ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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笑顔

「ミアハ様の言葉……どういう意味だったんだろう」 

 

 ミアハの後ろ姿を眺めることしか出来ないベルは、最後に告げられた言葉の真意を測れず頭の上に疑問符を浮かべるのみ。

 

(この気配は……)

 

 だが次の瞬間。ベルはミアハの言葉の意味を理解した。何故ならベルの背後から、不思議と心を惹かれてしまうあの少女の気配がしたからだ。

 

 まるでいつか知ってしまう人の穢れにすら染まらない純心な幼子のようでありながら、この世界の負を凝縮したような底の見えない闇を抱える怨念のようにも感じさせる矛盾した気配が。

 

「あれは、アイズさん?」

 

──あの日、共に交わした名をベルは胸に刻んでいる。

 

──あの日、少女に誓った約束をベルは心に刻んでいる。

 

──ベル・クラネルは英雄になると少女に誓ったのだ。ならばこそ雄々しく進もう。前を向いて強くなろう。この背に抱く想いの数こそが英雄になると誓ったベルの力なのだから。

 

「あ……ベル!」

 

 しかしベルは己に向かって走ってくるアイズを視界に収めると、少しだけ首を捻った。数日前に感じた深い闇は未だに感じ取れるのだが、それ以上に強い輝きに目を惹かれたから。

 

──それはまるで業火のような情熱を放ち、可憐な花々のように華やかで。温かな安らぎを与えてくれる春風のようでもあった。

 

 あまりにも美しいその煌めきに、ベルはしばし心を奪われる。見たことが無かったのだ、感じたことがなかったのだ。アイズの身から流れ出る眩い輝きを、ベルは知らなかったのだ。

 

「こんばんわ、アイズさん。偶然ですね」

 

「……う、うん。……こんばんわ、ベル」 

 

 だからといって数多の人間を魅了するだろう鮮やかな光を前に言葉を失うほど、柔な精神をベルは持っていない。精霊のように美しいアイズを前にしても、ベルの心は鋼鉄のように揺らがない。

 

 ただ一つの信念を抱き、己の誓いを、己の願いを叶える為に進み続ける英雄は狼狽えたりなどしないのだ。

 

 ベルとしてはアイズとの出会いが偶然だと考えているが、真実は違う。リヴェリアと言葉を交わし、己が抱く想いの名を知ったアイズの行動が実を結んだものなのだ。

 

『ベル、どこに居るんだろう……』

 

 己の好きなようにすればいいという助言を受けたアイズは、ベルの声が聞きたいという願いを叶えるべくメインストリートへと繰り出していた。

 

 だがよくよく考えてみればベルはダンジョンに潜っているだろうと、暫く経って気が付いたアイズは大好物であるじゃが丸くんをやけ食いする結果となる。

 

『え……あれって……! ベル……!』

 

 だが日が沈み始めてそろそろ黄昏の館(ホーム)に帰ろうとしていたアイズは、まるで天に〝祝福〟されているかのように帰り道でベルを見つけることが出来た。

 

 ならば後は声をかけるだけだと、アイズは生き生きとしながら駆け出したのだ。

 

「きょ……今日もいい、天気、だね……」 

 

「そうですね、夜になったら綺麗な星が沢山見れそうです」

 

 ベルと出会う前までは喋りたいことが沢山あった筈なのに、いざ現実に直面してみるとアイズはあの夜のようにうまく言葉が紡げなくなってしまう。

 

 それに加えて今の己がベルに恋をしていると理解してしまったアイズは、前回以上に乙女の思考が熱暴走を起こして制御不能になる。

 

(どうしよう……ベルと何を喋ったら良いのか……分からない……)

 

 胸が破裂しそうな鼓動を感じながらもアイズが何とか振り絞った言葉はあまりにありきたり過ぎて、いっそのこと不自然にも思えるような話題だ。

 

 昼間であるのならまだ会話としても違和感がないのだが、生憎と今は陽が沈み夜が始まろうとしている夕暮れである。

 

 明らかに違和感しか無かった。

 

(ベルに変な子って思われてないかな……?)

 

 しかしそれでもアイズが精一杯の勇気を振り絞って紡いだ言葉は、ベルへしっかりと伝わっている。

 

 潤んでいる金色の瞳と頬を紅く染める姿を見たベルは、優し気な微笑を浮かべながら己も言葉を紡ぎ出した。

 

(今日も綺麗な星が見れそうだね……村から見る夜空も好きだったけど、オラリオから見る夜空はどこか神秘的というか……凄く輝いて見える(・・・・・・・・)

 

 空を見上げれば、陽は沈み出し空は藍色へ移り変わろうとしている。夜の空に輝くのは、眩き星々たち。

 

 ──ベルは昔から星を見るのが好きだった。

 

 数多に輝く星々は、まるでベルの守るべき誰かのように煌いているから。届かないと分かっていても、いつかこの手で尊い光に触れてみたいとベルは想うのだ。

 

「……」

 

