ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
ベルを見送った数十分後、教会の隠し部屋へ続く石扉をコンコン、と叩く冷たい音が響いた。
「……来たみたいだね」
そう言って、ヘスティアは幾つもの綿が生地から脱走を図っているおんぼろなソファから立ち上がると、石段を上がっていく。
「ヘスティア、私よ」
「私もいるぞ」
石扉の向こう側から聞こえてくるのは、
「今、開けるからちょっと待ってて」と返事をして、ヘスティアは重量感のある石扉を自身の持ち得る筋力のすべてを注いで押し開いた。
「ぜぇ、ぜぇ。よく来てくれたね! 歓迎するよ!」
若干、過呼吸になりかけているヘスティアを見て、ヘファイストスは呆れた表情を作って言った。
「ヘスティア、あなた大丈夫なの?」
「だ、大丈夫さ。このくらい。なんてこと、ないって」
「とてもそんな風には見えないのだけど……」
「あはは……こんなのはいつものことさ。気にする必要はないって」
「はぁ……全くもう」
自然と、ヘファイストスの口から溜息が洩れる。
「まぁまぁ。立ち話はこれぐらいにして、せっかく招待されたのだ。お邪魔しようじゃないか、【ヘスティア・ファミリア】に」とミアハは言った。
女三人寄れば姦しいという諺があるが、女神は二柱で条件が成立するらしい。ここで自分が口を挟まなければ、ヘスティアとヘファイストスはもう暫く雑談に興じていたに違いない、とミアハは思った。
「ミアハの言う通りだ、早く降りようぜ」
「そうね」
同意を示す首肯。ヘスティアとヘファイストスは雑談を止めて、石段を降りていく。
「ようやく進みそうだ」
僅かな愚痴程度は許して欲しい、そう内心で思いながらミアハは呟いた。
隠し部屋へ足を踏み入れた三柱の神はそれぞれ、ソファにヘスティアとヘファイストス。ミアハが石段に腰を下ろして会話を始める姿勢に入った。
「ふむ、今日は大事な話があるからと頼まれ訪れたのだが……ベルも今や【
ヘスティアとベルの生活を心配するミアハが、そんな意見を口にする。
「ありがとう、ミアハ。心配してくれるのは、凄く嬉しいよ。聞けば、ベル君も喜ぶだろうね」と柔和な微笑を浮かべるヘスティア。
「でも、すまない。今日は真剣な話がしたいんだ」
一転して、真剣な面持ちを浮かべるヘスティアを瞳に映すミアハ。
普段の明朗快活な彼女と同一神物とは思えない、大人びた雰囲気と表情を前にして自分が予想していた以上に重大な相談が控えているのだ、とミアハは直感した。
ふと、ヘスティアの隣で腕と足を組んでいるヘファイストスへ視線を向ければ、表面には露呈していないが、噴火直前の活火山を幻視させるほどの瞋恚の炎を心のうちで煮え狂わせていた。
(ふむ、さきほどの雑談は少しでも気を落ち着かせるためでもあったのか)
胸中で冷静に分析するミアハ。
「真剣な話、とは。もしや、君たちギリシャの神々に関係することなのかな?」とミアハは訊ねた。
片や眷属一人の
「そうだよ」
ミアハの問いに同意するヘスティア。
「ねぇ、ヘスティア。本当に、彼へ話すつもりなの?」と訊ねるヘファイストスの表情は疑心を滲ませていた。
ミアハと充分な友好を築いてきたヘスティアと違い、ヘファイストスはミアハとさほど面識があるわけではなく。必然、寄せる信頼も薄く、また脆かった。
そんな、抱いて当然の疑心を言葉に起こす神友を前にしても、ヘスティアの態度は鋼。歪まず、曲がらず、真っ直ぐだった。
「君が不安なのはわかる。この話を故郷以外の神にするのは
不安の灯火が揺れるヘファイストスの左眼を見つめながら、ヘスティアは言葉を続ける。
「僕たちの事情を知らない神々の中で信頼できるのは、ミアハくらいだ」
じぃ、と視線と深意を絡め合う紅と碧の瞳。
「……露見したら、幾ら貴女でも、批難は免れないわよ」
これまで天界で築いてきた功績、実績、立場の一切を失うことになっても構わないのか、と問うヘファイストスの意思が視線から伝わってくる。
