ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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幕間・参 裏 語り合い(トーク・バック)

 ヘスティア、ヘファイストス、ミアハが教会の隠し部屋でベルについて語り合った数時間後の昼下がり。

 

 都市(オラリオ)の最北端に屹立する黄昏の館の応接間で、苦渋に満ちた表情を浮かべているのは、ロキ。剣山彷彿とさせる長邸の主だった。

 

「ふぅ……」

 

 溜息が一つ、こぼれる。

 

 感情うかがえぬ糸目が向けている長机(テーブル)には、無数の羊皮紙が散乱していた。

 

 これら全ては、一人の人物に関する情報のみが記されている。

 

 対象、ベル・クラネル。

 

 冒険者になってから僅か一ヶ月半で、Lv.3へ至ってみせた神時代に生まれた化物。神々さえも魅了する輝かしい闘いを繰り広げてみせた現代の英雄。

 

 彼の者の精神性、正に鋼鉄。怪物を狩る姿、正に光輝。滅私奉公を信条とする在り方、正に黄金。

 

 神も人も等しく到来を願う、隻眼の黒龍の討伐者【最後の英雄】に最も近きモノ。

 

 そして、ロキが愛する我が子の一人、アイズ・ヴァレンシュタインの想い人でもある。

 

 正直ロキからして見れば、現代の英雄だとか、鋼鉄の精神性だとか、【最後の英雄】に最も近いといった要素は、さほど重要ではなかった。

 

 些か停滞気味であった、都市(オラリオ)に住まう冒険者たちの成長を促進させているという点に鑑みれば、寧ろ歓迎したいくらいである(ヘスティアの眷属であるのはひじょーに気に食わないが)。

 

 実際、ベートやフィンはベルの獅子奮迅の活躍に触発されて、これまでの鈍化していた成長速度が嘘であったかのように、グングンと【ステイタス】を伸ばしている。

 

 このまま行けば、フィンは遠くないうちに現都市(オラリオ)二人目のLv.7冒険者に、最強の領域に、足を踏み入れるだろう。それは、勢力争いを続ける【フレイヤ・ファミリア】と、真の意味で実力が拮抗するということでもある。

 

 ここまでは、ロキにとっても非常に好ましい展開だった。

 

 しかし、問題はここからだ。

 

 ベル・クラネルなる輩に懸想しているのはアイズだけかと思っていたのだが、どうやらティオナやレフィーヤまで彼に恋心を抱いてしまったようなのである。それも、アイズに勝るとも劣らないほど傾慕しているのは、ロキから見ても明らかだった。

 

 ティオナは、まだ理解できる。彼女はアマゾネスであり、種族の性質上、強い雄に対して激しい情欲を抱き易いからだ(姉のティオネを見ればよくわかるだろう)。

 

 予想外であったのは、レフィーヤだ。彼女はアイズに対して憧憬以上の感情を胸に輝かせていたし、アイズの恋心を奪った当初、ベルを親の敵のように憎悪していたのは【ロキ・ファミリア】内では周知の事実だった。

 

 それが瞬きもしないうちに好敵手(ライバル)という立場の裏側に恋慕を猛らせているのだから、堪ったものではない。

 

 アイズ一人でも失神寸前の衝撃(ショック)を受けたのに、あろうことか幹部の一人でもあるティオナと将来有望なレフィーヤまでベル──つまりは他派閥の眷属(よその子)──に想いを寄せるなど、さしもの道化神(ロキ)でも予想できなかった。否、したくなかった。

 

 何よりロキが忌々しいと思うのは、ベルの主神があの(・・)ヘスティアであることだ。

 

 よりにもよって、なぜあの無駄に乳がデカいだけの幼女神の子どもに、愛する我が子らの恋心を奪われなければいけないのか。

 

 しかし、都市(オラリオ)の中でも眷属への愛情が深いことで知られるロキに、彼女らの想いを強引に引き裂くような無粋な真似ができるはずもなく。

 

 我が子を想うロキは細やかな抵抗として、わざわざ調査部隊を結成。ベルがボロを出さないか、監視するという奇行に走るのだった。といっても人員はある理由から二人しか存在しないのだが、今は詳しく語る必要性は全く無い。無いったら、無いのである。

 

 それはともかくとして当初調査部隊から報告されてきたのは、都市にて語られる噂通りの、いやそれ以上に英雄らしい行動を取るベルの様子だった。

 

 あかん、ボロ出すどころか好感度が鰻登りやないか。なんや、地下迷宮(ダンジョン)怪物(モンスター)に襲われてる冒険者を片っ端から助けるって。ほんまに英雄みたいなことするやないか! 

