ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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──その身を形作るのは、星々の瞬き、オリハルコンの鼓動。

──至高なる光は、他の誰もが手にしたところで、その輝きを曇らせる。

──心せよ。刃を振るうことが出来るのは、汝が認め、汝と血を分けた使い手ただ一人。

──雷霆の創造主にして鍛冶司る神ヘファイストスが、オリュンポスの盟友ヘスティアの武具を鍛える。

──誓いが刻まれた汝もまた我らが愛する神の眷属、神の刃。

──女神ヘスティアの名のもとに命ずる。

──同じ血を分けた眷属の意志に応え、勝利を献げよ。汝の半身の名、それはベル・クラネル。

──約束された栄光の道で、共に笑顔を守り、共に涙を拭い、共に邪悪を討ち、共に未来を願い、共に幸福を(もたら)し、共に未来を掴み、共に宿命を乗り越えろ。経験を糧とし、刃を研ぎ澄ませ。

──半身と共に英雄を目指せ。

──汝は女神ヘスティアの灯火なり。闇を斬り裂く炉の聖火を宿し、光に満ちた未来を切り拓け。神話に綴られる神器となって、主人を守れ。



〝炉の祝福〟

 遥か古の時代より数多くの英雄が、輝かしき栄光を大陸へと響かせてきた。

 

 時に理不尽な神の試練を超え、破滅に満ちた己の運命を打ち砕き、嘆きに満ちた悲劇を笑顔の溢れる幸福へと変えて。

 

 吟遊詩人が詠う英雄譚は、民に憧れを与えてきたのだ。彼等は希望だった。彼等は伝説だった。

 

──彼等は英雄だった。

 

 そしてこの日、新たな英雄が迷宮都市オラリオに誕生した。

 

 英雄の名を、ベル・クラネル。

 

 超常存在(デウスデア)の加護を受けた〝神の使徒(シルバーバック)〟を、〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟は見事に討滅したのだ。

 

 勝つことは不可能だと神が断じた〝宿命〟を、鋼の意志一つで凌駕して見せた。勇敢でありながら蛮勇でもあるベルの気質は正に英雄。

 

 未完なりしその器を誓いで満たした少年は、英雄と成った。

 

──〝未完の英雄〟に相応しき男と成ったのだ。

 

 無理だから。強いから。武器が無いから。負ける理由(いいわけ)は星の数ほどあった。それでもベルは、一度たりとも諦めなかった。

 

 無理だから。強いから。武器が無いから。そんなものは、負ける理由(りくつ)にすらなり得ない。英雄になると誓ったベルは、己の生き方を最後まで曲げなかった。裏切らなかった。

 

「……はぁ……はぁ……僕の……勝ち、だ…………!!」

 

 前人未踏なる神の試練を乗り越えて、勝利を天へと掲げて見せたベルの雄姿は、正しく希望(ヒカリ)に満ちている。

 

──新たな神話の到来。

 

 鋼の意志を抱く英雄は涙を流す誰かを守り、笑顔へと変えて見せた。迫りくる邪悪を斬り伏せ、民に覚悟(ヒカリ)を魅せたのだ。

 

「ぐぅ……がはっ……」

 

──器を満たせ。意志(おもい)で満たせ。汝は未だに未完なれど、至高に至る器なのだから。

 

 しかし全身全霊で放った【天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ ケラウノス)】の代償は、あまりにも大きかった。

 

 ベルの全身は酷く焼き爛れ、あらゆる筋肉が引き千切られたように断裂し、ありったけの魔力を消費したことにより精神枯渇(マインド・ゼロ)にすら陥っている。

 

 ミノタウロス戦後も瀕死と言える重傷であったが、今のベルとは比べることも(はばか)られるほどの差だ。

 

 ──ベル・クラネルは、もはやいつ死んでもおかしくないほど危機的な状況にあった。寧ろその傷で生きている方がおかしいと言えるだろう。

 

「Lv2になった、位じゃ……流石に、耐えられ……ないか……」

 

 常に意識が沸騰するほどの激痛が全身に走り続け、視界に広がる世界は地震が起きたように暴れ回っている。何故意識を保っていられるのか不思議でならないほどに、現在進行形でベル・クラネルの肉体は死に向かって急降下しているのだ。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 それでも。だがそれでも、ベル・クラネルは眼前に迫る死を前にして歯を食いしばり生へとしがみつく。まだだ、死ねない。死ぬわけにはいかないと、鋼の意志を燃料に死人の(からだ)を蘇生させる。

