ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
──時は英雄の産声より、少しばかり遡る。
ベルとアイズの逢い引きをこの目に納めるべく、暗殺者のように背後を付けていたレフィーヤ、ティオナ、ティオネ。
しかし突如として地面より這い出てきた新種のモンスターを撃破すべく、【
「こいつ……」
「まさかあの時の……」
『────!!』
勢いよく顔を出したのは、全身が黄緑色に染まる顔のない蛇と表現するのが的確だろう、気味の悪さが目立つモンスター。
不気味に
焼き増しするように脳裏へ浮かび上がるのは、遠征時に
「征くわよティオナっ!!」
「うんっ!!」
だから油断は出来ない。今己達の前で暴れているのは、容易く
余裕で勝てると高をくくったが最後、己達は雑草が踏み荒らされるが如く簡単に、この命を散らすだろう。
──英雄譚の第一章。その終幕は、英雄が舞台に現れることなく始まろうとしていた。
──【
──紡がれる英雄譚に、主演は一人。これこそが物語の
──未だ英雄は、己の抱く
──未だ剣姫は、己の抱く
──故に運命の
──それが
世界の
「おりゃあっ!」
「喰らいなさいっ!」
ティオナとティオネによる先制攻撃により
二人は強く拳を握り締め大地を蹴って天空へと躍り出ると、モンスターに向けて墜落した。
振り下ろされた拳の威力は凄まじく、モンスターと衝突した瞬間に突風が巻き起こるほどだ。
「かったぁ──!? なんなのよこいつ!?」
「これでも私たちLv5なんだけど!」
『──────!!』
しかし地の底へと沈めるように殴りつけたティオナとティオネの
──
驚きのあまり目を見開く二人。
武器を持たないティオナとティオネではあるが、ダンジョン探索の第一線に名を連ねるLv.5の一撃には変わりないのだから。
だが目の前に広がる現実は……
不気味に佇むモンスターに、掠り傷一つすら負わすことが出来なかった事実のみ。
Lv.5による渾身の一撃を防ぐほどに強固な皮膚を持つモンスターが、彼女たちの前に堂々と立ちはだかる。
ティオナ達の
だからこそ勝利の一手を担うのは、己達に
「も~、これなら武器持ってくれば良かったー!」
「文句言ってないで、モンスターの気を逸らしなさいよ!」
「分かってるってば!」
真に勝利を掲げるのは、【
故に
──こちらを見ろ。目を逸らすな。お前の倒すべき敵は我らにあるぞ。
喰らえば重傷は免れないだろう敵の一撃を前にしても、ティオナ達は軽々と飛び回って避け続ける。
戦場の天秤は水平線を指し示すのみ。
「ほらほらっ! こっちだよっ!」
「目を逸らすんじゃ無いわよ、この糞蛇っ!」
生命を奪う強撃は、
戦場を支配するのは、黄昏の祝福を受けし道化の眷属たち。勝利への道が着実に切り拓かれていく。
『────!!』
攻撃が当たらない苛立ちからか、モンスターの動きにも粗が見え始める。動きはより単調な流動へと変わり、ティオナ達に向けられる触手の一撃も、先程から精彩を欠き始めていた。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
──天秤が静かに傾き始める。
戦場の外でティオナ達が稼いでくれた時間を使い、レフィーヤは詠唱を開始していた。
紡ぎ出すは、速度を重視した短文詠唱。
妖精の祈りに応えるように山吹色の
──千の魔を持つ妖精が、戦場に勝利を
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
『──────!!』
「危ないレフィーヤ!」
「避けて!」
──地底より這出る悪意の牙。
最後の
──勝者と敗者の境界線が覆る。
あまりにも異常なモンスターの危機察知能力に、レフィーヤは心臓が握り締められるような悪寒に身を震わせてしまう。
そしてレフィーヤは直感する。このモンスターは、己が放つ『魔力』に反応したのだと。
ティオナ達の叫びも虚しく、レフィーヤの腹部に強い衝撃が走る。
「──ぇ」
突如として地面より現れたのは、黄緑色の触手。今の今まで地の底で息を潜めていた死の一撃が、レフィーヤの肉体を勢いよく貫いた。
「──ぇ……ぅ……ぁ……」
激しい痛みと共に勢いよく吹き飛ばされるレフィーヤ。
既に人の気配がなくなった出店の一角に身を投げ出されるレフィーヤ。勝利の栄光を目前として、黄昏の眷属達は絶望へと落とされた。
「「レフィーヤ!!」」
響き渡るティオナ達の悲鳴。致命傷を負い、立ち上がることの出来ないレフィーヤ。一転して戦場に暗雲が立ちこめる。
