ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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進歩

 ダンジョンの三階層を疾走する影が一つ。

 

 少年の名はベル・クラネル。たった半月で【ランクアップ】を果たし、Lv.2の高みへと駆け上った〝未完の英雄〟だ。

 

「フッ!」

 

『グギャッ!』

 

 一陣の風となったベルは、すれ違いざまにゴブリンの群れに閃光のような刃を振るう。

 

 一閃、ゴブリンの首が飛ぶ。二閃、ゴブリンの胴体が別たれる。三閃、ゴブリンの鮮血が虚空を舞う。

 

 刹那の時を以て、戦いの場は静かに終わりを告げる。戦場に勝者はただ一人、鋼の意志を抱く〝未完の英雄〟ベル・クラネルだけだ。

 

 しかし既にベルの姿はここにはなく、新たな戦場へと向かっていた。

 

 ──強く、強く。前へ、前へと。誰かの涙を拭うと誓った鋼の意志を持つ少年は、刹那の時も無駄にはしない。

 

 己に誇るべき力などないと、ベルは知っているから。生まれた時より与えられた天賦の才など持っていないのだから、努力するしか他にない。

 

 ベル・クラネルは知っている。諦めなければ願いは必ず叶うのだと。進み続ければ得られる未来が必ずあるのだと。

 

 ──ならば進もう。救いたいと願ったから、守りたいと想ったから、誰もが笑顔で生きて欲しいと、ベル・クラネルがこの胸に誓ったから。

 

 ──慢心などしない。驕りなど抱かない。進み続ける限り限界なんてありはしないのだ。

 

「来たね……」

 

『ゲゲエッ!!』

 

 壁に張り付いたヤモリのようなモンスターダンジョン・リザードの群れが、英雄を屠らんと進攻してくる。壁すら這いずる我らに刃は届かない、振るう武器に意味は無しとあざ笑うかのように。

 

 ああ……しかしあまりに愚かだ、怪物たちよ。戦場に立つは凡百な少年に非ず、覚悟(ヒカリ)を抱く鋼の英雄だ。

 

 刃が届かぬのなら、届く距離まで征くだけだ。振るうべき武器はこの手の中に、そして刃を突き立てよう。

 

 ダンジョン・リザードの気配を感じたベルは、走る速度を落とすことなく恐れなど捨てて力強く右足を踏み出す。

 

 ──この瞬間、ベル・クラネルは弾丸となった。

 

 疾風となった少年の影は壁すらも地面であるかのように駆け上り、ダンジョン・リザードの群れと電光石火の間に交差する。

 

 そしてベルはモンスターの姿を覗き見ることなく、風のように戦いの場から過ぎ去っていった。傍から見ればただ通り過ぎただけに見える光景は、しかし幻想の如く砕け散ることになる。

 

「ハッ!」

 

『……? ……グゲエッ!?』

 

 空間に響き渡るのはダンジョン・リザードたちの断末魔。その身に纏う鱗は彼らの気付かぬ内にベルによって無数に切り刻まれ、おびただしい血を大地へと注ぐ。

 

 血の海に沈んだダンジョン・リザードは自らに死が訪れたと理解することなくその命を散らし、己が核である魔石だけを残して灰へと還った。

 

 ──雌雄は既に決した、英雄の振るう閃光が立ちはだかる敵を断罪したのだ。勝利は既にこの手の中に、脆弱なる意志を前に、鋼の英雄が敗れる道理などありはしない。

 

 ○

 

「しっ! ……遅い、遅すぎる!」

 

『ィィアッ!?』

 

 ダンジョンに潜ったベルは【ランクアップ】を成し遂げてどれほど強くなったのか、事細かに確かめながら上層を進む。

 

 己の感覚と急激に強くなった肉体の齟齬を、モンスターを狩りながら少しずつ埋めていく。身体を動かせば動かすほど感覚は鋭くなり、刃を振るえば振るうほどにその斬撃は速度を増す。

 

 少し前までは群れで現れたら鬱陶しかった蛙のようなモンスター、フロッグ・シューターもすれ違いざまに切り刻むだけで、刹那の間に戦いは終わりを告げる。

 

 Lv.2に到達したベルにとって、もはや上層のモンスターは動かぬ的に他ならなかった。まるで相手にならない、【経験値(エクセリア)】にすらなり得ないと、ベルはモンスターの死骸たちを無感動にみつめる。

 

「進もう。もうここは僕の戦場じゃない……」

 

 魔石を回収し使い物にならなくなったナイフを懐へと仕舞ったベルは、予備の一つである新たなナイフを懐から取り出す。

 

「……武器、か」

 