 

「……?」

 

 膝をつき血の涙を流しながらも、英雄と呼ばれた少年は立ち上がろうと必死に足掻く。まだモンスターが街で暴れ回っているかもしれない。シルバーバックを倒したからといって、英雄譚の一幕が物語のように勝手に下りることは決してない。

 

 今も誰かが涙を流しているかもしれない。ならばこそ己は何度だって立ち上がる。英雄とは民の希望でなければいけないのだから。雄々しき姿で戦場を駆けるからこそ、誰かの幸福は守られるのだとベルは信じている。

 

 己が嘗て祖父の後ろ姿に希望(ヒカリ)を見たように、ベル・クラネルも己の後ろ姿で誰かに希望(えがお)を与えたいのだ。

 

「……地、震……?」

 

 鋼の意志を燃やして何とか立ち上がり新たな一歩を踏み出そうとするベルだったが、突如として地面が揺れ始めた事により体勢を崩し、力尽きるように地面へ転倒してしまう。

 

「うぐっ! ……いや、これ、は……地面が、揺れてる……?」

 

 最初は地震かと予想したベルだが、次第に嫌な予感が脳裏を過ぎる。気配がするのだ。殺意を以て蠢く怪物の気配が。迷宮にて生み出されるモンスターの気配が。

 

(あの……モンスターは、一体……)

 

 そして遥か先に現れたモンスターは、ベルが一度も見た事の無い黄緑色に包まれた植物のような姿をしていた。今までベル見たモンスターとは比べ物にならないほどに不気味な気配を放つモンスターが、オラリオの地面より現れ出でたのだ。

 

──英雄は立ち上がれない。少年は怪物を前にして傍観者になることしか出来ない。

 

「あれ、は……【ロキ・ファミリア】の……」

 

 二重三重にブレる視界の中でベルが目にしたのは【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者であるアマゾネス、【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテと【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。

 

 そしてLv3の冒険者でありながら【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名を持つエルフ、レフィーヤ・ウィリディスが謎のモンスターと戦う景色だった。

 

 ベルがオラリオへとやって来た時に、いつか必ず追いつくと誓った冒険者の姿がそこにはあった。

 

──英雄譚の第一章、その終幕は未だに上がらない。

 

──戦場に舞うのは、黄昏の祝福を受けた道化の眷属だけだ。

 

──【剣姫神聖譚(ソード・オラトリア)】に、〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟の姿はなかった。

 

「もう……身体が……動か、ない……」

 

 英雄は立ち上がれない。どれだけ鋼の意志を燃料に天へ向かって羽ばたこうとしても、岩より重い重圧に縛られて海の底に沈むのみ。

 

 ──ベル・クラネルは地面に這いずることしか許されない。己の運命を前に(ひざま)つくことを受け入れるしかないのだ。

 

「僕、は……」

 

 地に伏せる只人の少年に、舞台に上がる資格はない。戦乙女が舞い踊る戦場に立つには、英雄でなければいけない。雄々しい姿で民に希望を(もたら)す鋼の英雄でなければ……

 

「ベル君────!」

 

 その時だった。

 

 ベルの耳に温かな安堵を灯してくれる女性の声が聞こえてきた。その声を聞くだけで、ベルの身体に不思議と力が湧いてくる。

 

 立ち上がらなければいけないと、背中に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】が雄叫びをあげている気がしたのだ。

 

「この、声は……神、様……?」

 

 死の海に沈んでいる肉体が、急激に浮上を始める。天に輝く太陽のような炉の温もりに情けない姿は見せられないと、ベルは男の意地を張って見せるのだ。

 

「やっと見つけた──! はぁっ……! はぁっ……! はぁ……っ! 帰りが遅れて……ごめんよ、ベル……君……」

 

「いえ、神様が……元気、なら……それだけで……それだけ、で……僕は、安心できますから……」

 

 膝をつきながらも気合と根性で何とか起き上がったベルは、三日の間留守にしていた己の主神であるヘスティアの姿をその右眼(・・・・)で捉えた。

 

 ○

 