──誰かの叫びを前にしても、光の英雄が舞台に上がることは決して無い。
──【
──故に戦場は、絶望に包まれる。運命の鎖は未だに英雄を縛り付け、只人の少年へと堕とすだけだ。
絶望はまだ終わらない。地面より現れた不気味な触手に
己の首を天に掲げたかと思うと、顔の部分に亀裂が走り始めた。
そして次の瞬間、──花が咲いた。
『オオオオオオオオオオオッ!!』
「なにあれっ! 蛇じゃなくて花っ!?」
開花する
──英雄は立ち上がらない。
──英雄譚は紡がれない。
妖精を喰らわんと動き出す怪物を前に、アマゾネスは触手の群れに囚われる。
──絶望はすぐそこまで迫っていた。
「レフィーヤ!! 起きてっ!!」
「ああもうっ!! 邪魔なのよっ!!」
故に戦場へと現れるのは、【剣姫】の二つ名をオラリオ中に響かせる黄昏の祝福を受けし道化の眷属。
──少女の名を『アイズ・ヴァレンシュタイン』。英雄に寄り添わんと願う、祝福の風を纏いし至高の剣士だ。
「【──
精霊の姫が詠う想いへ共鳴するように、『魔法』が発動する。
蒼き空に舞う美しき風が、怪物を討たんとするアイズの元へと集い。身に纏う風は幽かな金色を煌めかしながら、精霊の姫が舞う戦場に付き従う。
「【エアリアル】」
【
アイズが持つ唯一にして絶対なる『風』の
「アイズ!」
「はぁっ……!」
──間一髪だった。
英雄が戦場へと駆ける後ろ姿を唯々眺める事しか出来なかったアイズは、生きている事すら忘却するように呆然と立ち尽くしていた。
だが突如として嫌な胸騒ぎを感じ、アイズは店が崩れ去り無造作に地面へ散らばっていた武器の中からレイピアを手にすると、
その直後、レフィーヤが謎のモンスターによる攻撃で倒れているのをアイズは目の当たりにする。
己の駆けつける時間がもう少し遅ければ、レフィーヤの命が危なかったかもしれない。
あり得たかも知れない未来を想像したアイズは、胸の内に広がる不安を掻き消すようにレフィーヤの元へと歩み寄ろうとする。
「レフィーヤ……起きて……!」
「アイズ、さん……」
心配そうな表情を浮かべて、憧れであるアイズが己を守ろうとしてくれている。
憧れの人を前にしても立ち上がることすら出来ない
胸が締め付けられる思いだった。肉体が伝える激しい
(お願いっ! ……動いてっ! アイズさんが! ティオナさんが! ティオネさんが戦ってるの!)
何故己は立ち上がれないのだろうと、悔しさのあまりその頬に涙が伝う。
この胸に宿る憧憬は色褪せることなく、今も業火のように燃えたぎっている。
だが、体が動かない。言うことをまるで聞いてくれない。
戦場の景色が、遙か彼方に遠ざかっていく。嫌だ、嫌だ、とレフィーヤは沈みゆく意識の中で何度目かの苦悶を口に出す。
動け。動いてくれ。お願いだから、動いてと。どれほど強く願っても、体は痛みに震えるだけで
(でも、あのヒューマンは……〝
色彩を失っていく世界の中でレフィーヤが描き出したのは、
理由は只一つ。ベル・クラネルへの対抗心だ。
アイズの笑顔を独り占めにしているのが、ベルであって悔しかった。アイズと手を繋ぎ共に歩むのが、ベルであって悲しかった。
でも己には、アイズに手を伸ばす資格すら無かった。
だって〝
直接目にしていなくても、レフィーヤには絵を描くように死闘の光景を思い浮かべられる。
ベル・クラネルはきっと血反吐を吐いて、涙を流したくなる程の痛みをその身に刻まれようとも、勝利へ向かって進み続けた。
だから何よりも肉体を凌駕することすら出来ない、弱い
──妖精が抱く
──嫌悪を憧憬に。悔しさを覚悟に。英雄になど負けはしないと、精霊の姫へと誓うだろう。
傷つき倒れるレフィーヤへと距離を詰めていくアイズだが、まるで親の敵と言わんばかりにモンスターが触手の雨を降り注がせることにより、往く道が深く閉ざされる。
『アアアアアアアアアアアッ!!』
「ふっ……」
変幻自在にうねりながら迫り来るモンスターの触手を、冷静な判断の下に潜り抜けるアイズ。
「ティオネ! 時間稼ぐわよ!」
「そんなこと言ったって! あーもうっ邪魔ぁー!」
そしてアイズが戦場へと現れたのならばこの絶望を覆せると、ティオナとティオネも再びモンスターへと突貫し始めた。
戦場に舞う
──勝者と敗者の境界線が覆る。
精霊の姫が舞う戦場に祝福の風が吹き、約束された勝利が訪れようとしていた。
しかし……
「……! ……また、揺れている!」
「ちょっと、ちょっとっ……嘘でしょ!」
「っ……! っ来る!」
希望の光が、絶望の闇へ
再び揺れ始める大地の