 

 ロキは頭を抱えた。

 

 アイズ一人であれば純粋に応援しようと渋々、本当に渋々であるが、渋々考えていたのだ。

 

 だが、ティオナとレフィーヤまでもがベルに恋心を抱いてしまったとなれば、話は別だ。我が子を愛するロキにとって、一人(アイズ)だけを贔屓するわけにはいかない。

 

 とはいえ、平等に三人を応援するのも、ロキとしては気持ち複雑で意欲(モチベーション)がまるで上がらない。むしろ、底へ底へと沈んでいく一方だ。

 

 うちはどうすれば、良いんや! 何をすれば、アイズたんたちの幸福に繋がるんや! 

 

 神々の中でも色々な理由で(主に胸の貧しさ)恋愛事情に疎いロキは、懊悩した。それこそ、ラグナロク(いたずら)を考えているときよりも頭を高速(フル)回転させた。

 

 しかし、無情かな。

 

 恋愛方面に対する知識の稚拙なロキは名案を練ることができず。リヴェリアから当人たちの自由にさせればよいというありがたい諫言をされるも、聞き入れようとはしなかった。

 

 そんな時である。

 

 調査隊から一つの報告が上がってきた。

 

 ベル・クラネルが最近、【ソーマ・ファミリア】の内情について聞き込みを行っているらしいと言うのだ。

 

 一体なぜ、【ソーマ・ファミリア】を? とロキは訝しんだ。両者に接点があるとは思えなかったのだ。

 

 しかし答えは、意外なところに隠れていた。

 

 どうやらベル・クラネルは、数日前に【ソーマ・ファミリア】所属のサポーター、リリルカ・アーデと契約を結んだらしいと調査報告書に記載されていたのだ。

 

 加えて、サポーターとして雇ったリリルカ・アーデという小人族(パルゥム)の少女は構成員らと何やら因縁があるらしく、ベルが【ソーマ・ファミリア】について聞き込みを始めたのは時期的に、それが理由だろうとも記されてあった。

 

 あかん、なんか臭いわ、これ。嫌な予感がビンビンするで……。

 

 ベル・クラネル、【ソーマ・ファミリア】。平時であれば一切の接点なき二つの要素が偶然か必然かは判然としないが、確かに交わったことに対して、神の直感が頭痛という形で警鐘を鳴らした。

 

 好ましくない事態が起こってしまうと。

 

 そして現在、ロキは向かいのソファに座るリヴェリアと、彼女の客人であるエイナ・チュールを加えた三人で、直近のベルについて意見を述べあっていた。

 

「……つまりや、エイナちゃんの言うことが正しいんやったら、ベル・クラネルは『神酒(・・)』について色々と嗅ぎ回っとるちゅうわけやな」

 

「はい」と頷くエイナ。

 

 なんや面倒なところと絡んでもうたなぁベル・クラネルは、と疲弊を孕んだ声音でロキは言葉を紡いだ。

 

「神ロキは【ソーマ・ファミリア】の内情について、何か知っていますか? なぜ彼らがあれほど必死にお金を集めているのか。仲間内で過度に争い合っているのか。もしかして、ベル君が私に尋ねた『神酒(ソーマ)』が関係しているんですか?」

 

 エイナは矢継ぎ早に質問した。

 

「ソーマ、なぁ……」

 

 数秒ほど思案するロキ。管理機関(ギルド)に所属するエイナに対して、どう説明するのが適切なのか、慎重に言葉を選ぶ必要があった。少なくとも雑に扱っていい話題ではない。

 

「まず、ソーマっちゅうんはホンマに酒作りにしか興味がない神やってことを頭に入れといて欲しいんやけど……」

 

「はい、わかりました」

 

「どれくらい前やったかなぁ。いまいち覚えとらへんのやけど、アイツの作った酒を飲んでな、一目惚れしてもうたことがあったんや。これより上手い酒はないってな!」

 

「はぁ」

 

 急に話が逸れて困惑するエイナだが、ロキは構わず喋り続ける。

 

「それからは毎日、毎日、暇さえあったらソーマの酒ばっか飲んでたんよ。でもな、ある日こんな噂を耳にしたんや」

 

 うちさえ魅了するこの酒は失敗作らしいってな、と語るロキの糸目が鋭く開かれる。

 

「そうなれば、や。『完成品』は一体全体、どれだけ上手いモンなのか気になるんは自然な流れやろ? そんでうちは、ソーマの本拠(ホーム)に突撃したんや! 『完成品の酒飲ませてくれーっ!』てな」

 

「ロキ、お前という奴は……」

 

 一大探索(ダンジョン)派閥(ファミリア)の主神としてあるまじき行動を取るロキを、不幸にも知ってしまったリヴェリアは頭を抱えた。

 

