外伝 とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
それでは3話です
去っていく
『暗部』へと入るその第一歩を踏み出し、今まで歩き続けたその人生のその瞬間を。
その日、図らずして彼女にとっての人生の分かれ目となった。
別に能力が暴走したとか殺意の限界だっただとか、そんな
『あーあ、つい殺しちまった』
黒夜海鳥はまるでつい口から溢れたかのようにそう呟いた。一方通行の攻撃力を反映した能力である、
『まァ、構いやしないだろ。どうせあとは調整するぐらいしかなかったし』
『勝手に自己完結しないでもらえませンか?そういうのこっちからすると超ムカつくンで』
そんな彼女に苛立ち混じりの声をかけるのは、黒夜と対をなすかのように一方通行の防御力を反映した能力、
黒夜と同じく『暗闇の五月計画』の研究機関で、超能力を向上させる研究被験体とされていた彼女は、たった今そのしがらみから解放された。
だが、そんな人を人として思わない研究者達が蠢く研究機関だとしても、必ずしも全員が全員解放されたい訳でもない。
『あなたは違うでしょうが私にはまだ成長の可能性がありました。それを一方的に潰された私の感情が理解できないほどに超マヌケなのかお前?』
『それはとっっても残念でしたァ♪つっても、この通り『暗闇の五月計画』の研究者は全員挽き肉になったわけだけど、どうする?きっとこの殺戮を知った奴らはこの計画は凍結するンじゃないの?』
それはそうだろう。絹旗も研究者達が『自分達は安全な環境で研究をしている』と、前提に考えて研究をしているのを肌で感じていた。そのため、今回のような虐殺を見て同じような人間はまず現れない。
もし、変わらず決行しようとする奴らが居るとすれば、更に頭のネジが壊れたマッド野郎ぐらいだ。そんなここよりもヤバい奴に、自らの身体を弄られることを絹旗は許容することはできない。
『……チッ、いいでしょう。私も私でこれからは自由に生きます。超命拾いしましたね』
『流石は絹旗チャン。ここで私と殺し合えば「暗部」での印象も悪くなるからな。殺しと権力が蔓延る「暗部」だからこそ、目に映るモノを全て殺す問題児よりも従順な方が目を掛けて貰える。いやー、本当に流石だよ』
そんな黒夜からの挑発を無視しながら、絹旗は黒夜と反対の道へと歩く。しかし、歩む道は道は違っても同類になるだろうと絹旗は予想していた。
これも、同じ人間の
そして、絹旗と黒夜がそれぞれ暗部で活動していくため、それぞれの一歩を踏み出そうとしたその時、声をかけてきた女が居た。
『やあ、君達。これから「暗部」に関わるつもりなら僕と共に行動しないかい?』
こちらの現状をいつから察知していたのか、その迅速過ぎる動きが気になるが、先程の言葉とここにいる意味から「暗部」の人間だろうと推察する。
その言葉を聞いた黒夜は初めて会う相手を馬鹿にしたように返答した。
『はあ?何でそんなことをしなくちゃなんねェんだ?わざわざつるむ理由が無いね』
『同じく。私は自由にやりたいのでこんなところで余計な枷を作りたくありません。仲間を増やしたいのなら他を当たって下さい』
『君達は気にならないのかい?僕の能力について』
『ハア……?馬ッ鹿じゃねェの??能力者なんてこの学園都市じゃ溢れてンだろ。引き止めるにしても余りにもチープ過ぎる理由だって気付いてるか?幾ら特殊な能力だろうがこれから数多ある選択肢を、それだけで狭める理由にはならないンだよ。
そもそも、こんなところに居るんだからな大体察しは付く。どうせ、「暗部」について右も左も知らない──いや、まだ把握していない私達に声を掛けて、自分にとって都合のいい知識を与えようって腹だろ。誰がそんな手に引っ掛かるか。さっさと失せろマヌケ野郎』
そんな相手を舐め腐ったように言葉を吐き捨てた黒夜に対し、その人物は動揺することが一切なく淡々と答えていく。
『ふむ、そう受け取られてしまうのも当然と言えば当然か。なら本当の僕を見せようか──僕の名前は
『『ッ!?』』
『僕は君達よりも長く暗部に居る。僕の知識と能力の出力方法を知りたければ僕の背中を見続けるといい。それが君達の力になると僕は確信しているよ』
こうして二人は天野の話を受け入れ、共に行動することとなったのだった。
そんな自分にとって人生の節目に現れた女は、変わらず自分の予想外のことばかりをし、尚且つ自分に利益を与え続けている。
天野倶佐利は未だに理解できない女ではあるが、共に行動していれば間違いなく何かしらのメリットを享受できるため、縁を切るということはあり得なかった。
「(それに、私の目的である暗部の天辺に立つという野望とも一致してる。アイツが統括理事会に入ることは私にとっても都合がいい)」
利害の一致と奇想天外な言動。それが未だに彼女と関係を持つ理由だった。そして、その人物が去ったのならばここにいる理由はなく、立ち去るのが普通だが少女は未だにここにいる。その理由が目の前に居るもう一人の少女だ。
彼女は天野倶佐利が立ち去ったにも関わらず、黒夜と同じくしてこのカフェテラスに居座っている。黒夜はそんな同じくらいの年齢の少女へ言葉を投げ掛けた。
「それで?絹旗ちゃん的にはどう見るよ」
「超何のことですか?」
「あれあれぇ?惚けるつもりぃ?こうしてまだここに居るのは、私と仲良くおしゃべりしたいって訳?いやー、照れちゃうね」