──勝者と敗者の境界線が覆ることはない。
アイズ達が警戒する中、黄色色の肉体が大地から暴れ狂うように激動する。
『『『『『『アアアアアアアアアアアアッ!!』』』』』』
「──!」
新たに現れた
閉ざされていた蕾みは等しく花開き、運命に抗おうと己達に挑む道化の眷属を見下ろすのだ。
「あっ──!」
「えっ──!」
「っ! 狙われてる……!」
毒々しい花々が狙いを定めるのは、鮮やかに咲く
「なんで、なんで! 今度はアイズばっか狙ってるんだけど!」
「もしかしてこのモンスター、魔法に反応してるのっ!?」
「アイズ! 魔法を解きなさい! 狙われるわよ!」
モンスターの異常な行動は『魔力』に反応しているからだと気づいたティオナ達は、【エアリアル】を発動しているアイズに魔法を解除するように呼びかける。
幾らLv.6へと至ったアイズだとしても、《デスペラート》を持たずに深層級のモンスター十匹を同時に相手取るのは至難の業だ。
「でもっ……!」
──
己の心に
英雄の往く道に寄り添いたいと願いながら、呆然とすることしか出来なかったアイズの心を支配していたのは、哀しみの涙と嘆きの
踏み出せなかった一歩は、まるで己が運命に屈したような気がしたから。己の抱く
ここで逃げてしまったら、〝
「アイズッ!」
「でもっ……ベルだったら!」
レイピアを握る手に自然と力が入る。身に纏う風がアイズの
──【
──精霊の姫が舞う戦場に、雷霆が轟くことは無い。
──それが原則。それが運命。
──偉大なる冒険譚に、
その時だった。
神々が見守るオラリオに、運命の鎖を砕かんとする裁きの雷鳴が轟いた。
「……」
「……そこまでだ」
〝
精霊の姫が抗わんとする絶望の
物語の主演は、一人であることこそが大原則だ。
──それがどうした? 誰かの涙を拭う為なら、ベル・クラネルは何度だって世界が定めし
英雄と剣姫の物語は、交わることのない運命だ。
──いいや、否だ。誰かの笑顔を守る為なら、ベル・クラネルは何度だって世界が定めし
──偉大なりし英雄譚にて光の英雄が閃撃を振るい、精霊の姫が祝福の風を詠う時は近い。
「ベ、ル……?」
ここに絶望は幕を閉じた。──
両の手に携えるは、神の想いが込められし〝
無数に刻まれた
精霊の風に
迸る瞳の色彩は
「……」
光の剣を握る英雄が、運命の壁を乗り越える。全ては守るべき誰かの幸福が為。精霊の姫と交わした誓いの為に。
これより幕を上げるは英雄譚、第一章の終幕。いずれ神話に語られる、英雄の物語。
誰かの涙を笑顔に変えんとする、英雄の戦いが始まろうとしていた。
「……べ、ベル! ……来ちゃダメ!」
だからこそ英雄を否定するのは、
アイズ達は英雄の威風を前にしても怯むことはない。己達こそがこのオラリオでも頂天に位置する【ロキ・ファミリア】の冒険者だから。
半月前に冒険者になったばかりの
(来ないでベル……こんなにも弱い私を見ないで……!)
べルの雄々しい姿を両眼に焼き付けるアイズは、心の水底で己の弱さに打ちひしがれる。
きっとベルは、今の今まで己の想像を絶するような戦いに身を賭してきたはずなのだ。
(こんなに傷ついてるのに……ベルは前へ進んでる……)
にもかかわらずベルは……〝光の英雄〟は、
あまりにも眩しい、英雄を体現したその姿。復讐に身を焦がしてきた己には、余りも
(また、私は見てるだけなの? あの時みたいに……ベルが立ち向かう所を、眺めているだけなの?)
物語に主演は一人。
英雄が征かんとする戦場を前に、精霊の姫は再び運命に縛られる。
なればこそ、精霊の姫君よ。英雄に寄り添わんと願うならば、汝の鎖を打ち砕け。
その時こそ……
○
「アイズさん達は、下がっていて……ください」
──〝未完の英雄〟は精霊の姫を助ける為に、光の剣を携えて戦場へとやって来た。
──月光の下で結ばれた誓約が、昏き闇に覆われた運命を斬り裂いたのだ。
故に忘れるな、黄昏の
──ベル・クラネルは、絶望の全てを二刀を以て斬り裂くのみだ。
──負けるだなんて、あり得ない。
──既にこの戦場は、英雄の舞台。怪物へと立ち向かう、光の英雄が紡ぎ出す英雄神話。
さあ刮目せよ。いざ
これより紡がれるは、〝未完の英雄〟による王道なりし英雄譚。
その雄姿を見せるだけで、
少年は運命を超えるもの──白銀の兜を担う器。
そう彼こそが……
「ベル……クラネル……」
傷つき倒れる妖精の前に現れたのは、揺らぐことのない鋼の意志を持つ英雄の姿だった。
──強い。