「まぁ、まぁ。結構前のことやから、気にせんでええって」

 

「お前が気にしなくても、私が気にするのだ」と反論するリヴェリアの語威から説教の気配を感じ取ったロキは、慌ててエイナの方へ視線を向け直して会話を再開した。

 

「は、話を戻すで。いざ本拠(ホーム)へ突撃してみればや、中にはだーれもおらへんかったんや。誰一人も、やで? そんなんありえるかって話やろ。本拠(ホーム)に誰もおらんなんて、異常やで。自分の子どもらに興味ないって言ってるもんやし。でもな、そん時はなんか幽霊屋敷にでも入ったみたいでめっちゃドキドキしてきてもうて、酒のことは後回しにして探検することにしたんや」

 

「ロキ……」

 

 もはや叱る気力も無いのか、リヴェリアは己が主神の名前を弱々しく呟くだけだ。

 

「でや、色んな部屋回ったんやけどホンマに人はおらへんし、酒も見つからへんしで、すっかり興奮も冷め切ってしもうてな。『もう帰るかぁ』思うて歩いてたら──」

 

 いたんやソーマが、と言葉を紡ぐロキはなぜか苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「一応、うちは許可(アポ)なく勝手に入ったわけやし? 『よぉ』って挨拶したんよ。そしたらソーマの奴、なんて返してきたと思う?」

 

「なんて返してきたんですか?」

 

「あのアホ、『やあ、いらっしゃい』ってほざきよったんよ。信じられへんやろ? うちとソーマは初対面やし、そもそも事前に連絡もせず勝手に本拠(ホーム)に入ったんやで? 空き巣みたいなもんやん」

 

「ロキ、お前という奴は……」

 

 リヴェリアの嘆きは、無情。ロキの耳には届かない。

 

「なのに、ソーマは何も気にせず|鍬『くわ』を振って畑を耕してたんや。なんでも酒の原料を栽培してるみたいでな。それだけなら、酒造りっちゅう趣味にしか興味ないだけの、探せばゴロゴロいるようなちょいと変わった神でしかない」

 

 でもな、とロキは言葉を続ける。

 

「あのアホ、うちが話しかけても『ああ』とか『うん』とか『そうだな』とかしか言わへんのよ。勿論、鍬は振ったままでやで。それ見て、うちの堪忍袋の緒がブチィーッて切れてな、思い切って【ファミリア】について聞いてみたんよ。そしたらヤバい話やって認識してないのか、内部のド腐れ事情を吐くわ吐くわ。正直、あの場でぶん殴らんかったうちのこと褒めてほしいくらいやで」と語るロキは、嘗ての怒りが再燃したのか身体から僅かに神威が洩れだしていた。

 

 ごくりと喉を鳴らしたあと、

 

「神ソーマは何を喋ったんですか?」

 

 とエイナは訊ねた。

 

「……ソーマはな、『完成品』の『酒』。ベル・クラネルが言ってたちゅう『神酒(ソーマ)』を賞品にして、稼ぎの良い上位の団員たちだけに振る舞うっちゅうイカレタ制度(ルール)を導入しとったんや!」

 

 しかも『神酒(ソーマ)』を賞品とした競争制度を導入した理由は、趣味である酒の製造費を一ヴァリスでも多く徴収するためという、実に神らしい利己的なものだった。

 

 ロキがソーマから聞いた話によると、競争制度導入以前の団員たちは稼ぎをあまりソーマに渡さなかったらしく、趣味に投じる資金の不足に年中悩まされていたのだという。

 

「でや。ない頭で必死に考えた結果。あのアホは心の底から『酔う』酒を造って、団員たちの方から自主的に金を渡したくなるイカレタ仕組みを作ったってわけや」

 

 馬鹿らしいでほんま、と悪態をつくロキ。

 

「ちょいと訊きたいんやけど、エイナちゃんはソーマの酒、飲んだことあるん?」

 

 唐突に、ロキが訊ねる。

 

「え、はい。一度、付き合いで……」

 

 不意打ちのような質問に若干動揺しながらも、エイナは答えた。

 

「どうやった?」

 

「……凄く美味しかったですよ。私が飲んだお酒の中では、今のところ一番だと思います」

 

「『神酒(ソーマ)』はな、それとは比較にならんぐらい美味いで?」

 

「え?」

 

 ロキの言葉に表情が凍り付くエイナ。

 

 昔【ソーマ・ファミリア】製の酒を飲んだとき、エイナは天に昇るような高揚感と、不安や恐怖といった負の感情の一切が溶けていく酩酊感を味わった。

 

 そんな依存の懸念を抱くほど魅力的な酒が、失敗作だとロキは言う。

 

(なら、もし私が『神酒(ソーマ)』を飲んだら?)

