出る頃には、空が赤みを帯び始めていた。
疲労感を感じてはいるんだけど……なんでだろ、まだ大丈夫そうな気分。これは船長が一緒だからかな……?
不思議に思いながら隣にいる人に目を向けると、船長の方はまだ体力が余っているようで、流石は大人の男性だなぁと感じる。
そのタイミングを見計らったかのように船長の視線がこっちに向く。
それから温かい笑顔を向けられて少し気恥ずかしくなりながらも見つめ返した。
お父さんとは真逆の顔つきだけど、それでも二人の面影はどことなく似ているような気がした。
そうなるとお母さんの位置が私に……って! 何を考えてるの私ってば!? 大きく首を横に振って無意味な妄想を吹き飛ばす。
船長に見惚れていた自分が恥ずかしくなり、視線が足元に落ちる。
今が夕暮れ時という事もあって薄暗くて良かったと切に思った。
きっと私の顔は赤く染まっているだろうから。
無意識にほっと胸を撫で下ろした。これは安堵か、それとも不安だったのか。
少なくとも今は船長と同じ場所に立っている、その事実だけで心が温かくなるようだ。
ふぅと吐息をつく私を見た船長は何気ない風に口を開いた。
お疲れ様、ダリア。ありがとうね。お陰で交換作業も上手くいったよ。
言われた言葉に一瞬理解が追いつかなくて呆けていたけれど、内容を理解するにつれて照れくささが沸き上がってくる。
お世辞だとしても、船長がそういう風に言ってくれるのは嬉しいな……。えへへ……。
その言葉だけで十分な筈なのに、それでも私は言葉を続けていた。もっともっと伝えたい想いが溢れたのだろう。
普段では考えられないくらい素直に自分の気持ちを伝えることが出来ている気がする。
なんだろうこれ、言葉が止まらないのに満たされたような気分。このままずっと喋っていたいくらいだ。
まるで夢の中でふわふわ浮いているかのような多幸感に身を包まれながら、私は船長の顔を見つめ続けていた。
そうしていると、船長の顔もまた私に向けられる。その表情は優しげで、私の他愛もない話をキチンと受け止めてくれていた。
それがなんだかとてもカッコイイなと感じてしまった。今まで身近に感じてた船長に対して、急にそう感じられた。
不思議と私の心の中にストンと腑に落ちた感覚が満ちていた。この時私は……何かを理解したんだ。
その気持ちを言葉に変換しようとして、すんでのところで止めた。
ダメだ、これ以上言うと冗談じゃ済まなくなっちゃいそうな気がする。
それくらい今感じた気持ちは初めてで強いもので……。きっとこれ以上表現してしまえば、気付いてしまう。
気付かない振りも出来るけど、すぐにでも歯止めが利かなくなりそう。
でも今はまだ、もう少しこのままでいさせてほしい。今が幸せ過ぎて怖いけれど、この感覚をずっと覚えていたかったから。
……ああ、そっか。みんなこうして船長に──。