ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
帰還
「進め、進むんだ……! ベル・クラネル……!」
アイズと分かれた後ベルは、もはや本能に近い執念だけでひたすら前へと進んでいた。立ち止まっては駄目だと、前を向いて進み続けるんだと、己に言い聞かせるように。
そんなベルの前に三つの影が現れた。
(! ……モンスター!)
歪む視界では目の前に現れた影が何なのかまるで判断できず、ベルは最大限の警戒をもって意識を視界へと集中させる。
「な!? 大丈夫か坊主!」
「酷い傷……何があったの!」
「ほら、肩貸してやるから掴まれ!」
しかし聞こえてきたのはモンスターの唸り声では無く、どこか柔らかな理性を感じさせる人の声。
ベルが守ると誓った人間の声だった。
(なら、答えは決まっているじゃないか!)
肩に触れそうになった冒険者の手をベルは掴むと、己の覚悟を示すようにその瞳を彼らに向けて、声を轟かせる。
「ありがとう、ござい、ます。でも、僕は〝大丈夫〟、です! ここで、あなたたちの手を、借りるわけには、いかない、から!」
ダンジョンから帰る途中で少なからず冒険者たちとすれ違い、彼らは瀕死のベルを見て肩を貸そうとしてくれたが、ベルは頑なにその首を縦には振らない。
「「「!!」」」
自分たちの手を借りず、ボロボロに傷ついても尚として進み続けようと歩みを止めないベルの気迫に、思わず冒険者たちは後ずさりして息を呑む。
──強い。あまりにも強すぎる。その姿が、その眼差しが。その心が。
気付けば冒険者たちは、自然とベルに道を譲っていた。この少年の進む道を妨げていけないと思ったから。それだけはしてはいけないと、心の底から感じてしまったから。
(この人たちに心配をかけて、何が英雄になるだよ! くっ! 僕はこんなにも弱い! あぁ……僕はもっと強くなりたい! もっと! もっと!)
傷だらけでありながらも誰よりも雄々しいベルの後ろ姿は、瞬く間に彼らの魂を魅了する。ふと冒険者たちが己の手を見れば、恐ろしいくらいに震えていた。
──オラリオに、英雄が現れたと。
「ははっ……マジかよ。手が震えて仕方が無いぜ」
それはこの場に立ち会えた歓喜からだった。きっとここから英雄の物語が始まるのだと。英雄譚は幕を上げたのだと、冒険者たちは信じてやまない。
──そしてこの瞬間、彼らは
「だから、ごめんなさい。僕は、一人で、歩けます!」
「「「…………」」」
冒険者たちはベルの覚悟に否と言えるほど、強くはないし馬鹿でもない。この手を貸すということは、今も進み続けているベルに対する最大限の侮辱に他ならないと理解している。
──だからこそ、英雄に魅了された彼らはただその足跡に続くだけだった。ベルの雄姿を最後までこの目に刻みたいと願ったから。
手を貸そうとしてくれた優しい冒険者たちを見て、少しばかりの罪悪感と自分の不甲斐なさに打ちひしがれるベルだが、ここで誰かに助けられるわけにはいかなかった。
(進もう……! まだ身体は動く、ならまだ前を向ける!)
ベルはあの時、アイズを前に〝大丈夫〟だと啖呵を切ったのだから。
ならばその言葉を覆すような真似だけは決してしたくないのだと、ベルはあらためて気合と根性で弱った体に活を入れる。
「はぁ……! はぁ……! 後、一階層だ……」
鎖に縛られたような重圧に襲われる肉体を引き摺りながら、一層、また一層とよじ登るように歩いてきたベルは、ついにどこまでも広がる碧空から降り注ぐ温かな輝きを目にした。
それはダンジョンの入り口であり、ベルが帰るべく進んできた出口でもあった。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……! ハハッ! 帰って、来られた……」
太陽から目一杯に照らされる光が、今のベルにはとても眩しすぎて視界が揺らいで仕方が無い。死に体である肉体もダンジョンから帰還できた安堵からか、糸が切れたように力が抜ける。
そしてアイズに抱きしめられて時のように、倒れそうになるベルだったが……
(まだだ!!)
この短期間に幾度となく覚醒を繰り返してきたベルだが、その心に宿っている鋼の意志が、再び雷のように轟いた。
ベルはここで倒れるわけにはいかない、大切な約束を思い出したから。
『君はいつも無茶してばっかりなんだから、心配で仕方ないの。いい、ベル君。ダンジョンから帰ってきたら、ちゃんとギルドに顔を出すこと。お姉さんとの約束よ?』
『エイナさん……はい、約束です。帰ってきたら、必ずエイナさんの顔を見に来ます!』
自分でも無茶をしている自覚があるベルは、こんなにも心配してくれている、自身のアドバイザーであるエイナとの約束に対して、たしかに頷いて見せたから。
(こんな姿見せたら、きっとエイナさんは怒るんだろうな……)
(でも……)
「約束、したんだから! ここで、倒れるわけ、には、いかないよね?」
ベルは崩れ去ろうとしている両足を気合で踏ん張り、今もギルドに居るであろうエイナの下に向けてその一歩を踏み出した。
──さあ、民衆よ刮目せよ!
──
──凱旋の時であるぞ! 鋼の如き英雄の雄姿を今こそ、その目に焼き付けるのだ!
──バベルの塔の一階層から、一人の少年が現れた。
生きているのが不思議なくらいの痛々しい傷を全身に負い、尚もまだ立ち上がり、歩み続ける
最初は小さな戸惑いの声から。次第に人々の声は大きさを増していき、今となってはオラリオ中に響くだろう騒音と化した。
「んあ? なんだぁ? こりゃぁ?」
露店を開く商人が声のする方角へと視線を向ければ、海を割るかの如く一人の少年に道を譲る人々の姿が映る。
そして商人は、まるで神話に語られる一幕のような光景を前に息を呑んだ。
「…………英雄、じゃ……儂の前に、英雄がおる……」
──彼の視線の先には、英雄が立っていた。
傷だらけでありながら歩み続ける少年に何があったのか、商人にはわからない。だが、長年このオラリオで冒険者を相手に商売をしてきた彼は、その少年に英雄の影を見た。
そして、天に向かってどこまでも突き抜ける
神すらも魅了する妖艶な美貌はなりを潜め、まるで初めて恋を知る少女のように頬を紅く上気させている。フレイヤの目には今、ベルの魂しか見えていない。
ベルの身から閃光のように迸る魂の光が、かの
その輝きはフレイヤにとってあまりに眩く、あまりにも尊く、そして何よりも綺麗だった。
──フレイヤの願いはただ一つ。
「ふふっ、うふふふふっ……! あぁ……本当に眩しいわね、あなたの魂……! 眩しすぎて失明してしまいそうよ? ……さぁ、早く迎えに来て? その光で抱きしめて? 私だけの英雄さん」
──神々さえも魅了して
──交わした約束を果たす為に。エイナ・チュールに会う為に。