荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
船長室に備え付けられている小さな寝室。
固定されたベッドはあるものの、他にくつろげるような物は何一つ置かれていない無機質な空間。
薄暗い室内には天井からの明かりだけが灯されていた。
そんな密閉されたような空間で、私は布団に潜りこみながら頭を悩ませていた。
先程まで備え付けの机で日誌を記し、ある程度落ち着いた所だったのに……。
「(船長! 動いちゃダメだってば! 他の子達にバレちゃうって!)」
この場合、どちらの意味でバレたら大変なのだろうか。
……いや、考えなくても分かりきっているか。
布団の中で背中越しからヒソヒソと小さな声で喋りかけてくるのは、コトブキ飛行隊のキリエ。
私がぼーっとしていたところ「船長はどこだ!」って凄い剣幕で船長室へ乗り込んで来たのだ。
黙っている訳にもいかず、その場で返事をすれば、寝室に現れるキリエの姿。
息は少し上がっていて、額には薄らと汗が滲んでいた。
そこまでさせてしまう程の事を、彼女はしでかしたのだろうか?
不思議に思いながらもキリエに問いかけてみた。
そんなに急いでどうしたの?
質問を投げかけてから少し待ってみると、キリエは言い辛そうに視線を逸らしながら答える。
「ち、ちょーっと匿ってくれないかなぁーって」
もじもじとした態度で告げるキリエに、私は疑問符を浮かべるばかりだったが、どこからともなく物音が聞こえると、私の腕を掴んで二人して布団に隠れる羽目となった。
壁際にキリエ、更に自分を隠そうと前に私を配置し、存在を可能な限り薄めようとして抱き着いてくるキリエ。
しがみつかれていた際に背中に当たるものがあったり、絡まれた足から柔らかな太ももの感触が伝わって来たりとするのだが、本人は一切気に掛けない様子で全力な限り身体を私に密着させてきていた。
現状では何が起こったのかはまだハッキリとはしないが、二人揃って布団の中で縮こまって息を殺す。
……果たして本当に見つからないでいられるのだろうか? と少し不安になりながらも時間が流れるのを待っていると、人の気配を感じた辺りからキリエは息を殺して沈黙を作った。
「(私は石。私は石……)」
当のキリエはそう呟きながら何やら真剣な表情を浮かべるも、ぴたりと密着している身体からは彼女の緊張が伝わってきた。
心の中で呟いた筈の言葉まで私に丸聞こえなくらいに強張った身体の彼女をなんとか落ち着かせようと、私は彼女の腕をポンポンと一定のリズムで叩いて見せた。
更にポンポンしながら慰めるように大丈夫だよと告げると、キリエは目を丸くしながらも小さくコクンと頷く。
そして来訪者が現れた。
……通気口から頭だけこちらへ向け覗き込んだのは、カナリア自警団のリッタである。
「船長! こんな場所からお休み中に失礼します!」
構わないよ。みんな近道で使っているのは知っているし、船長室なんて鍵もなければ勝手に入ってきていいと以前から伝えてあるからね。
「普通ではあり得ませんが、船長ですもんね! ってそうでした! こちらの目的と船長室に鍵がかけられていた事でおかしいと思って来たんです!」
鍵がかけられていた? リッタの言葉にキリエはやらかした事を自覚する様に私を締め付ける。
幸せにも限度があると思うが……ひとまずリッタの話に合わせよう。
すまない、手違いで鍵を閉めていたようだ。寝室で作業をしていたので呼び掛けにも気付かなかったよ。
「そうでしたか~。船長が無事で何より……ってそうです! 船長、キリエさんを見かけませんでしたか? お部屋に居ないみたいなんで探していて、埒が明かないので頼みの綱として船長室に!」
勘の鋭いところは自警団で養われたのだろうか。まさに今後ろで隠れているのだけど……。
変な事を聞いたらごめん、どうしてキリエを探しているんだ? 何やら総出になって探しているようだけども。
「そうでした。その事について船長にお伝えする理由もあって訪れたんです! キリエさんを探している理由についてなんですが……」
