ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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無事を祈ることぐらいしかできない。

だから……


だから私は力になりたい(プレゼント・フォー・ユー)

 ○

 

 八階を見て回ること数十分。様々な防具を手にとっては吟味し、手にとっては吟味しをじっくり繰り返していたベルは背後から声をかけられた。

 

「なぁ。あんた、ベル・クラネルだろ?」

 

「はい、そうですけど」

 

 振り向いた先、ベルの前に立っていたのは冒険者ではなく、テナントの店員だろう立派な髭が特徴的なドワーフの男だった。

 

 男は腕を組みながら、「オレはここの受付やってるもんだが、ちょいと話があってな」と言った。

 

「話、ですか?」

 

 まるで心当たりがないベルは首をかしげる。

 

「ああ、そうだ。急ぎの用事がないなら、ちょっとついてきてくれねえか。見せたいもんがあるんだが……」

 

 男の口振りから嘘の気配を一切感じなかったベルは、しっくり来る防具に出会えていなかった停滞感を払拭するためにその提案に乗ることにした。 

 

「いいですよ」とベルは言った。

 

「僕も中々これだっていう防具を見つけられずにいたので」

 

「お。なら、ちょうどよかった。あんたの困りごとはきっと解決するぜ」

 

「え……?」

 

 戸惑いが口から洩れるが、店員は「つけばわかる」とニヤニヤした顔をして言うだけで答えを教えてはくれない。

 

「こっちだ」

 

 そういってあるき出す店員の背中をおって人混みをぬっていくこと数分後、目的の場所に到着したのか店員が足を止めた。

 

「ついたぜ、これを見てみな」

 

 店員が指さしたさき、埃をかぶった古びた陳列窓(ショーケース)の中に、汚い陳列窓とは対極の、穢れを一切感じさせない神秘的な雰囲気を放つ純白のマントと上着、下着、ブーツの防具一式がひっそりと飾ってあった。

 

「これは……」

 

 あまりの感動に言葉を失うベル。

 

 圧巻、その二文字が心に深く刻み込まれる。これまで八階に展示されている様々な防具を見てきたが、それらとは比較にならないほど品質が高いのが一目見てわかる。

 

 まるでひとつの生命を創造するかのように丁寧に作られた防具は神話や英雄譚に登場する英雄らが纏っていてもおかしくないと思うほどだ。

 

 何よりも、純白のマントたちがベル・クラネルが求めていた理想の防具そのものであることに、驚きを禁じ得なかった。勝手な思い込みかもしれないがベルのためだけに作られたような、そんな気がするのだ。

 

「どうだ、そいつが気になるか?」

 

「はい、凄く」

 

 本音が、自然と溢れた。

 

「がはははっ! そりゃそうだろうな。オレから見たって、そのマントと防具一式は良い出来してると思うぜ、ホント。少なくともここに並べるには勿体ない作品だってことは間違いねえ」

 

 同意見だった。

 

 ベルから見ても純白のマントとそれに合うように作られた純白の防具一式は素晴らしい出来をしているように思えた。視界に捉えた瞬間、心を奪われるくらいには。

 

 店員がニヤニヤしながら「欲しいか?」と言った。

 

「はい」

 

 ですが、とベルは売買成立済みの札に悔しそうな視線を向ける。この札がなければ、例え神様の怒りの雷が落ちるとしても借金をして買ったに違いない。それほどまでに、ベルは目の前の防具一式を欲していた。

 

「実はな、それはお前が他の冒険者が手をつけないように貼ったもんなんだよ。だから、売買成立済みっていうのは嘘だ」

 

「え?」

 

 予想外の発言に思わず店員へ顔を向けるベル。何の因果が絡まって、眼前の防具一式をベル以外の手に渡らないようにしたのか。混乱は深まるばかりだった。

 

「オレもあまり深い事情は知らねえんだが。なんでも、このマントの素材は元々あんたのもんだったらしくてな。そいつの話が本当なら怪物祭(モンスターフィリア)偶然(・・)拾ったらしいんだとよ」

 

「……そんな、まさか」

 

 言われて、ベルはマントをじぃと凝視する。そして気づく。マントから忘れもしないあのモンスターの気配が発せられていることを。

 