 

 想像した瞬間、頭頂から爪先までぞぞぞ、と悪寒が駆け巡った。

 

「ここまで言えば、あとは予想がつくやろ? 『神酒(ソーマ)』を一滴でも舐めてしもうたら、絶対にもう一度舐めたくなる。いや、がぶがぶと浴びるように飲みたいって思うようになってまう。となれば、や」

 

「【ソーマ・ファミリア】の団員たちは死に物狂いでヴァリスを稼いで、賞品(ソーマ)を手に入れようとする……派閥(ファミリア)内でいつも激しく争っているのは、他の団員との競争に勝って賞品(ソーマ)を手に入れるため……」

 

 ロキの言葉を引き継いで、エイナは言った。

 

「ちゅうても、禁断症状はないし、依存症状もそこまで酷いわけやない。神の酒言うても、いつか必ず夢から醒めるときが来る。……でもや、ソーマんところの子は次に飲むまでの間隔(インターバル)が極端に短いんやろうな。可哀相に、あの子らは醒めない夢をずっと見続けてるってわけや」

 

「それは、飲む頻度を抑えればあまり問題は無い、ということですか?」

 

「せや。どんなに頑張っても『神酒(ソーマ)』飲めへんかった子らは、とっくに正気に戻ってると思うで。多分」とロキは言った。

 

「それに飲み続ければ耐性つくらしいしな。うちはあんま詳しくないんやけど、恐らくずっと上位にいる子らはあんま『酔って』ないんちゃうかなぁ」

 

「そういえば……」

 

 ロキの呟きを聞いて、エイナは思い出す。

 

【ソーマ・ファミリア】の中でもLv.2に至っている一部の団員は、『神酒(ソーマ)』の狂信者と化しているLv.1の団員より落ち着いているように見えた。

 

 あくまで、【ソーマ・ファミリア】内で比較した場合の話だが。

 

「ここまでは、解決するのにそこまでの労力は必要あらへん。しょうもない内輪揉めみたいなもんやから、中立な立場にある管理機関(ギルド)が『おたくの団員が他んところの子に暴力振るっとるで!』とか言うて監査入れれば、恐らく収束できると思うで。是正勧告を無視するほど、あそこの団長も狂っとらんやろ」

 

「本題はここからか」とリヴェリアが疲れた声で言った。

 

「そうやで、ここからや」

 

 そう言って、ロキはソファに沈み込んだ。

 

「「「……」」」

 

 応接間に沈鬱な空気が漂う。

 

 三者の視線は自ずと、机の上に置かれたベルの似顔絵に向けられていた。

 

「うちとリヴェリアは直接会ったことがないから、ベル・クラネルについては情報でしか知らんけど、エイナちゃんはあの子のアドバイザーなんやろ。何しでかそうとしてるか予想できひんの?」とロキが訊ねた。

 

「申し訳ありません、神ロキ。私もベル君が地下迷宮(ダンジョン)以外の事柄でここまで積極的に動くのは見たことがないので……」

 

「そか」

 

 微かではあるが表情に落胆を滲ませながら、ロキはこくりと頷いた。

 

「ですが、恐らくサポーターの子が大きく関係してると思います。いえ、寧ろそれ以外には考えられません」

 

「このリリルカ・アーデっちゅう子やな」

 

「はい」

 

 エイナは言った。

 

「彼女と一緒に探索するようになってから、明らかにベル君は難しい顔をする回数が増えたので。それにリリルカさんも【ソーマ・ファミリア】、なんですよね?」

 

 熟考するロキに変わって、リヴェリアが「そうだ」と答える。

 

「だとしたら、ベル君はリリルカさんを助けようとしているのかもしれません。私の勝手な予想ですけど……」

 

「調査報告書によれば、二人は出会ってから数日程度しか経っていないが?」

 

「関係ないんですよ、ベル君には。助けたいと思ったときには身体が先に動いてしまっている、そんな子なんです」

 

 なるほどな、と頷くリヴェリアだが、内心では何かが引っかかっていた。

 

 調査報告書やエイナの意見からでは見えてこない、極めて重大な要素を見落としている気がしてならないのだ。

 

 ロキもまた、ベルがリリルカ・アーデという少女を【ソーマ・ファミリア】の呪縛から解き放つだけでは終わらない。そんな予感を胸中に抱いていた。

 

 うんうんと何度も唸るロキだったが「この際、手段は選んでられへんな。リヴェリア、あの子ら呼んで来てもらってええか?」と言った。

 

「…………わかった」

 