レフィーヤは、ベルの瞳を見ただけで全てを悟った。ベル・クラネルが何者であるのかを。ベルが抱く純粋な意志と、雄々しくも清らかな雄姿は正しく英雄だった。
(悔しい……なんでこんなに悔しいのか分からないくらいに……凄く悔しい……)
数多の人々に羨望されるだろう、英雄の気風。遍く人間達に尊敬の念を向けられるだろう、鋼の意志。どうしようもなく英雄であるベルの輝きを前にして、レフィーヤは歯を食いしばる。
何故、己は倒れている。英雄に守られて、安堵している。
違う。違う。英雄に守られたいという
目覚めろ。目覚めろ。
──精霊の姫に誇りし妖精の羽ばたきは、雷霆と並び立ったときにこそ果たされる。
覚醒の時は、未だ遙か彼方にある……
○
『アアアアアアアアアッ!!』
英雄の前にて暴威を振るうは、
だがしかし、どうしたことか。先程まで聞こえていた民達の悲鳴に怒号はピタリとやみ、彼らの視線は等しく白銀に輝く髪を
「下がってって…………何言ってるの!? 君、Lv1なんでしょ! ここはあたしたちに任せて、君の方こそ下がってなって! ……こいつ、中々強いから!」
「ティオナの言う通りよ! あんた自分の言ってること分かってんの!? Lv.1のあんたじゃ、死にに征くようなもんなのよ!」
己達の下に歩みを進めてくるベルを前に、ティオナとティオネは思わず声を荒げる。
幾ら〝
暴虐の限りを尽くす花々の前では、ベル・クラネルは無力なのだ。
止めろ。来るな。死んでしまうぞ、とアマゾネス達は英雄が戦場に上がってくることを否定する。
「ぁ…………」
「……? ……ティオナ?」
だが、どうしたことか。一歩、英雄が近づいてくる度に、ティオナは早まる鼓動に身を震わせる。物語の人物ではない、正真正銘今を生きる〝未完の英雄〟が己の前に立っているのだ。
テルスキュラで過ごしたときから、今に至るまで何度だって読んできた英雄譚。囚われの王女を救わんとする騎士や、平和を脅かす邪竜を打倒した竜殺し。
お伽噺でしか語られなかった英雄の姿が、ティオナの前に煌々と輝いている。
「…………」
ベルの
何だ? 何だ、何だ、何だ? この胸で猛り、抑えることを忘れてしまった昂揚感は。
ティオナは己の身を襲う原因不明の熱情に、言葉を失う。
「……確かに……僕は未熟です。皆さんとは……比べものにならない位に……弱い力しか持っていません」
Lv.5である冒険者でも苦戦を強いられる戦場を前にしても、不安の一つも抱かない
「この街に来たのだって……最近のことで」
己を弱者だと認めているにもかかわらず、格上の敵をこの手で討たんとする愚者の行進。
「冒険者としての知識も、まるで足りません……」
己は前にしか進むことが出来ないと、抱く信念を曲げることは出来ないと、
「でも、傷ついている人が居るのに……」
己は弱い。未だに誰かの
「泣いている人が居るのに……」
幸福に溢れた平穏な日常が眼前で壊されているのに、己は怪物を
「立ち向かっている人が居るのに……」
──誰かの笑顔を守れなかった。
──そんな弱い己が、ベルは何よりも許せない。
──だからこそ……
両の手に握られた英雄の武器が、担い手の叫びに応えるべく紫紺と真朱の光沢を世界へと映し出す。
「誰かを守ると誓った僕が! ただ眺めている訳にはいかないんだ!」
──英雄の咆哮。願う未来は、誰かの幸福。
「英雄になると誓った僕が! 弱さを理由に逃げる訳にはいかないんだ!」
──英雄の宣誓。斬り裂き振り払うは、笑顔を奪う邪悪なる悪意。
希望を掲げる光の英雄が、怪物を
──勝者と敗者の境界線が覆る。
全能なりし神の半身が、剣姫舞う絶望の大地に勝利と栄光を
○
『これが、僕の武器……なんですね』
『そうだよ、ベル君。これが……これから君が挑む『冒険』の道を共に歩んでくれる〝
ヘスティアより《ヘスティア・ブレイド》と《
『……ベル君。今ここで、君の【ステイタス】を更新する。今から刻むボクの
『…………やっぱり。……やっぱり、あなたが神様でよかった。あなたが見守ってくれるから、僕は
『ふふんっ! 当然だろう! なんてったってベル君は、ボクの大切な
その背を預けるのは、必ず守ると誓った己の主神。かけがえのない家族である、
今から行われるのは、英雄が新たな伝説を刻む為の神聖なる儀式。
──【ステイタス】の更新。
(……くっ!? ……なんて膨大な【
淀みなく更新を行っていたヘスティアの動きが一度だけ、静止した。【ステイタス】を更新すべく汲み上げられた【
だが、それがどうした。
(……! ベル君が男を見せようとしてるんだ! 絶対にやりきって見せるさ! ボクだって君の力になりたいんだからっ!)