 ダンジョンに潜り始めた時から感じていた武器への不満は、【ランクアップ】を果たしたことでより強くなった。洗練されたベルの太刀筋は正確無比であり、驚くほどに力強い。

 

 ベルの在り方を体現するそれに、安物のナイフではとてもじゃないがついていけない。何度か戦闘を行うだけで刀身が歪み、力を加えすぎるとガラスのように簡単に砕けてしまう。

 

(ダンジョンで考えることじゃないな)

 

 しかしここはまだダンジョンだ。気の緩みは死に直結すると、ベルは武器について考えるのは後にすることにした。ここで不満を漏らしたとしても、己についてこれる武器が湧いて来る訳でもないのだからと。

 

「……ダンジョンの六階層。ここからは僕にとって未知の冒険だ」

 

 ダンジョンに潜ってから十分もかからずに六階層へと下ってきたベルは、いつも以上に気を引き締める。半月の間ひたすらに力を求めた己が最後に探索したのが五階層だ。

 

 ここからはエイナから伝え聞いただけの情報しか持ち合わせていないベルだが、【ランクアップ】したからと慢心を抱くことはなかった。

 

 なにが起こるか分からないからダンジョンなのだ。

 

 ベルは既にミノタウロスとの例外(イレギュラー)遭遇(エンカウント)によって、ダンジョンの恐ろしさを深く理解している。

 

(これは……!)

 

 いざ前へ進もうとベルが歩み始めた直後だった。

 

 静寂なる空間に、ガラスが砕けるような、得体も知れない不快な音が鳴り響く。何度も、何度も、途絶えることなく不気味な破裂音が空間に木霊して、ベルの心を不安で揺さぶろうとしてくる。

 

「────」

 

 モンスターを次々と屠り光の速度で成長し続ける英雄の威光を前に、ダンジョンは恐れから逃れるようにその本性を露わにする。

 

──殺せ。殺せ。殺せ。この英雄(バケモノ)を殺せ。

 

──消えろ。消えろ。消えろ。我らが大地より消えろ。 

 

 ダンジョンの願いへと呼応するように、光を滅するべく影が六階層へと生み出される。

 

『『『『……。…………』』』』

 

 人のような体躯を持つ漆黒のモンスター『ウォーシャドウ』が、二十を超える群れとなり英雄の進軍を止めるべく闇より姿を現した。

 

「僕の誓いを〝影〟程度で止められると、本気でそう思っているのなら……」

 

──殺すんだ。殺すんだ。殺すんだ。この英雄(ヒカリ)を殺すんだ。

 

──消えてくれ。消えてくれ。消えてくれ。我らが前から消えてくれ。

 

──英雄(バケモノ)に勝てるわけがない。

 

 しかしどうしたことか。ベルと言う獲物を前に、ウォーシャドウは凍ってしまったように動かない。影のようなその体を小刻みに震わせながら立ち尽くすのみ。

 

 英雄の雄姿(ヒカリ)を前に、影の軍勢(ウォーシャドウ)は己の運命を悟る。天霆の前に陰りはなく、闇であろうと一刀のもとに斬り裂くのみ。

 

「この一閃を以て引導を渡すだけだ!」

 

 ──故に影が光に勝てる道理など最初から存在していなかったのだ。

 

 ○

 

 鋼の英雄は疾走する。

 

 駆け出した両足は立ち止まることを知らない。一歩踏み出す度に、世界が置き去りにされていく。

 

 速く、速く。誰よりも速く。過ぎ去っていく閃光に、すれ違う冒険者たちは何が起きたのか理解出来ず首を傾げるだけ。

 

「ああ……? 何だぁ?」

 

「これって……魔石、よね……?」

 

 気がついた時には何故か向かって来ていたモンスターの姿は消え去り、彼らの核である魔石だけが無造作に地面へ転がっているだけだった。

 

 ──英雄は止まらない。

 

 七階層、戦いの幕は上がらない。

 

 八階層、恐るるに足りず。

 

 九階層、その姿が捉えられることはない。

 

 十階層、怪物の宴(モンスターパーティー)、何するものぞ。

 

 十一階層、過ぎ去る風の音だけが鳴る。

 

 十二階層、竜が居ようと屠るのみ。

 

(やっぱり、強くなっている……いや、これは……ステイタスが底上げし続けているのか?)

 

 ベルがダンジョンに潜ってから感じ始めたのは、尽きることなく燃え上がる無限の活力だった。一刻、また一刻と時が刻まれる度に肉体の強靱さが増していき、五感の全てが鋭くなっていくのだ。

 

(これが【鋼鉄雄心(アダマス・オリハルコン)】の力、その一端なのか……!)

