ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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英雄の背中(スリアンクシヴォス)

 

「ぜぁっ!!」

 

 薄暗い洞窟に、猛き迅雷が迸る。

 

 疾走する英雄、万物を絶つ神の想刀。幽幽(ゆうゆう)たる空間に響くのは、怪物(モンスター)の穢れた断末魔だけ。

 

 血が吹き荒び、死が積み重なり、魔石が墓標と大地に転がる。

 

「まだだ、まだ、足りない」

 

 無双にして圧倒。

 

 至高にして究極。

 

 光源乏しい地下迷宮(ダンジョン)の『中層』にあって、【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】は絶対的強者だった。英雄の冠を戴く王者だった。 

 

 敗北の予感さえ与えない、無慈悲な鏖殺。《ヘスティア・ブレイド》を袈裟斬るたびに命が潰え、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を唐竹ば魔石が生まれる。   

   

 戦場とさえ呼べない、一方的な殺戮。否、虐殺。

 

「ぜぇああああああっ!!」

 

『ギャァッ……!?』

 

 縦横無尽とは正にこのことだ、とリリルカ・アーデは眼前で繰り広げられる凄絶な光景を見ながら呆然と思った。

 

(ああ、本当にこの方は……凄いなんて言葉が陳腐に思えるくらい……強い……)

 

 纏う装備を新調したからだろうか。二日前に見た戦闘とは比較にならないほど、動きが洗練されている。

 

 嘗てが疾風ならば、今は暴風。振るう二刀は雷纏う死の嵐。

 

 憐れにも本能のままに英雄へ群がる怪物(モンスター)の愚衆が、一矢も報えず無慙に散っていく。

 

 弱い、余りにも弱い。

 

(違う……)

 

 強い、余りにも強い。

 

(これが【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】、ベル・クラネル……)

 

 (わか)っているつもりだった、英雄の力を。理解(わか)っているつもりだった、英雄の強さを。

 

 でも、所詮は分かっているつもりなだけだった。

 

「疾っ!」

 

 一歩踏み込み《ヘスティア・ブレイド》を振るえば、軽々とシルバーバックの首が飛ぶ。

 

 くるくる。

 

 ごろり。

 

「あ……」

 

 泥のような鮮血を地面に飛び散らせながら、敗者の首がリリルカの足もとに転がってきた。厳つい双眸はかっと開かれたまま。自分が死んだことすら悟れず、愚かな怪物(モンスター)は塵へと帰る。

 

「せぁっ!」

 

 壁を蹴って宙を飛ぶようにして飛びこんで、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》をヘルハウンドの首筋に突き刺す。

 

『ウォオオオオオオオォオォン!!』

 

 頸動脈を裂かれた痛みを批難するような遠吠えを上げて、不幸な犬が大地に斃れて憐れな末路を辿る。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオ!!』

 

 嘗て英雄が死闘を繰り広げた因縁の相手(ミノタウロス)さえ、ただの雑魚(ノー・ネーム)。もはや眼中になく。

 

「死ね」

 

 雷纏う二刀の交差の一閃を喰らい、刹那に魔石へと還る。

 

 斬る、走る。斬る、奔る。斬る、趨る。一撃一殺の無双劇。屍山血河(しざんけつが)の殺戮劇。冠前絶後(かんぜんぜつご)の蹂躙劇。

 

「ふっ!」

 

 死。

 

「ぜぃ!」

 

 死。

 

「はぁ!」

 

 死。

 

 牙剥く敵のことごとくを両断し、英雄は勝利の栄光を山のごとく積み重ね続ける。

 

「なんですか、これ……」

 

 リリルカは夢を見ているかのようだった。人々の間で永遠(とわ)に語り継がれる神話に登場する、主人公の戦う場面(シーン)に迷い込んでしまったのではないかと。

 

 右頬を、ぎゅうと抓って引っ張る。

 

「痛い、れす……」

 

 痛覚正常。夢幻(ゆめまぼろし)ではないことが証明された。

 

 リリルカだって、わかっている。眼前に広がる神話染みた光景が、現実であることぐらい。

 

 それでも、夢だと思い込みたくなるほど、ベル・クラネルの戦闘能力は懸絶していた。

 

 とてもLv.3とは思えない。Lv.5と言われてもリリルカはきっと信じるだろう。それほどまでに、圧倒。冒険者としてでなく、戦うモノとして完成されていた。

 

「そっか……」

 

