ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
──いつだって、後悔するのはすべてが終わったその後だったわ。
それは天界にて
──何よりも誇らしく自慢だった雷火の天霆は、たった一つの暴虐の為に奪われたの。
楽園のような陽だまりに満ちた天界で、何度も共に笑い合った輝かしき日常。英雄が心に宿すのは、邪悪を前に屈することの無い鋼の意志。神に勝利を与えんが為に振るわれるその力が、独眼にとっては何よりも尊かった。
──英雄は強かった。英雄は厳しかった。英雄は時に優しかった。
己が雷を捧げた英雄との暮らしに、不満など何一つとしてなかった。独眼が望むのは、我が手で鍛えし雷霆が無事に帰ってきてくれることだけだ。それ以外に望むものなど何一つとしてなかった。
──そして、己が鍛えた雷霆は神々を守って……
ただ一つだった独眼の願いは奪われた。神々に勝利を
──砕かれたのよ。
独眼の慟哭は天界に響き渡り、鍛冶司る神はその手で神の力を振るうことはなくなった。
──邪悪なる暴虐、黒き鱗に覆われた混沌の龍によって。
これは我が子のように愛した雷霆を奪われた鍛冶司る独眼が、もう二度と武器に〝魂〟は込めないと決意した、悠久の果てに置き去りにした大切な記憶。
○
夜の帳がおりる静寂なる時間。しかし世界で最も熱い都市と呼ばれるオラリオが、寝静まるにはまだ早い。
現在【ガネーシャ・ファミリア】のホーム、『アイアム・ガネーシャ』にて多くの神々が集い賑やかなに笑い合っている。
「おい、お前は聞いたか〝英雄の凱旋〟!」
「当たり前だろうが! つぅか俺は直接この目で見てんだぜ!」
「ま、まじかよそれ!」
「「「くそが! 羨ましい!!」」」
「カハッ! 何でもいいじゃねえか楽しければよぉ!」
神々の気紛れで行われる『神の宴』では、多くの神々が〝
「ふむ、未完の英雄か。言い得て妙だな。来るか……新たなる英雄の時代が」
「これは、僕が紡がないといけないかな? 詩の神としてさ」
新たな時代の到来を確信するものや神話に残そうとするのもの。抱く思いはさまざまで、しかし神の誰もが未完の英雄に大きな興味を寄せていた。
次は何を見せてくれるのか。どんな武功を立ててくれるのか。どれほどまでに輝かしい栄光をその手に掴むのか。そうだ、神の試練でも与えてやろうかと神々は高らかに謳う。かつての英雄たちに与えたように。
誰もが心より願っているのだ。未完の英雄が、真の英雄へと昇華されることを。神話にすら至る英雄譚を、その雄姿で紡いでくれることを。果てなき道を征ってくれることを。
英雄の
これほどまでに鮮烈なる光は今まで見たことがないと。〝
○
「むっ! そこの給仕君! 聞きたい事があるんだ! 今日の宴にヘファイストスは来ているかな?」
ざわめきに満ちる神の宴にやってきたヘスティアは、親しい神友であるヘファイストスが神の宴に出席しているのかを通りかかった給仕へと尋ねる。
ヘスティアの目的は宴への参加では無く、鍛冶を司る神である彼女に会う為なのだから。ヘファイストスがいなければヘスティアの物語は何一つとして始まらない。
ここで躓く訳には絶対に行かないのだ。もうすでに時間が無い。たった一日ではあるが、目を離してしまえば圧倒的なまでに成長してしまうのが鋼の英雄だ。ベル·クラネルという少年なのだ。
「はい。ヘファイストスは今日の宴にご出席されています」
「そうかい! ありがとう給仕君! あと踏み台を持ってきてくれ!」
「了解いたしました。すぐ用意いたします、少々お待ちください」
もしかしたら来ていないのではと少しばかり抱いたヘスティアの不安も、給仕の返答により打ち消された。ならば次は腹が減っては戦はできぬと言わんばかりに、ヘスティアは食事をとることへ集中する事にした。
神の宴というだけあってテーブルに並ぶ料理はどれも贅沢なもので、零細ファミリアであるヘスティアからすれば手の届かない高級品の数々が陳列している。
だから今の内に沢山味わっておこうと、ヘスティアは皿へと盛り付けた料理を口の中に流し込むのだ。
『な、なあ……今日のヘファイストス、様子がおかしくないか……?』
『お前の気持ちもわかるけど、やめろって……! 聞こえたらどうすんだよ!』
そして少しばかり時間が経つと、一部の神々が騒然とした様子になる。どこか怖がっているような、こんなことはあり得ないと、何かを認めたくないような声が口々に囁き合う。
一体どうしたんだとヘスティアがその顔触れをよく見れば、彼らは全員が同郷であるギリシャ神話の神々だった。
他の神話体系である神々は、一体どうしたんだ? と彼らが何故慌ただしくしているのかまるで理解できず、首を傾げている。しかし触れてはいけない事だと神の直感が告げるから、彼らは遠くから眺めるだけだ。