 長い沈黙のあと、絞り出すような声が応接間に響いた。

 

「エイナ、少し待っていてくれ」

 

「は、はい……」

 

 客人であるエイナに断りをいれたあと、リヴェリアはソファから立ち上がり応接間を足早に出て行った。

 

「あの、リヴェリア様は誰を呼びにいったんですか?」

 

「あー……それはなぁー……」

 

 言葉を濁らせるロキを不思議そうに見つめるエイナ。

 

「まぁ、あれや。来れば分かるっちゅうことで」

 

 説明するのが面倒になったロキは、投げやりにそう言ってソファに背中を預けた。

 

 ○

 

 数分後、応接間へ続く扉をコンコン、と叩く音が鳴った。

 

「入りぃ」

 

 ロキがそう言えば、リヴェリアに続くように二人の少女が入室した。

 

「失礼します」

 

 礼儀正しく一礼したのは、レフィーヤ・ウィリディス。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)で助けられたのを切っ掛けに、ベルの好敵手(ライバル)を自称するようになったベル調査部隊(ストーカー)の一人だ。

 

「呼んだーロキー!」

 

 向日葵のように眩しい笑顔を浮かべながらロキの隣へどさりと腰を下ろしたのは、ティオナ・ヒリュテ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)で【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに勝るとも劣らないベルの勇猛果敢な闘い振りを目の辺りにして、一目惚れしたベル調査隊(れんあいバーサーカー)の一人だ。

 

 二人がベルへ向ける情念は凄まじく、アイズのように純真無垢で見ているこちらが胸をときめかせてしまうような、愛らしい恋情とは次元(ワケ)が違う。

 

 レフィーヤの場合、ベルに関する場合のみ理性や常識が蒸発してしまっているのか、暇な時間のほとんどをベルの観察(ストーキング)に費やし、彼の行動を分単位で仔細かつ丁寧に記録するという、狂気に両足をどっぷり浸からせた執着心を見せている。

 

 因みに、ロキやリヴェリアが読んでいるベルの調査報告書の製作者は、全てレフィーヤだったりする。

 

 ベルに懸想を抱く前は、アイズへの憧憬を若干抱きすぎているきらいがあった程度で、非常に優秀かつ優しい性格をしていた普通の少女(エルフ)

 

 それが今では、ベルの行動を完全に把握している尾行妖精(ストーカー)になってしまった。

 

 最近のリヴェリアにとって、悩みの種のほとんどがレフィーヤ一色に支配されてしまうほどの豹変ぶりである。しかし、魔法の訓練などは以前よりも熱心に取り組むようになったので、師としては非常に複雑な気分だった。

 

 対するティオナは……特に語る必要はないだろう。フィンに大恋慕中(ぞっこん)(フィオネ)と同様に、ベルを見つければ抱きついて頬ずりをしたり、食事に誘ったり、趣味趣向を聞いたりなど、猪突猛進。押しに押しまくっているという、実にアマゾネスらしい距離の詰め方(アプローチ)を行っている。

 

 押しの強さが尋常ではないという点さえ除外すれば、彼女はまだ、ギリギリ恋する乙女の枠組みに入ったままだっただろう。

 

 総ては儚い幻想に過ぎないが。

 

 応接間に招集されたティオナとレフィーヤ、そして彼女たちを連れてきたリヴェリアの全員がソファへ座った。

 

「こちらは、エイナ・チュール。私の客人だ」

 

「ギルドで受け付けの仕事をしている、エイナ・チュールといいます。よろしくおねがいします、ティオナ氏。レフィーヤ氏」

 

「よろしく、エイナ! あたしはティオナ・ヒリュテって言うの! 氏なんてつけなくていいから、あたしのことはティオナって呼んでよ!」

 

「は、はい。わかりました、ティオナ…………さん」

 

 最後に「さん」をつけられてしまったことにぶーぶーと不満そうに頬を膨らませるティオナだったが、ギロリとリヴェリアに睨まれると、慌てて口を閉ざした。

 

「私はレフィーヤ・ウィリディスと言います。レフィーヤと、ぜひそう呼んでください、先輩」と挨拶をするレフィーヤ。

 

「先輩って……そっか、あなたも『学区』出身なのね?」

 

「はい」

 

 レフィーヤは頷いた。

 

「嬉しいなぁ、まさかここで後輩に出会えるとは思ってなかったわ。よろしくね、レフィーヤさん」

 

 先輩後輩の間柄であっても、「さん」が抜けることはなかった。

 

(ティオナさんとレフィーヤさんを連れてくるとき、神ロキとリヴェリア様の様子が少しおかしかった気がしたんだけど……私には二人とも、特に変なところはなさそうに見えるのよね……)

