ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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――汝は英雄。愛しの子。進み続ける鋼の意志とボクが刻んだ炉の祝福で、英雄譚を紡ぐんだ。

――古の時代。在りし日の過去。共に交わした約束は今もこの眼に宿っているわ。雄々しく進みなさい、雷火の天霆。汝が武器をいざ打たん。

――美しきかな、黄金よ。私の求める閃光よ。汝が光は私の元へ。私と共に、永久に。

――精霊の羽ばたき、神々の黄昏。汝が選択はうちの幸福。汝の道に祝福あれと、閉ざした扉を開くんや。

――運命を担いし女神たちが、神々の宴に集う。


神々

(なんてことかしら! 運が私に味方しているわ! ……今日くらいは褒めて上げるわよお兄様?)

 

 神々の宴が続く中、フレイヤは自身の幸運を喜ばずにはいられなかった。あまり褒めたことのない(フレイ)に感謝してもいいほどに。

 

 〝勝利〟はすでにこの手の中にあると言わんばかりに、フレイヤは己の求める未来を描き出す。

 

(ふふふっ……少し不用心じゃないかしら?)

 

 今日この場に来た時からヘファイストスの変化に、フレイヤは気が付いてた。そして黄金の閃光(ケラウノス)の主神であるヘスティアと二神で話し始めたのを見て予感を覚えた。

 

 ヘスティアとヘファイストスが話している会話の内容が、己の求めている情報であるという予感を。

 

 周りの神々には魅了を放つことで黙らせて、少しずつ気付かれないように近づいていく。

 

『勘違いしないで、ヘスティア。私だってあの時のことを忘れたわけじゃないわ。でも……それでも私の武器を握って欲しい人を見つけたのよ』

 

 ──ヘファイストスが武器を打ちたいと思った人間を見つけた。

 

 この言葉を聞いただけでフレイヤは心から湧き上がる歓喜を抑えることはできず、その美貌はより妖艶な笑みを浮かべる。

 

(やっぱりあの子は……!) 

 

 フレイヤはかなり前からギリシャ神話の神々が、何かを隠していると睨んでいた。いや、もはやそれは確信に近いものだった。

 

 その中心に居るであろうヘファイストスとも少なからず交流があり、フレイヤは彼らの過去に何があったのか他の神々に比べて、少なからず知っている。

 

 それに加えてさまざまな男神との繋がりによって得た情報が、ギリシャ神話の神々が隠す過去の歴史をフレイヤに垣間見せる。

 

──曰く、ヘファイストスはゼウスに勝利を(もたら)す為に究極の武器を鍛えたらしい。

 

──曰く、その武器を鍛える為にヘファイストスは己の神性すら捧げたらしい。

 

──曰く、その武器は天空神の裁き、〝雷霆〟と呼ばれたらしい。

 

 聞けば聞くほどに湧いて来る雷霆と呼ばれる〝武器(英雄)〟の話題。しかしどの話にも何かを隠している匂いがしたフレイヤは、魅了をかけてまで深く聞き出そうとしたが、驚くことに口を割る者は一人もいなかった。

 

 それほどまでにギリシャ神話の神々は〝雷霆〟について話そうとしないのだ。

 

 しかしフレイヤは見た。摩天楼(バベル)の頂きより、黄金のような輝きをもつ魂を。少年の雄々しきその姿を。

 

『……! ……待ってくれ、ヘファイストス。それは、もしかしてベルくんのこと、……なのかい? まさか……! やっぱり……やっぱりそうなのかい! だとしたらベルくんは……!』

 

 やはり己の推測は間違っていなかったと知ったフレイヤの視線は、遠く離れても強く感じる黄金の閃光(ケラウノス)が放つ魂の光へと向けられる。

 

──美に魅入られた麗しき女神は、黄金の輝きを求める。

 

──豊穣を願う美の女神は、〝黄金の閃光〟に魅了されたのだ。

 

──だから必ず手に入れる。あのブリーシンガメンを手にしたように。

 

「あら二人とも、こんばんは」

 

 知りたいことは聞けたがこのまま帰るのも味気ないと、フレイヤはごく自然に歩みよりヘスティアとヘファイストスへ挨拶する。もしかしたらまだ自分の知らない情報が聞ける可能性もあったから。

 

「……わわ! フ、フレイヤ! 急に後ろに立たないでおくれよ! びっくりしちゃったじゃないか!」

 

「ふふっ、ごめんなさいね。二人して大事そうな話をしてたみたいだから待ってたのよ」

 

 ヘファイストスとの会話に夢中になっていたヘスティアは、突如背後からかけられた声に驚き飛び跳ねた。フレイヤにこの会話を聞かれたかもしれないと。

 

 だがよく考えてみたら、そもそも■■■■■のことを知るはずが無いかとヘスティアは心の中で安堵する。

 