通気口から顔を出してキリっとした表情のリッタだったが、どうにもリスのような小動物を思わす何かがあり、真面目そうに見えない。
「オウニ商会からキリエさんに対して手配書が発行されたんですよ!」
……一体何をやらかしたのだ、この子は。
リッタは通気口に両手を当てて、くるりと一回転しながら寝室へ着地する。
大変器用で素晴らしいのだが、短いスカートが一瞬だけ捲り上がり、青と白のシマシマな下着が顔を覗かせる。
指摘はしないでおこう。彼女は手配書を私に見せたくて下りてきてくれたのだから。
「何でも度重なる健康診断を無視した事により、マダムのお怒りを頂戴したそうです。捕まえた人にはそれなりの報酬が出るそうで、暇をしていた人達はみんなキリエさんを探し回っているんです」
備え付けの椅子にちょこんと腰を下ろして手配書を見せつけてくれるリッタは、やれやれといった感じで説明をしてくれる。
「健康診断の何が苦手なんでしょうね? 弟達と一緒でやっぱり注射かなぁ?」
ゲシゲシと抗議する様に私の足を蹴るキリエ。
どうやら違うと伝えたいようだが、健康診断を無視している時点で説得力はまるで無い。
「ところで船長、先程から横になっておりますけど、体調でも悪いのですか? それとも……お昼寝が大好きな船長と言えど、あまり長い時間されるのは感心しませんねぇ。ヘレンさんみたいになっちゃいますよ?」
リッタが首を傾げつつ心配半分、注意半分で尋ねてくるが、基本はからかって楽しんでいるように聞こえた。
確かに長時間のおサボりは良くないな。だが、アラームが鳴るまでは絶対に布団から動かないつもりだ。
「またまたそんな子供みたいな駄々を。なんなら自分が起こして差し上げますよ。ほらほら良い子は布団を跳ね飛ばして起きる時間で──」
手をワキワキとさせながら近寄るリッタに、万事休すかと思われたその時、船長室の方から声が聞こえた。
『リ、リッタさん。中の様子はどうですか? 船長はいらっしゃいましたか?』
外から聞こえてきた声は、リッタの同僚であるミントのもの。
その実直で誠実な性格は、仲間からの信頼も厚い。ただし、団長であるアコが関わらなければの話ではあるが。
「ミントさん! 船長ならお昼寝中でしたよ! 鍵が閉まっていたのも手違いだったようです。今開けに行きますね!」
即座にいつもの調子に戻ると、そのままミントを迎えに行ってくれた。
この僅かな時間でキリエを匿える場所は……やはり通気口か。
「(船長! 私が抜け出す間のフォローを頼んだ!)」
そう言って行動に移そうとした時、私の耳に第三者の声が聞こえた為、キリエを問答無用で押し止めた。
布団から抜け出そうとしていた彼女にのしかかる様に背中を倒すと「んぐえー!」という鳴き声が聞こえてくる。
それからしばらくして、通気口に新たな住人が照れ臭そうに現れた。
「せ、船長。こんな場所から失礼してしまい申し訳ありません。お休み中でしたか?」
お団子ヘアーな髪型がトレードマークな怪盗団アカツキのモアが、照れた様な表情を見せた。
非常事態でも丁寧な口調であり続けるのは、彼女の美徳だろう。
「こちらにリッタさんが訪れませんでしたか? 先行してこちらへやってきたと思うのですが……」
リッタなら船長室の鍵を開けに行ってるよ。多分、ミントと合流しているんじゃないかな。
「そうでしたか。リッタさんからお話は聞かれましたか?」
うん。何でもキリエを探して健康診断の為に病院へ突き出すとかなんとか。
「その通りです。各飛行隊が手分けをしてキリエさんを捜索しているのですが、中々見つからないのです」
賞金首みたいな扱いだもんなあ。その割にこっちの船にはコトブキの面々は来ていない様だけど?
「コトブキ飛行隊とハルカゼ飛行隊の皆さんは、羽衣丸を中心に探索を行っています。流石に企業が所有する飛行船内を探し回るというのは気が引けますから」
確かにそうだね。そうなると、こちらにはアカツキにカナリアと……ゲキテツも加わっているのかな?