 ──二日前に初めて『中層』に潜ってモンスターと戦ったんだけど、どうにも手応えが感じられなくて。多分、短期間でLv.2からLv.3へ【ランクアップ】したのが原因だと思うんだけど……。

 

 一時間ほど前の言葉が蘇る。

 

英雄(ベル)様が言ってたことは本当だったんですね……」

 

 信じていなかったわけじゃない。疑っていたわけじゃない。

 

 ただ、どうしても理性と常識が邪魔して、ベルの発言を完全に受け入れられなかったのだ。

 

 冒険者になって一カ月半程度で、『中層』の魔物が相手にならないほどの力を手に入れるなど、ありえるわけがない。

 

 都市(オラリオ)で暮らす冒険者の平均Lv.は一だ。つまり半数以上の冒険者が【ランクアップ】を経験していないことになる。

 

 原則としてLv.の差が一つ生じれば戦いにならないとされているので、Lv.2にカテゴライズされる怪物(モンスター)が跋扈する『中層』に、Lv.1の冒険者が足を踏み入れることは絶対に不可能。それはそのまま、冒険者の半数が『中層』へ足を運べないことを意味する。

 

『下層』ともなれば、「新世界」と呼ばれるほどの危険地帯と化す。それを、冒険者になってから一カ月半、しかもLv.3かつ単独(ソロ)で挑戦しようとするのだから、もはや意味がわからない。

 

 それでも、ベルならできるに違いないと思ってしまうのが何より恐ろしかった。

 

「遅いっ! 数で攻めるだけで勝てるほど、僕は甘くないぞ!」

 

 リリルカが唖然と立ち尽くしている間に、ベルは次々と怪物(モンスター)を屠っていく。

 

「あっ……早く魔石を回収しないと」

 

 荷物持ち(サポーター)の存在意義を思い出したリリルカは、ベルの邪魔にならないように、地面に転がる魔石を手早く回収していくのだった。

 

 ○

 

 地下迷宮(ダンジョン)の探索を初めてからまだ一時間半程度しか経過していないにもかかわらず、バックパックの中は魔石で埋め尽くされていた。

 

(これ、一体幾らになるんでしょうか……)

 

 背負うバックパックの重量に歓喜を通り越して恐怖を覚えながらも、リリルカは駆けるベルの背中を必死に追っていく。

 

 ベルと出会うまでは、憎たらしくて堪らなかった誰かの背中。いつも胸中で、無防備に晒すその背中を蹴り飛ばしてやりたいと思っていた。

 

 だが、英雄の背中は青空に輝く太陽のように眩しかった。いつかの神話で語られた勝利の剣のように輝いていた。

 

 彼についていけば、心配ないという安堵が心を支配するのだ。

 

「ぜぃ、これで終わりだ!」

 

 絶えず怪物(モンスター)を殺し続けたからだろう。

 

 リリルカたちがいる階層からは、既に二人の気配以外が死んでいた。

 

 見渡す周囲は淋しく、洞窟らしい鬱屈とした雰囲気が漂っているだけ。怪物(モンスター)の呻き声も鳴き声も、断末魔も、何も聞こえない。

 

 完全なる沈黙。人間襲う化物を産む地下迷宮(ダンジョン)は英雄の武力に屈服した。

 

「よいしょ」

 

 リリルカはベルの足もとに転がる魔石を回収すると、「お疲れ様です、英雄(ベル)様」と労いの言葉を送った。

 

「もっ……を……ま……ない……」

 

 だが、返答はなく。何事かを呟く声が途切れ途切れに聞こえるだけだ。

 

 不審に思い、リリルカが顔を上げる。

 

「ぅ……!?」

 

 眼前で雷が轟いていた。

 

 深紅色(ルベライト)の双眸から、天さえ焼き焦がすのではないかと思わせる凄絶な雷光を迸らせて。雄々しい相貌を険しく歪め。噛み締める歯を剝き出しにしている。

 

 天さえ焦がす(いかずち)が、そこにあった。

 

英雄(ベル)……様?」

 

 リリルカは咄嗟に、ベルの下着(ズボン)にしがみついてその名を呼んだ。そうしなければいけないと、本能が叫んだから。

 

「え……」

 

 すると、先ほどまで浮かべていた凶悪な表情(かお)が嘘のように、ベルは普段の、リリルカのよく知る雄気を放つ凜々しい顔つきに戻った。

 

「リリ……」

 

「大丈夫、ですか?」

 

「う、うん。ちょっと呆としちゃって。駄目だな、ここは地下迷宮(ダンジョン)の中なのに……しっかりしないと」

 

