ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
――新生する銀狼の牙が響かせるは、勝利の咆哮。
――さあ造りだされし英雄よ、勇気を以て汝の殻を打ち破り、覚醒の咆哮をあげよ。
天へと陽が昇り始め、未だに朝霧が薄く立ち込める早朝。
フィンが何故こんな早朝に通路へと赴いているのか、その理由はもう一つの影にあった。フィンの前に立つのは三日前の夜に【ランクアップ】を果たし、己と同じ高みへ上がってきた
ベートは遠征より帰還した後から、人が変わったかのように強さに対してひたむきな姿勢を見せ始めた。口の悪さは相変わらずであるが、纏う雰囲気や言葉の節々から『お前たちを守る』と叫ぶ想いが雄弁に伝わってくる。
その変化は一皮剥けたなんて言葉では表すことが出来ない。それはもはや新生だ。この言葉以上に相応しい言葉は他にはないだろう。ベート・ローガという男はたった一夜にして己の宿業を超え、新たな理想を手にしたのだ。
「おい、フィン。ちょっと付き合え」
「しかし、珍しいねベート。君が僕を指名してくれるなんて、珍しいこともあるじゃないか」
ベートが紡ぐ言葉は非常に簡潔であり、その身から溢れ出る闘気と、飢えた狼のような眼差しがフィンに向けて唸り声を上げる。
──早くしろと。お前に求めるものはそれだけだと。長ったらしい会話など、強くなる為の時間が無駄に浪費されるだけなのだからと。
ただ愚直に強さを求め続けるベートの鍛錬は、あまりにも常軌を逸していた。復讐に燃えていた昔のアイズと比較しても、天と地ほどの差があるほどに。
何をどうしたらそこまで強さを求めて前へと前へと進む続けられるのか、全くとして理解出来ない。ロキやリヴェリアが必死で止めようとしたが、全くとして効果が無く。他の団員達も今回ばかりは危ないと説得しようとしたが、無意味の三文字が浮かぶだけだった。
しかしフィンだけは理解していた。今のベートは、己の弱さに焦りを感じて肉体を追い詰めているのではないと。ベートの双眸に宿るのは、理想をこの手に掴もうと渇望する求道者のものだ。
「無駄話をするつもりはねぇ。俺と闘うのか、闘わないのか。それだけを聞かせろ」
「……変わったね、ベート」
ベートの変化に感慨深く頷いて見せるフィン。何があったのか、なんて無粋なことを聞くつもりはない。
(ベート、君が変わったのは、あの時ミノタウロスを追って行った後だ。ははっ……! ベル・クラネルの雄姿は、それほどまでに鮮烈なものなんだね……!)
──〝未完の英雄〟だ。ベートに新たな理想を宿したのは、他でもベル・クラネルなのだとフィンは分かっている。〝英雄の凱旋〟で多くの人々や神々を魅了したように、ベートもまた、その心を奪われたのだろう。
「ああ? そうか? あんま自覚はねぇんだがな……」
「いいや君は変わったよ。その表情、うん。いい面構えだ」
それ以上に驚くべきことは、ベートの他者に対する言葉遣いだ。あれほど棘しかなかった言葉の中に、確かな優しさが灯っている。ベートが執拗に弱者を罵ってしまう理由を知るフィンからすれば、これ以上に驚くことは無い。
何かが変わった。でもその変化は、きっとベートに多くの光を与えたのだ。ベートは仲間たちを守る為に強くなろうとしている。ならばフィンから言うべきことは、何もない。今はただベートの征く道を見守るだけだ。
「分かった、分かった。……で、どうなんだ?」
「勿論、構わないさ。いや、寧ろ僕の方からお願いしたいくらいだよ」
──そう。今の己に出来ることは、ベートの求める強さの為に、この手で槍を振るう事くらいしかないのだ。
「さあ、Lv.6になったベートの力を僕に見せてくれ……!」
「ああ……! 見せてやるよ、俺の……いや、
同時に、フィンは自身の胸に業火が滾るような錯覚を覚えた。何だこれは? と。どうして己はここまで昂っているのか、フィンには不思議でならなかった。
──何故ならこの熱は、立ち向かう者が宿す想いである筈なのだから。
○
早朝ということもあり、誰一人として訓練所を訪れている者はいない。此処に居るのは、【
「それで、武器はどうしようか?」
「はっ……! そんなの決まってんだろ?」
フィンはベートへ尋ねる。どこまで本気でやるのかと。その言葉にベートは獰猛な笑みを浮かべると、己の身に纏うミスリルブーツ《フロスヴィルト》を構えた。
本当であれば椿へ新たに注文したガントレットも使いたいと考えていたベートだが、今回頼んだ武器は《フロスヴィルト》を上回る際物であり、製作までに時間がかかると言われた。
故にベートは万全とは言えないが、己の持てる全てを以て『本気』でフィン・ディムナと相対する。強くなる為の可能性をベートは何一つとして無駄にするわけにはいかないのだ。
──
──故に銀狼は天に向かって吼える。お前の征く戦場を、俺もまた共に駆けたいのだと。
──だからこそ願うのだ、誰よりも強さを渇望するのだ。己も雷鳴の英雄が如く理想へ向けて駆け抜けると誓ったから。
──奪われ続けたこの手に、確かな勝利を掴みたいから。
「ベート、本気かい?」
「なんだ、フィン。ビビったのかよ?」
ベートから模擬戦がしたいと呼び出された時点でフィンはこうなるような予感はしていた。どこまでも愚直に強さを渇望するベートが、模擬戦用の武器で納得する訳が無いと。
だからこれはあくまでも予定調和に過ぎなかった。己がこの槍を、《ファルティア・スピア》を振るうのであれば手加減をするつもりはない。
──それでもいいのかい?