「はい。とはいえ一部の方以外はそこまで熱心ではないようで、ローラさんとレミさんが散策がてらといった感じで行動しています。報酬が目当てというよりも楽しまれているのですね」
かくれんぼは楽しいもんね。レミに至ってはきっと鬼ごっこ感覚で楽しんでいるよ。
あれ、でもこういうのが一番好きそうなロイグはどうしているんだ? 彼女ほど、オタカラ探しが大好きな人間はいない筈だろうに。
「実は……ロイグは乗り気で、この船のありとあらゆる場所を探索しているのですが……その……紙一重、なのでしょうが……」
言葉を濁すモアを不思議そうに見つめる。通気口でうつ伏せ状態で両肘を立てながらこめかみを抑えつつ物憂げに何かを考えている。
どうした? そう続きを促すと、モアはやがて情報を吐き出す様に答えを語ってくれた。
「……調子に乗りすぎて通れもしない所へ身体を捩じ込んだ結果、抜け出せなくなりまして……先程まで散々ロイグに付き合わされていたので、戒めも兼ねてしばらくそのままにしておきました」
本来であれば助けてやりなさいと言うべきところであるのだが……ロイグの場合はこれを反面教師にしてもらおう。
救出するタイミングはモアに任せるから、人手が必要だったら気にせず言ってね?
私がそう言うと、モアは目を見開いた後に咄嗟に口を押さえると小さくお辞儀をした。かわいい。
「ありがとうございます。船長。やっぱりお優しいんですね。その時は……お願いしますね?」
そう微笑みかけてくるモアは、ゆっくりと通気口から下りてきた。
リッタの時とは真逆であるが故に、神秘は守られたままである。
「それにしても……この部屋は少し暑くありませんか?」
元々狭い室内にお客様が二人もいらしてくれたからね。しばらくすれば落ち着くと思うから気にしなくても大丈夫だよ」
「……その割に、船長のお顔が赤い気がしますけど……?」
元からおっちょこちょいの片鱗を覗かせていたロイグとは異なり、モアは鈍くなかった。
心配そうな表情でこちらへ近づいてくる。善意の瞳が眩い。
やがて手の届く範囲まで接近したモアは、私の額に当てて温度を確認してくれる。
ひんやりと気持ちよくて嬉しい。ただ、それと同時に恥ずかしいとも思う。
そしていつキリエの存在がバレてしまうのかという不安も追加される。
その末に考え抜いた末に行き着いた私の行動は……弱々しくモアの手を掴むことだった。
「ひゃっ!?」
驚いたような声をあげるが、それでも私の手を振り払うようなことはなく優しく握り返してくれる。
その掌は冷たいはずなのに、柔らかく包まれているような温かさを感じて、ふわっと広がる甘い香りに、私は静かに胸をときめかせるしかなかった。
「やはり少し熱がありますね……医務室までお送りします。よければお手を……と言っても難しいかも知れませんが」
大丈夫、そこまでは自分で移動出来るから。
船長室にいるリッタ達に事情を伝えて、医務室にいるであろうカランへ先に言付けを頼めるかい?
「そうですか……分かりました。でも本当に無理だと感じたら直ぐにおっしゃって下さいね。船長はすぐ我慢されてしまいますから」
私の中にいる悪魔が全力で良心を攻撃してくるのを堪えながら、それでも笑顔を浮かべながら素直に返事をした。
彼女らが船長室から退室する音を確認すると、私はキリエの様子を確認するために背後に目を向けた。
案の定、室内の暑さは彼女が原因だったようで、額の汗はびっしょりと掻いていた。
多分、コートの中は更に大変な事になっているのだろう。
そんな惨状の彼女は、ゆっくりと身体を起こしながら息を整える。
その間に水とタオルを用意してあげると、嬉しそう笑みを浮かべながら受け取る。
喉を鳴らしながら水を飲み終えると、私がいるにも関わらず赤いコートを脱ぎ捨て、器用にインナー内の汗をタオルでぬぐい始めた。
羞恥心は……あるだろうから信頼されている証なんだろうけど、流石に女性のそういった光景は心臓に悪い。
断りを入れて換気がてら船長室へ。
そして通路まで出ると、こちらに気付いた女性が片手を上げ声を掛けてきた。
「おっす、船長。何か顔が赤いけど大丈夫か? ま、制服をキッチリと着こなすのも大事だろうけどよ、船内ぐらいは楽な恰好でいても誰も文句は言いやしないぜ?」
サッパリとした性格と物言いをするのは、怪盗団アカツキのレンジ。
私がやる気の一欠けらも無い時期によく餌付けをしてくれた女性の一人である。
ありがとう。レンジ。だが、見栄を張るのも船長の役目なのだ。
「あれだけやる気ナシの弱り切った姿を見せておいて何を言ってるんだか。あんまり気負い過ぎるなって。多少の気楽さは持ち合わせた方が良いぞ」
そこまで言って、含み笑いを一つ。
片手をヒラヒラと振って軽い足取りで通路を進み去って行く。
不意に気になってレンジに声をかける。
レンジはかくれんぼに興味は無いのか?
