ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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 想いが、触れた。

 助けを求める、彼女の想いが。

 それは十二時に鳴る鐘となって、ベルをリリルカ・アーデの英雄へ変えるのだ。


私の英雄(ディアマイヒーロー)

 

 

 

 

「この不吉な気配…………もしかしてそこ(・・)にいるのか、リリ……」

 

 十階層を駆けるベルは不意に足を止めると、地面を透かしてリリルカがいるであろう場所を捉えた。

 

 瞳の内側に描かれたわけではない。彼女の姿が見えたわけでもない。深紅(ルベライト)の双眸に映る景色は、土色の地面でしかない。

 

 けれど、感じるのだ。リリルカが助け求める階層がどこであるのか。直感を超える、神の予言に近い力が、ベルの意識に十七の数字を刻印する。

 

「クソッ! 今から走ったって、絶対に間に合わないっ!」

 

 立ちはだかる七階層の距離は、全身全霊を尽くして走ったところで埋められる差ではない。

 

 ──王手(チェック)

 

「……だから諦めるのか? いいや、ありえないだろベル・クラネル!! 誓ったはずだ、リリを助けるって!!」

 

 少年が、吼える。

 

「限界を超えろ! 不可能を壊せ! 常識を砕け! 僕にできないことはないと、証明して見せろ!」

 

 そして、ベルは紡ぎ出す。

 

【ステイタス】に記された詠唱不可の文言を無視して、覚悟を胸に抱いて、魔法を。

 

「【天霆の轟く地平に(ガンマ・レイ)──】……ぐぅっ!?」

 

 ──魂の拒絶(ソウル・リジェクション)

 

 瞬間、ベルの身体を、想像を絶する激痛が蹂躙した。五臓六腑が破裂し、血管は細切れになって、骨は木っ端微塵に粉砕し、筋肉が溶けてしまうような、地獄の苦しみ。

 

「がぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 拒絶していた、魂が。叛逆していた、本質が。

 

 止めろ、使うな。個を想うような錆びた英雄に、神さえ滅する裁きの雷を振るう資格はないと。

 

「まだ、だっ……!」

 

 ミシミシ、と内側から肉体が崩壊を始めても尚、ベルは魔法を発動しようとする意思を曲げようとしなかった。

 

「僕は……絶対にっ……」

 

 視界にパチパチと幾つもの閃光が走り、腕や足や胸や背中から血が噴き出して自壊への道を驀進しようとも、曲がらない誓いが停止寸前の心ノ臓を無理やり鼓動させる。

 

「諦め……ない……」

 

 ブルブルと震える制御困難な右手を必死に動かして、ベルは左のズボンのポケットから高等回復薬(ハイ・ポーション)を五つ取り出し蓋を開けると、それらをすべて飲み干した。

 

 ごくり。ごくり。ごくり。ごくり。ごくり。

 

 途端、壊れ逝く肉体が押し留まる。

 

 自壊と回復が竜虎相搏つかのごとく衝突し、僅かな時間ではあるけれど拮抗状態を生み出したのだ。

 

 そして。

 

「僕がリリを助けるんだぁああああああああああああ!」

 

 願いを叫ぶ英雄は右手を勢いよく振り上げて、己が誓いを妨げる魂と本質を打ち砕くように、その言葉を詠いあげた。

 

 ──限界超越(スーパーノヴァ)

 

「【天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ ケラウノス)】ぅうううううううううううううううううううう!!」

 

 右腕に集束する殲滅光(ガンマ・レイ)天空神(ゼウス)が担いし裁きの雷が、大地を穿ち、邪悪を討たんと咆哮する。

 

打ち砕け(フル・エンチャント)ぇえええええええええええええええ!」

 

 腕の輪郭を失い、雷霆そのものと化した右腕が地面に触れる。

 

「ぐううううううううううううううううううう!!」

 

 されど、床は壊れない。まるで英雄がお姫様のもとへ向かうのを地下迷宮(ダンジョン)が阻止するかのように。

 

「砕けろよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そのときだった。

 

 ──助けて、ベル様ぁああああああああああああああああああああああああ! 

 

「ぁ……」

 

 リリルカの叫び声を確かにきいたベルの意識の糸はぷっつりと切れて、精神力(マインド)の使用量を無意識のうちに縛っていた制御装置(リミッター)が欠片一つ残さず粉々に砕け散った。

 

 ──そうだ、なにをだしおしみしてるんだ。

 

 ──イまハ、リりをたすケルため二……いノちをッ! 

 

 ──BoクにデKill事no全テヲっ! 