汗を滴らせながらも、ヘスティアはその小さな指を忙しなく動かしていく。英雄が討たんとする悪意は、圧倒的な猛威を振るう怪物たち。
──だからこそ、雄々しく羽ばたけ。更なる境地へと至れ。昇華せよ。
そして書き換えられていく、数字の
『さあ、ベル君! 君の格好いい姿をボクに見せてくれ!』
『……! ……はいっ! 神様っ!』
ヘスティアはベルの【
英雄が成した偉業は、炉の女神が新たに刻む【
ベル・クラネル
〝Lv.3〟
力:H106
耐久:H183
器用:H151
敏捷:H120
魔力:G237
宿命H
耐異常I
《魔法》
【
・
・雷属性
・チャージ可能
・チャージ時間に応じて威力上昇
《スキル》
【
・早熟する
・
・
【
・治癒促進効果
・逆境時におけるステイタスの成長率上昇
・時間経過、または敵からダメージを受けるたびに全能力に補正。
・格上相手との戦闘中、全能力に高補正。
前代未聞の【ランクアップ】が、〝未完の英雄〟ベル・クラネルによって今此処に果たされた。
──英雄は止まらない。
──英雄は進み続ける。
己が成した偉業さえ、誰かを守らんと願う己が器の昇華にくべるのみ。
英雄の背中にて仄かに燃える
『さあ征こう。僕がアイズさん達を守るんだ……』
○
『アアアアアアアアアッ!!』
己達が支配する舞台へと土足で上がってきた
馬鹿だ。愚かだ。ここは【
──分を弁えろ愚者が。
「口を閉じろよ、
いいや、否だ。愚かであるは〝
これより紡がれる物語は、古今東西で語られる王道なる英雄譚。英雄が掲げる、希望の輝き。
鋼のように揺るがぬ瞳と、英雄の意志に共鳴する光の剣を携えし、
邪悪なるものを冥府に沈める裁きの雷霆が、汝らの前に現れた意味をまだ理解出来ぬか?
「奪われる悲しみすら分からない怪物如きに、もう誰も傷つけさせはしない!!」
ベルの脳裏に描かれるのは、勇敢なる祖父の姿。傷つき血を流し、それでも暴虐なる龍に立ち向かい続けた英雄の威光。
しかしその雄姿を、もう二度と見ることは無かった。物言わぬ
だからこそ、英雄は誓う。己は決して負けないと。己は決して倒れないと。誰かを失う悲しみも、誰かを奪われる苦しみも、全ては己が抱くから。
──民よ。笑顔を浮かべて欲しい。悲しき涙を零さないで欲しい。
──誰もが幸せで生きられる未来を、この手で必ず切り拓いてみせるから。
──今一度、我が
「【
英雄が紡ぎ出すは誓いの証。誰かを守ると願った道標。天空神より受け継がれし、民を守護する裁きの雷霆。
詠いあげる
民に希望を届けよう。絶望に嘆くことはないのだと、示して見せよう。
天へと向かって轟いていく、黄金の雷鳴。高まっていく魔力の奔流。
「
「来いっ! お前達を殺すのは、この僕だ!」
天より落ちた神の鉄が、天霆の号令に付き従わんと
残像が生まれる程に強く震撼する武器の刀身から奏でられるのは、まるで不死鳥が
『────―!?』
──雷迅。
大地を駆けるは、雷電の残光。英雄が立っていた大地に、その影は既になく。約束された勝利を手にするが為、モンスターへと進軍を開始した。
「しっ……!」
『アアアアアッ!!』
──閃光。
振るわれる悪滅の閃刃。
「ぎぃ……!!」
『────!!』
しかし定められた雷霆の裁きは、大地より躍り出た触手という名の生け贄によって妨げられてしまう。
格上相手であることに加えて十対一。圧倒的に不利な状況。
先制攻撃が決まらなかったことに、悔しさを滲ませるベル。開戦を告げる一刀にて、モンスターの一体を仕留めきれなかったのだ。
『────!!』
「ぐぅ……!!」
しかしその一刀から見え隠れする〝未完〟の影こそ、英雄がまだ前へと進み、更なる高みへと昇華出来ることの証左となる。
「うぉおおおおっ!!」
三度目である【
少しでも気を抜けば、オラリオ一帯を巻き込んだ
未だに不完全である魔法の行使が、少しずつベルの肉体を蝕んでいく。
「はあっ……!」
衝突する雷霆の一閃と鋼鉄の壁が、激しい火花を戦場に散らす。天に輝く
『アアアアアアアアア!!』
モンスターは本能から悟る。この
──排除する。
鋭利な槍と化した無数の触手が、ベルに向けて一斉に突き付けられる。その速度は疾風。放たれる威力は大剛。
数え切れない死の雨が、ベルを処刑台へと誘おうとしていた。
「ふっ……!」
しかし。
「はぁっ……!」
ああ、しかし。
「らぁぁぁっ!」
どれだけの苦境を前にしても、英雄は屈しない。降り注ぐ死線を前にしても、英雄は二刀を以て斬り裂くのみ。
(来る……! ……上だっ!)
眼前へと迫り来る触手を《ヘスティア・ブレイド》で斬り裂くと、すぐさま
「せぁああああっ……!」
間を置くことなく地面へと突き刺さる触手を伝い
(右と左から二つ……ならっ……!!)
