ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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――深い闇の中で眠りについた精霊の姫は、英雄の〝希望(ヒカリ)〟に触れて目を覚ます。

――神々の黄昏はもういらない。この胸に宿った温かな想いと、この背中に刻まれた恋情で、英雄の雄姿を詠いあげよう。

――眷属を愛する主神の願いと、高貴なりし妖精の加護が、汝の刻印に〝祝福〟を(もたら)す。

――無垢な少女の征く道に、幸福の花が咲き誇らんことを。


〝恋〟

 

 どこまでも広がる蒼空に、無垢な魂のように純白な雲が浮かぶオラリオの朝方。bの中庭に設置された長椅子で、アイズは一人でぼんやりと空を眺めていた。 

 

 しかし眺めている筈の金色の瞳には、空の蒼さは映らない。今アイズの視界を埋め尽くすのは、光のように雄々しい少年の姿だけ。在りし日に見た父の、英雄のようなその後ろ姿が、アイズの心を奪って離さない。

 

 己の求めた英雄が、手を伸ばせば届く場所に立っている。それだけでアイズの心には嵐のような波乱が巻き起こるのだ。暴虐なるミノタウロスを前に屈することなく、勇ましく立ち向かった少年の横顔が焼き付いて離れてくれない。

 

(この気持ちは……なに?)

 

 アイズは己の変化に困惑する。こんなことは生まれて初めての【経験】だった。この身を創り出すのは燃え尽きることの無い憎悪であり、それ以外の想いなどあの日から抱いたことは一度もないのだから。

 

『怪物は必ず殺す』

 

 それこそが今のアイズを形作る誓いであり、そして願いでもあった。冒険者になった理由も、強さを渇望した理由も、そのすべてが己の抱く復讐心から生み出されたのだ。

 

 己の心にへばり付くのはいつもどす黒い闇だけで、追いかけて来るのは灼熱のような憎悪だけ。アイズの世界は、常に暗闇で覆われていた。暗い閑寂(かんじゃく)とした世界で孤独に囚われているアイズは、凍てつく寒さで心の震えが止まらない。

 

『僕の名は、ベル。……ベル・クラネル』 

 

──瞬間、世界が反転した。

 

 寂しさに泣き、悲しみに暮れる幼い少女を、陽だまりのような少年が優しく抱きしめたのだ。

 

 少年の温もりから感じるのは、優しく包み込むような陽の光だけで。少女の心に満ちるのは、眩いばかりの幸福だけで。闇に覆われたアイズの世界に、希望という名の光が灯る。

 

 いずれ英雄になると、月夜に輝く綺羅星の下でアイズに誓った少年の名はベル・クラネル。雄々しく立ち上がり、光のように進み続けるアイズの〝光の英雄(想い人)〟だ。

 

(胸がドキドキする……)

 

 今も鮮明に思い出すのは、数日前に開いた遠征の祝宴にて名前を交わし合った時に己へ見せたベルの笑顔だ。

 

 ミノタウロスと戦う時はあれほどまでに勇ましかったベルの表情は、一瞬のことではあったが年相応の可愛さを感じさせた。

 

 こんな表情も出来るんだと考えた時、胸の鼓動が早まるのをアイズは感じ取った。

 

 もっと沢山の表情を知りたいと願った時、頬が熱くなるのだとアイズは気付いた。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはこの想いの名を知らない。こんなにも温かくて、手放したくないと願う感情の名を、無垢な少女はまだ知らないのだ。

 

(私、おかしくなっちゃったのかな……?)