「いいさ、構わない」
「数多に宿る神性を捨てることになっても?」
「炉も、暖炉も、竃も、家庭も、家族も、秩序も捨てる未来が待ち受けていたとしても、今のボクを止めるだけの恐怖にも、障害にも、ならないよ。ヘファイストス」
それほどの、覚悟。いずれ命を終えるたった一人の眷属のために、神生すべてを捧げるつもりでいる眼前の女神を見て、ヘファイストスはこれ以上、何も言わなかった。
かつて、遙か古のとき、同じ思いを抱いた身だからこそ、止めても無駄だということを知っているのだ。誰よりも、痛いほど。
思わず、悲痛な気持ちが表情に出てしまったのだろう。ヘスティアが触れれば壊れてしまいそうな儚いを浮かべながら、言った。
「……ボクはね、既に起こってしまった過去よりも、これから向かう未来の方を大事にしたいんだ。それに、ヘファイストス。君だって僕と一緒で、できることは
ふふっ、と洩れたのは諦観の嘆息だった。
心の奥底に大切に厳重にしまってあった想いを完璧に見抜かれたヘファイストスは、瞳に映る女神と重なる笑みを浮かべて言った。
「お手上げよ。そうね、私だって知恵は多い方が良いと思っているわ」
同郷でなければ理解できないだろう意味深な会話を続けるヘスティアとヘファイストスをみて、ミアハは「なるほど」と呟く。
「ヘスティアよ、その話とやら……時折、我らの間で噂になる
問いのあと、訪れたのは不気味なまでの沈黙だった。まるで、ミアハの一声には神さえ凍結させるほどの神秘的な力があるのではないかとさえ思わせた。
「「……」」
数秒後、凍結状態から解放されたらしいヘスティアとヘファイストスは目配らせをしたあと、同時に頷いた。
「聞いてくれるかい、ミアハ。ギリシャの神々がこれまでひた隠しにしてきた
○
これは遠い、昔の話。まだ地上に生命なく、天界が統合されず、神は各々別の世界で異なる理の中で生きていた。
ギリシャの神々とて例外では無い。
ヘスティアやヘファイストスが誕生した『ギリシャ神話』は、怪物との間で永遠に戦乱が繰り広げられる荒涼とした世界だった。
絶えず行われる戦争。終わらぬ、殺し合い。
神は永遠の命を持つ
戦えば死ぬのは怪物だけであり、神たちが戦死することは一度としてなかった。
されど、戦いは終わらない。怪物は有限の命である代わりに、無限のごとく産まれ、その数を増やしていたのだ。
質の神、数の怪物。この均衡は何者かに操作されているのではないかと考えてしまうほどに拮抗していた。
ある時、予言を司る男神アポロンが最悪の未来を視た。
それは、怪物の王であった。
それは、怪物の父であった。
容姿、正に究極。その巨体は星々を凌駕し、頭頂から爪先に至るまであらゆる攻撃を弾く黒の鱗に覆われており、口から吐く炎はことごとくを破壊する力を秘めているという。
アポロンは、ソレを漆黒龍と呼んだ。
彼曰く、このまま予言が現実のものになれば神々は来たる怪物との戦いに敗北するという。
予言は、抗わなければ絶対に訪れる、確定された未来だ。
これを受け、ギリシャの神々を統括する最高神の座に就くゼウスは仲間を集めて、漆黒龍討伐に関する会議を開いた。
神々の命運を決める重要な会議は何年と続いた。その間、戦神たるアレスや兄妹たる軍神マルスなどが怪物の軍勢を必至で抑え込む。
やがて、ゼウスは決断した。
──神さえ滅する力を持った、至高にして究極の武器を創り、これをもって漆黒龍を討伐すると。
武器の創造を命じられたのは、鍛冶司る独眼。つまり、ヘファイストスだった。彼女以外に、神さえも滅する世の理を超越した武器を創れる腕前を持った鍛冶師はいなかったのだ。
ヘファイストスは謹んで、ゼウスの命を請けた。
と言っても、即座に神さえ滅する武器を創れたわけではない。
今回に限っては、完成させなければならない武器の
ゆえに、作業は難航した。現在の地上で売ればウン兆ヴァリスはくだらないだろう隔絶した
何度も、何度も、造り。何度も、何度も、捨てた。
