ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか
「オオオオオオオォォッ──!」
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
静寂に包まれていた暗がりの空間に、突如としてふたつの咆哮が雷鳴のごとくとどろいた。
ここは富と名声求めし冒険者の集う都市、名をオラリオ。その中心に存在する
「疾っ!」
『ヴォッ!』
対峙しているのは白髪赤目が特徴的な少年と、本来であればこの階層には出現しないはずの牛頭人身の
「ふっ!」
衝突の後、ウサギのような軽い身のこなしでミノタウロスから距離を取る少年。
刃の欠けた短剣を、構え直す。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
『フゥー……フゥー…!』
彼我の距離、わずか4
しばらくの探り合いを経て、
『ヴォムゥンッ!』
筋肉隆々なミノタウロスから鋭い拳が放たれた。
「……っ!速い……!」
紙一重、直観に頼って後退した少年。
「ぐ……う……」
ズキンと針を刺すような刺戟。
表情を歪めながら右頬をぬぐった手の甲には、べっとりと血が付着している。
(ミノタウロスの動きに、眼が追い付かなくなってきてる……)
対峙した当初は見切っていた拳の軌道だったが、直撃すれば命を奪われかねない状況下による極度の集中と、それによる精神的疲弊によって、明確な脅威へと変貌し始めていた。
『ヴォオオオッ!』
反撃なき少年を前に一気呵成と攻め続けるミノタウロス。
「ふっ! くっ! はっ!」
躱す、躱す、また躱す。反攻の糸口を見いだせない少年は回避に徹し続ける。
次の瞬間、
「ぐ、身体が……!」
少年は悲鳴をあげる肉体に『動け』と命じた意思を拒絶され、それをねじ伏せるのに僅かな時を割いてしまった。
第三者の視点に立ってみれば、一秒にも満たないだろう刹那の隙。
しかし、
少年にとっては致命的な隙だった。
「かわせっ―」
ない、と言うよりもはやく。
「ゴフッ…!」
ごうと鋭く風を切る音が空間に響きわたり、そのままミノタウロスの拳は少年の腹部へ勢いよくめり込んだ。
「ガァッ!ゴホッ!ガハッ!」
会心の一撃をモロに受けて
「グァッ!ゴフゥッ!ギィッ!」
その勢いが収まる気配はまるで無く、ドンと壁を粉砕し埋もれるように衝突したことで、ようやく止まることを許された。
「う……あ……」
埋没する壁から覗く少年はすでに満身創痍。着ていたであろう衣服は見るも無惨に破れ去り、身体のそこかしこに酷い打撲痕が刻まれている様は実に痛々しく、思わず目をそむけたくなるほどであった。
「………………ぅ」
大切に使っていただろう短剣も刀身がボロボロに欠けて、息を引き取っている。
『ヴゥ……』
それに比べてミノタウロスはどうだ。傷一つ負っていない。まったくの無傷である。
この戦いは誰が、どう見ても、少年の劣勢だった。
それもその筈。
元々ミノタウロスは『中層』と呼ばれるLv.2の冒険者が踏み入れる階層に出現するモンスターであり、冒険者になってまだ日が浅い
寧ろ
『ヴヴォ……』
吹き飛んだ先で少年の気配が消えたのを理解し、ミノタウロスは心の内で安堵していた。
右手に感じた命を奪った感触。己の前で猛威を振るった
酩酊するほどの、快感。
心の中を支配していた恐怖はこの瞬間にあふれ出た昂奮に塗りつぶされ、意気揚々と次の獲物を探す為にミノタウロスは辺りを見渡した。
──そうだ、人間など己の拳一つで吹き飛ぶような脆弱な存在なのだ。
──自分の感じた恐怖を、次は人間に与えなければいけない。
もうミノタウロスの頭の中には、さきほどまで戦っていた少年の記憶など一切として残されていなかった。
しかし……。
「まだだ……」
ミノタウロスの耳に少年の声が響いた。
小さく呟くほどでありながら決して揺るがぬ強さを携えた、少年の声が。
「まだだ!!」
ダンジョンの5階層に少年の声がとどろいた。
喉が引き裂かれんほどの怒号と、覚悟に満ちた瞳を
「僕は……まだ……負けて……ない……っ!」
と息も絶え絶えに叫ぶ少年。
その額からは血がどくどくと流れ、左腕は有り得ぬ方向へとねじ曲がっている。なのにどうして立ち上がることが出来るのか、ミノタウロスには不思議でならない。
『死にたがっているのか?』とミノタウロスは考えたが、その答えは間違っているのだとおもい直した。
なぜならば。
瀕死の状態になって尚、少年の目は、表情は、呆れるほどに『諦めていなかった』のだから。
「おい、どこへ行く?逃がしはしないぞ。お前は必ずここで討つ」と魂を燃やし、気合いと根性だけで瀕死の肉体を奮い立たせているのだから。
「僕が……僕がここで……倒す……。もう誰も……あの日のように……失わせはしない……っ!」
少年の双眸に宿るのは雷火のごとき嚇怒。
祖父を失ったことで自分の弱さや不甲斐なさを感じた少年は、その日を境に強くなりたいと心の底より願うようになった。自分だけでない、他の誰にも大切な人を理不尽に奪われる悲しみを抱いてほしくない、と強くおもうようになった。
悪を許せぬ
(今ここで僕が立ち上がらないと、ミノタウロスは他の冒険者を襲ってしまう……奴はそうする、だってそれが
今、少年が立つはダンジョンの5階層。ここでモンスターを狩っている者の多くはLv.1の冒険者であり、ミノタウロスを前に抵抗できるものは限りなくゼロに等しい。
その事実が、守るべき者のいる現実が、少年の心に鋼の決意を抱かせる。
(奪わせはしない! 守ってみせる! 『誰かの』涙を笑顔に変えたいから、僕は大志を抱くんだ!)
