ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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二刀

 ここは【ヘファイストス・ファミリア】が保有する、北西のメインストリート支店。

 

 その三階にあたる執務室の本棚には隠し扉が存在し、階段を下りた先に造られた鍛冶場にて、ヘスティアとヘファイストスは只ならぬ気配を放ちながら話し合っていた。

 

(ヘスティアも同じ結論に至ったのは、僥倖だったわね。二刀が揃ってこそ、あの子は始まりに立てる……)

 

 雷火の雷霆(ケラウノス)と再会したヘファイストス。今の彼女を突き動かす激情は、止まる事を知らない。左眼から迸る雷光は鋭く、眼帯で覆われた右眼からは業火が煮え滾っているのだ。

 

(その手に持つのが壊れる為の武器だなんて、私は認めないわよ?)

 

 どれだけ雄々しく進んだとしても、その道を共に征く武器が無いなどあまりにも悲しすぎる。英雄には相応しい武器が必要なのだ。

 

──栄光とは……英雄と、英雄が振るう武器によって成し遂げられるものだ。

 

──武器が無くては戦場を征くことは出来ず、英雄がいなくては物語は紡がれない。

 

──その胸に大志を、その手に相応しき武器を。それこそが英雄になる為の条件だ。

 

(あの子には、必要なのよ……心から信頼できる半身が……)

   

 神の宴にて土下座してまでヘスティアが望んだことは、ベルへ武器を打って欲しいというもので。それはもはや〝宿命〟ともいえる再会を果たしたヘファイストスにとっても、願ってもいない頼みだったのだ。

 

「それで、あの子が使う得物は何かしら?」

 

「……それは。……今のヘファイストスなら、解ってるんじゃないのかい?」

 

 武器を打つための準備を終えたヘファイストスは、ベルが握る武器は何なのかヘスティアに尋ねる。彼女自身も分かっている答えではあるが、今のベルはヘスティアの眷属なのだ。

 

 彼女の口から直接聞かなければいけないことだと、ヘファイストスは思った。

 

──『僕がこの手で振るいたいと思った武器は、邪悪を斬り裂く刀だけですから』

 

 ヘファイストスの問いは、ヘスティアにとって残酷なものだった。己も彼女も、ベルが振るう武器を理解している。その事実が何よりも雄弁にベルの真実を告げているから。

 

 だからヘスティアは聞き返す。君なら知っているのではないかい? と。この口で語る必要はないんじゃないのかい? と。

 

「そりゃあね。あの子の本質を誰よりも理解してるのは私だもの。その自負だってある。それでも、よ。あの子は、あんたの眷属であり……ただ一人の〝ベル・クラネル〟なんですもの。もしかしたら好みの武器くらい変わっていたっておかしくはないでしょう?」

 

「うん、そうだね。……ありがとうヘファイストス。……でも安心していいよ。ベル君が求めているのは〝刀〟だからね」

 

 思った以上にヘスティアが動揺していることに気づいたヘファイストスは、今一度ベル・クラネルが誰であるかを示す。ヘファイストスも伊達に親友をやっている訳では無いのだ、ヘスティアが考えている事くらいは思い至れる。

 

 そして親友からの励ましを受けたヘスティアは少し寂しげに笑って見せると、ヘファイストスの問いに、ベルの真実に応えた。

 

──英雄が振るうは邪悪を斬り裂く破邪の刃。

 

──極東にて刀の銘で語られる万物を断ち切る刃。

 

──善を喰らう悪も、明日を奪う悪党も、そのすべてを一太刀を以て斬り伏せるのだ。

 

「ふふっ……やっぱりね。でも……そうね、たしかに安心したわ。あの子が持つならやっぱり刀じゃないと、しっくりこないもの」

 

 在りし日の姿とまるで変わる事の無いベルの在り方に、ヘファイストスは安心したように微笑みを浮かべる。その横顔は過去を懐かしむようであり、未来に想いを馳せているようにも見えた。

 

「僕は正直、かなり驚いてるよ。だって■■■■■は……」

 

「…………そうね。悠久の時を生きてる私たちは、運命から逃げられないのかもしれないわね」

 

 ヘスティアも過去を見詰めているのか懐かしむように言葉を紡ぐが、その先を口に出すつもりは無かった。それはベル・クラネルに対する最大限の侮辱に他ならないから。

 