 それは、怪物祭(モンスターフィリア)にて死闘を演じたシルバーバッグ強化種のものだった。あの時は半ば意識朦朧としていたのに加えて、討伐後すぐにアイズたちの元へ駆けて行ったから、落ちた素材や魔石などについて今の今まですっぽり忘れていた。

 

 それが巡り巡って、眼前のマントと防具となってベルの前に現れると、誰が予想できるだろうか。

 

「あ」

 

 上から下へ。雪原のように美しいマントをねめ回すように眺めていると、ベルは僅かに見える裏地に製作者の名前を見つけた。

 

「【ヴェルフ・クロッゾ】」

 

 名前からして男なのだろう。どのような人物であるかはわからないが、これほどの防具を作れるのだ。鍛冶師として優れた能力を持っているのは間違いない。

 

「ん?」

 

【ヴェルフ・クロッゾ】の名を瞳に焼き付けるように見詰めていると、その横に小さく何かの文章が金糸で縫われているのにベルは気付いた。

 

「ベル・クラネルのみが、纏うことを許される」

 

 なるほど、とベル思った。

 

 先ほどの自分のために作られたようだという感想は、決して思い込みではなかったらしい。それはマントの裏地に刺繍されたこの文字が証明している。

 

「本人曰く『本当はそのまま返すつもりだったんだが、鍛冶師としてどうしてもあんたに相応しい防具を作りたかった』とのことらしいぜ。んで、あとはまぁ、見てのとおりだな」

 

 呆れ半分、共感半分といった様子の店員。

 

「もし気に入らないってんなら直接謝罪して、素材の費用も全額返済するって言ってたぞ。偶然拾ったとはいえ、届けもせず勝手に使ったんだ。怒ってもいいんだぜ? なんなら今から呼び出そうか?」と訊ねる店員にベルは首をふった。

 

「いえ、構いません。僕は全然、怒っていませんから。それに、今の今まで素材のことを忘れてましたし」

 

 もし、店員に声を掛けられなければベルは一生、シルバーバック強化種の素材のことを思い出すことはなかっただろう。それを自覚しているからこそ、ベルの感情は荒ぶらない。凪のままだ。

 

「へぇ、そうか。で、どうする?」

 

 暗に買うのか買わないのかを問う店員だが、ベルの玩具を前にした子どものようなキラキラとした表情を見れば返ってくるだろう答えは分かりきっていた。

 

「値段は?」

 

 店員へ向き直り、ベルが訊ねる。

 

「人の素材を使って勝手に製作したといっても、こっちも商売だ。流石に無料(タダ)ではやれねえ。 そうだなぁ」

 

 思案は一瞬。

 

 店員は悪戯そうな笑みを浮かべて、「二万ヴァリスでどうだ?」と言った。

 

 二万ヴァリス。

 

 店員の口から出た数字は、このマントと防具一式にしては破格の値段であることは一目瞭然だった。

 

「買います」

 

 ベルは即断した。

 

 同じ立場にあって、否と答える人間などいるはずがないとベルは思った。

 

 腰に佩く二刀ほどではないにせよ、眼前の防具は一級品の域に達している。これを二万ヴァリスで買える機会は後にも先にも、今回だけだとベルはそう確信した。

 

 ○

 

 二万ヴァリスを支払い終えて陳列窓から防具一式を取り出してもらっていたところに、慌てた様子でエイナが駆け寄ってきた。

 

「ベル君! やっと見つけた。こんな端っこにいたんだね。キミに似合う防具を見つけたんだけど……」と手に持つ防具を見せようとしたエイナだが、ベルの後ろに佇む純白のマントを見て総てを察した。

 

「そっか。それに決めたんだね、ベル君」

 

「はい、僕はこれにしようと思います」

 

 店員が持つ防具一式へ向ける視線は熱く、ベルが興奮しているのがエイナの緑玉色の瞳に映る。

 

「良い装備だね」

 

 月並みな感想だが、本当に良い装備だった。下手に意匠を凝らしているわけでもなく、徹底的に機能美を追求し、極限まで無駄を省いたマントと防具一式は芸術品に美しい。

 

「でも、どうしてこんなに凄い作品がここに?」

 

