ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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灰に埋もれたお姫様(シンデレラ)

 騙されたつもりはなかった。命潰える危険性が生じれば、隠し持つ(・・・・)『魔剣』などを躊躇いなく使用して逃げるつもりだった。

 

 あくまでも、目的は贖罪。未来(まえ)への一歩を踏み出すため藻掻く現在(いま)を縛っている、過去(つみ)の精算だ。

 

 死んでしまえば、何の意味もない。かつて救済の光だった死は、今や忌避すべき闇へと変わったのだから。

 

 英雄が差し伸べてくれた手を握った者として、リリルカは進まなければいけないのだ。前へ、明日へ、未来へと。それが、暗闇の中で膝を抱えて縮こまっている過去(じぶん)を救う方法だと、リリルカは思うから。

 

 思っていた、から。

 

(あぁ……そんな……)

 

 胸中で呟く言葉は絶望の類語だった。地下迷宮(ダンジョン)へ足を踏み入れるまで考えていたすべての逃亡作戦が、完膚なきまでに砕け散っていく。

 

 その原因は、眼前の光景にあった。

 

「おらおらどうした! その程度かよ、雑魚共が!」

 

『『『『グギャッ!?』』』』

 

「もっと俺を楽しませてくれよ!」

 

『『『『キシャシャッ!?』』』』

 

「遅せえよ、脆れえよ、弱えよ! これじゃあ準備運動にもならねえぞ!」

 

『『『『────』』』』

 

 薄青色の壁面から生み出される怪物(モンスター)を、料理でもするかのように軽々と討伐している冒険者が一人。

 

 身のこなしは軽やかに。振るう長剣(ロングソード)の冴えは第一級冒険者と比較しても遜色なく。疲れ知らずとでも言うかのように、立ちはだかる敵のことごとくを魔石へ還す様は、暴風に似ている。

 

「嘘、です……」

 

 その一撃一殺の無双劇をリリルカは知っていた。その屍山血河(しざんけつが)の殺戮劇をリリルカは()っていた。その冠前絶後(かんぜんぜつご)の蹂躙劇をリリルカは()っていた。

 

(ありえません……こんなこと……)

 

未完の英雄(リトル・ヒーロー)】を彷彿とさせる雄姿を見せつけている傑物の名を──

 

 ゲド・ラッシュと言った。

 

 リリルカの脳内に、混乱が巻き起こる。目の前で起きている光景は、非現実的。夢でなければおかしかった。

 

 夢か否かを確かめるため頬を、抓ろうとして止める。

 

 確認したくなかったのだ。もし、現実だと頬の痛みが証明してしまったら、リリルカは正気を保っていられる自信がなかった。

 

 あり得ないことなのだ。ゲドが、怪物(モンスター)相手に単独(ソロ)で無双することなど。

 

 リリルカはサポーターとして、何度かゲドを含むパーティに同伴したから知っている。

 

 彼はLv.1の冒険者で、特に秀でたスキルを持っているわけでも、魔法を覚えているわけでもない。都市(オラリオ)に溢れる有象無象な冒険者の一人だった。

 

 今のはたった三週間ほど前の話だ。それに、路地裏でベルに助けられたときは、明らかにLv.1だった。Lv.4相当に思える今の動きが前からできたとするのなら、リリルカはベルのもとへ辿り着けずに捕まっていたはずだから。謝罪の時に振るわれた容赦なき殴打と足蹴で息を引き取っていたはずだから。

 

 つまり、数日という人間の成長という観点で見た場合、刹那に近い時の中で、ゲドはベルを超える三度の【ランクアップ】を実現したことになる。

 

 もしも、本当にLv.4へ至っているのであれば、都市(オラリオ)全体で大騒ぎになっていなければおかしい。

 

 ベルが一カ月半でLv.3へ【ランクアップ】したのが偉業と讃えられ、神と人の心を鷲掴みにしているのだ。ゲドも同等か、それ以上の関心を持たれるのが自然な流れだろう。

 

 しかし、リリルカはそんな噂を耳にしたことは一度としてない。面白い話題は、娯楽を求める神によって瞬く間に拡散されるはずなのに。ゲドが【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】を凌駕する驚異的な速度(スピード)で【ランクアップ】していることが噂にならないなど、考えられない。

 

(あの長剣(ロング・ソード)も、随分と高価な品物に見えますし……)

 

 疑心に満ちた双眸を向ける先、次々と怪物(モンスター)を屠っていくゲドが振るう長剣《ロング・ソード》は、血色の禍々しい装飾が実に悪趣味極まりないが、濃紫色に光る刀身の美しさや全体的に洗練されている点からして、業物であることがわかる。

 

 売れば最低でも数千万ヴァリスの値がつくのは間違い無い、とこれまで様々な物品を盗んできたリリルカは判断した。

 

(とてもLv.1の冒険者が購入できる物とは思えないのですが……)

 

 観察すればするほど、新たな疑念が生まれていく。

 

 生きて無事に地上へ帰還するために、思考をビュンビュンと高速(フル)回転されるリリルカ。

 

「おい、なにボーと突っ立ってやがる! さっさと魔石を回収しやがれっ! それがサポーターの仕事だろうが、あぁっ!? テメエ本当に贖罪するつもりあんのか!」

 

 突如、思考を妨害する怒声が轟く。

 

 どうやら意識を内側へ向けすぎて、現実の肉体をまるで動かしていなかったらしい。地面を見れば、ごろごろと沢山の魔石が転がっている。

 

「早くしろっ! こっちはとっくに怪物(モンスター)殺し終わってんだよっ!」

 

