ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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宿命

──いつだって、後悔するのはすべてが終わったその後で。

 

 それは小さな村に住むどこにでも居る(・・・・・・・)老人と、英雄になると誓った無垢なる少年の、英雄譚では語られない始まりの記憶。

 

──何よりも尊いと想っていた安寧なる日々は、たった一つの暴虐によって奪われた。

 

 穏やかな風が流れる小さな村で、何度も祖父に読み聞かせて貰った英雄たちの物語。邪悪なる敵を前に、屈することの無い不屈の闘志。誰かを笑顔に変えるその力が、少年に憧れの火を灯す。

 

──祖父は優しかった。祖父は強かった。祖父は時に厳しかった。

 

 祖父との暮らしに少年は、不満など何一つとしてなかった。少年が望むのは、己の心に不思議な安らぎを与えてくれる祖父との日常。それ以外に望むものなど何もなかった。

 

──そして、誰よりも弱かった己を守って……

 

 ただ一つしかない少年の願いは奪われた。善なる者の小さな幸せは、強大なる悪を前に蹂躙されたのだ。

 

──死んだんだ。

 

 少年の慟哭は天にまで響き渡り、その魂に刻まれた鋼の意志と邪悪を滅ぼす死の光が目を覚ました。

 

──邪悪なる暴虐、黒き鱗に覆われた隻眼の龍によって。

 

 これは愛する家族を奪われた無垢なる少年が、鋼の英雄として突き進むと誓った、英雄譚では語られない終わりの記憶。

 

 ○

 

「……懐かしい夢、だったな」

 

 いまだに人々が寝静まる早朝三時。日課である鍛錬の時間になりベルは静かに目を覚ますと、どこか儚げな微笑みを浮かべる。

 

 その寂しげな表情は在りし日の幸せを想ってなのか、これからも前にしか進めない己への愚かさを嗤ってのものなのか。それはベル・クラネルにしかわからないだろう。

 

「ベル君の……馬鹿ぁ……むゅぅ」

 

 しかし今にも夜に溶けて消えてしまいそうな英雄の心をその身体と共に強く抱きしめる、ヘスティアの炉のような温もりが、ベルの抱く鋼の意志に創生の火を運ぶ。

 

「捨て去ってしまった過去なんてもう夢に見ることはないと、そう思ってたんだけどな……」

 

 ベルの願いに揺らぎはなく。果たすべき誓いは今も己の心に燃え滾っている。だからこれはすでに覚めた夢の続きに過ぎない。英雄に残された過去の、幻のような残滓に過ぎないのだ。

 

「……神様。僕は必ず英雄になってみせます。悲しみに暮れる誰かの涙を拭う為に。誰もが輝く明日を手にできるように」

 

 一度目を瞑り再び開いた深紅(ルベライト)の瞳には、閃光のような雄々しい意志が燃え盛る。そこに居たのは、誰かのためにと進み続ける英雄の姿だけだった。

 

 ○

 

 ヘスティアから「さすがに頭が可笑しいんじゃないかなベル君!」と注意されるほどに厳しい鍛錬を終わらせたベルは、滝のように流れた汗を拭うと朝食の準備に取り掛かる。

 

 そしていつものようにヘスティアと微笑ましく朝食を共にすると、ベルが待ち望んだ【ステイタス】の更新が始まりを告げた。

 

「よし、ベル君! さっそくステータスの更新と行こうじゃないか!」

 

「はい!」

 

 たった一日の休息であったが、ベルにとっては永遠にも思えるほどに長い停滞の時間だった。ミノタウロス相手に無茶をした自分が悪いと自覚していながらも、ベルはこの時を何よりも渇望していたのだ。

 

 それは【ランクアップ】出来ることへの喜びでは無い。再びダンジョンに潜り、強くなる為に前へと進めることにベルは心の底から歓喜にしているのだ。

 

 ──前しか見ることの出来ないベルにとって、立ち止まること以上に苦痛なことは無いのだから。

 

「えぇぇぇぇぇ! なんだいこのステイタスはぁぁぁぁぁ!」

 

 そして【ステイタス】更新でもはや恒例となっているヘスティアの絶叫が、教会の外にまで響き渡る。

 

 ベル・クラネル

 

 Lv.2

 

 力:E442

 

 耐久:D567

 

 器用:D514

 

 敏捷:E439

 

 魔力:B723

 

 宿命I

 

《魔法》

 

天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ ケラウノス)

 

集束殲滅魔法(■■・■■■■■■)

 

・雷属性

 

・チャージ可能

 

・チャージ時間に応じて威力上昇

 

《スキル》

 

英雄誓約(ヴァル・ゼライド)

 

・早熟する

 

意志(おもい)を貫き続ける限り効果持続

 

意志(おもい)の強さにより効果向上

 

鋼鉄雄心(アダマス・オリハルコン)

 

・治癒促進効果

 

・逆境時におけるステイタスの成長率上昇

 

・時間経過、または敵からダメージを受けるたびに全能力に補正。

 

・格上相手との戦闘中、全能力に高補正

 

 ヘスティアが驚くのにも無理は無かった。本来【ランクアップ】した【ステイタス】の熟練度はそのすべてが初期値へと設定される。

 

 それこそが常識であり、今までに例外など存在し得なかった。にもかかわらずベル・クラネルの熟練度は【ランクアップ】した時点でかなり上昇している。

 

 その上がり幅は二日前の【ステイタス】と比較し【ランクアップ】前も含めて、合計加算(プラス)は驚異の〝7958〟

 

 この数字を見たら神々も含めてすべての者達が目を剥いて絶叫すること間違いなしだ。

 

(明らかにおかしい。ランクアップした後にそのままステイタスが上がるだなんて、ボクは一度も聞いたことが無い。もしかしてこの早熟スキル、【英雄誓約(ヴァル・ゼライド)】が影響、してる?)

