ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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――鍛冶司る独眼よ、我らを統べる天空神に勝利の雷火を宿すがいい。

――全知なる神が望むは、決して砕かれぬ鋼鉄なる裁き。

――全能なる神が望むは、邪悪なる敵を滅ぼす死の光。

――さあ、汝が担う雷で不滅の英雄を鍛えるのだ。

――大地を、宇宙を、混沌を、全てを焼き尽くす雷鳴を。

――その銘は……


独眼

 白亜の塔(バベル)を囲むように造られた中央広場(セントラルパーク)を足早に進みバベルの門を潜れば、白と薄い青で彩られた大広間が現れる。

 

「え~と、四階、四階」 

 

 広間の中心にはいくつもの台座が鎮座している。その一つに乗ったベルは手慣れた様子で備え付けられた装置を操作して上の階層へと上がっていく。

 

「相変わらず、凄いなぁ……」

 

 視界いっぱいに広がる様々な武器や防具が並ぶ店全てを【ヘファイストス・ファミリア】が所有している。何度見ても圧巻としか表現できない光景に、ベルは自身の心が疼くのを感じた。

 

(本当は刀が欲しんだけど……他の武器と比べても高い、のはしょうがないか)

 

 無意識の内にベルが眼差しを向けるのは、武器の中でも斬ることに特化した武器『刀』だ。その値段は剣や槍といった他の武器と比べても、群を抜いていた。

 

 そもそも刀は『人』を斬る為に極東の鍛冶師によって作り出された武器であり、手入れもかなりの頻度が必要で、さまざまなモンスターを相手にする冒険者が持つ武器としてはあまり向いていない。

 

 だからこそ刀を買う冒険者は少なく、求める質にも拘る者が多い。結果として値段が高くなってしまうのだ。

 

(本気で刀にするなら最低でも二刀はないと、僕の戦い方に合わない)

 

 だが、ベルの考えは変わらない。己が願う理想の姿を描いた時、英雄は両手に刀を握っていたから。その時点で選ぶべき道は決まっていた。

 

──武器だ。英雄に相応しき武器がいる。

 

──英雄と共に武功を立て、命を預けるに相応しき半身が。 

 

 今ベルが心に抱くのは、現状に対する一抹の不満。ヘスティアから【神聖文字(ヒエログラフ)】を刻まれ、強くなる為に必要な【ステイタス】を授かった。

 

 そんなベルがその手に握るのは、どこにでも売っている安物のナイフ。何度か振るえば、すぐ刃こぼれしてしまうような消耗品だ。

 

 しかし今のベルは下手に高いものを買って失敗するよりも安物のナイフを使った方が効率的だと割り切っている。

 

「でも、流石にこの値段じゃ手は出せないなぁ……」

 

 この棚に陳列している短刀の値段は八百万ヴァリスであり、その奥に鎮座する紅の剣の値札を見れば……

 

「……3000万ヴァリス」

 

 とてもじゃないが今のベルでは手を出せる代物ではない。因みにさきほどの刀は6000万ヴァリスだ。

 

 ベルは一見ここに並ぶ武器たちを物欲しそうに眺めているように見えるのだが……

 

「自分の命を預けるんだ。まだ選ぶには早いかな……」

 

 それ以上にベルはここに並ぶ武器に、担い手として欲するものは存在しなかった。どの武器を取ったとしても、目指す理想を前について来れず崩れ去る未来しかベルには見えないから。

 

──英雄は求めていた。己の理想を共に歩んでくれる武器を。

 

──英雄は願っていた。己の誓いを共に果たしてくれる武器を。

 

 それでもカッコイイ様々な武器を眺めるのは楽しいと、ベルは心の内と反して明るい笑みを零す。

 

 もう少しだけ見て行こうと思っていたベルだったが、背後から声を掛けられる。

 

「あら? ……誰かと思ったら噂の英雄君じゃない」

 

「え……? あなたは……」

 