震える右手をぎゅうと強く握りしめて、眼前に立ちはだかるミノタウロスを睨み付ける。
初めて感じた濃厚な死の気配を前に必要なのは、揺るぎなき覚悟。
ただ、それだけ。
だから今も走馬灯のように脳裏をよぎる、
──
「神様、ごめんなさい……。使うなって忠告されたのに……。これしか、勝てる可能性が拓けそうにないです!」
魔法というモノに憧れを抱いていた少年は跳び跳ねるように喜んだが、どうやら自分自身に危険を及ぼす可能性があるとして神様にも「いいかい! この魔法は本当に危ないんだ! 絶~対に使っちゃダメだからね!」と口酸っぱく魔法の使用を禁じられていたのだ。
あの時のことを思い出し申し訳なさそうに俯く少年だったが、次に前を向き見せた凛々しい表情からはすでに後ろめたさなど消え去っていた。
紡ぎ出す言葉は弱き
──もう誰も失いたくない! 守られるだけなんてゴメンだ!
──だから僕は強くなって! 「誰か」の笑顔を守ってみせる!
「うおおおおおおおおおおおお!!」
ゆえに少年が振るう魔法。それは、至高。それは、最強。それは、究極。それ以外に、形容すべき言葉無し。何故ならば、この魔法こそが少年の思い描く憧憬だから。
さあ、今こそ邪悪なるモノに裁きの光を齎そう。
「ガアアアアアアアア!!」
瞬間、雷光が迸る。地面を抉り、壁を粉砕する暴威となって、この空間を支配する。万象の悉くを、そして邪悪を断罪する
『ヴ……ヴォ……!』
その光景を見て、ミノタウロスの本能が警鐘を鳴らした。「逃げろ」「逃げろ」「今すぐ逃げろ」と。命の危機を強く感じたミノタウロスは本能に従い、この場から逃げようとする。
しかし、己の意志に反して身体はまるで石のように動かなかった。
少年が見せる余りの気迫と強大な魔力の波動に、竦んでしまったのだ。
ブルブルと怯えて震えるミノタウロスの姿は、まるで己の罪が裁かれる時を待つ咎人のようだ。
恐怖に慄くミノタウロスを尻目に、肌が焼け爛れるほどの高濃度の魔力が少年の右手に収束していく。Lv.1の少年にとって膨大すぎる魔力は己の肉体に牙を剥き、凄まじい痛みが全身を襲った。
「が……ァ……うぉおおお……」
神経が焼かれた目からは血の涙を流し、膨大な魔力を一身に受ける右腕はギシギシと軋むような音をあげる。
「ぐぅううううううううううううううううううううっ……!」
収束し続ける魔力が暴発せぬようにと踏ん張る足は地面に埋もれ、必至に食いしばる歯は粉々に砕ける未来を幻視してしまうほどだ。
(まだだ。まだ、耐えろ。奴を確実に葬るだけの魔力を貯めるんだ……っ!)
想像を絶する苦痛が肉体を襲うが、それでも少年は前を向く。意識が沸騰するほどの痛みを気合いと根性で耐え抜いて、チャージが完了する瞬間を待ち続ける。
──そして、ついにその時は訪れた。
右手に収束した膨大なる魔力が一片の闇を許さぬ
「【
『……ヴ……!』
5階層に光が満ちる。少年の右手より放たれた雷光は、瞬く間にミノタウロスを飲み込み……
「はぁ……はぁ……」
──天霆の轟いた地平に残されたのは、
ベル・クラネル
Lv.1
力:H130
耐久:I84
器用:H164
敏捷:H185
魔力:I82
《魔法》
【
・集束殲滅魔法。
・雷属性。
・チャージ可能。
・チャージ時間に応じて威力上昇。
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
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