『ヘファイストスは来ないのかい……?』

 

『言ったでしょう? 私は今のあの子(・・・・・)とは何も関係ないの。……そう。……あの子の主神はあんたなのよ、ヘスティア』

 

 ベルに武器を渡す為に外へと足を向けたヘスティアは、当然の如くヘファイストスもついて来ると思っていた。オリハルコンを打っている時の表情を見れば、どれだけの想いをこの武器に込めたのか誰にだって分かるから。

 

 直接その手で渡したいに決まっていると考えるのも当然だった。

 

 しかしヘスティアの予想はへファイストスの言葉を以て覆されることになる。

 

『私とあの子の物語はもうとっくに終わっているの。あの時の戦いで、ね。だからこれは、あの子に贈る最初で最後のわがままよ……あの日交わした約束をどうしても果たしたい、私のね……』

 

『でもっ……! でも……そんなのあんまりじゃないか……ヘファイストスはずっと……ずっとっ!! …………この日を待ち望んでいたんじゃないのかい……?』

 

 だがヘファイストスは頑なに首を縦には振らなかった。己がこの眼で見ているのは、ベル・クラネルではなく■■■■■だから。会ってしまえばベルを只々困惑させるだけだと、未来を知る予言者の如く理解しているのだ。

 

 喋り方は違えども、ベルの見た目も纏う気配も■■■■■をそのまま写したようで。我慢できないと分かるから、ヘファイストスはヘスティアと共には征かない。

 

 あの日交わした約束はもはや遥か悠久の果てへと消え去り、結んだ形など欠片も残っていない。あるのは己の想い一つだけ。

 

『ふふっ……ありがとうヘスティア。でも、いいのよ。私の想いは全て〝劫火の神刀(ヴァルカノス)〟に込めたんだから。私はあの子が戦場に立つ時、この子を握ってくれていれば……それだけで満足なの』

 

『……行きなさい、ヘスティア。あの子をあんまり待たせちゃ駄目よ。目を離したらすぐ無茶をするんだから』

 

 だからこそヘファイストスは想いの全てを、劫火の神刀(ヴァルカノス)に込めたのだ。かけがえのない思い出も、流れ星のようなあの日々も、最後に交わした約束も、その全てを注ぎ込んだのだから。

 

『ねぇ■■■■■……私は約束を……しっかり守ったわよ? だからあなたは……あなたは……』

 

 ヘファイストスは、ベル・クラネルに己の創った武器を握ってくれればそれだけで幸せなのだ。

 

『前へ進んで? ……あなたが振り返る必要なんて…………ないのよ……』

 

 それ以上を望むなど神であっても傲慢であると、気が付けばヘファイストスは寂しげに笑っていた。

 

 英雄は進み続ける。英雄は振り返らない。ヘファイストスは〝ベル・クラネル(■■■■■)〟の本質を誰よりも理解しているから、光へ手を伸ばせないのだ。

 

 今のベルにとっては、ヘファイストスも守るべき『誰か』に過ぎないのだから。もはやあの日の続きを描く事など出来るはずが無いのだから。

 

 ○

 

 ヘファイストスと共に英雄が担うに相応しい武器を完成させたヘスティアは、今も強くなる為に走り続けているベルへ半身を授けるべくメインストリートを走っていた。

 

 神星鉄《オリハルコン》によって創られた《ヘスティア・ブレイド》と《劫火の神刀(ヴァルカノス)》は一般人と変わりがないヘスティアでは、重すぎてとてもじゃないが持つことなど出来ない。

 

 故にヘスティアは【ヘファイストス・ファミリア】の団長を務める椿・コルブランドをお供に、オラリオの街を駆けていく。

 

「どういうことだいっ……どうしてモンスターが街中で……!?」

 

「う~む……何やら臭いな……モンスターが暴れ回っているのは見れば分かるが……何故街の者を襲わんのだ……?」

 

【ヘファイストス・ファミリア】メインストリート支店から飛びだした二人の前に広がっていた景色は、逃げ惑う市民たちと暴れ回るモンスター。そしてモンスターを討たんと駆ける冒険者の姿だった。

 

 オラリオの異常な姿に驚きを隠せないヘスティアは、目を剥いて叫びをあげる。しかし【ヘファイストス・ファミリア】の団長にしてLv5の冒険者である椿は、冷静に状況を判断していく。