 

 変わり者が多い神の中でも、特に奇特な性格をしているロキが説明するのを放棄するぐらいなのだから、一体全体どれほど癖の強い人物が来るのかとエイナは内心身構えていた。

 

 しかし、いざ蓋を開けてみれば拍子抜けもいいところである。明朗快活なアマゾネスの少女と、礼儀正しいエルフの少女が、エイナの瞳に映るだけだ。

 

「それで、私とティオナさんが呼ばれた理由はなんでしょう?」

 

「そうそう! あたしたち二人の組み合わせで呼ぶのって珍しくない?」

 

 自己紹介を終えた二人がロキとリヴェリアへ訊ねた。

 

「あー……それはやなー……」

 

「そう、だな……」

 

 言い淀むロキとリヴェリア。

 

 それを見てエイナは不思議そうに首を傾げた。

 

 なぜ、ベル君のことを話さないのだろうか、と。

 

「お二人が言い辛いのでしたら、私から説明しますけど……」

 

 エイナの提案にロキは眼を輝かせ、リヴェリアは安堵の息を洩らした。

 

「ホンマもんの女神はここにおった!」

 

「済まないが、頼む」

 

【ロキ・ファミリア】の主神と、幹部の中では古株のリヴェリアがここまで躊躇する理由が思いつかないエイナは、心のうちを疑問符で埋め尽くしながらも、口を開いた。

 

「実は二人をここに呼んだのは、最近のベル君の様子を聞きたかったからなの」

 

 そして、エイナは思い知る。ロキとリヴェリアがどうしてベルの話題を頑なに二人へ振ろうとしなかったのかを。

 

 ──二人の目が爛々と輝き出した。

 

「ベル・クラネルについて知りたいんですね! 何でも聞いてください、朝から夜までベル・クラネルが過ごした時間のほとんどを把握してますから! 例えば三日前は──」

 

「あたしも英雄(ベル)君のことなら色々教えてあげられるよ! 英雄《ベル》君はねー、料理は味濃いめの肉系が好きなんだ。あとはね──」

 

 突如として応接間に吹き荒ぶ言葉の嵐が二つ。その中心地にいるエイナは、二人の口から間隙なく放たれる恋情の口撃を浴びせられるのだった。

 

「尊い犠牲やった……」

 

「すまん、エイナ……」

 

 二人は表面上、申し訳なさそうにしていたが、内心ではティオナとレフィーヤの口撃対象がエイナに向いてくれたことに、ほっとしていた。

 

 ○

 

 嵐がエイナを襲撃してから数十分後。ようやく恋慕に支配されていた理性が蘇り、正気を取り戻したレフィーヤは、羞恥で顔を真っ赤に染めながら勢いよく頭をさげた。

 

「ご、ごめんなさい! ベル・クラネルのことになるとつい頭が真っ白になってしまうんです……!」

 

 しゅん、と目に見えて落ち込むレフィーヤに「だ、大丈夫よ。私は気にしていないから」と慰めの言葉をかけるエイナだったが、実は全く別の心配をしていた。

 

 それはティオナとレフィーヤがベルに好意を寄せていることについてだった。

 

(まさかこの二人もベル君を想ってるだなんて……もしかして私が知らないだけで、もっと恋敵はいるのかしら……)

 

 と胸中で独白するエイナ。

 

 既にヘスティア、アイズ、噂によればとある料理店のウェイトレスが恋敵として存在しているらしいというのに、ここにきて新たに二人が登場したのだ。

 

 しかも、どちらも見目麗しく、ティオナはLv.5、レフィーヤもLv.3と両者ともに将来有望な冒険者とくれば、ギルドの受付嬢でしかないエイナが焦るのも無理はなかった。

 

「えー、もう終わりなのー! もっと英雄(ベル)君について教えてあげたかったのにぃ……」

 

 ティオナはまだ満足していないのか、抗議の声をあげる。

 

「いい加減にしろ、ティオナ。客人の前だぞ、これ以上恥を晒すんじゃない」

 

「はーい」

 

 リヴェリアママの背後に鬼が出現したのを見たティオナは、やや不満を残しながらもロキの隣へどさっと座り直す。

 

「レフィーヤも、エルフとして、淑女として、【ロキ・ファミリア】の眷属として、相応しい振る舞いを心がけるように」

 

「は、はぃ……」

 

 楽観的な性格のティオナとは対極。真面目な性格をしているレフィーヤは、リヴェリアの叱責に若干涙目になりながら、しゅん、と肩を落とす。

 

「まぁまぁ、そんな怒らんでもええやんかリヴェリア。今はベル・クラネルについて聞くのが先やろ?」

 

