ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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神想

「ふう……」

 

 まるで火山の中にでも迷い混んだかと錯覚するほどの熱気が渦巻く、ヘファイストスの工房。響き渡るのは火花が散る炸裂音と、オリハルコンに向けて落とされるヘファイストスの鎚が奏でる金属の残響だけ。

 

(イメージするのよ……! あの子が立つ戦場を……! その手で振るう英雄の半身を!)

 

 一度振り下ろす度に、ヘファイストスの想いが空間へと轟き吼え。一度振り下ろす度にヘファイストスの想いが、魂が、オリハルコンへと込められる。

 

「…………はあっ!」

 

 今ヘファイストスは己の魂を捧げて新たな命を生み出している。英雄が担うに相応しい武器を創り上げているのだ。

 

(強く……! 強く……! ただ強く! 雄々しく猛るあの子の雄姿を……! 私の願いを! ……想いを込めるのよ!)

 

 一瞬たりとも集中を途切れさせるわけにはいかなかった。一瞬たりともこの手を休めることは許されなかった。

 

(あの子に必要なのは究極の一! どれだけの無茶を重ねようと、寡黙に付き従う勇ましい刃……!)

 

 すべては宿命を超えるが為に。今度こそ最後まで(・・・・・・・・)、英雄の道を共に征く武器をこの手で創り出すのだと、ヘファイストスは覚悟を迸らせる。

 

「っ…………!」

 

 ヘファストスが打つオリハルコンはどの金属よりも重く固く、あまりにも鍛えにくい金属であることから、今まで誰一人として武器へと昇華させることのできた鍛冶師は存在しない。

 

──故に伝説。

 

──故に究極。

 

──神の鉄たる我が身を鍛えることが出来たのならば、例え神々を相手にしようと砕けることはありはしない。汝の意志と、我が刃で、立ちはだかる一切合切を斬り伏せよう。

 

 そう、鍛冶司る神であるヘファイストス以外は。誰一人として。

 

(あなたに求めるのは、決して砕かれる事の無い鋼の意志! あの子と同じ、揺るぎなき意志よ!)

 

 英雄の道を征くベル・クラネルには、多くの艱難辛苦が待ち受けているだろう。強大なる悪を前に傷つき、膝を付きそうになり、救いきれない多くの命と向き合わなければいけない時も、いつか必ず訪れるだろう。

 

 鋼の意志に英雄の如き雄々しさは時に人を魅了して、〝我らの英雄(ベル・クラネル)〟という希望(ヒカリ)の象徴として見られるだろう。

 

 しかしそれは英雄と呼ばれる〝一人の少年(ベル・クラネル)〟を孤独の淵へと追い込むことになる。誰もが憧れる英雄の心を、誰もが知ろうとしなくなるのだ。

 

 何故ならベル・クラネルは英雄だから。我らを守る英雄だからと。

 

 それでもベルが手に握る武器は、己が打った武器だけは、どこまでも共に征くのだと知って欲しいから。

 

「ふうっ……ふうっ……ふうっ。…………っ!!」

 

「英雄となった時、あんたを孤独になどさせはしない」と、ヘファイストスは魂で叫びながら、力強く鎚を振り下ろす。己が創る武器にはこの胸に抱くすべての想いを込めるのだと、オリハルコンを手にした時から決めているのだから。

 

(お願い、動きなさい私の体! まだ、まだここで倒れる訳にはいかないのよ!)

 

 ──瞬間。ヘファイストスの左眼がその想いに呼応するように閃光を迸らせて、彼女の覚悟を、鋼の意志へと鍛えあげるのだ。振るえ、己が鎚を。誓え、己が覚悟に。

 

 己が創ると誓った理想を前に決して立ち止まるなと、雷鳴の如く轟いた。

 

「う、ぐっ……! えぇ……! ……まだよ! まだ終わりはしない!」

 

 しかし忘れてはいけない。今のヘファイストスは神の力(アルカナム)を使うことも許されない、ただの女鍛冶師(・・・・・・・)だ。

 

 この細い腕で鎚を振るうには、全力である必要がある。集中力を極限まで高めなければ、刹那の躊躇いがオリハルコンを路傍の石へと変えてしまうのだ。

 

 それがどれだけ無茶なことなのか、誰であっても分かる。無理だ、止めろ、諦めろと肉体が叫びをあげて訴える。

 

 それでも……

 

「あの子の武器は私が創るって約束したんだから!」 

 

 それでも、ヘファイストスは鎚を振るうことを決して止めない。やれる、止まらない、諦めるわけにはいかないと、魂が叫びをあげて訴えるだから。

 

 ヘファイストスから滴る汗は滝のようだなんてものではなく、神話に語られる大洪水のようだ。彼女の横顔を見て息を呑むヘスティアであるが、ヘファイストスにはその視線は届かない。

 

 ──彼女の視線はオリハルコンにだけ注がれているのだ。

 

「ヘファイストス……」

 

 そして補佐に付くヘスティアもヘファイストスと比較できないほどに汗を流している。理由はただ一つ、目の前に鎮座する息を呑むほど美しい漆黒の刀にあった。

 

(なあベル君? 未来へと進み続ける君に、見守るだけのボクが贈ってあげられるものなんて、きっと少ないんだと思う……君は一人でどんどん先へと征ってしまうから……)

 

 ヘスティアが望み、ヘファイストスが鍛えたこの黒刀の銘は《ヘスティア・ブレイド》。天界でも神匠(しんしょう)(うた)われるヘファイストスが、己が創り出した武器の中でも二番目(……)の力作だと断言した至高の刀だ。

 

(それでもボクは、君の神様だから! 何もしてやれないのは、絶対に嫌なんだよ!)