 

 ベルの手に触れてみたい。ベルの温もりを感じてみたい。ベルの笑顔が見たい。無限に溢れ出る想いが一体何なのか、アイズには分からない。復讐のために進んできたアイズには、まだ理解できないのだ。

 

 それでもこの想いが尊いものであることだけは解るから、アイズは大切に、大切に抱きしめる。決して離しはしないと、もっと安らぎを与えて欲しいと強く抱きしめるのだ。

 

 光のように進み続ける英雄へと、アイズ・ヴァレンシュタインは手を伸ばすのだ。

 

「ベル……」

 

 少年の名を呼ぶだけで、心に歓喜が渦巻く。名前を呼ぶ、ただそれだけなのに頬の熱が際限なく上がり続けるように、アイズは錯覚する。

 

「ベルに会いたい……」

 

 己の願いを紡ぐだけで、心が業火のように燃え上がる。ベルに会いたい。ベルに会って話したい。ベルに己の名を呼んで欲しい。アイズの欲望は押し留められることなく、湧き水の如く溢れ出る。

 

 無垢なる少女は、己の心に灯った温かな陽の光へと手を伸ばし続けた。この想いの名が何なのか、アイズは知りたい。

 

 想いの名を知ればもっと陽の光が近づいてくれると、アイズは信じているから。闇を抱く少女にとって、この光は手放すことが出来ないのだ。

 

(ベルを思い出すと……胸が熱くなる)

 

 何故ならアイズ・ヴァレンシュタインはただの少女だから。真に心が求めるものは憎悪による復讐では無く、英雄のような少年と手を握り合う温かな日常なのだから。

 

(ベル……今なにしてるんだろう?)

 

 アイズは無垢なる瞳で蒼空を見詰め続ける。今ベルは何をしているのか知りたいと、心の底から願いながら。

 

 ○

 

「応援したるとは言っても、うちじゃなんもアドバイスできへんし……」

 

 恋する少女を黄昏の館(ホーム)空中回廊から眺めているのは、アイズの主神であるロキ。眷属を深く愛するロキは、恋に落ちたアイズの後ろ姿を見ながら小さく言葉を吐いた。

 

恋情一途(リアリス・フレーゼ)】を発現させるほどに強くベルへ懸想するアイズを何とか応援してあげたいロキではあるのだが、正直何を言ってあげればいいのか分からないのだ。

 

 己は悪戯好きな神であるし、天界でも色恋沙汰とは無縁だったロキからすれば、「頑張るんやで!」などといった語彙力の欠片も無い助言になってしまう。

 

(もしかして……うちって、役立たず? 嫌や! そんなの絶対に嫌や!)

 

 そうなれば自身が抱いているだろう想いの名を知らないアイズは、今以上に困惑するだけだ。応援すると決意したはいいが、ステイタスの更新についての助言くらいしか出来ない己に、ロキは少しばかり落ち込む。

 

 最初は絶対に諦めさせたいと思い、今は絶対に応援したいと想う。そんな極端な考えになっている節があるのは、ロキ自身が理解している。

 

 だとしても幼い時から人一倍愛を注いできたアイズの征く道に何も手を貸すことが出来ないなど、ロキは嫌だった。ロキはアイズの求める幸せの一助となりたいのだ。

 

 それが眷属を愛する事だと、ロキは想っているから。例え好きな人が出来たとしても、アイズはロキの大切な眷属に変わりはないのだから。

 

「せや! こうなったらティオネに! …………アカン、それは色々とアカンわ……」

 

 唸り声をあげながら考え続けたロキは、フィン大好きのアマゾネスであるティオネを思い浮かべるがすぐにその考えを改めた。

 

『恋愛っていうのは戦争なの! 押して! 押して! とにかく押しまくるのよ!』

 

 ティオネに相談してしまえば色々不味いことになると、神の直感が強く訴えかけたのだ。いや、訴えかけるまでもなく不味い事になるのは目に見えている。

 

 もしかしたら功を奏する可能性もあるにはあるかもしれないが、そんな未知へと特攻する勇気はロキには無かった。

 

「やっぱあの時に会ってたんかなぁ……アイズたん。会ってたんやろうなぁ……」

 

 そしてロキが思い出すのは、遠征の祝宴を開いた折にアイズが飛び出していった時のことだ。飛び出す前からすでに様子はおかしかったが、帰ってきた後に比べればマシな方だったと断言できる。