更に迫り来る四つの触手を視界に納めたベルは、《
英雄に避けられ隙を晒した触手は、回転を生かしたベルから振るわれるかまいたちが如き剣閃の下に細切れにされた。
「……」
大地へと舞い戻る英雄。ベルの足下には、さきほど天を翔る為の土台となった触手が未だに地面に埋もれている。
「はぁあああっ……!」
『アアアアアアアアア!!』
一切の呵責なく、二刀を突き刺し触手を葬り去るベル。
刹那の攻防は、英雄が完全に制していた。
「ベル……」
「凄い……!」
「誰が新米の冒険者よ……冗談は止めなさいって……」
多勢に無勢な状況。覆すことの出来ない劣勢。
だがそれがどうしたと。気合と根性を漲らせ、戦場を駆ける英雄の
「「「ごくっ……」」」
──誰もが思わず、息を呑む。
アイズの金眼に映るのは、出会った時から不変である〝
己から見ても拙さを感じる、未完の剣技。未だに御することの出来ていない、魔の技法。
──英雄として、民に希望を
(未完の……英雄……)
誰が名付けたのかはアイズの知るところではないが、今のベルは正しく〝未完の英雄〟だった。
己が弱いことは、百も承知。討たんとする敵が格上相手であることなど、端から理解している。
未完であると、痛感している。
それでも少年は……ベル・クラネルという英雄は、誰かの笑顔を守る為に立ち向かい続けているのだ。
愚かだと、笑うなら笑え。己の信念を曲げること以上に、愚かなことはありはしないと。
アイズが求める〝
「はぁあああっ!!」
受けに回らざるを得ない状況にあっても尚、ベルは勝利を掴む為に虎視眈々とモンスターの動きを伺い続ける。
度重なる死線。必殺の
ベルはそれら全てを、鋼の意志を以て跳ね返す。時間が過ぎ去るごとに増えていく疲労も、気合と根性で乗り越えて。
永久に続く不利な状況も、【
「うぉおおおおおおおっ!!」
『────!?』
強靱な精神。冷静な判断能力。貪欲に勝利を欲す気炎。
──敗北に傾いていた英雄譚の天秤が、勝利へと傾き始めた。
開戦直後は
神であろうと目を見開く、驚異的な成長力。飽くなき勝利への闘争心が生み出す、人としての可能性。
未完だからこそ、ベル・クラネルはどこまでも強くなれる。英雄になると誓ったからこそ、ベル・クラネルはどこまでも進み続ける。
『────!?』
一合。ぶつかり合うだけだった触手が、無残にも切り捨てられる。
「しっ……!」
二合。英雄の想いに応えんと、炉の女神の誓いが閃いた。
「はぁあああっ!!」
三合。雷霆の裁きを下すべく、鍛冶司る独眼の想いが燃え盛る。
「もっとだ! もっと応えて見せろ! 僕の半身!」
四合。悪逆なる怪物を屠る時。
触手によって形成された茨の
「まだ……まだぁああああ!!」
『アアアアアアアアア!?』
比類なき英雄の一閃。毒々しく花開く怪物の一柱が、死滅の輝きを纏う光の剣によって断罪される。
「「「!!」」」
英雄の前に敗北は無し。圧倒的な不利など、覆す為だけにあるのだ。
英雄の進軍は止められない。勇猛なる一歩を踏み出せば、無数の触手を灰へと帰すのみ。
「逃がしはしないっ! お前達が奪った幸福と与えた絶望を、その身に刻んで朽ち果てろっ!」
『────!!』
怪物によって造り出された絶望の牢獄は、英雄が握る希望の刃によって崩壊の一途を辿るのみ。
──運命を乗り越えて、【
──戦場にて刃を振るうは、神の想いを背負いし〝光の英雄〟。
──雄々しき後ろ姿が、民に希望を与える。
しかし……
──英雄の舞台には、寄り添うべき精霊の姫の姿が無かった。
『うぉおおおおおおおっ!!』
(また……あの時と一緒だ……)
まるで絵本を読んでいるかのような錯覚に、アイズは陥っていた。
目の前で繰り広げられている英雄神話には、もはや誰も踏み入ることが出来ないのだと、言外に宣告されているようで。
(また私は……見てるだけなの……?)
己もまた英雄譚を眺める事しか許されない、
(あの時みたいに……手も伸ばせずに……)
アイズの恋情は冥府の底で、運命の鎖に縛られる。英雄に寄り添いと願った想いを、世界によって否定されるのだ。
絶望と嘆き。苦悩と悲哀。運命という名の悪魔が、あらゆる負の感情となって無垢な少女を
諦めてしまえ。怪物なんて、英雄が倒してくれる。
お前はただ見ていれば良い。
(守られるだけの誰かで居るだけなの……?)
──お姫様のように、守られていればいいのだ。
闇の底へと、引きずり込まれようとしているアイズ。暗闇に
──そうだ。定めを受け入れろ。
世界が
──例外なのは、
『まだ……まだぁああああ!!』
無垢な少女の眼前では、未だに英雄譚が語り継がれていた。
恐怖に震える民を守らんと、怪物へと立ち向かう英雄。虚空に舞う閃光の斬撃。
精霊の姫が、英雄の舞台に立つことは許されない。その資格を、アイズは持っていないのだ。
何故ならば、アイズが己が身に抱くのは憎悪の業火と、ベル・クラネルへの向けられた恋情だけだから。
『誰か』を守る覚悟がなければ、英雄に寄り添えないのだ。
紡がれる英雄譚に、主演は一人。この
英雄が剣姫の舞台に上がってこようと、
その傲慢こそが、運命の過ち。もはや巻き戻すことは許されない
アイズの背に刻まれるは、黄昏を誘う
──閉ざされし門を開け。運命を打ち砕く時だ。
──今この瞬間、
(ベルに……ベルに守られるだけなんて……そんなの……嫌だ……!)