 

 しかしこれはまだ完成ではない。ここにヘスティアが己の【神血(イコル)】を以て【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻印することにより、《ヘスティア・ブレイド》は完成する。

 

 失敗は絶対に許されない。《ヘスティア・ブレイド》は【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻むことにより初めて本領を発揮するように、ヘファイストスが鍛えたのだから。

 

 ヘファイストスの想いに応える為にも、自身の誓いを成就させる為にも、ベルが征く道の助けになる為にも、ヘスティアは極限の集中力を以て《ヘスティア・ブレイド》と向き合う。

 

(だから待ってておくれ、ボクに出来るのはこれくらいしかないけど……ベル君の為になら僕はなんだってできるから!)

 

 武器でありながら【ステイタス】を宿す《ヘスティア・ブレイド》は、英雄の道を共に征き、共に成長する至高の半身となる。

 

(ベル君! 君を独りぼっちになんてさせないんだからね!)

 

 己の手で至高を生み出さんとする鍛冶師(ヘファイストスたち)からすれば〝邪道〟であるが、英雄の振るう武器としてこれほどまでに〝王道〟である武器は他にないだろう。

 

「さあ、始めよう。これが、ボクが〝英雄(眷属)〟に捧ぐ覚悟と想いだ!」

 

──英雄の求めし、己が理想を共に歩む武器はここに目を覚ました。

 

──汝、鋼の英雄よ。我が魂は汝と共に。果てなき生涯(たびじ)を征くために。栄光なりし炉の祝福は、この手にある。

 

 ○

 

「…………っ!!」

 

 ヘファイストスが二本目の武器を打ち始めてから、二日ほどが経過しようとしていた。その間ヘファイストスは一度たりとも眠ることなく、ただひたすらに鎚を振るい続けた。

 

(あの日の約束を、あんたは覚えていないのでしょうね……いえ、当たり前の話よね。あの子はもう■■■■■じゃなんだから……)

 

《ヘスティア・ブレイド》を鍛錬した時間も含めれば約三日間にも及ぶヘファイストスの闘いは、ついに終わりへと向かい進み始めていた。

 

「はあ……はあ……」 

 

「大丈夫かい、ヘファイストス?」

 

「ええ、大丈夫、よっ! …………ふっ!!」

 

 振り下ろされた鎚の力は三日振るい続けてきたにもかかわらず、まるでその威力を変えることはない。ヘファイストスの覚悟に揺らぎはなく、強く雄々しいその意志はベルを想起させる。

 

 ──『ねえ、■■■■■? 何か、何か私にできることはないかしら?』

 

 ──『そうだな……一つだけある。俺の武器を、またお前に打って欲しい。お前の作った武器は、俺の手によく馴染むからな』

 

 ──『ふふっ! ええ……〝約束〟よ。私の想いを込めて、またあんたの武器を打ってあげるわ!』

 

 ──『ああ……〝約束〟だ。俺は必ず………………』

 

(それでも私は! あの日の〝約束〟を覚えてる! だから!)

 

 そして…… 

 

「待っていなさい! これが、私が〝雷霆(ケラウノス)〟に捧げる覚悟と想いよ!」

 

 そして遂に鍛冶司る独眼は、英雄が担うに相応しき究極の武器を創り上げた。

 

──英雄の願いし、己の誓いを共に果たす武器はここに目を覚ました。

 

──汝、雷火の天霆よ。我が魂は汝と共に。果てなき未来(たびじ)をいざ征かん。鋼鉄なりし独眼の咆哮は、この手にある。

 

 完成した刀の見た目は装飾も無く、ただひたすらに武骨。我には刃以外は何もいらないと雄弁に告げながらも静かに佇むその刀からは、鋼のような意志と、火山のような業火を感じる。

 

 この刀こそが天界でも神匠(しんしょう)(うた)われるヘファイストスが、己が創り出した武器の中で最高傑作(・・・・)だと謳う究極の刀だ。 

 

 漆黒に輝く刀身はまるで炎が宿っているかのように、朱い煌めきを放ちながら呼応し、英雄の到来を待ちわびる。

 

 英雄が望み、ヘファイストスが鍛えた黒刀の銘を……

 

──劫火の神刀(ヴァルカノス)と云った。

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