「あーアレの事か。無いワケじゃねえけどさ、ここまで騒ぎにしても健康診断を受けたくないなら、それだけの理由でもあるんじゃねーの? それを詮索して心を抉る様な真似はしたくないってだけさ」
深入りしない方が良いと察した彼女なりの優しさかもしれない。
実際、私もキリエが健康診断を受けたがらない理由は分からないままだ。
雇い主のルゥルゥからすれば、キリエの身体状態管理は責任でもあり義務でもある以上、何がなんでも受けさせたい部分ではあろう。
しかし、実際はここまで大げさな状況になっている。これは一度、私の方から問いかけてみるのも一つかもしれない。
答えてくれるかは、分からないが。
「言った傍から考え事かー? アタシを放置するとはいい度胸してんなぁ」
ペシと軽く私の頭を叩くレンジ。
じゃれ合いと分かる力加減で痛いと感じる事は無いが、不意打ちには驚く。
ごめんよ。キリエの理由を考えていたんだ。
「相変わらず難儀な性格してんなあ。船長らしいっつーか、何と言うか。考え過ぎるなって言っても難しい立場なんだろうけどよ」
考えるのが仕事な部分も大きいから、慣れてるんだけどね。
それもそうかと言って、再びぺちとレンジに頭を叩かれる。少し痛い。
そして私の頭をがしっと掴むと、そのままガシガシと髪を掻き乱し始める。
やめてほしい。
「あっはっは、そー言うなって。アタシだって面倒見てやってたんだからおあいこだっつーの。まっ、根詰めんなよ。そういうところキライじゃねえけどさ」
ニヤっと笑みを浮かべると、レンジはパッと手を退けた。
「それと熱っぽいから医務室に行っとけよ。カランが心配するぞ? そんじゃなー」
そう言いながら手を振って歩いて行った。
誰から見ても熱っぽいのだろうか。自身の手を額に当てても熱いかどうか、ハッキリとは分からない。
とりあえずキリエと一度、話をしよう。
軽く息を吐いて船長室から寝室へ入る……前に、軽くノックと声かけ。
「あ、船長か。入ってもいいよー」
彼女の声に従い寝室に足を踏み入れれば、いつもの赤いコートを既に着用。
先程の汗っかきにはとても思えないくらいにスッキリとした表情をしていた。
「いやー、ゴメンね? さっきは騒々しくしちゃって。おまけに布団とか汗で汚しちゃって。この件については誠意を持って、ちゃーんと洗って返すからさ」
手を合わせながら申し訳なさそうな顔をしてそういうも、口の端からは僅かに笑い声が漏れている。
構わないよ。キリエが理由を教えてくれないから、ちょっと心配しただけだ。
淡々と答える。怒っていないよという意味を込めて微笑んでみたり。
私の顔を見た途端、キリエの笑いが止まり……おずおずと照れ笑いというか。バツが悪そうな表情に変貌した。
それから、小さく溜め息を吐いて視線を虚空に彷徨わせる。その一連の仕草はいつも通りで少し安堵した。
「せんちょーってさ、私が逃げ回っている理由を知ってても追及してこないよね……なんでなの?」
素っ気ない口調で尋ねると、更に奥にある虚空に視線が移る。
キリエが私を信頼してくれている。私もキリエを信頼している。あとは……。
「あとは? そのあとはなにさ?」
ブーツの先で私の座る椅子の足をコンコンと弾く音。加えて視線はこちらの方に向く。……これは彼女が苛々してる時の癖だ。
別に話してもいいけれど、言葉の取捨選択やその時の流れみたいなものが少し邪魔に感じる。
分かるかな? この空気感とちょっとしたやり取りが好きなのかもしれない。
真剣な顔で顎に手を置きつつ、んー? と空中を見つめながら考えるふりをする。
ただそれは本気では無く、ちょっとした余興を楽しむための演技に近い。
そんな私を見たキリエは抗議の眼差しを向けつつ、ジトーッとした感情を隠そうともしないで私に視線を寄越している。
その視線を正面から受け止めながら……何というか、小鳥が餌を待っているような姿を見て微笑ましく思える中で、私は口を開く。
昔、飛行訓練中に墜落して入院したのだが、それ以来病院というものが苦手でね。まあ恥ずかしい話さ。