だからこれは、当然の帰結だ。
祝福の風が吹き、冥府に堕ちる少女は運命の鎖より解き放たれた。
今の己では、誰かを守らんとする英雄に寄り添う資格が無い?
この身に抱く恋情では、英雄の征く戦場に相応しくない?
──そんな運命なんて、私には関係ない。
『アイズの好きにすればいいんだ』
『好きなんだろう? ベル・クラネルのことが』
『なら、アイズが抱く想いのままに進めばいいさ』
覚悟は既に済んでいる。決意が我が身に
──アイズ・ヴァレンシュタインの往く道は、既にこの手の中に。運命も宿命も、全ては己の手で切り拓くのだ。
(私は、ベルの横に立ちたい……!)
──故に
(
今より幕を上げるのは、未完の英雄が歩み、精霊の姫が寄り添う、新たな英雄譚。光と闇の全てを抱きし
戦場に立つ
我らが並び立つは、〝必然〟なり。
──精霊の姫が目覚める。英雄に寄り添わんと、羽を広げる。己の抱く
──運命の鎖に縛られた囚われの王女が、英雄の
──砕かれる運命。新たに綴られる物語。
「……ベル!」
「アイズさん! ……下がっていてください!」
英雄の戦場に、精霊の姫が並び立つ。踏みしめる一歩は、無垢な少女の勇気の証。
「……ううん」
──さあ、進もう。
「……私も、……戦う」
世界へ向けて詠おう。私の背に刻まれた〝祝福〟を。
「……私も、……ベルと一緒に……戦える!」
今こそ、
「【──
祝福を詠う、
「【──
戦場を踊る精霊の風が『金』の色に染め上がり、少女を優しく抱きしめる。
「【──
祝福の
「……この、風は……」
これより幕を上げるは、光の英雄と精霊の姫が紡ぎ出す、英雄神話の
「私もベルと共に征く!!」
──故にこそ……邪悪なる者一切よ、ただ安らかに息絶えろ。
「君の道に寄り添える!!」
──涙の出番は、ここに幕引きだ。
「……アイズさん」
ベルは刮目する。アイズの抱く覚悟に。
──強い。剣を構える佇まいも。その身に纏う金色の
だが何よりも、心が強い。ベルが人々に求める想いの
「……………………」
誰かの笑顔を守りたい。誰かの涙を笑顔に変えたい。アイズもまたベルにとっての守るべき『誰か』である筈だった。
しかしそれは間違いだったと、英雄は己の認識を改める。
無垢な少女は……アイズ・ヴァレンシュタインは、己が守ると誓った『誰か』ではないのだと。
「背中は任せます。僕は目の前のこいつらを……」
「……任せてっ!」
己の背中を預けるに相応しい英雄であるのだと、ベル・クラネルは
誰かの願い、その全てを背負わんとする英雄が、精霊の姫の想いに確かに応えて見せたのだ。
「征きましょう、アイズさん! ここからは、僕達の戦場ですっ!」
「……うん! ……一緒に征こう! ……私がベルに寄り添うからっ!」
天に掲げる光の剣。戦場を馳せる、英雄の雷光。
天に詠う祝福の歌。戦場を舞う、精霊の春風。
英雄譚に綴られる第一章、その終幕。
否、神話に綴られる神聖譚の
「しっ……!」
アイズに背を任せ、ベルは正面にて対峙する四匹のモンスターに向けて疾走する。
地面を走る雷鳴の
『────!!』
英雄の進撃を前に、背後より迫り来る魔の手。死角より狙い澄まされた怪物の一撃。
「……ふっ!」
英雄へ寄り添うように、金色の風が舞う。背後より放たれた触手の軍隊は、精霊の姫より振るわれる白刃の軌跡によって敗走する。
「「はぁっ……!」」
『アアアアアアアアア!?』
──疾風迅雷。
触手によって形作られた外壁は、ベルとアイズによって切り刻まれる。
(速い……! 動きに無駄がない……! これがアイズ・ヴァレンシュタインの剣技!)
(……凄い! 私について来れてる……! これがベルの抱く
モンスターへと振り下ろされる光の剣。白銀の瞬き。金に煌めく二つの刃によって、新たに生まれる断末魔。
八対二。既に不利の二文字は消え去った。
──精霊の姫が寄り添いし、光の英雄に勝利の喝采を!
~~~
レフィーヤは朦朧とした意識の中、剣姫舞う英雄の舞台を眺めていた。
「嘘……」
どこか夢心地の中、目の前で煌めく英雄の閃光。精霊の姫による演舞。
しかしレフィーヤが心中で抱いていたのは英雄譚への畏敬でも、守られることへの安堵でもなかった。
地に伏せる妖精が見詰め続けるのは、英雄がその
無限に魔力を生成し続ける
(……この気配は……『精霊』……?)