──この話題はギリシャ神話の中でも特級の秘密(パンドラの箱)なのだから。

 

「それで話は終わったかしら?」

 

「ええ、もう終わったから大丈夫よ。ヘスティア、あの話はまた後で」

 

「う、うん」

 

 それはヘファイストスも同じようで、三神はいつもと変わらぬ様子で話し始める。互いに抱く想いを表に出すことは無く、にこやかに、穏やかに。

 

「それにしても、数日の間で随分と変わったのねヘファイストス?」

 

「……ええ、そうね。……今の私を見て嫌いになった、かしら」

 

 いつもの雰囲気とはあまりにもかけ離れた猛々しさに、さすがのフレイヤも気になってしまったらしい。

 

 それもその筈だ。ヘファイストスの気配が黄金の閃光(ケラウノス)に酷似しているのだから、フレイヤが気にならない訳が無い。

 

 しかし昔から顔の半分を覆い隠す眼帯によって周りに恐れられていたヘファイストスは、フレイヤの問いを聞いて少しばかり寂しげに心の中で呟く。あんたもなのかと。

 

「いいえ、今の貴方もとっても素敵よ。その猛々しさは堪らないわ」

 

「……フ、フレイヤ……!?」

 

 だが黄金の閃光(ケラウノス)に懸想するフレイヤが、今のヘファイストスを見て嫌いになるなどあり得ない。寧ろ女であっても惚れてしまいそうだと、恍惚とした表情を浮かべて近づいていく。

 

「ま、ま、待つんだ、フレイヤ!! 今すぐヘファイストスから離れるんだ!!」

 

 そんなフレイヤの様子を見て、こちらの方が恥ずかしくなったと言わんばかりにヘスティアは顔を真っ赤にしながら二人を引き離す。

 

「居たー!! ドチビー!!」

 

 ヘスティアの絶叫と同時に、もう一つの叫びが空間に響き渡る。まるで敵を屠らんとする殺意をばらまきながら、物凄い速度で突っ込んでくる一つの影。

 

 ──彼女の名はロキ。オラリオ有数の探索系ファミリアであり、【フレイヤ・ファミリア】と勢力を二分する【ロキ・ファミリア】の主神でもある。

 

(見つけたでドチビ! ここに来てなかったら、どうしたろかと思ったわ! 絶~~~対に聞かんとあかん! ベル・クラネルについてなぁ!)

 

 アイズの【ステイタス】を更新したロキは、彼女に刻まれた『魔法』と『スキル』を見て絶望した。早熟スキルという聞いたこともないスキルを発現させたアイズは、間違いなく強くなる。それ自体はとても喜ばしいことだ。

 

 多くの眷属を見てきたロキには分かる。アイズ・ヴァレンシュタインは強くなると。それはスキルだけでなく、アイズの瞳を見れば一目瞭然だから。

 

(付き合っている女さえおればええんや! そうすればアイズたんだって目を覚ますはずなんや! そうやろ!? そうやっていってくれー!!)

 

 だが自分の与り知らぬ所で大好きなアイズが男に恋心を抱いたことに、ロキは耐えられないのだ。あんなにも可愛く、まだまだ恋を知るには早いと思っていた無垢なアイズが、少し目を離した隙に女として恐ろしいまでに成長していた。

 

 いまだに心に燻る憎悪はあるだろうが、その表情は恋する乙女のそれだと誰にでも分かる。だからロキにとって、これが最初にして最後の希望なのだ。

 

「何しに来たんだい、君は……? 随分と大きな声でボクを呼んでたみたいだけど……?」

 

「どうでもええやろ、そんなことは!! そ・れ・よ・り・も! ドチビの眷属! ベル・クラネルのことや!」

 

 もはやなりふり構わってなど、ロキにはいられないのだ。ロキにとってここが最後の戦い(ラグナロク)。アイズを本当に愛しているから、ベル・クラネルに添い遂げる伴侶が居ないのなら、彼女の恋路をどこまでも応援するとロキは決めている。

 

 こう見えてロキは数多くいる神々の中で比べても、眷属を深く愛しているのだ。本心としては応援しがたいし、ファミリアも違うという高い壁もある。何よりヘスティアの眷属である点が、ロキには許容しがたいのだが。

 

 それでも……。それでも、アイズが選んだ道をロキは尊重したいのだ。その道にこそアイズの幸福があると、神の直感が告げているのだ。

 

──己は閉ざす者、終わらせる者。

 

──しかしその名は、遥か悠久の彼方へと投げ捨てた。

 

──今の己はただのロキ。眷属を愛する神の一柱に過ぎないのだから。

 

「……? ベル君がどうかしたっていうのかい?」

 

「どうしたもこうしたもあらへんわ! うちの……! うちのアイズたんがぁぁぁぁ!」

 