予言までの猶予は刻一刻と迫り、ヘファイストスに限らず他の神々も心を焦燥に支配されていたときだった。
ヘファイストスは一つの考えに辿り着いた。
神を殺せるほどの武器を創るには、神性を捧げるしかないと。
神性とは、神を形作る概念であり、人間で例えるのならば魂に近かった。
当初、ヘファイストスの案はヘスティアを始め多くの神々から止められた。
理由は当然、「危険だから」だ。
もしも失敗すれば、最悪ヘファイストスが消えて無くなる恐れがあった。
それでも、彼女は神性を素に神を滅する武器──神滅神器──を創造することを決断した。
当時のヘファイストスは二つの神性を持っていた。雷と火山だ。この二つは両眼に宿っており、そのどちらかを素にするということは、片方の眼を失うのと同義だった。
彼女は悩んだ、どちらを素にするべきかを。二つある神性、その両方を失えばヘファイストスは消滅してしまう。死ではない、完全なる消滅。
つまり、挑戦できるのは一度だけ。もしも失敗すれば、ヘファイストスだけでなく、他の神々すべてがアポロンの予言する漆黒龍によって滅ぼされてしまう。
懊悩の末、ヘファイストスは右眼に宿る雷を素とすることにした。決め手は、担い手になるだろうゼウスの神性にあった。
すべての神々の頂点に立つゼウスの神性は、守護、支配、天空、雷霆だ。
であるのならば、炎よりも雷の武器の方が親和性が高いだろうと踏んだのだ。
そして、ヘファイストスは自らの
「完成したのが、その
天井を見つめながら、言葉を咀嚼するように呟くミアハ。
「……武器とはいっても、剣や槍のように誰かが振るうような形をしているわけじゃなくてね。姿は神を模してる。今となっては人に近いけどね。……それに意思だってあったんだ」
「なんと意思まで!」
ヘスティアの説明に驚愕するミアハ。
「ふむ、してどのような姿をしていたのだ? やはり、素となった神性がヘファイストスのものであるから、彼女と瓜二つなのか?」
「いや……」
急に、歯切れが悪くなるヘスティア。なぜ容姿に対する質問で答えに窮しているのかわからないミアハは、首を傾げるしかない。
「ベル、なのよ」と言ったのは、ヘファイストスだった。
「なんだと?」
言葉の意味が理解できなかったのか、ミアハは反射的に聞き返した。
「そのままの意味よ、ミアハ。
まさか、とヘスティアへ視線を向けれた先には沈鬱な表情を浮かべる彼女の姿があった。
「ということは、つまり、
「彼は、
「当然だよね、ヘファイストスの神性から創ったんだから。神性はボクらにとっての魂だ……」
「であるのならば、魂を宿した武器が人の身に転生することも、可能……か」
秘匿していた理由は、と訊ねるミアハに答えたのはヘスティアではなく
「…………神を滅する力を持っていたからよ。私たち
答えるまでもなかった。
脅威なき神々に、脅威という例外が生まれてしまえば、当然のことながら原因を作ったギリシャの神々は批難を免れない。
天界でも、地上でも、他の神からの信頼を失うのは明白だった。特に危険なのが地上だ。
もしも、
そうなれば必然的に、消滅させられる前に天界へ還る神が現れるだろうし、地上へ降臨するのを止める神も現れるだろう。
それは、これまで長い年月を掛けて築いてきた「神時代」が崩壊することを意味している。
「ヘスティアらが口を硬く閉ざしてきた理由がよくわかった。これは、広めてはいけない類いのものだ」
「勝手に語っておいて横暴かも知れないけど、この話は……」
「うむ、わかっているとも。誰にも、語るつもりはない。それこそ墓まで……私たちの場合は天界に送還されたあとであっても、未来永劫、決して口外しないと約束しよう」とミアハは言った。
「ありがとう、ミアハ」
「助かるわ」
二柱の女神が感謝を紡ぐ。
「頭を下げる必要は無い。話があると言われ、来ると決めたのは私自身だ。で、あるのならばここで語られる話を聞く責任も聞いたあとの責任も当然、私自身にある」
それに、本題はここからなのだろう? と片目を閉じて言うミアハ。
