ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
――その背に刻まれるは、黄昏を告げる終焉の祝福。
――英雄に寄り添う精霊の風。
――少女の心を焦がすのは、憎悪に満ちた憤怒の業火。
――その日。孤独なりし復讐の精霊は、未来を育む光と出会った。
【ロキ・ファミリア】の宴は続く。
自他ともに認めるオラリオ最強の魔導士【
「しかし私たちの逃したミノタウロスが上層に上がり、それをLv.1の冒険者が倒すとはな。出会ったのが噂の少年でよかった、という資格など私には無いか」
それは【ロキ・ファミリア】が起こしたミノタウロスに対しての不手際に関してであることは言うまでもない。
今では〝英雄の凱歌〟として話題になっているが、ミノタウロスに
そうなれば【ファミリア】同士による争いの火種になりかねない。本当に今回は運が良かっただけなのだからと、リヴェリアは宴会中であっても気を引き締める。
「まぁまぁええやないかリヴェリア! その子も無事やったんやから、あんま難しく考える必要はあらへんで?」
「ロキ……だがな……」
そんなリヴェリアを見かねたのか、すでに酔っぱらっているロキが絡みはじめる。
「だがも、しかしも無いっちゅうねん! そ・れ・よ・り・も・や! 噂の子、【ヘスティア・ファミリア】の眷属って話やないかー! あのドチビ、いつの間に【ファミリア】なんて作ったんや!」
それは珍しく落ち込んでいるリヴェリアを慰める為だけではなく、ロキ自身の愚痴を聞いてもらう目的もあった。
Lv.1でありながらミノタウロスを倒したという〝未完の英雄〟に興味をそそられるロキではあるが、その少年が所属している【ファミリア】に問題があった。
──【ヘスティア・ファミリア】。それ即ち〝
ロキとヘスティアは初めて出会ってからまだ百年程度しか経っていない。だがその仲は険悪だと神々の間でも有名だ。
その理由はたった一つ、されど譲ることの出来ないもので。端的に言えば、ロキには無いヘスティアのデデン! と胸に実ったその果実にあった。それをロキが目の敵にし、ヘスティアも煽り返すから収拾がつかない。
それからというもの、ロキとヘスティアはことあるごとに口喧嘩する水と油な仲なのである。
「何だロキ、知り合いなのか?」
「ふんっ! ドチビのことなんか思い出したくもあらへんわ! それより胸や! 胸触らせてぇやリヴェリア!」
しかしせっかくの宴会にまでヘスティアのことを持ち出されては堪らんと、ロキはリヴェリアの胸に飛び込もうとするが。
「はぁ……やれやれ。駄目に決まっているだろう」
──当然、許されるはずが無かった。
○
一方どこか近寄りがたい雰囲気を放つアイズと食事を取っているレフィーヤは、健気に声を掛け続ける。
アイズの様子が変わったのは遠征の帰り、ミノタウロスを追って行った後からだった。
まるで鋭利なナイフのように研ぎ澄まされた気配と、親とはぐれて迷子になってしまった子どものような寂しげな表情からは、どこか矛盾した印象をレフィーヤは受けた。
そんな自身の変化にアイズは気が付かない。己の抱いている想いの名を、少女はまだ知らないから。
「アイズさんこの料理美味しいですよ!」
「……うん」
それからというものアイズは今のように上の空であり、返事にもあまり意志が籠っているようには感じられない。憧れの人であるアイズを心配し明るい雰囲気にもっていこうとするレフィーヤだが、どうにも空回りしているように見える。