 抱く想いが変わることはないが、ロキの口から漏れ出るのは未練がましい言葉ばかり。これが最後なのだから想いの丈をすべてぶちまけると、鬼気迫るような表情が言外に告げていた。

 

「えーと……ロキ? あんた一体何があったの?」

 

「答えは分かり切っとる! そのうえで聞くでドチビ! 噂のベル・クラネルは、付き合っとる女とかおるんか!」

 

 しかしロキは運命の解答(ラグナロク)の結末が分かっている。だからこれは、己の心をハッキリとさせる為のケジメなのだ。

 

 そうでなければ己はいつまで経っても未練がましく僅かな幻想に縋って、アイズの道を妨げる気がしたから。それだけは絶対にしたくないから。

 

「はぁ? 居るわけ無いじゃないか! ベル君はボクの眷属だぞ! そんなのボクが絶~対に許さないぞ!」

 

「がぁぁぁぁぁ! 終わった! 終わってしもうたぁぁぁ! こうなったらラグナロクや! アルマゲド──ンやで! それしかあらへん!」

 

 予想通りの答えがヘスティアの口から無慈悲にも告げられる。〝英雄の凱旋〟から始まりここまで話題になったベル・クラネルが、ヘスティアのことまで広まっているのに女の影が無い時点でロキは分かり切っていた。

 

 後に語られる英雄の物語には愛するお姫様(ヒロイン)が付き物だ。しかしそんな話は欠片も出ていない、なら残る答えはただ一つしかない。

 

──英雄に相応しき伴侶(ヒロイン)は、まだ現れていないのだ。

 

「本当に何があったの?」

 

「さあ、私にも分からないわ」

 

「おい、ロキ。君はついに頭まで胸のように残念になってしまったのかい?」

 

 最初の時点でも驚きを隠せないのに、突如として神々の黄昏(ラグナロク)最後の聖戦(アルマゲドン)などと、神にとって不穏な言葉(ワード)をロキから聞かされた三神は、ますます不思議そうに頭を捻る。

 

「うっさいわアホォ──ッ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 しかしそんなことは知らんとばかりにロキは声をあげて風のように去っていった。

 

 ヘスティアの言葉を聞き、ロキの答えも定まった。復讐に身を賭していたアイズが、初めて抱いただろう恋心。己は応援する事しか出来ないが、アイズの征くその道に祝福あれと、悪戯好きの神は心の底より願うのだった。

 

「何だったのかしら?」

 

「ロキにだって色々とあるんじゃないかしら? ……色々と」

 

 ある意味ヘファイストスよりも凄まじかったロキを見たフレイヤは、意味深な言葉を紡ぐ。

 

「それじゃあ私も失礼させてもらうわね」

 

「え? なんだいフレイヤ、もう行くのかい?」 

 

「ええ、もういいの。知りたいことは分かったし……それに用事も出来てしまったの」

 

「フレイヤ……君、ここに来てから誰かに聞くようなことしてたかい?」

 

 自身たちの会話を振り返り、フレイヤの行動に違和感を覚えたヘスティアは怪訝そうに尋ねるが。

 

「……どうかしら? でも大事な用事なの、と~っても大事な」

 

「貴方、何をしようとしてるの?」

 

「ふふふっ……」

 

 フレイヤは妖艶な笑みを浮かべると、ヘファイストスの問いに答えることなく神の宴から去っていった。ヘスティアとヘファイストスの間には、まるで嵐が過ぎ去ったような静寂に包まれる。

 

「……ねえ、ヘスティア? せっかくだからこの後、飲みにでもいかない? さっきの話もあるし」

 

「え! う、うん……そのー……」 

 

 まだ話したいことが残っているヘファイストスの問いに、急に俯き始めたヘスティア。緊張を前に震える手を必死に抑えてヘファイストスの左眼を見詰めると、覚悟を決めたように言葉を紡ぎ始めた。

 

「それで、なんだけど……その、ヘファイストスに頼みたい事があるんだ!」

 

「……ふーん。……丁度良かったわ。本当ならこの期に及んでと言いたいところだけど、私もあんたに頼みたいことがあったのよ。だから一応聞いてあげるわ、言ってみなさい」

 

 何度も助けてもらって、また頼みを聞いてもらおうなんて虫が良いと失望されるだろうと考えていたが、思った以上に好感触なヘファイストスの姿勢にヘスティアは驚きを隠せない。

 

 だが考えている暇はない。理由は分からずとも門前払いではないのだと藁にも縋る思いで、ヘスティアは己の願いを覚悟と共に告げた。

 

「ベル君にっ……英雄になりたいと願うボクの【ファミリア】の子に、武器を作って欲しんだ!」 

 

「へえ……これも、運命のイタズラなのかしらね」

 

 ヘスティアの想いを聞いたヘファイストスは形容しがたいほどに複雑な顔をして、誰にも聞こえないように小さく一言、英雄の未来を想い呟くのだった。

 

 







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