 振り向くベルの目をまず奪うのは、炎のような力強さを感じさせる美貌。次に目を引くのは、右眼を中心に顔の半分を覆いつしてしまっている眼帯。そして最後に腰まで伸びた紅色の長髪が印象的な女性だった。

 

「こんにちは。私は……そうね。ヘファイストスっていえば伝わるかしら?」

 

「は、はい! 初めましてヘファイストス様、僕はベル・クラネルって言います」

 

(火山のような炎……それに雷の光は……なるほどね。あなたは、寧ろこちら側か)

 

 不意に現れたヘファイストスを前に、ベルの深紅(ルベライト)の瞳から僅かだが閃光のような光が漏れる。意図せず漏れ出すその輝きは、まるでヘファイストスに共鳴しているようにも思える。

 

(ああ……凄まじいわ。本当にあなたは変わらないのね、〝私が鍛えし雷霆(ケラウノス)〟。その右眼も、心に抱く願いも)

 

 ヘファイストスを前にして、ベルの心は不思議と懐かしさに包まれた。この穏やかな気持ちをベルは知っている。祖父と暮らしていた時も、今のように懐かしい気持ちをベルは抱いていたから。

 

 だがいつまでも呆けてはいられないと、ベルはヘファイストスに仰々しい己の呼び方を尋ねる。

 

「えっと、その英雄と言うのは……」

 

「……あんな姿を見せておいて、相変わらず(・・・・・)自覚は無いのね」

 

「……? それは、どういう」

 

 ベルにとって〝英雄の凱旋〟は、エイナとの約束を果たす為の自己満足な行動だ。それにあの時は意識が朦朧としていて、今になってもベルは多くを思い出せないのでいまいちピンとこない。

 

 それに加えてヘファイストスの言い回しに、若干の違和感をベルは覚えた。

 

「まあいいじゃない。それよりも、英雄君は何の武器を求めてここへ?」

 

 初対面である筈なのに親しみを感じるヘファイストスに対して首を傾げるベルだが、これこそがあるべき関係なのだと魂が咆える。

 

 ならこの距離感は正しいはずだと、ベルは納得するしかない。

 

「え~と、今日は武器を眺めに来ただけなんです…… どれも素晴らしい武器だとは思うんですけど、今の僕じゃ手が届きそうになくて」

 

 ヘファイストスの問いを前に思わず本心を言い掛けそうになるベルだが、何とか堪えると話を逸らそうとする。

 

 世界中から引く手数多である【ヘファイストス・ファミリア】の主神であり、永久現役社長であるヘファイストスにに無礼を働けるほどベルは向こう見ずではない。

 

「へぇ……やっぱり(・・・・)ここに並んでる武器じゃ満足できないのね」

 

 しかしそんなことは分かっていたとばかりにヘファイストスはベルの本心を正確に言い当てる。

 

「……! そこまで、分かるんですか……。はい、確かに……ヘファイストス様の言う通りです。ここに並ぶ武器はどれも素晴らしい逸品だと断言できますが、僕の命を預けたいとはどうしても思えません」

 

「せめてあの輝き(ガンマ・レイ)に耐えられるくらいの武器じゃないと、僕は決して満足しない」

 

 ヘファイストスに向けて紡がれたベルの言葉には、この想いは絶対に譲らないという鋼の意志を感じさせる。そんな雄々しいベルの姿を見て、ヘファイストスは瞠目すると一度静かに瞳を閉じる。

 

「! …………そう。……そうだったわよね。……ごめんなさい、どうやら時間みたいだわ。本当はもっとゆっくり話したかったんだけど、私も結構忙しくてね。()()()()()()()()()()()()()()()()

。折角来たんだからゆっくりしていってね英雄君(ベル・クラネル)

 

「は、はい……」

 

 ──ベルに背を向け再び開かれたヘファイストスの左眼には、火山が噴火したような燃え上がる意志が宿っていた。

 

 

 

 

「……本当に……本当に久しぶりだわ。右目が疼いたのなんて何万年ぶりかしら? 待ってなさい、雷火の天霆(ケラウノス)。あなたに相応しい武器は必ず私が……」

 


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