──当たり前だろうが! 本気だから意味があるんだよ!
交差する視線。互いに己が勝つと信じて疑わないフィンとベートは、不敵な笑みを浮かべ合う。負けるなどありえない。負ける事など許されない。
誇りと理想が激しく衝突する。己の野望を叶える力を求める勇者と、英雄の雷鳴と共に新生した銀狼は、
「はははっ! いや、参ったな……! 本当に変わったねベート! ……いいよ、君の本気に僕も全力で応えよう!」
強者の風格を迸らせるベートを前に、フィンは歓喜の声をあげる。そうだ、そうでなくてはつまらないと。強者の闘いとは命を賭すからこそ意味がある。
──君の勇気に、喝采を!
──俺の牙で、お前を噛み砕く!
「準備はいいかい?」
「当たりめぇだ! いつでも征けるぜ!」
フィンとベートから放たれる灼熱の如き闘気が、まるで空間を歪ませているように錯覚させる。それはまるで吹き荒ぶ乱雲のようで、迸る命の業火が地面を震わせるまでに至る。
「……」
「……」
──瞬間。暴れ回っていた力の波動が、神隠しにあったかのようになりを潜めた。そして訪れる刹那の静寂。それは嵐の前の静けさを想起させる。
「「うおおおおおおおおおお!!」」
──爆発。
フィンとベートが叫び声を轟かせると同時に爆発した闘気によって、空間が崩れ去るのではと不安にさせるほどに振動する。
一陣の風となったフィンは、雷鳴の如く駆けて来るベートへと《ファルティア・スピア》を振るう。その一突きは神速、故に必殺。同じ【ロキ・ファミリア】の眷属であるベートの心臓へ向けて、手加減無しの一撃が放たれたのだ。
ああ。だが勇気の一槍がベートの心臓を穿つことは無い。天高く蹴り上げられた《フロスヴィルト》が、【
衝突する力と力は旋風を巻き起こし、フィンとベートを遮る訓練所を破壊せんと荒れ狂う。
「ふっ……!」
「おらぁっ!」
互いに放つのは魂を込めた必殺の一撃。強者同士による闘いを前に、仲間であるという優しさは必要ない。仲間であるからこそ手加減をする必要はないのだと、フィンとベートは高みへと昇り続ける。
「はあっ……!」
「だらぁっ……!」
瞬きをする余裕など互いにない。油断を抱けばその槍が命を散らし、慢心を抱けばその牙が命を砕く。そしてフィンとベートは「まだだ」「まだだ」「まだまだまだ」と胸の内で叫び、限界など己には存在しないと吐き捨てて、闘いは苛烈さを増していくのだ。
「しっ……! ははっ! あはははっ! ここまでとは、流石に思っていなかったよベート! 想像以上だ!」
「まだ、まだァ! この程度でへばるんじゃねえぞ、フィン!」
両者は心に湧き出る歓喜を押さえることなく、どこまでも無邪気に笑い合う。そんな主人の願いに応えるべく《ファルティア・スピア》と《フロスヴィルト》は鋭さを増していく。
「ああ! ここで終わりだなんて、そんな勿体ない真似はしないよ!」
「だよなァ! そうだよなァ! こんなところで終わらねぇよァ!」
一合ぶつかり合う度に強くなっていると肌で感じ、ベートは喜びが止まらない。
──どうだ、見てくれ! 〝
昂る感情のままにベートは己が理想を、新生した牙を紡ぎ出そうとする。
(チッ……! 完全詠唱を許してくれるほど、フィンは腑抜けちゃいねェか!!)