そこまで聞くと、キリエは好奇心たっぷりの感情の色をこちらに向けて来た。
あ、もしかして気になってきた? しかし詳しく話すつもりはないぞ? これより先はキリエも隠し事を捧げるのだ。
「ぐぬぬ……! ってか、私の場合は船長ほど重たい理由なんか無いけどね。ただ……」
誰かに知られると恥ずかしい、些細な理由というやつか。
「そっそー。でもまあ船長ならいっか。何か……うん、大丈夫って感じがするんだよね」
そう答えると、なんだか納得がいったらしく一人で頷きながら首を傾げるキリエ。
意を決したように私に話してくれる気になったようだ。
「なんていうか、病院って独特な雰囲気があるじゃん? 消毒液の匂いとか、真っ白なシーツとか、薬品棚とか、光が差し込まない廊下とかもね」
キリエの脳内では病院の姿を思い浮かべながら説明しているようで、身振り手振りを交えて語り始めた。
それに合わせて彼女の表情がコロコロ変わる様を見届けながら、私は相槌を打つ。
「アッチコッチに移動させられては待たされて、待ちくたびれてたら急いで呼び出されたり、逆にちょっとした不手際でお医者さんに怒られちゃったり……」
そんな彼女の姿に笑みが零れそうになるのを堪えつつ、続きを促すことにした。
「あとは、ほら? 何より堅苦しい言葉遣いと衣装じゃん? なんかもう落ち着かなくってさ」
まあ確かに、病院の環境というのは落ち着くものではないかもしれないな。
私は肯定の返答をし、それに対してキリエは言葉を続ける。
「こんな話を誰かにすれば、笑われたり、呆れられたりしちゃうと思ったんだよ……だけど、やっぱり船長だね。変に茶化したりせず真面目に聞いてくれて、なんだか……凄く心強いよ」
そう言って微笑む彼女を見て、私も口元を緩めて笑い返した。
キリエとの付き合いはそう長くはないが、彼女と共に過ごす時間は私にとって心地よいものとなっている。
そんな仲間が本音を語る姿を見ていれば自然とこちらも嬉しくなるものだ。
私の気持ちを感じ取ったのか、キリエは照れ臭そうに足をばたつかせながら言った。
「んー。なんか結構熱く語っちゃった気がする。恥ずかしっ!」
頬を紅潮させる彼女を宥めようと肩を叩いたのだが、むしろ逆効果だったようで、さらに早口になって言葉を紡いでいく。
まるで歌を歌うようにリズミカルに吐き出されるその台詞を聞きながら、私は微笑ましく耳を傾けたのだった。
──結局、私は船長に見つかったという事にされ、マダムからは大目玉。
でも隣にずっと船長がいてくれたから、マダムが私に伝えたい事がすんなり頭に入ってきた。
不思議だよね。ただ傍にいてくれるだけで、視界が広がるというか、心がすっと落ち着くというか。
時折、マダムは私じゃなくて船長にまで小言をぶつけたりして、それがおかしくて。
病院へは後日改めて受診するようにと言い渡され、その時は船長が同伴してくれることになった。
病院嫌いが二人揃えば最強。例え相手がお医者さんであろうとも怯むことなかれ、だね。なんてね。
そうそう、マダムの小言を終えて羽衣丸から船長の船に戻ってきたら、ひと悶着起きたことも報告しないと。
船長室の前で仁王立ちの体勢で、すっかりご立腹な様子のカランがいたんだ。
「……待てど持てども医務室に来ないと思ったら、容疑者の身柄確保を優先していたのね、にいさん」
この時初めて知ったけど、船長がお世話になった先生の子供がカランだったみたいで、昔馴染みってやつだってさ。
普段はちょっとやる気のなさそうな不思議な笑い方をするカランが、この時は眉間にシワを寄せて不機嫌そうな様子を隠そうともせず、私と船長に詰め寄ってきた。
多分、二人きりの時だけに使う「にいさん」の愛称をずっと船長に向けて言っている。そういうことか。
今度は船長に向けられたカランのお説教が始まり、小言に耳を傾ける。
「水は空っぽ。寝室の布団は汗でぐっしょり。そんな状態で船内を歩き回られると迷惑なのだけれど。聞いているかしら、にいさん?」