 

 今日は怪物祭(モンスターフィリア)が開かれ、ダンジョンのモンスターが数多く地上に来ているのは知っている。主催は【ガネーシャ・ファミリア】であり、ギルドも運営に携わっているのだからここまでの不備が起こるとは考えにくい。

 

 にも拘らず何故モンスターが檻から脱走しているのかと、事態の不可解さに椿は眉をひそめる。そしてそれ以上にモンスターが人間を襲わないことに椿は疑問を感じてしまった。

 

(なにやら思惑を感じて仕方が無いが……手前のするべきことは主神様より預かった《ヘスティア・ブレイド》と劫火の神刀(ヴァルカノス)を、〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟に届けることだ)

 

 ○

 

 そして天に轟く雷霆を見たヘスティアと椿はベルが居るだろう場所を把握し、現在に至る。

 

「ベル君、その傷はっ!」

 

 ヘスティアの視界に映るベルは、目を背けたくなるほどに酷い傷を負っていた。

 

 あの雷鳴を見たことでベルは、己が使用を禁じていた【天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ ケラウノス)】を行使したことは明白だった。

 

(まだ……戦いは、終わってない……でも……神様……僕は……もう……)

 

 ヘスティアとは三日会っていなかっただけなのに、遥か昔から別れていたような気がしてしまい感傷に浸ってしまうベル。ようやく起き上がった身体も、慈愛に満ちたヘスティアを前にして再び崩れ去ろうとしていた。

 

 しかし……

 

「「レフィーヤ!?」」

 

 響き渡る悲鳴。

 

 安らかな眠りに付こうとしていた只人の少年に、英雄としての意志(おもい)が灯った。未だに揺らぐこと無き鋼の意志は、ベルを只人の少年になどさせてはくれない。

 

 ──己は何だ? 

 

──英雄になると誓った者だ。

 

 ──聞こえる声は何だ? 

 

──守ると誓った誰かの悲鳴だ。

 

 ──ならば……

 

──なら……

 

(僕はまだ立ち上がらないと、いけない!! 彼女たちを守る為にも!! 何より、自分の願いを曲げない為に!!)

 

 艶やかな黒髪も、透き通るような瑠璃色の瞳も、何も変わる事の無い麗しきヘスティアの姿はベルを優しく迎え出ようとしている。

 

 でもベルは優しく温かな選択を、迷いを振り払うように捨て去った。

 

 誰かを守れる英雄になる為に、血反吐を吐きながらも進み続ける道を征かんと立ち上がろうとしているのだ。

 

「ぐぅ……あぁ!」

 

 しかし運命は非情なまでに英雄が舞台に上がる事を許さない。

 

剣姫神聖譚(ソード・オラトリア)】に〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟の出番はないと、鋼の意志を締め上げて傷つく肉体を運命の鎖が巻き付き縛りつけてくるのだ。

 

「どう……してっ……!」

 

 ベル・クラネルが紡ぐ英雄譚の第一章は、ここで終わりなのだと世界が無慈悲に告げている。立ち上がるな。地を這いずれ。炉の神が与える抱擁を受け入れろ。

 

「どうしてっ……!!」

 

──諦めろ。

 

「……! ……ベル君、君は……!」

 

 今にも死んでしまいそうな悍ましい傷を負っているのもかかわらず、ベル・クラネルはまだ立ち上がろうとしていた。新たな戦場へ進もうとしていた。

 

 運命に抗うベルの姿は、雄々しくも気高い獅子のようだ。英雄としてのベルを初めて見たヘスティアは、彼が背負う覚悟(ヒカリ)の眩しさに言葉を失う。

 

(こんなに傷ついて……血を流して……それでも、それでも君は、立ち上がるんだね……)

 

 本当はヘスティアも、今すぐベルを抱きしめてあげたい。よく頑張ったねと、流石はボクのベル君だ! と褒めてあげたい。でもベルは、〝鋼の英雄〟は優しい言葉なんて何一つとして求めていなかった。

 

 英雄が求めるのは女神の抱擁では無く、己が主神たる炉の女神が授ける宣託なのだ。

 

 今もこの身を縛る運命の鎖を噛み砕く意志(おもい)こそが、ベル・クラネルの求める聖火(ねがい)なのだ。

 

