ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
「よっしゃあ! ダンジョン遠征みんなご苦労さんや! 今日はじゃんじゃん飲めぇ!」
「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」
「……」
遠征から帰還し、ロキのお気に入りである豊穣の女主人にやって来た【ロキ・ファミリア】だが、そんな中でアイズだけが心ここに在らずと言った様子だった。
「あー! 私も〝英雄の凱旋〟見たかったな~!」
「はぁ……ティオナ。あんたさっきからそればっかりね」
「だって、見た人に聞いたら英雄譚みたいだったなんて嬉しそうに言われたらさぁー……気になるじゃん〝未完の英雄〟君!」
それからほどなくして騒ぎ出す【ロキ・ファミリア】の面々も、現在オラリオで話題沸騰の〝英雄の凱旋〟について話し合う。
とくに英雄譚を好むアマゾネスの少女ティオナ・ヒリュテなどは、ダンジョンから帰還してからこの話題しか口にしていない。そんな
「ああ。僕も伝え聞いただけだけど、かなりに話題になってるみたいだね」
「だ、団長! い、いつからそこに!」
「少し前からかな? 面白そうな話をしていたみたいだから、僕も気になってね」
「だよね! だよね!」
二人の背後から現れたのは【ロキ・ファミリア】団長であり、【
フィンは、
(ふっ……親指が疼いてしょうがない。これは間違いないかな?)
思わず親指を撫でるフィンは、ベル・クラネルが噂に違わぬ可能性を秘めていると予感する。この疼きは信じていいとフィンは断言できるから。
(早くこの目で見たいね、未完の英雄の姿を……)
これまで目的のためにさまざまな画策によってその名声を手にしてきた『
Lv.1でありながら中層のモンスターであるミノタウロスに挑むその行動は愚行としか言いようがないもので。
だがしかし英雄とは時に誰よりも愚かだからこそ、前人未到の栄光をその手に掴み、後世に英雄譚として語られる。
十人に聞けば十人が不可能だと答えるLv.1によるミノタウロスの討伐。
それを成し遂げたベル・クラネルは未完なれど、たしかに英雄になる器を持っていると言えるだろう。
○
「ったく、お前らはたかだかミノタウロス一頭に騒ぎ過ぎなんだよ」
「ガハハッ! 今日は一段と機嫌が悪いのうベート」
「チッ……! うるせえな……余計なお世話だ」
遠征帰りの宴会だけあって、大いに盛り上がる【ロキ・ファミリア】の冒険者たちだが、その中でアイズ以上に様子のおかしい人物が居た。
その男の名はベート・ローガ。Lv.5であり【
「……ふうむ。その様子じゃと、機嫌が悪いだけというわけではないとみたが?」
「……だったら何だってんだ?」
そんなベートを気にする素振りなく話しかけるガレスの言葉は正鵠を射ていた。今ベートの心を支配するのは今までに感じたことの無い苛立ちと、それ以上の歓喜なのだから。
「ガハハッ! いい眼をしていると、そう思っただけじゃ……」
強さを求めているがどこか冷めていたベートの瞳が、爛々と輝き始めていると感じたガレスは温かな視線を向けるのだった。
『【
ベルが魔法を放ったあの場には、実はアイズだけでなくベートも立ち会っていたのだ。
アイズとは違いベートが見たのは魔法を放つ少し前からではあるが、ミノタウロスに立ち向かった少年はたしかに強者だった。
今はまだ強者と呼ぶには相応しくないが、ベートの瞳に映ったベル・クラネルは決して弱者ではなかった。その胸に抱く大志が、鋼の意志が雄々しく燃え上がっていたのだから。
(くそがっ……! あいつは諦めていなかった! どうせ無理だと馬鹿にしていた俺の考えをぶち壊して、勝ちやがったんだ! そうだ……俺とは違って! あいつは、最後の最後まで『強者』だった!)
(ふざけるんじゃねえぞ、ベート・ローガ! お前はいつから今の強さで満足してやがった! これでいいと綺麗事のような嘘を重ねて逃げてやがった! 違うだろうが! そうじゃねえだろうが! 俺の願ったモノは!)
だからこそ、ベートの尽きることの無い苛立ちは自身に向けられたものだった。
Lv.1如きの冒険者がミノタウロスに勝てるわけはないと、今の強さに胡坐をかいて鼻で笑って見せた過去の自分を殴ってやりたい。
──己がもしあの立場だったとしたなら、ミノタウロスに勝てただろうか?
──答えは否だ。そもそも己がLv.1であったならミノタウロスに挑もうなどとは思えないベートには、そもそも勝つ負ける以前の話なのだ。
傷が疼いた。ベートの魂にまでも刻まれた過去の
──ベートは弱者が大嫌いだった。戦場に出て死ぬのは、いつだって無茶をする強者ではなく、精一杯の勇気を振り絞った弱者だから。
(ベート・ローガの目指した理想は! 願った力は! こんなものじゃなかったはずだ!)
どれだけ強くなったとしても、零れ落ちる命がある。救えない者たちが居る。
あの日のように、すべてを奪い去ってしまうのだ。そんな救いのない世界の、戦場の非情なる真実がベート・ローガは何よりも大嫌いだった。
もっとだ。もっと力を寄越せと叫んでも、守りたい者たちはその横で勝手に死んでいく。
──大切なモノすべてを守り切れなかった自分自身がベート・ローガは誰よりも大嫌いなのだ。
(俺も、俺も強くなれる! いや、強くなるんだよ! なぜ俺は今まで立ち止まってた! 今のままでいいと諦めていた!)
そうだ。強者とは斯くあるべきだと、ベートはあの場に立ち会えた己の運命に感謝した。すべてを失ったあの日から欠けていた情熱がベートの心に不死鳥のごとく蘇る。
『まだだ』
ベートが思い出すのは、ベル・クラネルがミノタウロスを前に立ち上がった時に叫んだ『強者』の叫び。
(そうだ、まだだろうが!)
雄々しく羽ばたく英雄の
──我が牙は、神すら喰らう何者にも砕かれぬ鋼の刃。
──待っているぞ、
──俺はお前の先を征く。
すべてを失った銀狼は、英雄の雷鳴と共に新生する。それは過去の己との決別に非ず、優しきあの日の思い出は今もこの胸に在る。
この数日後、ベート・ローガは【ランクアップ】を果たしLv.6の冒険者となった。