 同じ悲劇を繰り返すなど、考えてはいけないのだ。■■■■■には■■■■■の物語があり、ベルにはベルの物語がある。

 

 それが同じものであるなど、決してあってはいけないことなのだ。

 

「……でもヘスティア。動揺してるのは分かるけど、工房に私情は持ち込まないで。あの子に相応しい武器を与えたいなら、覚悟を決めなさい。下手な武器ではあの子の足手まといになるだけよ」

 

「……! ……うん、そうだね。しっかりするんだボク! ベル君の為に武器を打つんだから、余計なことは考えるな!」

 

 共に静かに笑い合い、次にヘファイストスが見せた表情はまるで鬼のようだった。己が抱く過去も、覚悟も、宿命も、すべての想いを(ハンマー)に込めるのだと雷霆が如く吼えるのだ。

 

 鍛冶司る独眼の意志に、炉の女神も己が願いで応えて見せる。我が眷属に祝福の火を運ぶのだと、宿命なんてベルと共に砕いて見せると天に向かって宣誓した。

 

 そしてヘファイストスは複雑な鍵穴の数々によって封印が施された箱を取り出し……

 

「もう二度と、これを打つつもりはなかったんだけど」

 

 ──箱の中で厳かに佇む漆黒に輝く精製金属(インゴット)を手に取った。

 

「へ、ヘファイストス! それってもしかして〝オリハルコン〟かい!?」

 

 ヘスティアが目を剥いて叫ぶ金属の名を『神星鉄(オリハルコン)』。遥か天より飛来した未知の物質で構成され、膨大な魔力に共鳴しその鋭さが増す特殊性をもつ金属だ。

 

 それに加えて決して歪むことや、砕かれることの無い不壊属性(デュランダル)の側面も持つ、大陸で限られた数しか存在が確認されていない〝伝説〟にして〝究極〟の金属だ。

 

 ──人の手では届く事の無い()より与えられた贈り物だと言い伝えられるのが、このオリハルコンなのだ。

 

 あまりにも希少価値が高すぎるこの金属には、もはや値段など付けられない。かつてとある国の王に武器を作ることの対価として、ヘファイストスが望みようやく手に入れたものなのだ。

 

──叶わないと分かっていても、願わずにはいられなかった宿命は我が眼の先にある。

 

──さあ鎚を振るおう。あの時の約束を今再び果たすのだ。神の力など使わなくても、この身に猛る雷火と想いの全てを乗せるのだ。

 

「当たり前じゃない、あの子の武器を打つんだもの。なら、これしかないわよ」

 

「! ……君はそこまでの覚悟を決めているんだね?」

 

 トラウマだと思っていたオリハルコンを前にしても、ヘファイストスの心に揺らぎはなかった。武器を作るのだ。英雄に相応しい武器を。

 

──英雄の求めた、己の理想を共に歩める至高の武器を。

 

──英雄の願った、己の誓いを共に果たしてくれる究極の武器を。

 

──今こそこの手で創るのだ!  

 

「もちろんよ、ヘスティア。それにあんたの方にも、オリハルコンを使わせてもらうわ」

 

「えぇぇぇ! い、いいのかいヘファイストス!」

 

「何言ってるのよ、あの子が持つ武器に妥協なんかしたくないわ。だからこれはサービスだと思って喜びなさい」

 

──妥協なんて許さない。英雄と共に成長する武器を今こそ生み出さん。

 

──失敗なんて許されない。英雄の誓いを果たす武器を今こそ汝の手に。

 

 鍛冶司る独眼が振るうその鎚には、炎が宿っている。宿命という名の炎が。

 

 すべては〝己が鍛えし雷霆(ケラウノス)〟に、勝利を(もたら)さんが為に。

 

「…………ヘスティア、あんたはあの子の主神なんだから、約束はしっかり守りなさいよ」

 

 振りかぶった鎚が振り降ろされるその刹那、ヘスティアの瞳をヘファイストスの黄金に迸る左眼が射抜く。

 

──共に英雄の武器を創ろうと。

 

「……うん。本当にありがとう、ヘファイストス」

 

 ヘファイストスの言葉に強く頷いたヘスティアの瞳にはもはや陰りなど何一つとして存在しなかった。

 

──共に英雄へ武器を捧げようと。

 

「いいのよ、私も願ったことなんだから」

 

 ……英雄譚には語られることのない、神々の宿命を超える闘いが今ここに始まりを告げた。

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