(やっと……やっとボクも、神様らしいことをしてあげられるんだね……ベル君……)

 

 全身が焼き爛れ、右腕は痙攣しながらぶら下がり、左脚はあらぬ方向に捻じ曲がっているのに。それでもベルは、立ち上がろうとしている。まだ守るべき者の声が聞こえるから。まだ戦いの号砲が鳴り響いているから。

 

──ヘスティアもまたベルの意志(おもい)に応えるべく、仄かに神威を放ちながら只人の少年を見詰める。

 

「──君はどうして、俯いているんだい?」

 

「ぐ……がっ……神、様……?」

 

 誰かの涙を笑顔に変えるがために〝鋼の英雄〟は、ベル・クラネルは立ち上がろうとしているのだ。己が未完であることなどベルは誰よりも分かっている。己が未熟であることなどベルは何よりも痛感している。

 

「──君にはまだ、助けたい人が居るんじゃないのかい?」

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 ベル・クラネルはまだ弱い。しかしそれが何だというのだ? 誰かの明日を守ると誓ったのだろう? 悲しみに暮れる涙を、笑顔に変えると願ったんだろう? 

 

「下を向くだなんて、ベル君らしくないじゃないか……君は、いつだって最後まで諦めなかった」

 

 俯くなど英雄がすべきことではない。諦めるなど、英雄が持つべき想いではない。汝が抱く鋼の意志は、何時から錆びた鉄にまで成り下がったのだ? 

 

「この街に来た時も──」

 

──少年は諦めなかった。

 

神の恩恵(ファルナ)を得るために【ファミリア】の門を叩いた時も──」

 

──英雄は挫けなかった。

 

「ミノタウロスに挑んだ時も──」

 

──ベル・クラネルは屈しなかった。

 

「立つんだ、〝ベル・クラネル〟」

 

 ならばこそ俯くな、我が愛しの眷属よ! 前を向け、我が炉の祝福を刻みし鋼の英雄よ! 

 

「……っ!」

 

「──英雄になるって誓ったんだろう?」

 

──今ここにヘスティアは、〝ベル・クラネル(己が眷属)〟に〝神の試練(炉の祝福)〟を与える。

 

 意志(おもい)を抱き立ち上がるのであれば、炉の神たる我の誓いと、鍛冶司る独眼の想いを汝に与えよう。

 

「ボクは君が英雄になれるって信じてる。だってボクの知るベル君は、こんなところで膝をついて諦めるような男じゃないからね。〝未完の英雄〟ベル・クラネルは、前へ進み続ける──」

 

「……」

 

 運命(しれん)を前に情けなくも倒れるのであれば、汝に英雄を目指す資格はない。己の願いを諦める者に、輝かしき栄光を掲げる資格がどこにあろうか。

 

──三大処女神にして炉の女神たるヘスティアが問う。汝、英雄たりえるか? 

 

「だから立つんだベル・クラネル! その時こそボクが、……いやボクとヘファイストスが君の誓いに応えてやる! 応えてみせる!」

 

──英雄であるのならば……

 

「……!」

 

──聖火の誓いと雷火の想いを担う〝二刀神想(英雄に相応しき武器)〟が、汝の英雄譚(たびじ)の助けとならん。

 

「椿君。あれを……」

 

「おう! ……ふむふむ。お主が主神様の言っていた〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟か! 手前は【ヘファイストス・ファミリア】の団長をしている椿・コンブランドだ。今日は主神様の命を果たす為に参った」

 

 ベルの前に現れたのは、黒髪に褐色の肌。そしてヘファイストスを彷彿とさせる眼帯に島国特有の真っ赤な袴を身に着けた女性だった。

 

(何で……【ヘファイストス・ファミリア】の団長が……)

 

 椿・コンブランド……彼女の名をベルは知っている。英雄になると誓った己の遥か先を征く【単眼の巨師(キュクロプス)】の二つ名を持つLv5の上級鍛冶師(ハイ・スミス)だと。

 

 しかしベルが抱いた小さな疑問も、椿が背負っていた二つの武器を前にして吹き飛んでしまった。

 

(どうしてだろう……僕はこの武器を知っている……? ……違う。この武器から感じる想いを……僕は……)

 