 

 ヘスティアから渡された羊皮紙に記された【ステイタス】を見た時、このスキルはミノタウロスと戦った時のように局所的な場面で最も活きるとベルは考えていた。

 

 だがベルの予想以上に【鋼鉄雄心(アダマス・オリハルコン)】は有能なスキルだった。

 

【ステイタス】が補正される感覚というものが明確には分からないが、ダンジョンに踏み入ったその時から『〝時間経過〟、または敵からダメージを受けるたびに全能力に補正』の発動条件は満たされていたように感じる。

 

 ベルにとってダンジョンは、踏み入った時点でどれだけ強くなろうと、命を奪い合う戦場であるのだ。故にダンジョンで行動している時間の全てが戦闘扱いになっているのでは? とベルは考えた。

 

 だがスキルは神であっても完全に把握できていないのだから、己が深く考える必要は無いとベルはすぐさま思考を切り替える。

 

「……征こう。僕の〝冒険〟は、ここにはないんだから」

 

 何であろうと強くなれた。その事実があれば己はもっと前へと進むことが出来るのだから。

 

 ○

 

 陽が傾きオラリオの街は橙色に染まり始め、ダンジョンから帰ってきた冒険者たちで明るく賑わい始める。今日はどうだった? と話し合う者達に、どこに飲みに行く? と笑い合う者達。

 

 皆が思い思いの夜を過ごそうと動き始める時間帯だ。

 

「お、お帰り! ベル君!」

 

「はい、ただいま帰りました。エイナさん」

 

 そしてベルもまたエイナとの約束を果たすべくギルドへと赴き、無事である姿をしっかりと見せた。己は死なないと、この約束を違えることは無いと、ベルの雄々しい姿が雄弁に物語る。

 

「え、えっと……もう大丈夫なの?」

 

「はい、神様にも言われて一日ちゃんと休みましたから。……ですので今日もずっとダンジョンに潜ってました」

 

 ミノタウロスとの死闘から二日が経ちエイナの前に再び現れたベルは、鮮烈なる雄々しさを纏った英雄のような姿で。

 

 たった二日会っていなかっただけなのに、何時にも増して凛々しい表情だとエイナは知らずの内に頬を紅く染めてしまう。

 

 その所為か若干たどたどしい喋りになってしまったエイナなのだが……

 

『ベル君、あのね? 口うるさくなっちゃったかもしれないけど……えっと……その……約束守ってくれてありがとう! す、凄く嬉しかったよ!』

 

 更に別れ際に己が伝えた言葉を思い出してしまい、今になって抑えきれない恥ずかしさが蘇ってきてしまった。

 

「そ、そっか……。でもあんまり、無茶したら駄目だからね?」

 

「……エイナさん、それは……」

 

 しかし恥ずかしさ以上にエイナはベルを心配していたのだ。ミノタウロスの一件もあり、嫌と言うほど身に染みている筈だったダンジョンの恐ろしさをエイナは改めて思い知った。

 

 エイナの想いを理解したベルは、複雑そうな顔を浮かべる。あまり心配をかけたくない思いと、それでも前に進み続けるのだという想いがベルの心でぶつかり合って烈風のように吹き荒れるのだ。

 

「もう、そんな顔しないで。ちゃんとダンジョンから帰ってきてくれれば、それだけでお姉さんはいいの」

 

「ありがとう、ございます」

 

 そんなベルを見て、エイナは優しく頭を撫でると慈しむように優しい微笑みを浮かべる。エイナ自身、己がベルの征く道の枷になる事なんて望んでいない。

 

 ただ覚えていて欲しいだけなのだ。英雄の帰る場所があることを、進み続けても失わないものがあることを。

 

「あーもうやめやめ! この話はおしまい! ベル君は今日も無事だったんだから、それで良しよ私!」

 

 しんみりとした空気になったのを肌で感じたエイナは大袈裟に声をあげると、話題を強引に変える。折角ベルと話しているのに、悲し気な雰囲気になどエイナはなって欲しくない。

 

 ベルと話すのであれば、明るく楽しい雰囲気に包まれていたいのだ。

 

「それじゃあベル君、換金所まで一緒に行こう!」

 

 それにまだベルは魔石を換金していないのだから、あまり長話をしていてはこの時間帯だと混んできてしまう。

 

【ヘスティア・ファミリア】の眷属はベルしかいないのだ、収入は忘れずしっかりと手にしてもらわなければいけないだろう。

 

「はい! ……と、そうだ忘れるところでした、エイナさん。僕、Lv.2になりました!」

 

 換金所に向かうエイナに付いていこうとしたベルだが、今朝ヘスティアから言われたことを思い出した。自身のアドバイザーであるエイナに【ランクアップ】の報告をするようにと。