 

 帰ってきた時に見せたアイズの表情はあまりにも可憐で、レフィーヤなど鼻血を出しながら倒れてしまったほどだ。己とて酔いが醒めてしまうほどに可愛かったと断言出来る。

 

 ならばこそ、あの時アイズがベル・クラネルに会っていたのは一目瞭然である。

 

「おや、たしかに珍しいな。いやこの場合は不可思議だと言った方がいいのだろうか? アイズが無為に時間を過ごすのは」

 

「そうやなぁ……うん? そうや! おったやんけ、今のアイズたんにピッタシの母親(ママ)が!」

 

 悩み続けていよいよ頭から煙が出て来るかと思いはじめていたロキの前に、救いの女神が現れた。その者の名をリヴェリア・リヨス・アールヴ。【ロキ・ファミリア】の副団長であり、母親的な存在である。

 

 アイズを幼い頃から面倒を見てきた母親的存在であるリヴェリアなら、今のアイズに必要な助言を与えてくれるとロキは確信した。

 

 寧ろ何故今までリヴェリアが浮かばなかったのか、ロキは不思議でならない。それほどまでに視野が狭くなっていた己の頭を、ロキは殴ってやりたい気分だった。

 

「誰が母親(ママ)だ。誰が」

 

 黙り込んでいたと思えば急にはしゃぎだしたロキを見て、リヴェリアは小さく溜息をつく。長年共に居てさすがに慣れたリヴェリアではあるが、ロキにはもう少しだけ落ち着きをもって欲しいと願う。

 

「冗談はここまでにするとして、ロキ。アイズは一体どうしたんだ?」

 

 ロキは中庭に居るアイズを見て何かを悩んでいる様子だった。そもそもこの時間にアイズが稽古をしていないことに疑問を覚えたリヴェリアは、何があったのか単刀直入に聞く。

 

 リヴェリアにとってアイズは、もはや娘といっても過言ではない。復讐に身を賭すアイズを母親のように心配しているリヴェリアにとって、今の変化が良い事なのか判断するには知らないことが多すぎる。

 

 しかし祝宴の時に見せた表情を見る限り、悪い方向に向かってはいないだろうとリヴェリアは考えている。寧ろティオネに通ずるような可愛らしいあの笑顔からは、明るい未来を感じ取った。

 

「恋や」

 

「………………恋? …………ううん? …………ちょっと待ってくれ……」

 

 だからだろうか? リヴェリアはロキから告げられたその一文字を、瞬時に理解することは出来なかった。恋、恋? 恋……! と何度も己の心で反芻するがリヴェリアの動揺は収まることを知らない。

 

 現在空中回廊では常に冷静沈着なリヴェリアの慌てふためく、珍しい光景が繰り広げられていた。そんなリヴェリアの姿を見てロキは、珍しいものが見れたと心の内でにやついて見せる。

 

「……まさか、それはアイズが、という意味か……?」

 

「せや、アイズたんが、恋……してもうたんや。………………恋、してもうたんやぁぁぁぁぁぁ!」

 

 しばらくの時が経ちようやくリヴェリアの口から漏れ出た呟きは、ロキが叫ぶ言葉への確認だった。お前の言っていることは本当なのか? 冗談じゃないんだな? と鋭い視線でロキを射抜く。

 

 それはもう愛娘に好きな人が出来たと知ってしまった父親のように。ふざけていったのなら容赦はしないぞ? と、凄まじい重圧感を放ちながらリヴェリアはロキへと詰め寄る。

 

 だがロキから告げられたのは、やはり〝恋〟の一文字。何とも言えない複雑そうな顔で叫ぶロキの姿を見て、アイズが恋をしてしまったのが紛れもない事実であると、リヴェリアは悟る。

 

 悔しそうに涙を流すロキの言っていることは嘘でも何でもなく、絶対的な真実であると理解したのだ。

 