「は、はいっ! ただいま!」

 

 そう言ってリリルカは大慌てで魔石を回収すべく駆けだした。逆らえば、命が無いのは明らかだった。

 

 ○

 

 探索を開始してから一時間後、『上層を統べる王様(インファントドラゴン)』を傷一つ負わずに討伐したゲドは、欠伸をしながら迷宮内を闊歩していた。

 

 真横には、リリルカ。背を追う形で歩かせないのは、ゲドがリリルカの逃走、あるいは不意打ちを警戒してのことだった。

 

(まさか、このまま……)

 

 最悪な推測が、リリルカの脳裏を過ぎった。否、これは推測の域を超えて、もはや事実と同義。

 

 ゲドは明らかに『中層』へ向かおうとしていた。

 

「どうも『上層』の雑魚じゃ、俺の相手にならないみてえだからな。暇潰しに世間話でもしようぜ?」

 

 はい、いいえの選択肢など用意されているわけがなく。

 

 リリルカが「わかりました」と口にするよりも先に、ゲドは勝手に喋り出した。

 

「実はなぁ、テメエに一つでも多く贖罪の機会を与えてやりたくてな。テメエんところの家族(だんいん)を何人か誘ったんだけどな、けんもほろろ。あっけなく断られちまったんだよ。俺一人で勝手にやってろってな」

 

 言葉の内容自体はリリルカを慮っているように思えるが、語調は嘲弄に満ちていた。

 

「あの時は悲しかったぜ。せっかくテメエが罪を償おうと決意したのに、アイツらは『どうせ、何かの罠だ。あんな冒険者に逆らう役立たずのゴミはさっさと殺した方が良い』とか言いやがるんだぜ? 酷いよなぁ、流石の俺も同情するぜ」

 

 思ってもないことを、と内心でゲドを罵倒するリリルカ。彼女が心でほとばしらせる悪感情に気づいていないのか、それとも興味がないのか。

 

 気味が悪いほど饒舌なゲドは、言葉を重ねていく。

 

「だから言ってやったんだよ、どうしても俺の提案に乗らないのかってな。一度断られたのにめげない俺って奴は、なんて他人思いなんだろうなぁ。ま、答えは案の定だったが」

 

 そう言ってわざとらしく溜息をつくゲド。

 

「なぁ、愚かにも俺の提案を蹴った馬鹿どもがどうなっちまったか、聞きてぇか?」

 

 リリルカは嵐が去るのを待つ栗鼠のように俯いたまま、沈黙を貫き通す。

 

 会話をする意思がないと言外に主張されたゲドは、にっこりと太陽のような笑みを浮かべたまま。

 

「おい、クソガキ。いいこと教えてやる。俺の言葉にはな、大人しく『はい』って言うんだよ!」

 

 放たれる罵声と同時に、リリルカの腹部を手加減皆無の足蹴(キック)が襲った。

 

「がっ……」

 

 苦悶の声と肺の空気を吐き出しながら、まるで綿か何かのように軽々と宙に舞い、リリルカは地面に叩きつけられた。

 

「ぁ……ぅ……が……ぁ……」

 

 暴れ狂う激痛を少しでも和らげるために両手で腹部を押さえながら、蹲るリリルカ。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 内蔵が傷ついたのか、骨が折れでもしたのか、はたまたその両方なのか。口から吐き出された生温かい血液が、地面を穢した。

 

「全く、テメエは罪人だって意識が低いんだよ」

 

 ゲドはそう呟きながら、ボロ雑巾と化したリリルカ・アーデの髪を掴んで強引に持ち上げる。

 

「いいか、もう一度だけ言う。……テメエのところの家族(だんいん)がどうなっちまったか、聞きてえか?」

 

「……は、い……」

 

 何とか、二音を絞り出して頷くリリルカ。

 

「そうか、聞きたいかぁ。そうだよな、聞きたいに決まってるよなぁ」と嬉しそうにゲドは言う。

 

「最初はな、軽くいたぶって立場をわからせてやるつもりだったんだよ。指の一本や二本折ってやれば、感涙しながら協力しますって奴らの方から頭さげてきてなぁ。あの時は愉快のなんのって」

 

 歓喜の語りは止まらない。

 

「でも不思議だろ? どうして、今、俺と、テメエ以外、誰も、いない、のか」

 

 キョロキョロ、と周囲を見渡すような動作をするゲド。

 

「実はな、アイツら結託して俺から先に殺すなんていう舐めた作戦考えてたんだよ。ビビりな奴が一人、密告してくれてな。全部、筒抜けだったぜ」

 

 本当に馬鹿だよな、と見下すように言ってゲドは腹を抱えながら嗤う。

 

「ま、今頃奴らは地獄で俺を騙そうとしたことを後悔しているんだろぜ。安心しろ、俺は優しいんだ。密告した奴もちゃんと殺して、仲間の所に送ってやったさ。一人だけ生き残ったら、寂しいだろうからよ。せめてもの慈悲ってやつだ」

 

 何が、目の前の男をここまで醜悪で悍ましい悪意を擬人化したような怪物(モンスター)に変えてしまったのだろうか。

 

 痛みで(もや)がかかったように上手く思考が纏まらない中で、リリルカはそう思った。

 

「お、やっと『中層』か。『上層』の雑魚と違って、少しは楽しませてくれると嬉しんだが」

 

 そう言って、十三階層へ下っていくゲドの横を激痛に耐えながら歩くリリは、心の中で後悔の雫を一滴こぼす。

 

 

 ああ、リリはまた間違えてしまったんですね。

 

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