「あはは……色々ありまして」

 

 当然の問いに言葉を濁すベル。

 

「ま、深くは聞かないでおくわね。でも、そっか。決まっちゃったかぁ」

 

 エイナとしては、自分が選んだ防具を贈りたかったのが、ベルが自ら選んだのならば、仕方がない。それに、眼前の防具を超える作品は八階のテナントにはないだろうことは明白だった。

 

 だから――

 

「……ベル君」

 

 壊れ物を扱うように大切に、その名を呼ぶ。

 

「なんですか?」

 

 振り向くベルの顔を見て、エイナは頬がぼおぅと燃え上がるのを感じた。どくん、どくん、と心臓が張り裂けそうな音を鳴らす。一瞬でも気を緩めれば意識を失ってしまいそうなほどの緊張に襲われる中、

 

「その、えと、これ!」

 

 エイナは、手に持つ防具に隠していたもう一つの贈り物をベルの前に差し出した。

 

「籠手、ですか?」

 

 ベルの視線の先、エイナの両手にはエイナの双眸を想起させる緑玉色の線が掘られた純白の籠手が乗せられていた。

 

「うん、私からのプレゼント」

 

「良いんですか?」

 

 躊躇いがちな視線がエイナを見つめた。それは誰かが力になってくれるのを拒む、誰かを助けることを望む英雄の視線だった。

 

 だからこそ引けない、とエイナは迷いなき眼差しでベルを見つめ返す。

 

「……私はさ、ダンジョンを潜るベル君を直接助けて上げられないし、キミの帰りをただ待ち続けることしかできない。でもね、そんな私でもなにか力になりたいの……これが私の我儘だってことはわかってる。それでも、受け取ってほしいの」

 

「……」

 

 返答はない。ベルの瞳は戸惑いで揺れて、エイナと贈り物を往来させている。

 

「お願い、ベル君」

 

 ベルを想う純然たる言葉が、紡ぎ出される。

 

(神様と、一緒だ)

 

 自分ではない誰かを自分以上に大切に想う言葉の温かさに、心の中にわだかまる自噴と迷いがすぅと晴れていくのを、ベルは感じた。

 

 本当は、誰の力も借りたくなかった。誰かの想いを背負いたくなかった。

 

 ベルは自分がどれほど屑であるのかを、自覚しているから。贈り物を貰えるような人間でないことを、理解しているから。

 

 それでも、ベルは目の前の女性の想いを振り払いたくなかった。前へ進むのに不要であるとわかっていても、撥ね除けたくなかった。

 

 エイナ・チュールの願いを、拒絶したくなかった。

 

 だから――

 

「ありがとうございます、エイナさん。この籠手、大事に使いますね」

 

 言い終えて、深紅(ルベライト)の双眸に描き出されたのは、瞳に涙を滲ませながらも目映い笑顔を浮かべる、エイナの姿だった。




《白夜纏・壱式》
ヴェルフ作、防具《白夜》シリーズ第一弾。
・白銀色のマント。
・材料にドロップアイテム《シルバーバック強化種の毛皮》を使用。雷属性に対する高耐性。
・ベル専用に作られたマントであり、動きやすさを特に重視して製作されている。《シルバーバック強化種の毛皮》は非常に頑丈で、『中層』程度のモンスターの攻撃はほとんど吸収できる。
・裏地には【ヴェルフ・クロッゾ】の刺繍と『ベル・クラネルのみが纏うことを許される』の文字が金糸で刺繍されている。

《白夜装・壱式》
ヴェルフ作、防具《白夜》シリーズ第二弾。
・白銀の上着、下着、ブーツ。
・材料にはドロップアイテム《シルバーバック強化種の毛皮》《シルバーバック強化種の牙》《シルバーバック強化種の爪》を使用。雷属性に対する高耐性。
・極限まで無駄が省かれており、軍服染みた見た目とは裏腹に非常に軽く、動きやすい。

《緑玉ノ籠手》
・価格三万五千ヴァリス。
・エイナからの贈り物。彼女の瞳と同じ緑玉色の線が掘られた純白の籠手。
・盾と用途を同じくする籠手。手の甲で防御可能。
・エイナのベルを無事を祈る想いが込められている。

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