 空を見詰めるベルの横顔は純情無垢な少年を思わせる。しかしその瞳に宿る意志は鮮烈なまでに力強い光で。星を眺めるベルの横顔を、アイズはじっくりと眺めてしまうのだ。

 

 会話が途切れてまるで空に浮かぶ夜空のように静かな雰囲気が、ベルとアイズの間に醸し出される。

 

「……あ。……ベ、ベルは、今日もダンジョンに潜ってたの?」

 

「はい、そうですね。僕はもっと……もっと強くなりたいですから」

 

 ふと、アイズは今日ベルが何をしていたのか気になった。きっとベルは今日も一日中ダンジョンに潜っていたのだろう。ダンジョンでモンスターと戦うことが、強くなる為に最も効率的であるのだから。

 

「それに……」

 

 強さを求めて進み続ける英雄が、怠惰な日々を過ごしている訳が無いのだ。その程度のことは未だにベルと数えるほどしか話したことが無いアイズであっても分かる。

 

 復讐に燃えて強さを渇望したアイズには、向かっていた方向がまるで逆であろうともベルが抱く気持ちを痛いほど共感できた。

 

 弱いままでいることを自分自身が許せないのだから。

 

「僕も早くアイズさん達に並び立ちたいですから」

 

「…………!!」

 

 だがベルは一度言葉を区切るように口を閉じると、金に染るアイズの瞳を深紅(ルベライト)の瞳で貫くように見詰めて強く噛み締めるように言葉を発する。

 

 その時に見せたベルの精悍な風貌に、アイズはしばし心を奪われる。これだ。これがズルいのだ。ダンジョンでは雄々しい後ろ姿を己に見せて、でもふとした時に年相応の可愛げな笑顔を見せて。

 

(ズルいよ、ベル……)

 

 己が心の準備を済ませる前に、今みたいに幾多の戦場を駆けた英雄のような勇壮さを見せる。

 

 ただでさえベルの姿を見ているだけで胸が高鳴るのに、これ以上己の心をときめかせてどうしたいのだと、アイズは叫びたい気持ちになる。……かといってアイズがベルの前で叫ぶことなど、到底出来る訳が無いのだが。

 

「……え、と……その……」

 

「……? ……アイズさん?」

 

 ようやくベルと会話する時の緊張感に対応できるようになってきたというのに、また振り出しに戻されてしまった。いや、先程以上にアイズは口がもつれて仕方がない。

 

 でも伝えたい想いがあるから、ここで俯く訳にはいかない。己が抱く想いの名をアイズは知っているから。英雄の道に寄り添いたいと願っているから。

 

(私は知ってる……ベルは誰かを助ける為に進み続ける英雄だって……)

 

 アイズはベルへと近づくべく震える足を激励して、その一歩を踏み出す。ベルの心へとその一歩を踏み出したのだ。

 

(きっとこの想いを抱いているのは……私だけじゃ無いんだよね……)

 

 きっとベルは多くの女性の心を奪ってしまう。傷つき悲しむ誰かを守りたいと願う英雄は、助けを求める者のために何度だって立ち上がり、雄々しい後ろ姿で魅了してしまうのだ。

 

 己がベルに恋心を抱いたように。

 

 でも、恋を知った少女は……アイズ・ヴァレンシュタインは、そんな英雄の道に寄り添うのは他でもなく己でありたいと願うのだ。

 

 他の誰かがそこに立っている未来なんて、想像するだけで胸が引き裂かれそうになる。

 

(でも……)

 

 英雄の進む道は艱難辛苦に満ちていて、逆境なんて当たり前な地獄のような道なのだろう。

 

 それでも英雄は怯むこと無く進み続ける。誰かの涙を拭う為に。誰かの笑顔を守る為に。

 

 何度だって傷ついて、それで救われる命があるのだと歩みを止めることなく前を向く。

 

(私はベルが好き……だから後悔はしたくない……)

 

 ならばこそアイズは傷だらけになろうとも立ち上がるベルを、優しく抱きしめてあげたいと想うのだ。

 

 己が身一つで前に前にと進み続けて、あらゆる全てを置き去りにした果てで孤独になんて絶対にさせない。

 

 数多の英雄が刻んできた悲劇的な結末になどさせはしない。

 

「……私も! 私も、ベルのこと応援してるから! ……ベルのことずっと待ってるから!」

 

「…………!」

 

 だからこれは英雄になると己に誓ってくれたベルに捧げる、アイズの覚悟(ちかい)だ。己はここで待っているから、早く私の元へ来てと。

 

 君がこの背に追いついたその時こそ共に征こうと、共に英雄譚を紡ごうと、アイズは精霊が祝福を詠うように溢れんばかりの想いを乗せて言葉を紡ぎ出す。

 

 精霊が羽ばたいたかのように美しい笑みを浮かべるアイズを前に、思わずベルは瞠目する。無垢であった少女が、まるで光も闇も優しく抱いた英雄を導く〝精霊の姫〟のように見えてしまったから。

