ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
陽が沈み、昼とはまた違った喧騒の姿を見せるオラリオの街。様々な楽器による演奏や、吟遊詩人の詩が自然と耳に流れ込んでくる中、ベルはメインストリートの人混みを掻き分けていく。
そして見覚えのあるカフェテラスを見つけると、ベルは扉を開けて店の中へと入った。
「あ! ベルさん!」
「っ……」
どこから現れたのか、まずベルを迎え出たのは昼の折に出会ったシル・フローヴァその人だ。
「いらっしゃいませ! 来てくれたんですね!」
「……はい、約束しましたからね」
「ふふっ……そうですよね? では、こちらにどうぞ!」
ベルとシルは昼と同じように微笑みを浮かべて、店の中へと進んでいく。案内されたのはカウンター席の目の前には恰幅のいいドワーフの女性が立っていた。
「へえ、アンタが〝未完の英雄〟かい? ははっ、いい面構えだ。将来有望そうじゃないか」
「はははっ……」
またか、とベルは頬を引き攣らせる。ヘファイストスから始まり今日の間でベルは何度も〝
「その様子じゃ、さっそく有名人としての洗礼を受けたみたいだね?」
「はい……僕としては初耳と言うか、自覚がないので困ってるんですけどね……」
その中には若干狂気的なまでに盲信してくる人も居たことから、思わず身構えてしまうのだ。
「まあ安心しな、ここの奴らにはよ~く言って聞かせてる! だろう!」
「「おおおおおおおおお!!」」
「それじゃあゆっくりしてくれよぉ!」
ベルは知らないことだが、今オラリオでは〝
そしてレベルの差を知る冒険者であればあるほど、ベルを称賛せずにはいられないのだ。
──またベルの人気が加速する理由の一つが【ヘスティア・ファミリア】唯一の眷属であるという点もあるだろう。
傍から見ればただ一人の眷属であるからこそ、己が女神の為に強くなりたいと雄々しく進むベルの姿に多くの者が心奪われる。
ベルからしてみれば、ヘスティアに心配をかけ自分のしたいことをしているだけなのだが。
(未完の、英雄か。いいや、違う。誰かの想いすら背負えない今の僕に〝英雄〟の名は相応しくない。だからもっと強くなろう。真の英雄になる為に)
──誰が言ったか〝未完の英雄〟。
ベルに付けられたその異名は、今はまだ未熟な英雄という意味と、英雄の物語はこれから始まるという二つの意味が込められている。
ここで終わりではないからこそ未完。民衆は求めているのだ、英雄が新たな偉業を成し遂げてくれることを。〝英雄の凱旋〟の先を。
○
「ふふ……楽しんでいますかベルさん」
「はい、とても。いいですね、ここは…… とても気に入りました」
「良かったです。気に入って貰えて」
ベルは【ヘファイストス・ファミリア】を出ると一度ホームへ帰り、バイト終わりのヘスティアに夕食は外で取る事を伝えた。
『うん、うん! ちゃんと休んでくれているようでボクも安心だ! ベル君のお陰で貯金にも少しは余裕があるからパーッと羽を伸ばしてくるんだぜ!』
ヘスティアもバイト先での打ち上げがあるらしく軽く会話を交わしたら元気よく飛び出していった。
そして現在シルとの約束を果たす為に、ベルは豊穣の女主人で食事を取っている。
(そうだ、彼らの笑顔こそが何よりも尊いものなんだ。決して悪に踏みにじられていいものじゃない……)
少し見渡せば笑い合う冒険者たちや、可愛らしいウエイトレスに鼻の下を伸ばす男たち。賑やかな雰囲気に包まれれた温かな子の景色はベルが守ると誓った幸福の一幕。
(だから僕は見定めなきゃいけない。幸せを踏みにじる悪は居るのか。居るとするならそれは誰なのか。この眼で)
ベルにとって力とは、誰かを守る為にある。今もベルはこの胸に宿る願いと覚悟、そして切り拓くべき明日に対する慈しみで満ちているのだ。
この身のすべては皆を幸福にするために在るとベルは信じている。誰もが笑顔で生きられるように、幸せでいて欲しいから。悲しい涙は流させないと願うからこそ、ベル・クラネルは英雄になりたいのだ。
──ただ我武者羅に強さを求め続けた。
──ベル・クラネルは『英雄』だ。決めたことは必ず成し遂げる鋼の意志と、守るべき『誰か』の為に前へ前へと進み続ける。誰よりも、何よりも未来を願う真実、紛れもない〝英雄〟なのだ。
『……大丈夫ですか?』
シルと会話を交わしながらベルがふと思い出すのは、ミノタウロスとの死闘を終えた後に出会った【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの姿。
(アイズ・ヴァレンシュタイン、か)
初めて【
(あなたは……)
そんなアイズにベルは強い興味を抱いてしまう。己の心から欠落しているだろう〝過去を抱きしめる〟という想いに、惹かれてしまう。
何故ならベルにはアイズが抱くその気持ちを真に理解することはできないから。前へと進み続けることしか出来ないベルが、振り返るべき過去はもはや一つとして残されていないのだから。