「すまない、ロキ。今は少し静かにしてくれ」

 

(あのアイズが、恋だと……? では夜の時に飛びだした一件も、無関係ではないかもしれないな。………………それにしてもアイズが恋、か……)

 

 自分の知らない内に凄まじい変化を遂げているらしいアイズの真実を前にして、リヴェリアは遠征の祝宴を思い出す。

 

 あの時アイズが見せた可愛らしい表情は、恋をしたからなのだとすれば強く納得できる。

 

 ティオネの影がちらついたのも、お互いに恋する乙女だったからなのだろうと。しかし今のリヴェリアには、アイズが恋をした事実よりも大事なことがある。

 

 それはリヴェリアにとって何よりも譲れないもので、アイズを何よりも大切に想うから湧き出る願いだ。

 

「それで、相手は誰なんだ?」

 

 アイズが好きになった男が誰であるのかということ。

 

 もしアイズの伴侶となるのなら、最低限の品性はもってもらわなければいけない。だらしのない男であるのなら、アイズの保護者としてはっきりと言うのだ。お前はアイズに相応しくないと。

 

 それに加えて、大人びた見た目に反し幼い心の持ち主であるアイズを導いていけるほどの人格は備えてもらわなければ、等々。

 

 表情には出さないが延々と心の中で、アイズの伴侶に求めるものをリヴェリアは独りで勝手に語り始める。

 

「……ベルや。【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネル。〝未完の英雄〟て言えばリヴェリアでも分かるんちゃうか?」

 

「……ベル・クラネル。ああ……ミノタウロスの少年か」

 

 リヴェリアの思考を断ち切るようにロキが、アイズの想い人である男の名を出す。それは突如として階位打破(オーバーターン)を成し遂げ、オラリオに名を轟かした〝未完の英雄〟の名だった。

 

 ベル・クラネルの名を聞き、少なくとも人格の面では問題ないと分かったリヴェリアは少しばかり安堵する。ダンジョンの上層に上がったミノタウロスを相手に、生き残るどころか打倒まで成し遂げたのだ。

 

 伝え聞いただけであるが、瀕死の重体であったにもかかわらずベル・クラネルは立ち上がり続けたらしいとも。ならば一つの信念を貫き通す気概は持っているのだろう、でなければ階位打破(オーバーターン)を成し遂げられる筈が無いのだから。

 

 ベル・クラネルの抱く信念という面では、アイズに相応しいかもしれんとリヴェリアは何とか思考を落ち着かせた。

 

「どうするんだ? あのまま放っておくわけにもいかないだろう?」

 

 アイズの想い人は分かった。だがあの様子では、アイズ自身が己の想いを理解出来ていないように見える。

 

 今まで復讐のために命を賭してきたアイズには、己の抱く感情が何なのか分からないのだろう。

 

 それでもアイズの表情は、驚くほどに輝いている。ふとした時に見せる笑顔も、どこか苦しそうに胸を押さえる戸惑いも、頬を赤らめながら想い耽る表情も、そのすべてが眩い宝石のようで。

 

 今のアイズを見て人形姫などとは、口が裂けても言えないだろう。それほどまでに今のアイズは生き生きとしていた。恋を知るだけでここまで人は変わるのかと、さすがのリヴェリアも瞠目せざるを得ない。

 

 恋を知り恐ろしいほどに激変するのはさすがにティオネだけだとリヴェリアは思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。

 

 たった数日しか経っていないのに、アイズは生まれ変わっていた。無垢なる少女から、恋を知る可憐な少女へと。

 

「せや! だから頼んだでリヴェリア! 母親(ママ)としてアイズたんに助言したってぇや」

 

「はぁ……そういうことか。……私とて恋などしたことはないのだが、相談相手くらいにはなれるか」

 

 なるほどな、とリヴェリアはさきほど見たロキの姿を思い出す。ロキもまたロキなりに、アイズの力になってあげたかったのだろうと。

 