「さあ受け取るんだ、〝鋼の英雄(ベル・クラネル)〟! 君の道を共に征ってくれる半身を! ボクとヘファイストスの想いを!」

 

──武器だ。英雄に相応しき武器がいる。

 

──英雄と共に武功を立て、命を預けるに相応しき半身が。

 

「これ、は……」

 

──武器だ。これこそが英雄に相応しき武器である。

 

──英雄と共に武功を立て、理想を共に歩み、誓いを共に果たす、命を預けるに相応しい半身だ。

 

「この刀の銘は《ヘスティア・ブレイド》。ヘファイストスが鍛えて、ボクの神血(イコル)で【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻んだベル君だけの武器だ」

 

 美しい黒刀だった。澄み渡る刀身の輝きには、【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれている。無垢でありながら荘厳な気配を放つ《ヘスティア・ブレイド》は、英雄の到来を願う。

 

──汝、〝鋼の英雄〟よ。果てなき生涯(たびじ)を汝と共に。今こそ、炉の祝福を担うのだ。

 

「そしてこの刀は、主神様が文字通り心血を注いで鍛えた究極の武器だ。──主神様の魂が籠もった武器の銘を〝劫火の神刀(ヴァルカノス)〟と云う。ベルよ、お主にこの想いを背負う覚悟はあるか?」

 

 無骨な黒刀だった。己に必要なのは邪悪を滅ぼす刃だけだと、朱く呼応する輝きが雄弁に告げている。火山のようでありながら、裁きを下す雷のような意志が猛る《劫火の神刀(ヴァルカノス)》は、英雄の覚醒を願う。

 

────汝、〝雷火の天霆〟よ。果てなき未来(たびじ)を汝と征かん。さあ目覚めよ、独眼の咆哮を以て。 

 

「あるというのなら、握れ」

 

「握った時、君は英雄になれる──」

 

 聖火を齎す炉の女神が示した託宣は、英雄に前へ進む力を与えんと姿を現す。立ち上がれ。俯くな。前を向け。そして雄々しく進むのだ。

 

 汝が胸に宿した鋼の意志と、神の想いが宿った二刀で、運命の呪縛を斬り裂くのだ。

 

──英雄であるのならば〝物語(うんめい)〟を乗り越えて見せろ。

 

──守るべき誰かの叫ぶを聞いたのならば、立ち上がって見せろ。

 

「…………」

 

 ヘスティアが与えた神の試練を前に、ベルは静かに俯き地面を見詰める。それはまるで炉の祝福を前に目を逸らすように思えた。

 

 ──諦めるのか? 誓いを捨てるのか? と世界が告げた。

 

 しかしそれは誤りだと知れ。英雄が俯くときは何時だって覚悟を決める為の儀式なのだと、世界(うんめい)よ覚えておくのだ。

 

 ──この両眼を見るがいい。英雄が抱く鋼の意志が錆びる事などありえない。運命程度(・・・・)を前にして諦めるなどありえないと、猛々しい深紅(ルベライト)の瞳が物語っている。

 

「……僕が……立たなく、たって……」

 

 ベルは理解している。遙か先で繰り広げられる戦場は英雄が立つべき舞台ではないのだと。

 

「彼女……たちならっ……勝てるって……わかってるっ……!!」

 

 彼女たちは現オラリオ最強の一角である【ロキ・ファミリア】の眷属なのだ。己よりも遙かに強い力と、技を持つ第一級冒険者なのだ。

 

 あの程度のモンスターに敗北するなど有り得ない。

 

「でもっ……!!」

 

 それでも英雄は、ベル・クラネルは定められた物語を前に眺めていようなどとは考えない。前へと進むことしか出来ないベルにとって、彼女たちもまた守るべき『誰か』だから。

 

【ロキ・ファミリア】だとか。Lv5の冒険者だとか。英雄にとっては何も関係ないのだ。

 

「僕はっ……! ……守りたいんだっ!! 守るって……誓ったんだっ!!」

 

 ベルは誓った。英雄になると。守るべき誰かに笑顔で生きて欲しいと。前を向き幸せになって欲しいと。心の底から願ったのだ。

 

「ならっ……ならっ……!!」

 

 運命の一つや二つを打ち砕けなくては、英雄になる資格は無い。誰かが倒してくれるから。誰かが守ってくれるから。己がやる必要は無いなどとはベル・クラネルは想ってはいけない。

 

 茨の道を進むからこそ、己は〝未完の英雄(ベル・クラネル)〟たりえる。

 

「僕はまだっ…………立ち上がらなきゃいけないっ!!」

 

 俯くな。前を向け。戦場はすぐそこだ。

 

 討つべき悪が立ち塞がり、守るべき誰かが舞台に上がっている。

 

 ならばこそ未完の英雄よ。英雄譚の第一章。その終幕を汝の手で紡いで見せるんだ。

 

……今こそ己の物語を超えて見せろ! 鋼の英雄! 