「むぅ、確かにロキの言うとだな……」

 

 リヴェリアは思考を切り替えるように何度か首を振った。

 

 場が整った機会(タイミング)を見計らいロキは「よっしゃ、それじゃあ話を進めよか」と三者の瞳をぐるりと見つめながら言った。

 

「それで、何を知りたいんですか?」

 

「まずはベル・クラネルの最近の動向やな」

 

 どうしてベル・クラネルが【ソーマ・ファミリア】を、『神酒(ソーマ)』を探っているのか教えて欲しいんや、とロキ。普段からベルの日常を追っているティオナとレフィーヤは語るべきことが何であるのか察しがついた。

 

 一度、視線を交わす二人。

 

「恐らく──」と口を開いたのは、レフィーヤだった。

 

「ベル・クラネルが雇ったサポーターを助けるためだと、思います……」

 

「ほんまに?」

 

「は、はい……」

 

 でも、と言葉を零すレフィーヤは助けを求めるようにティオナを見た。どうやら二人しか知り得ない、ベルについての情報があるらしい。

 

「レフィーヤ、教えてくれ。閉ざした言葉のその先を」

 

「私からも、お願いします」

 

 エイナは極めて真剣な表情で頭を下げた。

 

 どちらが説明する? 

 

 交錯する二つの視線は、そんな会話をしていたようにも思える。

 

 やがてティオナがゆっくりと口を開き、今朝中央広場(セントラルパーク)でベルと黒髪のヒューマンが殺し合いに発展する寸前の口喧嘩を繰り広げていたことを語った。

 

「ベル君が、そんなことを……」

 

 正義感が強いとは思っていたけれど、それらが向けられるのは怪物(モンスター)限定なのではないかという願望に近い考えを、勝手にエイナは抱いていた。

 

 だが、願望はやはり願望でしかなかった。幻想が、幻想でしかないように。

 

 ベルは悪だと断定したものは、人であろうとも裁くのだろう。

 

 彼にとって怪物(モンスター)も、人も、悪であれば同じ存在でしかないことが、ティオナの発言によって証明されてしまった。

 

「口喧嘩してたのが【ソーマ・ファミリア】の奴なのかは知らないけど……あたしの眼に映る英雄(ベル)君は、殺意を瞳に宿してた。もしも刀を抜いてたら、きっと……ううん、絶対に躊躇いなく殺してた」

 

 そう語るティオナの表情からは普段の天真爛漫な色は消えて、人の気配が絶えた夜の森を連想させる、冷たいものに変貌していた。

 

 これ以降、会話は絶えた。不気味なほどに、誰も喋らない。

 

 理由は一つ。ロキが調査報告書を眺めながら思索に耽っているからだった。

 

(あかん、ティオナとレフィーヤの話を聞いて、余計に頭痛が激しくなってもうた……)

 

 つまり、間違い無くベルは現在のロキが予想する安穏とした未来から離れた行いに走るということだ。

 

(……レフィーヤの報告書を信じるんならや、どうにも腑に落ちない部分があるんよなぁ)

 

 一日という狭い視点から少し離れて、一週間という俯瞰視点からベル・クラネルの行動を観察したとき、幾つか不自然な点が浮かび上がってきた。

 

 まず聞き込みについてだ。ベルはリリルカ・アーデとサポーター契約した翌日から【ソーマ・ファミリア】の内情を探るために行動を始めたのだが、なぜか最初から『神酒(ソーマ)』に関する情報を中心に集めているのだ。リリルカ・アーデについてや、【ソーマ・ファミリア】内のサポーターに対する扱いなどには一切触れていない。

 

 もしもリリルカを助け出したいのならば、【ソーマ・ファミリア】から退団するにはどうすればよいのかを真っ先に調べるべきだ。他にも【ソーマ・ファミリア】の団員たちからリリルカがどう思われているのか。普段はどこで生活しているのかなど、訊ねるべきことの例を挙げればキリがない。

 

 しかし、ベルは一貫して『神酒(ソーマ)』についての情報のみを集めている。

 

 まるで、リリルカ・アーデ個人について興味など持っていないかのように。

 

「二面性、か……」

 

 ロキは、ぽつりとそう呟いた。

 

「ロキ?」

 

 思考の旅から帰ってきたロキは、自分を心配そうに見つめる子どもたちと客人に「大丈夫や。ちょっと本気で頭使っただけやから」と言った。

 

「……神ロキ。何かわかりましたか?」

 

「んー、一応な。多分こうしたいんやろうなーってことは掴んだと思うで」

 

「本当ですか!」

 

 顔に明るさが戻るエイナ。

 