 明確な言葉にはしていないが、恐らくロキは【ヘスティア・ファミリア】の主神であるヘスティアとは仲が悪いはずだ。祝宴の一件だけでリヴェリアは十二分に理解している。

 

 ファミリアが違うというだけでも困難であるアイズの征く道をここまで応援しようとしているのだから、ロキはとても悩んでいたことだろう。

 

 もっと抱きしめていたかったはずだ。もっと可愛がってあげたかったはずだ。もっと甘えて欲しかったはずだ。

 

──ロキとて、幼い頃からアイズを我が子として深い愛情を注いで可愛がってきたのだから。

 

「……頼んだで、リヴェリア」

 

 アイズの元へと歩いていくリヴェリアの後ろ姿を儚げな表情で見つめると、ロキは再びアイズへと視線を戻す。

 

──でもその役目は一人の少年へと託されるのだ。

 

 ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインが結ばれるのか、それは神であるロキとて分からない。

 

 しかしそうであって欲しいと願うことは出来るのだ。アイズの恋情が実って欲しいと、想うことは出来るのだ。

 

 何故ならロキは、アイズの〝神様〟だから。我が子の征く道には幸福の花が咲いて欲しいのだ。満開に咲き誇って欲しいのだ。

 

 ○

 

「アイズ」

 

 未だに雄大なる蒼空を眺め続けるアイズが座る長椅子へと、リヴェリアは静かに腰を下ろした。声をかけた筈だが反応のないアイズは、数分の時を得てようやくリヴェリアへと視線を向けた。

 

 だが金色の瞳にリヴェリアが映ることはなく、今もアイズの瞳には想い人であるベルの姿だけが鮮明に光を放って輝いている。それでも優し気なリヴェリアの声はアイズの心へしっかりと届いていた。

 

 慈愛に満ちたリヴェリアの微笑みを見ると、アイズは己の心で暴れる感情が穏やかな風に包まれた気がしたのだ。何故ならアイズにとってリヴェリアは、かけがえのないもう一人の母親なのだから。

 

「あ……リヴェリア…………」

 

「今日はどうしたんだ? いつものように剣を振っていないようだが」

 

 伸び伸びと育った木の根元には、アイズの愛剣とは違ったレイピアがたてかけられてる。恐らく日課の素振りをしていたが、気分が乗らなかったのだろうとリヴェリアは当たりをつける。

 

 たしかにこの様子では、アイズも鍛錬に身が入らないことだろう。それでも鍛錬をしようと中庭に出てきたのは、胸に燻る復讐心からだとリヴェリアは悟る。

 

「話ぐらいは聞いてやれる」

 

 今もアイズの心の中には二つの願いがある。温かく優しさに満ちた光と、己の心を蝕むどこまでも深い闇。どちらもアイズにとって大切なもので、簡単に切って捨てることの出来ないものだ。

 

──どちらを己は求めているのか、アイズには答えを出すことが出来ない。考えていればいつか答えが導き出されるほど、単純な想いでは無いのだ。

 

「……」

 

「……」

 

──それでも、アイズには分かっていることがある。

 

──それでも、アイズには言葉にできる想いがある。

 

「あのね、リヴェリア……?」

 

「ああ」

 

「あの時、逃がしたミノタウロスを追っていって……私、見ちゃったの。傷だらけになってるのに、諦めずに立ち上がって、戦い続ける男の子を……」

 

「それからあの子の……ベルのことが忘れられなくて……ベルのことを考えると胸の鼓動がうるさくて……いつもベルのことを考えちゃって……」

 

 気付いた時には、口が勝手に言葉を紡ぎ始めていた。光のように輝いていた少年との出会いを。傷ついても立ち上がる英雄の雄姿を。今でも鮮明に思い出せる、ベル・クラネルの笑顔を。

 

「私、どうしちゃったのかな?」

 

「アイズ……」

 