場を和ませてくれようとする気遣いに内心で感謝しつつ、ヘスティアは口を開いた。
「ここからは、ヘファイストスも知らないことだ」
ヘスティアは、ヘファイストスとミアハに、ベルがとある借り物の本を読んだことで恐らく前世の自分──
「なん、ですって……っ!」
腹の底で煮えたぎらせていた瞋恚を神威に変えて、眼帯で閉ざされた右眼から雷光をほとばしらせるヘファイストス。
「落ち着くのだ、ヘファイストスっ!」
激情に支配される女神の心を鎮めようと試みるミアハ。
だが。
「これが落ち着いていられるわけがないでしょう!」
激情は鎮まるばかりか、更に燃え上がる。
「あの子はもう、死んだのよ。それをっ! ……こんな形で、あの子を蘇らせようとするなんてっ! それはあの子を冒涜しているのも同義なのよ! 許せない! 許せるわけがないわっ!」
ごぉ、とまるで火が吹くのに似た音を響かせながら、ヘファイストスは神威を周囲に撒き散らす。
部屋は神の怒りを前にガタガタと揺れて、その勢いの凄まじさにミアハは吹き飛んで地面に転がってしまう。
「大丈夫かい、ミアハ!?」
「私のことなど、気にするな! それよりも今は、ヘファイストスを!」
「うん、わかった!」と言って頷いて、ヘスティアは暴風に似た神威に立ち向かいながら一歩、また一歩と、怒れるヘファイストスのもとへ歩み寄っていく。
「そんなことをするぐらいなら、あの時っ! 私がっ!」
神威から感じるのは、嘆き、悲しみ、怒り、苦しみ。
(君は、今もずっと苦しんでいるんだね……彼と別れた、その時から……)
ヘファイストスが本心では
同時に会ってはいけないと思っていることにも、気づいている。
神とて全知全能ではない。心に矛盾を抱えるときもある。
会いたいは本心。会ってはいけないは理性。
ベルが
しかし今、ヘスティアからベルの現状を聞いて、決壊寸前だった矛盾の想いが心の器を破って溢れ出しそうになっていたのだ。
「私はっ……! 私はっ……!」と繰り返す声は、親を見失い涙を零す幼子に似ていた。
そこへ、
「大丈夫だ、ヘファイストス。これ以上、自分を殺さなくていいんだ」
暖炉のように温かい抱擁が、
「君が何百年も何千年も、……もっと長い間ずっと、
そっと髪を撫でてやりながら、まるで母親のように語り掛けるヘスティア。
「ヘスティア、私はっ……!」
「いいんだ、今は素直になって。ここにはボクとミアハしかいない。こどもたちは、いないんだ」
だから、泣いていいんだよ。
そう言葉を添えると、ヘファイストスの眼帯に隠された右眼から一筋の涙が流れ落ちた。
「ベルはあの子じゃ無いってわかっているのに……それでも、それでも、あの子と重ねてしまうのっ! 一度でも言いからあの子とまた喋りたいって思ってしまうのっ!」
二粒、三粒、やがて堰を切ったように両眼から涙を流しながら泣く迷子だった幼子を、母親は優しく抱き続けるのだった。
○
ヘファイストスが落ち着いたのは、それから数十分後のことだった。
「見苦しいところを見せてしまったわね。ごめんなさい、ミアハ」
顔を羞恥で赤くしながら謝罪するヘファイストスに、「神とて悲しいことがあれば泣く。苦しいことがあれば、温もりを求める。何もおかしなことではない。自然なことさ、だから気にするな」と気さくに答えるミアハ。
「ヘスティアも、ありがとう」
「ふふん、久しぶりにボクの凄さを思い出したかい!」
胸を張って威張るヘスティアを見て、苦笑するヘファイストス。場の空気を明るくするため敢えて戯けているのを察して、ミアハも一緒に笑った。
悲哀の水に浸っていた空気が流れていき、暖かさが戻って来る。
「では、話の続きをしようか」
ミアハの一声で緊張が場に舞い戻ってくる。
「えーと、どこまで話したっけ?」
「ベルが何かの本を読んであの子と会って、魔法とスキルが使えなくなったところまでよ」とヘファイストスが言った。
「そもそもの話なのだが、前世の魂と対面したからといって魔法やスキルが使えなくなるものなのか?」