『でも気になるじゃない……だってあれは』
『何言ってやがる、ありえねぇだろうが。そんなことはよぉ』
ギリシャ神話にその名を連ねる彼らの視線の先に居るのは、紅い髪に眼帯をついた女神の姿が。鍛冶司る神であるヘファイストスの姿があった。
『何かあったとか、誰か聞いていないのか?』
『……ううむ、儂は聞いていないな。しかし彼奴の気配にあの瞳は……あの時以来なのだが、どういうことだ……?』
女神らしく麗しいヘファイストスの姿はドレスによって彩られ、より煌びやかに輝いている。見惚れるならまだしも何を恐れているのかと、他の神々は口々に疑問を口にする。
しかし答えを知るものは誰もおらず、ギリシャ神話の真実が明かされることは決してない。
違う意味で騒がしくなる神の宴だが、ギリシャ神話の神々が向ける視線は、ヘファイストスの左眼に釘付けになっていた。炎のような紅蓮の瞳が、黄金色に迸るヘファイストスの左眼に。
本来ならそれはあり得ない事なのだ。何故ならヘファイストスの瞳が黄金に光るには、ある条件が必要だから。すでに銘すら奪われた■■■■■がいなければ、その目が光輝くことはありえないのだ。
そう、もはやそれは失われたものである筈なのだから。
「おーい! 久しぶりだね! ……ヘファイ、ストス……?」
「あら? ヘスティアじゃない。久しぶりね、元気そうで何よりだわ」
それはゼウスの姉にして、炉の神たるヘスティアも同じであった。ヘファイストスの後ろ姿を見つけて駆けていけば、振り向いた彼女の左眼が目に入る。
ヘスティアが感じたベルへの予感が確信へと変わっていく。認めたくない真実が目の前に現れたような気がして、目を背けたくなる。
「う、うん。それよりもヘファイストス、何かあったのかい……? だってその気配は……」
だからヘスティアは何も知らない姿を装い、ヘファイストスへと戸惑いを伝える。何があったのか、どうして左眼が黄金に光っているのかを。
「ふふっ……そうね。久しぶりに本気で武器を打ちたい気分になったの」
「え! でもヘファイストス……君は……」
──本気で打ちたい。ギリシャ神話の神々がこの言葉を聞けば己の耳を疑うだろう。ヘファイストスは
ヘファイストス自身が公言したわけではないが、ギリシャ神話の神々は誰もが理解していた。彼女の大切なモノが、あの戦いの後に欠けてしまったことを。
「勘違いしないで、ヘスティア。私だってあの時のことを忘れたわけじゃないわ。でも……それでも私の武器を握って欲しい人を見つけたのよ」
しかし、ヘファイストスは欠けていた心の情熱を取り戻した。もう二度と胸に響くことはないと思っていた失われし神性を、〝
──己はここに居る。あなたの選択は、あなたの願いは間違っていなかったと、その後ろ姿が雄弁に告げていた。
「……! ……待ってくれ、ヘファイストス。…………それは、それはもしかして、ベルくんのこと、……なのかい? まさか……! やっぱり……やっぱり、そうなのかい! だとしたらベルくんは……!」
もうヘスティアは抑えきれなかった。運命は残酷なまでに真実を告げている。まるで雄々しくも進むベル・クラネルが立ち止まることは無いと、分かりきっているかのように。
神とは悠久の時を生きる
「そうね、あの子はきっと……。でも心配しないで大丈夫よ。あの子は誰でもない、〝ベル・クラネル〟という一人の少年なんだから。……でしょう?」
「………………そうだね。君の言う通りだよ、ヘファイストス。あの子は誰よりも強くなりたいと願う、ベル・クラネルっていう少年で。ボクのただ一人の大切な眷属だ」
しかしヘファイストスはヘスティアの言葉に否だと告げる。これは残酷なる運命に非ず、歓喜すべき奇跡なのだと。
過去に囚われているのは自分達だけであり、ベル・クラネルは前へ、そして未来へ向いて進んでいると。
彼女が告げた言葉の真意に気づいたヘスティアは、己の考えを改める。ヘファイストスの言う通り、本質を見失っていたのは自分であると理解したのだ。
同時にベル・クラネルは己の眷属でありそれ以上でも以下でも無いと想っていながらも、目の前に現れた衝撃を前に揺らいでしまった己をヘスティアは悔いる。
しかしそれほどまでに突如として目の前に現れた真実は驚きに満ちたものだったのだ。
「へぇ……どんなものかと思っていたが、オレの予想以上じゃないか。ここなら本当に、〝未完の英雄〟はあなたの願いに応えてくれるかもしれないぜ? 我らが天空神よ」
──神々の宴はまだ始まったばかりだ。
感想にて第一話時点の撃破
今作のベル君がもつ早熟スキル【
理由としましては、『
効果を向上させるには精神が肉体を凌駕するほどに強い
その代わりに格上の敵や、命を賭して競い合える強敵、絶望的な逆境から立ち上がったりなどの場面において、ベル君が持つ鋼の意志も相まって早熟度が爆発的に上昇します。
万能型の【