 

(英雄になると誓った……その程度の想いじゃ駄目なんだ!! その程度の誓いじゃ、神様の想いに……ヘファイストスの約束(・・・・・・・・・・)に応えられない!!)

 

 ベルの肉体に絡みつく運命の呪縛が軋む音を鳴り響かせる。

 

 荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)荒唐無稽(エラー)

 

 ベルの肉体に繋がれた運命という名の鎖が悲鳴を上げる。山より重い重圧にのしかかられたとしても、ベル・クラネルは前へと一歩ずつ進んでいく。

 

──祖父に救われた己の命。

 

──幼き日より抱いた英雄への憧れ。

 

──誰かを守ると誓った想い。

 

 不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)不撓不屈(ブレイク)

 

 英雄が宿す想いの業火が、鋼の意志を神星鉄(オリハルコン)が如き硬度へと昇華させていく。

 

(僕の誓いは……もう僕だけのものじゃないんだっ!)

 

 英雄の誓いに闇は無く。この身に猛るのは誓いと願いの雷火なり。

 

──運命の断末魔。

 

──想起する少女との誓い。

 

──揺らぐ事なき英雄の咆哮。

 

『僕の名は、ベル。……ベル・クラネル』

 

『いずれ英雄になると誓った、冒険者の一人です』

 

『必ずアイズさんに追いついて、僕は……』

 

『あなたも守れるくらい強くなってみせます!』

 

 運命の鎖が砕かれる。物語の障壁は破られる。英雄譚の終幕が上がる。

 

『ベルなら……なれるよ』

 

『だから……早く私に追いついて……?』

 

(アイズさん……僕は……!!)

 

 終わりの無い暗闇に、祝福の風が吹いた。精霊の姫に誓いし英雄の想いは、この日〝運命(物語)〟を超える。

 

(そうだ……!! 僕は……!!)

 

 英雄が願いを求めて手を伸ばす。輝かしき栄光を手にする為に、己の半身の想いに応えるのだ。

 

 二刀神想(英雄に相応しき武器)は歓喜する。英雄が宿す太陽のような魂の輝きが、その手を通して流れ込んでくる。

 

──英雄の想いに陰りは無い。

 

 ベル・クラネルは歓喜する。二刀から感じるヘスティアの誓いとヘファイストスの想いが、英雄に欠けていた半身となり無窮(むきゅう)の力をもたらす。

 

──我が半身はここにあり。

 

「僕は、英雄になるんだっ!!」

 

 〝神の試練(炉の祝福)〟はここに果たされた。今この時を以てベル・クラネルは英雄になる資格を得たのだ。 

 

 死すべき躯であった肉体は不死鳥の如く復活し、深紅(ルベライト)の瞳は黄金の閃光が迸り始める。

 

──英雄の名はベル・クラネル。

 

 炉の女神による祝福と、鍛冶司る独眼の想いを両の手で担い。

 

 精霊の姫との誓いを果たすが為に【剣姫神聖譚(ソード・オラトリア)】の舞台に〝未完の英雄〟が降り立つ。

 

──この日、オラリオの街に英雄の産声が鳴り響いた。




──鍛冶司る独眼が、悠久の果てで契りし約定を果たすが為に、己が想いで鎚を打つ。

──迸る業火。振り下ろされる魂の流星。黙して佇む劫火の神鉄。

──担い手は、己が手で創り出せし〝雷火の天霆〟ただ一人。

──努々忘れるな。我が主の命なくして、この身に触れることは許されない。

──この身は武器だ。神の想いを担いし神器なり。

──故に我はただ待つのみ。己が半身の目覚めを。果てなき未来(たびじ)へ征く時を。

──英雄がこの身を担う時を……
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