「……?」
──その時だった。アイズの瞳が目一杯に見開かれる。
「あれ? どうかしましたかアイズさん」
「…………!」
「も、もしかしてアイズさん! 体調が悪いんじゃ!」
急なアイズの変化にレフィーヤは体調が悪くなってしまったのでは慌てるのだが。
「……ううん。……何でもない。……何でも、ない」
そんなレフィーヤの声は、今のアイズにはほとんど聞こえていなかった。周りの景色が瞬く間に色褪せていき、彩られている景色はただ一つ。
──視線を向けた先にはウエイトレスとにこやかな表情で話し合う少年の姿が。
──鮮烈な輝きを放つ
「ふふ……楽しんでいますかベルさん」
「はい、とても。いいですね、ここは……。とても気に入りました」
「良かったです。気に入って貰えて」
アイズの世界に雷鳴が轟く。頬は真っ赤に紅潮し、体温が急激に上がるのを感じる。ベルの顔を見ていると早まる胸の鼓動が、アイズには煩わしくて仕方が無い。
「リヴェリアのいけずぅ……せや! こうなったら必殺のアイズたんや! アイズた~ん!」
「……」
「あ、あかん! アイズたんが石像と化してしもうた……!」
──見つけた。
○
アイズにとって力とは己の復讐の為にある。今もアイズはこの胸を焦がす怒りと悲しみ、そして奪われたあの日の幸せに対する憎悪で煮えたぎっているのだ。
(私、は……)
この身は憎しみを晴らすために在るとアイズは信じている。何よりも大切な、奪われた幸せをただ返して欲しいから。悲しい涙はもう流したくないと願うからこそ、アイズ・ヴァレンシュタインは復讐者になった。
『私は、お前の英雄になることはできないよ』
──ただ我武者羅に強さを求め続けた。モンスターは、怪物は必ず殺すと誓ったから。この手で憎き化け物たちの一切合切そのすべてを斬り伏せると渇望したから。
(私は、誰……?)
──アイズ・ヴァレンシュタインは『復讐者』だ。
(……私は、何を求めているの?)
『いつか、お前だけの英雄に巡り逢えるといいな』
誰よりも強い父と、誰よりも優しい母と共に過ごす幸せだったあの日に囚われた、何よりも過去を想うただの少女なのだ。
『僕が……僕がここで……倒さないと……。あの日のように……もう僕は……誰も失いたくないんだ!』
──瞬間。闇に沈むようなアイズの心に
ベルを見詰めながらアイズが思い出すのは、傷だらけになりながらもミノタウロスに挑んでいく光の如き英雄の姿。
『【
今もあの時の光を、アイズは鮮明に思い出せる。諦めないと、決めたからこそ征くその姿はどこまでも希望に満ちた未来をアイズに予感させた。
決して屈しはしないと、揺るぎなき太陽のような雄姿は、万の言葉よりも雄弁に〝おまえを守る〟と告げているようで。
あれだけの傷を負っていたとしても、微塵も不安を抱かせないのだ。
ベルはただ我武者羅に戦っているだけだと知っていながらも、アイズには雄々しい背中に守られているように思えて仕方が無かった。
「どうでしたかベルさん?」
「とても美味しかったですよ、シルさん。また時間が空いた時に寄らせてもらいますね」
「はい! また来てくださいね! ……約束ですよ?」
「……本当にズルい人だ、あなたは」
「そうですか?」
「ええ。……約束、しっかり守らせてもらいますね」
食事を終えたのか、ベルは外へ続く扉に向かって歩き出す。一歩、また一歩と進む度に。一歩、また一歩とその距離が近くなる。
(この感情は、何?)