 

『はぁ……ボクとしてはもう暫く内緒にしておきたいんだけど……ベル君、今日ダンジョンから帰ってきた時に噂のアドバイザー(・・・・・・・・)君へ【ランクアップ】の報告をしてくるんだ。いいね?』

 

 ヘスティアとしては常軌を逸した速度での【ランクアップ】を本当は隠したいと思っていたのだが。隠したい対象である神々には〝未完の英雄〟として既に大々的に知られてしまった。

 

 ならば隠す方がより面倒な事になると、ヘスティアはベルの【ランクアップ】をギルドに伝える決断をしたのだ。

 

「へぇーそうなんだ、ベル君がLv.2にねー。……え?」

 

 ベルから返ってきた言葉は、エイナの斜め上を行くものだった。ベルがあまりに軽く言うものだから、エイナは危なく流してしまいそうになる。

 

「……? ……どうかしましたか?」

 

 言葉を失ってしまったエイナの姿を見て、ベルは可愛く首を傾げる。

 

 何故あんなにも雄々しいこの少年はこんな時に可愛い表情をするのかと、エイナはもう一つの意味で言葉を失うが次の瞬間には……

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!! Lv.2~~~~~~~っ!?」

 

 雷鳴のような叫び声がギルド中に響き渡っていた。

 

「もしかしたらとは思ってたけど……ベル君、本当に【ランクアップ】しちゃったんだね」

 

「はい! これでもっと僕は強くなれます!」

 

 場所は変わり本部に設置された面談用のボックスにて、ベルとエイナは話し合っていた。

 

 今やオラリオ中で語られる〝英雄の凱旋〟を誰よりも詳しく知るエイナからすれば、この事実は正直に言えば予想の範疇ではあった。

 

「はぁ……色々と言いたいことはあるけど、撃破記録(スコア)見た時からこうなるような予感はしてたんだよね」

 

 それでも改めてベル本人から現実として聞かされたエイナは驚かずにはいられなかったのだ。

 

「ふぅ……」

 

 やはりベルが発現させた早熟スキル『英雄誓約(ヴァル・ゼライド)』の影響なのだろうかと、エイナは疲れたように息を吐く。

 

 あまりにもベルに似合い過ぎているそのスキルは、エイナも聞いたことが無い【ステイタス】の成長速度に影響を及ぼすレアスキルだ。

 

 神々などに知られたら必ず面倒な事になると、エイナには分かる。それに【ステイタス】のことは隠すとベルに背中を見せてもらった時に約束したのだから、それを破るわけにはいかない。

 

 しっかりと(・・・・・)約束を果たしてくれたベルに、エイナは不義理を働くわけにいかないのだ。

 

 例えギルドの主神であるウラノスにベルの【ステイタス】を聞かれたとしても、答えるつもりは毛頭ない。

 

「でも、ベル君らしいね。ミノタウロスを倒して【ランクアップ】したのに、もう先を見てる。今の自分に全然満足してない」

 

「……はい。僕はもっと、もっと強くなりたいですから。これで満足なんてできないですよ」

 

【ランクアップ】を果たしたというのにまるで満足する様子を見せず、更なる力を欲しているベルの意気揚々とした表情を見て、彼らしいと微笑むエイナ。

 

 前を向くからこそ、諦めないからこそ、ベルはベルたりえるのだとその姿を見て強く思う。

 

「……でもこれだけは言わせて欲しいの」

 

 まるで揺るがないベルの鋼が如き信念は、エイナの心に鮮烈なる光を想起させる。己が心を惹かれてしまう少年はまた一歩、英雄になるという願いに近づいた。

 

 ならば己が言う言葉はただ一つだ。余計な言葉で着飾る必要なんてない。

 

 この胸に抱く喜びのありったけを、目の前の英雄(少年)に伝えるのだ。

 

「……ベル君、Lv.2到達おめでとう! 本当に、よく頑張ったね!」

 

 ベルに見せたエイナの笑顔は、どんな花よりも可憐で、精霊のように美しかった。 

 

 

 

『ベル・クラネル』

 

Lv.1→Lv.2への【ランクアップ】

 

所要期間、約半月。

 

モンスター撃破記録(スコア)、4001体。

 

 

 Lv.2到達の歴代記録は〝未完の英雄〟によって大きく塗り替えられることとなる。

 

 

 ──民衆たちよ歓喜せよ。お前たちを魅了した〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟は、必ずや前人未到の英雄譚を紡いでくれるだろう。

レフィーヤ・ウィリディスのサブヒロイン化計画(ティオナは内定)

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