 ベルは自覚がなかったのか、揺らいだ精神(マインド)を凪へと戻すために、すぅはぁ、と何度か深呼吸をした。

 

 だが、リリルカは思う。

 

 今に至るまで一度だって警戒心を緩めなかったベルが、急に呆とすることなどありえるのだろうかと。

 

 しかし、自覚症状のないベルに意見できるほどの勇気を持たないリリルカは、ぎゅっと口を噤むことしかできなかった。

 

(あくまでリリはサポーター。無理をしないでくださいなんて、言えるはずがありません……)

 

 それが言い訳であることは理解していた。

 

 だが、探索を続行するつもりでいるベルの意に背く発言を口にするのは、リリルカにとって【迷宮の孤王(モンスターレックス)】に単独(ソロ)で挑むよりも難しいことだった。

 

「この階層は暫くモンスターが湧かないだろうし、下の階層へ行こうか」

 

「はい」

 

 今もそう。唯々諾々と頷くことしかできない。情けない、とリリルカは自分の不甲斐なさに失望した。

 

 変わりたいと願っているはずなのに、心の何処かでもっとベルに怪物(モンスター)を屠って魔石に還して、稼いで欲しいと思っている。

 

(ああ、やっぱりリリも……)

 

【ソーマ・ファミリア】の眷属なんだ、とリリルカは痛感し、絶望した。

 

 ○

 

 数時間後。

 

 二人は日が暮れる前に地上へ帰還した。

 

 ベル一人であればもう数時間は探索していただろう比較的早い時間帯に帰ってきた理由は、リリルカの背負うバックパックの中身が、魔石とドロップアイテムでぱんぱんに埋め尽くされたからだった。

 

 ベルの今の目的は、リリルカを知ること。

 

 強くなること、【経験値(エクセリア)】を得ることに主眼を置いていない以上、魔石やドロップアイテムを取れなくなってまで戦い続ける必要性は皆無だった。

 

「それにしても、大量だね」

 

「は、はい……」

 

 ギルドの換金所へ向かう前に、バックパックの中を覗いた二人は、ごくりと唾を飲み込む。

 

「い、幾らになるんだろう……」

 

「かなりの金額になっていそうですよね……」

 

 正確な数値は出せないが、ドロップアイテムを含めれば少なく見積もっても四十万ヴァリスは稼げていそうである。

 

 これまでベルは地下迷宮(ダンジョン)を探索するとき、腰に巻いたポーチしか持って行っていなかったので、稼げる金額はおおよそ決まっていた。ゆえに入りきらない分の魔石は地面にそのまま放置する他なかった。

 

 しかし、リリルカと契約したことで上限は撤廃。彼女が背負う大きなバックパックに、魔石とドロップアイテムを回収できるようになった。

 

 それは、正に革命。ベル(ヘスティアも)の生活が一変するほどの変革だった。

 

「早く、ギルドへ向かおっか」

 

「はいっ!」

 

 出会って以来、一番明るい返事がリリルカの口から飛び出す。

 

 今まで誰とも組まず単独(ソロ)で探索し続けていたベルが突然サポーターを雇った事実に周囲の人々は騒然としていたが、ベルとリリはそれどころではなかった。

 

 頭の中はヴァリス一色である。

 

「ギルドへ行くぞー!」

 

「おー、です!」

 

 意気揚々とメインストリートを駆けて、ギルドの換金所から受け取った金額は五十五万ヴァリス。

 

 これをベルはリリルカへ契約通り三割の十六万五千ヴァリスと、契約金として追加で五万ヴァリス支払った。

 

 契約金に関しては必要ないと言ってリリルカは辞退しようとしたのだが、ベルは一人で稼ぐ金額の少なさを知っていたので、決して譲るつもりはなかった。

 

 何度も辞退の旨を訴えるが決して折れるつもりのないベルを見たリリルカは、少し困った顔をしながらも、契約金の入った袋を受け取った。

 

「ありがとう、ございます。本当に……本当に……」

 

 そう言って頭を下げるリリルカが面を上げたとき、瞳に涙が光っているような気がした。

 

「え……」

 

 しかし、その涙が喜びによるものなのか、悲しみによるものなのか、フードの影から覗く言語化できない複雑な表情からは察せられず。

 

「それではまた明日……」と別れの挨拶を告げてどこか逃げるような雰囲気で足早に去って行くリリルカを、ベルは黙って見送るしかなかった。

 

「くそっ。これじゃ、路地裏の時と変わらないじゃないか。……何をやってるんだ、僕は……」

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