 

──光の英雄に祝福の風が吹いた。

 

──仄かに灯る小さな想いが、英雄の胸に確かに芽吹く。

 

──英雄譚では語られぬ瞬きのような日常で、定められた宿命に亀裂が走った。

 

「ふふっ……ありがとうございます、アイズさん。とても……とても嬉しいですよ」

 

「でも、ずっと待つ必要は無いですよ?」

 

 ──ベルは守るべき『誰か』の為に進み続けると、暴虐なる黒龍を前に最後まで立ち向かい続けた祖父の亡骸に誓った。優しかった祖父は、強かった祖父は、時に厳しかった祖父は、弱かった己に鋼の意志を残してくれた。

 

 ──もう悲しい涙は流させないと、祖父と読んだ物語に語られる英雄のように雄々しく進むと幼き少年は決めたのだ。

 

 ──偉大だった祖父の後ろ姿こそベルが望む英雄の雄姿であり、始まりの憧憬なのだから。

 

 ──ならば(アイズ)だけを先へと進ませるわけにはいかない。己は何だ? 英雄になると誓った者だ。誰かの涙を笑顔に変えたいと、願った者だ。

 

「……え?」

 

「すぐ、すぐ追いつきますから。だから、アイズさんを待たせたりなんてしませんよ」

 

 ──だから、待たせたりなど絶対にさせない。

 

 ──彼女の笑顔も、守るべき『誰か』の笑顔だ。悲しませたりなどさせないし、美しい金色の瞳から涙を流させたりなんかしない。麗しき少女には、花のように可憐な笑顔が最も似合うのだから。

 

 前へと進む理由がまた一つ増えたベルは陽の光よりも強く、極晃(ヒカリ)のように眩く、アイズへ向けてはにかんで見せた。

 

「…………………………」

 

 ベルの覚悟に満ちた眩い笑顔を真正面から見てしまったアイズは、時が止まったように硬直する。金色の瞳は限界まで見開かれ、頬が上気したように紅く染まっていく。

 

 胸の鼓動は破裂寸前まで加速し始めたアイズの耳に聞こえるのは、己の心臓が刻む騒音だけ。そしてアイズの視界を支配するのはベルの笑顔だけだ。

 

 愛おしいベルのはにかむ姿を見たアイズは、己の背中に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】が熱を帯び始めたような気がした。まるで己の恋情に呼応するかのように。

 

「ベル……それは、ズルいよ……」

 

「すみません! ……怒らせちゃいましたか?」

 

 二人の間に流れた静寂の時間。しかし、アイズの心はベルに対する恋心で暴れ回っていた。クラクラする意識の中でアイズはベルへ視線を向けると、優しげな表情を浮かべている。

 

 舞い上がっていたのが己だけだと思うと急激に照れが込み上げてきたアイズは、拗ねるように言葉を漏らす。そんなアイズの潤んだ上目遣いを見て、何か不機嫌にさせてしまったと勘違いしたベルは頭を下げる。

 

 幼少期から祖父に女性についての心得を教授されていたベルは、「女は絶対に怒らせたらいけない」と死んだ目をしながら口酸っぱく言われていた。

 

 しかし祖父を失ってからは強くなる為だけに注力してきたベルは、女性の扱いに対して知識はあるが実戦経験はないという中途半端なものになってしまった。

 

「違う、違うよ……嬉しいの……」

 

 しかしベルの不安は次の瞬間に吹き飛ばされることになる。ベルへ向けて一言、一言、己の想いを噛み締めるように。一言、一言、決して離さないと抱きしめるようにアイズは言葉を紡いでいく。

 

「だから、早く私に追いついて……?」

 

「……!」

 

 精霊の姫が魅せた宝石よりも美しく、花々よりも愛らしい笑顔は、英雄になると誓った少年の胸に深く刻まれる。守るべき笑顔は、己のすぐ目の前にある。

 

 そして精霊の姫の願いに応えるように、英雄もまた雄姿(ヒカリ)を魅せる。

 

「はい! 必ずアイズさんに追いついて、僕は……」

 

「あなたも守れるくらい強くなってみせます!」

 

 光の英雄が魅せた鋼よりも確固であり、光よりも鮮烈な威風は、英雄に寄り添うと誓った少女の胸に深く刻まれる。精霊の姫が共に並び立ちたい雄姿は、己のすぐ目の前に居る。

 

「あ……う……あうあう……」

 

「危ない! ア、アイズさん! 大丈夫ですか!」

 

 しかしあまりにも眩しすぎたベルの姿を前に、アイズの心は熱暴走(オーバーヒート)を起こしてしまい次第に意識が薄れていく。大地が回転するような感覚に陥るアイズが最後に見たのは、眼前にまで迫ったベルの凜々しさ溢れる顔で。

 

 アイズは陽の光のような温もりに抱きしめられながら、幸福に包まれて意識を手放すのだった。

 

レフィーヤ・ウィリディスのサブヒロイン化計画(ティオナは内定)

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