「チッ……別にいつもと変わらないでしょう。
しぶしぶ、絹旗は黒夜の問いに答えた。黒夜はそのことを特に咎める事なく、椅子の背もたれに体重をかけて長年の悩みを口に出す。
「本当にどうなってんだろうなありゃあ。一方通行の演算を植え付けられて、私達の人格は大なり小なり確実に影響を受けた。
考えればおかしな事なのだ。自分達は第一位の演算パターンの一部を植え付けられただけで、感情が荒ぶったときはもちろん、在り方まで僅かに変質してしまっている。
そして、それは自然な事だった。他人の演算パターンを植え付けるということは、他人の思考回路を移植するということ。
人格に致命的なズレを与えてもおかしくない行為だ。実際に廃人へとなった『同級生』も居た。
「あの人に付いてきたのはそれも理由の一つですしね」
「アイツのアイデンティティの構築の仕方が分かりゃあ、能力の向上になるかと思ったンだが、未だに何一つ分からねェ。流石に原石だからっなンつうふざけた理由じゃないだろうがな」
相性が致命的に悪い彼女達が頭を突き合わせるほどに、彼女達にとってこれは解明しなければならない事柄だったのだ。
カップに残っていた紅茶を飲み干した絹旗は、肩を若干落としながら呟く。
「ですが、超解明できていないのは昔からのことです。これからも変わらず地道に探るしかないでしょう。分かったことがあればこうして情報交換ぐらいしかすることはないですよ」
「まァ、それが妥当かね。それじゃあ解散だ。ムカつく顔を見ていたいようなイカレた趣味もねェし」
「それは超こちらのセリフです」
そして、彼女達は別々の道を歩いていく。本来ならば重なれば血を見ることになるのが必然でありながら、こうして幾度も接触するのは天野が彼女達の軸に居るからだ。
それは、天野が居なければこの関係性は崩れ去ることと同義なのだが、彼女達からすればバッチコイなのが、互いの心証がどういうものなのかを如実に表しているだろう。
そんな二人なのだから当然こういうことも起きる。
「(それにしても、情報交換ねェ……ブレインストーミングでは必要不可欠なことだが)」
「(それよりも優先しなくてはならないことが超あります)」
既に見えないほどに離れながら、二人は全く同じタイミングで内心で吐露した。
「「(奴に教える情報など何一つありはしない。出し抜いた後に殺してやる)」」
先程の会合もどれほど情報を相手が有しているかを、受け答えの反応で見極めるというのが本命だ。彼女達は利害が一致しているだけで仲間という訳ではない。
例えそれが何年も共に行動していた人間だとしても。
「
そう言葉を発したのは暗部組織『アイテム』のリーダー、
とあるファミレスで外から持ち込んだシャケ弁を摘まみながら、彼女は周りからの視線を一切気にせず話し出した。
「『スクール』が計画してたって例のあれ?でも、結局三日前に私達であの陰険女は殺したから、暗殺用のスナイパーはもういないんじゃなかったっけ?」
そう言ったのはこれまたファミレスの外で購入した鯖缶を、店内で堂々と開けているフレンダ=セルヴェルン。
話によるとその女スナイパーはフレンダと因縁があったようで、麦野と一緒に始末したらしい。
「新しく補充したんでしょ。都合よくそんな奴が居るとは考えて無かったからね。まさか、決行できるだけの算段が付くとは思いもしなかったわ。
まあ、どちらにしろ言えるのはアイツらは私達の『警告』を無視しやがったってことよ」
その様子を見ていた浜面仕上はため息を吐いた。
非常識極まりない奴らから半分くらい現実逃避していると、『アイテム』のメンバーである
「……西南西から信号が来てる」
どうやら、この女もおかしいようだ。
浜面はドリンクバーから人数分のドリンクを補充するパシリに使われている。小物らしく愚痴りながらドリンクを机に置いていく。
「まあ、そんなわけで調子乗っている『スクール』は皆殺しにするわよ」
「……」
浜面は嘗て武装無能力集団を束ねていたとはいえ、実際は駒場利得というリーダーが死んだために、代わりに
絶対に譲れない信念も物も無い彼に、人の命をそう簡単に奪えるような覚悟などありはしなかった。
これが俺とこいつらとの格の差というものなのだろうか、と内心でそんなことを小物の浜面は思う。そんな彼女らを羨ましくもありつつ、そんなことを普通に言えてしまうこいつらを同時に悍しく思った。
そんなことを考えていると、店の自動ドアから幼いと言えるだろう少女が入ってくる。その姿に浜面は見覚えがあった。
「ちょっと絹旗。アンタのせいで話進められないじゃない。遅刻よ遅刻」
「予め遅れることになるだろうと超連絡はしておいたでしょう。もし、連絡が行ってないのなら浜面が悪いです。浜面超ギルティ」
「いやいやいやいや、俺はちゃんと言ったってッ!だよな!?なッ!?」
「うわー……、浜面が必死過ぎてキモいって訳よ」
「浜面は超浜面ですからね」
「大丈夫だよはまづら、私はそんなはまづらを応援してる」
そんな感じで今しがたやって来た絹旗も加わり、和気あいあいと話しているのは『アイテム』の面々だ。彼女達は同じ暗部組織で活動している仲間である。
だが、彼女達は知らない。彼女がここに来るまでの間何をしていたのか誰と話していたのか。
気付くのが致命的なタイミングとなることを、この場ではたった一人しか知らなかった。