前例のない事態ゆえに、ミアハは疑問を口にすることしかできない。
「……具体的なことは言えないけど、使えなくなったのはどれも前世に関係あるものなんだ」
「魔法が雷なのも?」
「うん、【
そうね、とヘファイストスも同意する。
「ふむ。魔法とスキルが使えなくなった原因が前世の魂と対面した結果にあると仮定してだ。一つ訊きたいことができた」
「なんだい、ミアハ」
「もしもの話だ。このまま前世の魂──つまり、
「それ、はっ……」
苦虫を噛み潰したような顔をして、言葉を詰まらせるヘスティア。
「私が代わりに答えるわ。ヘスティアが自分の口から告げるのは、辛いでしょうから」
「……うん、お願いできるかい」
任せなさい、と言ってヘファイストスは怜悧な男神へ視線を向ける。
「もしも……もしもよ。このまま干渉が続けば、ベル・クラネルという魂そのものが完全に消滅して、
「なんと……」
口を手で覆って、絶句するミアハ。
魂の消滅は、死と同義ではない。人間は死後、魂は天界に迎えられ、綺麗に漂白されてから新たな命へ転生する。これを円環のごとく繰り返すのが、世の理だ。付け加えると、魂を転生させる儀の役目を担っているのは神々である。
だが、もしもベルの魂が
つまり、それは、真なる死。
「しかし、そんなことがあり得るというのか」
いや……あっていいのか、と呟くミアハは震撼している。
「さっき説明した通り、
寧ろ、とヘファイストスは言葉を続ける。
「ただのヒューマンであるベルが、未だ
「奇跡、か……」
そう言って、ミアハは深い溜息をつく。ベルにそのような危機が迫っているとは、思ってもいなかったからだ。
「それで、ヘスティアよ。君は私に何を願うのだ?」
思考を切り替えて、自らが
「それなんだけど……ベル君の魂を強引に
「ベルが借りたという、本の持ち主だな」
「正解だよ」と言ってヘスティアは頷いた。
「それにね、これは朗報なのか悲報なのか、判断に困るところだけど。恐らくボクらの同族が黒幕だと思う」
同族、つまりは神。
「だろうな」
今までの話を聞いて、ミアハも同じ結論に達していた。
「それで、だ。ミアハには、周囲に勘づかれないように本の持ち主を探って欲しいんだ」
本の特徴と内容は後で教えるよ、と付け加えるヘスティア。
「ほう……これは、また何とも難しい願いをされたものだな」
ミアハが呟いた。
「ヘファイストスには、ベル君の様子見……いや、監視をお願いしたいんだ。ボク一人だと地下迷宮には入れないし、たとえ入れたところで身体能力の差が大きいから見失ってしまうのは目に見えてる」
勿論報酬は支払うよ、と言うヘスティアに首を振る二柱の神。
「いや、いらんよ。これはあくまでも、友の頼みだ。金など受け取る必要も、理由もない」
「私も、同意見ね。今回に限ってはお金を貰うつもりはないわよ。
「うぅ……ボクは、ボクは本当に良い神友に恵まれたよ……」
思わず、さめざめと涙ぐむヘスティア。
「泣くほどのことではなかろう」
「そうよ、ヘスティア。それに、泣くのは早いんじゃないかしら。まだ本の持ち主を見つけたわけではないんだし」
そうだね、と言ったあとヘスティアはズズズ、と鼻水を啜る。
「……よろしく頼んだぜ、ミアハ、ヘファイストス」
改めて一切の曇りない真剣な想いを瞳に宿しながら、ヘスティアはそう言った。
「うむ、任せてくれ給え。これでも、交流関係は広い方なのだ」と自信ありげな返事をするミアハ。
「迷宮の中で彼を完璧に追尾するのは難しいでしょうけど、全力を尽くすわ」と現実主義者らしい返事をするヘファイストス。
三神による秘密の会談はこれで終了と告げるように、場の空気が和んだときだった。
「最後に一つだけ訊ねたいことがあるのだが……」
「なんだい?」
「どうしたの?」
「君たちが現時点で本の持ち主だと思っている神物を教えて欲しいのだ。神の勘は存外、侮れんだろう?」とミアハは言った。
逡巡の余白、無いに等しかった。
二柱の女神は事前に口合わせていたかのように全く同時に口を開いて言った。
フレイヤ、と。