鼓動が刻む痛みはアイズが知らないもので。熱くなる頬の熱をアイズは抑える術を知らない。
手を伸ばしたい。でも伸ばせない。触れたいのに、でも触れられない。そんなもどかしい気持ちがアイズの心を支配して、しかし視線はベルに釘付けになったままで。
「……待って!」
「ちょ! アイズたん!」
店からベルの姿が消えた時、気が付けばアイズは勢い良く外へと飛びだしていた。
○
アイズとベルは闇と光、過去と未来、復讐者と英雄。あらゆるすべての要素が対極に位置する存在だ。
心が向いている方向も、求める結末も。そのすべてが。
「はあ……! はあ……! お願い、待って!」
「……? あなたは……」
──だからこそ、運命はここに二人の邂逅を定めた。まるでそれこそが世界の意志だと告げるように、二人は出会ってしまった。
──光は闇に惹かれ、闇は光に魅了される。
──アイズが持っていないモノをベルは胸に宿し、ベルが持っていないモノをアイズは胸に抱いているから。
こんなにも大きな声で叫んだのは何時振りだろうか? とベルを呼び止めた後にアイズは驚く。自分で思っていた以上に声を張り上げてしまったアイズはとても恥ずかしくなりベルの顔を直視できない。
しかしそんな戸惑いも、振り返るベルの顔を見てすべてが消し去られてしまった。
「僕に何か用、でしょうか?」
「……! …………あの。…………その」
自分が呼び止めた筈のアイズだが、何故か心を整理出来ず口がもつれてうまく声を出せない。聞きたいことが沢山あった筈なのに、何一つとして言葉に紡ぐことが出来ないのだ。
「そうだ。あの時は、肩を貸して頂いてありがとうございました」
俯くアイズを見て怪訝そうに思うベルだったが、アイズに肩を借りた時にお礼を言ったのか朦朧とした記憶では思い出せないので、あらためて感謝を伝えておくことにした。
「……う、……うん」
「……それじゃあ、僕はここで」
ベルの声を聞くだけで、意識が沸騰するように熱くなってしまうアイズ。心を落ち着かせる沈黙が長すぎたのか、再び俯き続けるアイズを見てベルは少しの戸惑いの後、この場を後にしようとする。
自然と遠ざかっていく二人の距離、これが二人の距離なのだと告げられたような気がしたアイズは……
「……名前!」
その一歩を自ら踏み出した。
「……名前?」
【
「……名前、教えて欲しい」
だが、アイズはベルの口から直接その名を聞きたかった。そしてアイズ・ヴァレンシュタインの名を己の言葉で伝えたいのだ。
「…………そう、でしたね。僕としたことが、助けていただいたあなたに名乗るのを忘れていました」
強くなると願ったベルは、アイズの背に並び立つその日まで名乗るつもりは無かった。
だが、頬を紅く染めて不安げな眼差しを向けて来る少女の願いは叶えられるべきだと、心の底から想ったから。
「僕の名は、ベル。……ベル・クラネル」
「私の名前は、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン」
二人はその名を交わし合う。ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタイン。そこに二つ名のような不純物は一切として存在しない。
そして……
「いずれ英雄になると誓った、冒険者の一人です」
いずれ並び立って見せると、その誓いを果たしてみせると目の前の少女へと告げるのだ。
「ベルなら……なれるよ」
少年から紡がれた雄々しくも雄弁なる誓いは、いつか必ず果たされると少女もまた告げる。
「……月が、綺麗……」
すっかり暗くなった夜空の上で静かに佇む満月は、まるで二人の出会いを祝福している様だった。
○
「ほ、ほいアイズたん。ス、【ステイタス】やで」
「……? ロキ、どうかした?」
「い、いや! 何でも! 本当に何でもあらへんで!」
アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv.5
力:D549→D555
耐久:D540→D547
器用:A823→A825
敏捷:A821→A822
魔力:A899→S902
狩人:G
耐異常:G
剣士:I
《魔法》
【エアリアル】
・
・風属性。
・詠唱式【
《スキル》
【
・任意発動。
・
・
・
(……待っててベル。私、もっと強くなるから)
羊皮紙に更新された【ステイタス】を見たアイズは、ベルのことを想いながらロキの部屋を後にするのだった。
それから数刻後……
「ア、アイズたんはおらへんな?」
ロキは扉を開けてキョロキョロと辺りを見渡しすぐさま扉を閉じると。
「な! なんじゃこりゃああああああああ!! ……うちの! うちのアイズたんがああああああああああ!!」
アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv.5
力:D549→D555
耐久:D540→D547
器用:A823→A825
敏捷:A821→A822
魔力:A899→S902
狩人:G
耐異常:G
剣士:I
《魔法》
【
・
・霊風属性。
・ベル・クラネルを付与対象に選択可能。
・ベル・クラネルと隣接時のみ全能力を超補正。
・ベル・クラネルと隣接時のみ追加詠唱可能。
・詠唱式【
・追加詠唱式【
《スキル》
【
・任意発動。
・
・
・
【
・早熟する。
・
・
・
・ベル・クラネル以外からの魅了無効。
……英雄に寄り添うことを願った、