あ、全部私のせいだ。これは嘘をつかない方が良いパターン、間違いない。
そう思って私が口を開こうとすると、船長が人差し指を唇に当て、しーっと声を漏らすのだ。私への気遣いなのだろう。
船長が私のせいで怒られている申し訳なさを感じながらも、こうして庇ってくれる姿というものは、やっぱり嬉しいもので。ついニヤけそうになるのを頬の内側を噛んで堪えた。
ひと通り喋り終えたのか、カランは船長を睨むも、どうせこの程度の小言では反省する気がないんだと理解しているのだろう。
深々と溜息を吐いて口を開いた。
その関係性がとても羨ましくもあり、ちょっぴり妬ましくもあったり。
「……はぁ。熱冷ましの薬を渡すから、必ず服用する事。食事はモアが船長室まで運んでくれるから、きちんと受け取りなさい。それと……あまり無理はしないこと。分かったわね?」
心配しているという事を伝える方法やタイミングの匙加減というかそういうの、カランは私なんかよりずっと上手だ。
そんなカランの言葉を受け、船長は素直に反省する様子を見せつつ、控えめな礼を言った。
ようやく納得したカランと別れてからは、二人で布団やシーツの入れ替えをしていた時点で私は気づいてしまった。
二人には狭い布団の中で、私は汗をかいたまま船長に思いっきり抱き着いたあげく、インナー姿で汗を拭う姿まで見せていた事を。
……やばい。意識し始めた瞬間、どんどん顔中が熱くなっていくのが分かってしまうくらい、熱い!
きっと今の私は茹でダコみたいに顔を真っ赤にしているに違いない!!
頭のてっぺんまで熱くなるくらいの恥ずかしさに襲われつつ、私はこの激しい動悸を船長に八つ当たり的な形でぶつけるけど、本人はいたって平常心。鈍感かよ!!
女心を分かれよ! 私の体液と体臭が染みついたものに触れている事に気付けよ!
恥ずかしくて恥ずかしくて気絶するかと思うぐらいにさぁ! 次からどんな顔して顔を合わせればいいっていうのさ!? 今すぐ真新しくした布団に飛び込んで全てをなかったことにしてしまいたい気持ちに駆られるけど、絶対にそんな事したら自分が後悔するよね!
……そうだよ、開き直れば良いんだよ。ここは私が明け透けな性格だった事にして全部なかった事にしてしまおう。我ながら名案!
「ふ、ふーん。船長も手際が良いじゃん。あ、えと……い、いつもなら言われてから慌てて整えている癖にね?」
そしらぬ顔で胸を張って見せた私。気取られまいとする私の姿は上手く作れているはず。
不思議そうな表情でこっちを確認してくる船長を、私は華麗にスルーしていつも通りを装っている。完璧、そう自分の中で思っていた。
結局、傍から見れば私だけが変に意識してしまっている雰囲気が流れてしまっていたのだが、船長は触れる事無く微笑んでいた。
……あーあ、ズルいな。余裕を見せつけられると私なんて未だ子供みたいだ。
背伸びをすれば届くかもしれないけど、それはつま先立ちという無謀な挑戦だし。
悔しいな、と思いながら私は密かに笑みを零す。だって嬉しいんだもん。
船長は船長で、私の中で意識し始めた船長そのままの姿が目の前にいるという現実。
それだけ私が船長に親しみを持っていたのかと自分でも気付かされて、温かな気持ちになれて胸がぽかぽかする。
むず痒い心を撫で上げるような幸せな気分で自然と口元が綻んだ。
きっと他の子も気づき始めてしまった人がいるはずだけど、それでいい。
私と同じようにジワジワと気恥ずかしさを噛み締めながら意識し始めて、悶え苦しむが良いのだ!
なんてちょっぴり意地悪な考えだと思ったけど、答えはそれぞれで一つじゃないだろうからさ。
だって答え合わせは、自分にしか出来ないもんね!
私の心は空と同じく気まぐれにゆらゆらと揺れ動き始め、上昇したり下降したり、時々いじけたり曲がったりを繰り返しながらも、飛び方を覚え始めていったのであった。
短編集もこの回で100話に到達したようです。
私が好き勝手に書き殴る話をお読み頂き、本当にありがとうございます。