今も肌で感じる、天にて王座に
(違う……ベル・クラネルは……
ベル・クラネルはヒューマンだ。この真実こそが唯一無二。
だからこれは、己が抱いた愚かな妄想だ。『精霊』と『
(……待っていなさい、ベル・クラネルっ! あなたにだけは絶対に……! 絶対に負けませんっ!!)
レフィーヤ・ウィリディスが超えんと願うのは、他でもないベル・クラネルなのだ。いずれ英雄に至る器を持つ少年なのだ。
悔しい。悔しい。ただ眺めている事しか出来ない己の弱さ。
負けない。負けない。あなたは私の憧憬じゃない。
──ベル・クラネルは、私の
○
「『アルゴノゥト』……」
際限なく高まり続ける胸の鼓動を感じながら、ティオナが噛みしめるように一人の英雄の名を呟いた。
それは多くの者に受け継がれし、英雄神話。
『
英雄にならんと謳う力なき青年が、
「どうしてかな? 君と全然似てない筈なのに……重なって見えちゃうのは……」
それは時に〝喜劇〟として語られ、ある者は『アルゴノゥト』を道化と呼ぶ。
あまりにもかけ離れている、二人の英雄。
だがティオナには、強大なる敵との死闘で傷つきながら何度でも立ち上がるベルと、運命に翻弄されながらも己の信念を貫き続けた『アルゴノゥト』の〝雄姿〟が重なって見えた。
「あたし……君のこと……」
──好きになっちゃったかも……
○
「遅いっ!」
「……そこっ!」
重なり合う二つの旋律。戦場を舞う光と風によって奏でられる、
『『『『アアアアアアアアア!!』』』』
刹那の時を以て刻まれる、敗北と言う名の絶命。英雄の手によって渡される戦場の引導。精霊の姫が詠う、英雄に捧げし絶唱。
崩された
もはや、戦場に絶望の姿は無かった。あるのは勝利の
「これで終わりだっ……!!」
「……これで終わりっ!!」
──電光石火。
『『『『アアアアアアアアア!?!?』』』』
未完の英雄が悪逆なる怪物を討たんと鋼の意志を滾らせ、精霊の姫が英雄の願いに寄り添わんと恋情を燃え上がらせる。
共鳴し合うように高みへと昇り続けるベルとアイズの斬光が、空に輝く星々のように瞬きモンスターの
「「……」」
オラリオに響き渡る、モンスターの断末魔。それは、英雄の勝利を告げる終戦の凱歌だ。
戦場に残る影は二つ。
光の剣を天に掲げる〝【
そして、英雄へ寄り添うように佇む【
戦いは終わりを告げた。誰かの笑顔を奪う怪物は、居なくなった。
「ぐっ⁉︎」
「! ……ベルっ!」
次の瞬間にベルを襲ったのは、強烈な虚脱感。限界を迎えた肉体がベルの意志を介さず、深い眠りへと誘われる。
そんなベルを、アイズが優しく抱き留めた。
抱きしめられたベルの身体に、温かな熱が伝わる。少しでも気を緩めれば夢の世界へと誘われる心地良さに、身も心も委ねたくなってしまう。
「……アイズさん……。僕は……、少しでも、あなたに……追いつけましたか?」
だからベルは、閉ざされていく意識の中でアイズへと問いかける。
己はアイズ・ヴァレンシュタインの願いに、応えられたのかどうかを。
「英雄に……近づけましたか?」
月夜の下で誓った英雄への道を、歩むことが出来ているのかどうかを。
どうか応えて欲しい、可憐なる精霊の姫よ。あなたの歌を聴かせて欲しい。
「……うん。……うん!」
アイズに向けられたベルの眼差しには、真っ直ぐな意志が宿っていた。
こんなにも傷ついているのに、ベルはアイズを想い言葉を紡ぎ出した。
あの日の誓いを果たせているかと。
「……ベルは私に追いつけてる……。……誰かを守れる英雄になれてるよ……」
だから己の紡ぎ出す応えなんて一つに決まっている。
英雄に届け、我が想い。私が詠う祝福よ。
「あぁ……良かった……アイズさんとの誓いを……僕は……守れたんです……ね……」
精霊の姫による抱擁が、英雄に安らぎの夢を与える。
「……すぅ……」
「……頑張ったね、……
白い髪から覗かせるあどけない横顔は、兎のように可愛らしい少年のものだった。
英雄ではない、ベル・クラネルという少年の偽りなき姿だった。
精霊の姫が天を見上げる。
──オラリオの空は、今日も蒼かった。
この日、
己が誓いを果たさんとする、英雄の産声を。
己が恋情を叶えんとその一歩を踏み出した、精霊の歌を。
それは神時代に集いし英雄達の織りなす物語。
未来永劫、大陸で語り継がれるだろう冒険譚。
己の宿命を超え、誰かの笑顔を守る英雄神話。
これは英雄が歩み、精霊の姫が寄り添う、
【