しかし新生した銀狼の誓いが戦場に轟くことはない。これを使えば訓練所どころか
何よりも相対する【
「【──吼えろ、黄昏の神狼よ。英雄が鍛えし我が
ベートの詠唱と共に、雷鳴が狼の咆哮となって響き渡る。白銀を思わせる純白の稲妻が空間に満ちると、その衝撃と共にフィンは凄まじい勢いで吹き飛ばされて訓練所の壁にめり込んだ。
(馬鹿な! 僕が見切れなかっただと!)
「ぐっ……! これは……!」
極限まで集中していた筈のフィンは、白雷が瞬いた瞬間に迅雷となったベートの鋭い蹴りを無防備となった腹部に受けたのだ。
(これは、
攻撃を貰ったとフィン自身が理解したのは壁へと衝突した後で、親指の疼きを感じる暇すら許されはしなかった。数多の修羅場を潜り抜けてきたフィンを以てしても、ベートの
今になって凄まじいまでに親指の疼きを感じ取ったフィンではあるが、銀狼の牙はすぐそこまで迫っていた。
「刮目しやがれ! 〝
「速い! ……ぐぅっ! がはっ……!」
銀狼の疾走は止められない。纏う白雷がベートを追うように迸るその光景は、閃光が瞬いているかのように鮮烈だ。理想を吼える白雷の銀狼は、己が敵に止めを刺すべく牙を剥く。
──しかしフィンは動けない。
一度しかベートの蹴りを受けていないにもかかわらず、フィンは既に瀕死のような傷を負っていたのだ。その事実に僅かな違和感を覚えたフィンは、親指の疼きからベートの纏う白雷こそが原因だと推測した。
「喰らいやがれェ!!」
「がぁああああああああああああああ!!」
だが真実が分かったとしても、今のフィンにはベートの一撃を躱す力は残されていなかった。立ち上がるだけで肉体が引き裂かれるような激痛に苛まれ、身体は己の命令に全く従ってくれない。
「ごほっ……はあ……はあ……」
故に訪れる結末は順当なものだ。強者であるベートが立ち、弱者だった己が地に伏せる。弱肉強食の真理が、フィンの前へと姿を現した。
「おい……その程度なのかよ……【ロキ・ファミリア】の団長っていうのはよ? 【
(そんな訳、ないじゃないか……でも……これは、不味いな……意識が、朦朧として……)
朦朧とした意識の中、聞こえてくるのは
弱者となったフィンが闇に沈みながら想ったのは、知らずの内に忘れてしまっていた
己は何のために【
(これが、立ち向かう者の気持ち、なのか? 何時から、僕は……忘れて、しまったんだ……?)
──今フィンは、己に『勇気』を問いていた。
この手で願ったものは何だ? この手で掴み取るのは何だ? この手で掲げるのは何だ?
「立てよ、フィン……こんなもんじゃねぇだろうが、お前は……!」
──己が立ち上がるべきは何のためだ?
(そうだ……! 僕は、【
──答えは既に我が名に刻まれている!
(──存在しない!!)
──この手で願ったのは勝利だ! この手で掴み取るのは勝利だ! この手で掲げるべきは勝利だけだ!
「ぐぅ……はあ……はあ……随分と、言ってくれたじゃないか、ベート……!」
──【
──フィン・ディムナは諦めない。
「僕はまだ、立ってるぞ!!」
──その双眼に宿るのは、〝
「僕には……成し遂げたい、願いがあるんだ……! その誓いを……その道を……僕は諦めない!」
──この日『
「【魔槍よ、血を捧げし額を穿て──〝五槍を迎えし究竟を以て、我が眠りは誇りと共に目覚めん〟】!!」
己の殻を破らんとするフィンの〝
「【ヘル・フィネガス 〝モンガーン〟】!!」
──勝利をその手に掲げる己の姿だけだった。
「さあ戦いを続けよう!」
「ああ!!」
〝
──彼等の英雄譚は、まだ始まったばかりだ。
レフィーヤ・ウィリディスのサブヒロイン化計画(ティオナは内定)
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YES
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NO