 この気持ちが何なのか、アイズは知りたい。だってこの想いはとても大切なものだから。抱きしめて、抱きしめて、優しく抱きしめ返してくれるこの想いの名を、アイズは魂に刻み込みたいのだ。

 

「……それはな、アイズ。〝恋〟というんだ」

 

──そして少女は胸に抱く想いの名を知る。手を伸ばしても届かなかった己の願いを知る。

 

「……恋?」

 

──〝恋〟その一文字を、アイズは切望し続けていた。〝恋〟その一言を、アイズは夢想し続けていた。

 

「そうだ。誰かを想い、誰かを求める。誰かと一緒にいたいと願う想い……それが恋だ」

 

「これが、恋……」

 

 今アイズは不思議な気分だった。胸のうちから無限に湧き出る情熱は何一つとして欠けていないのに、さきほどとは比べものにならない幸福感に全身が包まれているのだ。

 

 魂から溢れんばかりの活力が湧き出て、身体が羽のように軽くなっていくのだ。

 

「でも、どうしたら、いいの……?」

 

「アイズの好きにすればいいんだ」

 

「え……?」

 

 だからこそ、アイズは分からなくなってしまう。ベル・クラネルに恋した己はどうすれば良いのか。迷子になった子どものように立ち止まってしまうのだ。まだ少女は、想いの名を知っただけなのだから。

 

──だが迷える少女に、導きの風が吹く。麗しき妖精は恋する少女に、祝福の託宣を授ける。

 

「好きなんだろう? ベル・クラネルのことが」

 

「なら、アイズが抱く想いのままに進めばいいさ」

 

「…………!」

 

 少女の征く道はここに定められた。そうだ。己は、アイズ・ヴァレンシュタインは英雄に寄り添いたいのだ。傷つき倒れて、それでも誰かの為にと立ち上がる光の英雄と共に征きたいのだ。

 

「その先にアイズの幸せがあることを、私は誰よりも願っている」

 

──想いの名を知った少女に、祝福の風が吹く。この日、少女は己の未来を描き出す。眩い光に手を伸ばすのではなく、共にその未来を征きたいのだと高らかに詠う。

 

「ふふっ……朝食だ。行こう」

 

「リヴェリア……」

 

──可憐なる精霊の姫よ、英雄に寄り添う精霊の風よ。今こそ華麗なる羽を広げ、雄大なる大空へと羽ばたくのだ。

 

「ありがとう!」

 

 リヴェリアへと向けられたアイズの笑顔は、この世の何よりも花々しく神すら羨むほどに美しかった。

 

「……本当に、子が育つのは早いな。………………アイズの征く道に、精霊の加護があらんことを……」

 

──そして少女は、アイズ・ヴァレンシュタインは、ベル・クラネルに〝恋〟をする。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 Lv.6

 

 力:I50

 

 耐久:I50

 

 器用:I50

 

 敏捷:I50

 

 魔力:I50

 

 狩人:G

 

 耐異常:G

 

 剣士:H

 

祝福I

 

《魔法》

 

英雄に寄り添う精霊の風(エアリエル・ダンス)

 

付与魔法(エンチャント)

 

・霊風属性。

 

・ベル・クラネルを付与対象に選択可能。

 

・ベル・クラネルと隣接時のみ全能力を超補正。

 

・ベル・クラネルと隣接時のみ追加詠唱可能。

 

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 

・追加詠唱式【精霊の姫君(アリア)

 

《スキル》

 

復讐姫(アベンジャー)

 

・任意発動。

 

怪物種(モンスター)に対して攻撃力を高補正。

 

竜族(ドラゴン)に対し攻撃力を超補正。 

 

憎悪(いかり)の丈により効果向上。

 

恋情一途(リアリス・フレーゼ)

 

・早熟する。

 

懸想(おもい)を抱き続ける限り効果持続。

 

懸想(おもい)の丈により効果向上。

 

懸想(おもい)を理解する度に全能力が永続的に向上する。

 

・ベル・クラネル以外からの魅了無効。

 

 


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