 

 常識をぶち壊すような存在であるベルの行動に、最近になって慣れはじめたかと思っていたヘスティアだったが、その考えは改めなければいけないと内心で嘆息する。

 

 それと同時にまだまだ自分はベルを理解出来ていないと、ヘスティアは知らずの内に少しだけ落ち込んだ。

 

(いや……この際ステイタスのことは目をつぶってもいい。それよりも……)

 

 だがそれ以上にヘスティアが気になったのは、ベルの【ステイタス】に刻まれた『発展アビリティ』にあった。

 

 ──発展アビリティとは積み重ねてきた【経験値(エクセリア)】に反映される。どんなアビリティが発現するかは『神の恩恵(ファルナ)』を授かった者の行動によって決まるのだ。

 

「…………もしかして……この発展スキルは……ベル、君」

 

 何より特筆すべきは発展アビリティを発現させるには【経験値(エクセリア)】が必要だという点だ。【経験値(エクセリア)】がなければ【ランクアップ】しても発展アビリティは発現せず、逆に相応の【経験値(エクセリア)】があれば複数のアビリティが選択可能になる。

 

 しかし今回ベルに刻まれた発展アビリティは『宿命』と呼ばれるもの。

 

【ランクアップ】を果たし熟練度がこれだけ上がったのだから、相当の【経験値(エクセリア)】があっただろうベルの発展アビリティだが、複数のアビリティが選択可能になることは無く。

 

 これこそが己の選ぶ道だと言わんばかりに『宿命』の二文字が浮かび上がってきたのだ。

 

 避けることの出来ない運命、その文字にヘスティアは強い既視感を抱いた。己はこれが何なのか知っていると。ベルが抱いている真の想いを識っていると。

 

(これが……これが、ベル君の進むべき道だと、そう言うのかい?)

 

 この【ステイタス】を見て、初めてベルと出会ったときから感じていたヘスティアの予感は徐々に大きさを増していく。

 

(【天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ 〝ケラウノス〟)】に、宿命。……ベル君、もしかして君は……)

 

「どうかしましたか、神様?」

 

「……なぁベル君。君は……君はどうして強くなりたいんだい?」

 

 だからだろうか? 気づいたらヘスティアは、ベルが強くなりたい理由を尋ねてしまっていた。遙か古の時代で■■■■■に聞いた言葉を、そのままに。

 

「何の為に、その力を振るうんだい?」

 

「…………」

 

 ヘスティアはベルが答えるだろう願いを、言葉を、その信念を知っている。きっと彼ならこう言うに違いないという予言めいた確信がこの胸にはある。

 

「…………僕は守りたいんですよ、神様。理不尽な悪に踏みにじられる尊き善なる人達を。だって世界は驚くほどに、正しい人たちが虐げられているから……」

 

「そんな誰かに、笑顔で生きて欲しいから。……輝く明日を、その手で掴んで欲しいと願ったから、僕は刃を振るうんです」

 

「………………そっか。ならボクは、そんな君を応援するだけだよ。だって、ベル君は僕の大切な大切な眷属なんだから」

 

 ベルの答えを聞いたヘスティアは、どこか悲しげな表情を浮かべる。しかしそれは一瞬のことで、次にベルへ向けた眼差しは慈愛に満ちていた。

 

「ありがとうございます。僕も……僕もあなたが神様で良かったと、心の底から想っています」

 

 ベルの真実が何であろうと、ヘスティアが愛する男に変わりは無い。だからヘスティアは心の底からベルの未来に幸あらんことをと想うのだ。

 

 炉の神である己が祈るのだから、きっと大丈夫だと願うのだ。

 

「そうだ、ベル君。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「……? 何ですか、神様?」

 

「君が守りたい人の為に振るいたいと願う武器は何だい?」

 

 だからこれはその第一歩だ。英雄の帰りを待つことしか出来ない己が、その道の助けになってみせると誓った第一歩。

 

「刀です」

 

「僕がこの手で振るいたいと願った武器は、邪悪を斬り裂く刀だけですから」

 

 ヘスティアの問いに対して、ベルはハッキリと告げる。己が振るいたい武器はただ一つ、刀に他ならないと。それ以外に選択肢などありはしないと。

 

「なるほど、なるほど。……ベルくんっ! ボクは今日の夜から数日くらい留守にするけど、あんまり無茶しちゃ駄目だぜ?」

 

「え? あ、はい……分かりました。無茶の方は……えぇーと……善処します」

 

 ベルの答えを聞いたヘスティアは、さっそく行動に出る。時間が無い、こうしている間にもベルは閃光のように駆け抜けて、また強くなるだろう。

 

 数え切れない無茶と、数え切れない傷を負うことによって。

 

「それだけ聞ければ十分さ。僕も親しい友人に会いに行くだけだから、心配しなくて大丈夫だからね!」

 

「それじゃあベル君! ボクもバイトに行ってくるよ!」

 

「あ、はい! いってらっしゃい、神様!」

 

 今日の夜こそがヘスティアの正念場だ。

 

 ○

 

「よーし……行くぞ!」

 

 陽が沈みヘスティアが向かうのは、『神の宴』。その主催地であるガネーシャ・ファミリアの本拠、『アイアム・ガネーシャ』だ。きっと彼女も来ているに違いないと、ヘスティアは神友との再会を望む。

 

(大丈夫、だよね……?) 

 

 だからベルへの予感は自分の勘違いであるに決まっていると、ヘスティアは心の底から願うのだった。

 


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