「それで、英雄(ベル)君は何をするつもりなの?」

 

 そう問いかけるティオナに、まぁ待て、とロキが制止する。

 

「まずはベル・クラネルの二面性について語るとこから始めんと、うちの推論聞いても納得できへんと思うから、さきにこっちから話させてや」

 

「うん、わかった」とティオナは言った。

 

「三人もええか?」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

「はい」

 

 と頷くエイナ、リヴェリア、レフィーヤの三者。

 

「んじゃ、説明するで。まずうちが不思議に思ったんは、ベル・クラネルの発言と行動が矛盾しとるって点や。成長重視どころか成長することしか考えてない次代を担う英雄候補が見ず知らずのサポーターを雇うっちゅうんもそうやし、『中層』の中程までしか探索してないのも、なんちゅうんやろうなぁ……らしくない」

 

 調査報告書が正確なら、ベルは既に『下層』を単独(ソロ)で探索できるだけの力量を持っている。にもかかわらず、安全な『中層』に留まり続けているのは、都市(オラリオ)の人々がベルに抱く英雄象と大きく乖離している。

 

 ロキからすれば、良い変化だった。それは何故か。フレイヤが今のベルを見て怒り狂っている光景が目に浮かぶからだ。

 

 半月程前。いや、怪物祭(モンスターフィリア)までは、英雄という概念が擬人化したような得体の知れなさを感じさせていたベル・クラネルが、ようやく一人の人間になったように、ロキには思えた。

 

 と同時に、【ソーマ・ファミリア】の内情を探る際はリリルカ・アーデ個人ではなく、『神酒(ソーマ)』という人の心を狂わせる毒の情報ばかりを求めているのは、以前のベルの行動原理──つまりは『誰か』のために──を基準として動いているように思えてならないのだ。

 

 このベルの行動は、廻り廻ってリリルカを救うかもしれない。だが、それは結果論に過ぎない。ベルが『神酒(ソーマ)』の危険性を突いて、【ソーマ・ファミリア】の運営体制を破壊しようと画策しているのならば、その意志の根底にあるのは『個』ではなく『公』だ。

 

「つまり、や──」

 

 ロキが出した結論は、嘗ての英雄の擬人化だったベルと今の個人を想う英雄としてのベルの人格があまりにも乖離しすぎていて、分裂してしまったのではないかというものだった。

 

「二重人格になってしまっているということですか?」

 

「いや、そこまではいってへん。今は多分、自分の行動の違和感や矛盾点に気づきにくくなっとるぐらいやと思う」とロキは言った。

 

「ベル君はどうしてそんなことに……?」

 

「そこまでは、うちかて流石にわからへんよ。人格が分裂するほど、相容れない想いを一人の人間が抱えること自体、滅多に起きひんことやからなぁ」

 

 ロキはぼやいた。

 

「ふむ、ロキの話を整理するとだ。今のベルはサポーターとして雇っているリリルカを助けるために動いている。しかし当の本人は自覚なしに、彼女が助けを求める原因を作った【ソーマ・ファミリア】に巣くう悪そのものを絶とうとしているわけだな」

 

 そうや、とロキはリヴェリアの説明が適当であることを認めた。

 

「あの……それって、悪いことなんでしょうか? 」

 

 おずおずといった様子でレフィーヤが訊ねた。

 

「道徳や倫理という観点でみれば、悪ではないだろう。ただ、他の派閥(ファミリア)の構成員が今回のような件に過度に干渉するのは、いらぬ問題を起こしたり、不必要な遺恨を残す可能性がある。……好ましい行いとは言い難いな」

 

「それに、や。もしうちの推論が遠からず当たってたら、ベル・クラネルはめっちゃ過激な手段を取る可能性が高いで」

 

「そんな、ことはっ! 幾らベル君でもっ!」

 

 思わず声を荒げてしまうエイナ。

 

「ないって断言できるんか、エイナちゃん。ベル・クラネルが、裁きの刃を人間やうちら神々に向けたらどうするんか、一度でも見たことがあるんかいな」

 

「それ、は……」

 

 なかった。エイナが知るベルは、罪のない人間を襲う怪物(モンスター)を憎む英雄としての姿だけだから。ベルが人や神を悪だと断じた場合、どんな行動に出るのか欠片も想像できなかった。

 

「ねぇ、ロキ」

 

「なんや」

 

「ロキが考えてる英雄(ベル)君が取る過激な手段ってなに?」

 

 ティオナは神妙な面持ちで訊ねた。

 

「それは、やな……」

 

 ロキは天井を見上げながら、最悪の未来を言葉という形で紡ぎ出した。

 

 

 

 

 ソーマを殺す。

 

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