 

 ベルは乱れに乱れた思考の果てに、右腕に集束させていた【天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマ・レイ ケラウノス)】を地面へ向けて──

 

 解き放った。

 

 瞬間。

 

「僕が壊れるのが先か、迷宮(おまえ)が壊れるのが先か……我慢比べの時間だ……」

 

 ──【魔力爆発(イグニス・ファトゥス)】。

 

 他の音の一切を死滅させる凄まじい轟音が鳴るのと同時に、世界を白い闇(ホワイトアウト)が覆い尽くした。

 

 そして迷宮は思い知る、灰被り姫の英雄(ベル・クラネル)が抱く意志の強さを。

 

 ──床が、崩れる。迷宮が、負ける。

 

 英雄が、進軍する。

 

「……壊れろ」

 

 十階層、粉砕。

 

 下へ。

 

 十一階層、貫通。

 

 下へ。

 

 十二階層、穿孔。

 

 下へ。

 

 十三階層、爆散。

 

 下へ。

 

 十四階層、崩落。

 

 下へ。

 

 十五階層、敗北。

 

 下へ。

 

 十六階層、平伏。

 

 そして。

 

 計七階層もの『階層無視(ショートカット)』を成し遂げた果てに、ベル・クラネルは第二章、最後の舞台に辿り着く。

 

 ○

 

 ガラガラと天井から岩石を雨のごとく落としながら、リリルカの前に降り立つ人影が一つ。

 

「あ、あぁ……ベル、様……」

 

 立ち込める土煙の奥で朧気に浮かぶ後ろ姿をリリルカは知っていた。

 

『ウォオオオオオオオオオ!!』

 

 直後、ゴライアスの総てを粉砕する巨腕の一撃がリリルカを庇うベルに容赦なく振り下ろされた。

 

「この、程度……っ!」

 

 鳴り響く爆砕音。吹き荒れる衝撃波。宙を舞う土煙。これまで体験したことのないほど大規模で破壊的な暴力を、ベルは二刀を胸の前で交差(クロス)させて真っ向から受けとめる。

 

「おいおい、マジかよ! 本当に来やがったぜ! 最高じゃねえか、ベル・クラネル! 床を突き破って現れるなんざ、どこまでテメエは英雄(バカ)なんだよ! あははははははっ!」

 

 ベルの派手を極めた登場に、ゲドは腹を抱えて呵々大笑する。

 

 よほど無茶をしたのだろう。ゲドの目に映るベルは既に手負いも手負い。ゴライアスをぶつけるまでもなく、疲労困憊としていた。これを笑わずにいられる、ゲドではなかった。

 

あいつ(ゲド)のことなんて、今はどうでもいい)

 

 しかし、当事者たるベルにとっては悪意の化身の思惑など、路傍に転がる石ころよりも価値がない。

 

「むう……」

 

 唸り声は反撃の狼煙。

 

 ミシミシ、と悍ましい音を鳴らし『もう限界だ、休ませてくれ』と嘆願する腕を気合いと根性で動かして、鎬を削るゴライアスの拳を弾き返す。

 

「らあああああああ!」

 

『っ!?』

 

 振り下ろしていた筈の拳がグンと天井を向き、仰け反らせる形で体勢を崩したゴライアスは、血を固めて作ったような眼球に驚愕の色を浮かばせた。

 

 ──なんだ、コイツは!? 

 

 睥睨の先、無力無価値な小人を庇う子どもは疲労困憊な様子を見せているというのに、諦念など抱かず。得体も知れない激しい気配を放っている。

 

 それは、白銀。穢れなき意思の奔流。

 

『……』

 

 じり、と後退るゴライアス。

 

『グゥウウウ……』

 

 十七階層を統べる王は、ベルと距離を置こうとしている自らの行動に気づかない。英雄に気圧されている事実を認めようとはしない。

 

 呆然と立ち尽くすゴライアスを前に、ベルは隙を生まないようにゆっくりとリリルカのもとへ駆け寄った。

 

 巨人と英雄の距離、およそ五十メドル。間合いからは抜けている。

 

「リリ、大丈夫?」

 

 視線はゴライアスに向けたまま、ベルは背中越しにリリルカへ問いかけた。

 

「本当に、来てくれたんですね……」

 

「遅れてごめん、怖かったよね」

 

「そんなこと、ありません……だって、ベル様が来てくれましたから……」と紡ぐ言葉の合間に、ごしごしと涙を拭う音が聞こえた。

 

「ごめん、また君を泣かせてしまった……」

 

 謝罪するベルにリリルカは何度も首を振る。

 

「これは……違うんです……悲しいから、辛いから……流れているんじゃなくて……」

 

 嬉しいから流れているんです、とリリルカはぎこちない笑みを浮かべながら言った。

 

 助けに来てくれることを願った。ベルの後ろ姿が、リリルカに迫る死を斬り裂いてくれることを願った。生きたいという想いの炎がここで消えないことを願った。

 

 それと同時に、間に合わないかもしれない、と理性は冷徹かつ残酷な答えを出していた。ベルを信じる心と感情を裏切って。

 

 ゴライアスの拳は間近に迫っていたのだ。幾らベルが常識の枠組みに囚われない英雄だとしても、人間という生命そのものを凌駕するのは不可能だ。そう断じるのは理性の役目として当然のことだった。

 

 しかし、リリルカの陳腐な想像力が、思考能力が、英雄の行動を推し量れるわけがなかったのだ。

 

 巨人の一撃がリリルカを命宿らぬ肉塊に変えようとした刹那、ベルは上階層の床を突き破って十七階層へ舞い降りた。

 

 思いつけるだろうか。『深層』を根城とする怪物(モンスター)ならいざ知らず、人間が地下迷宮(ダンジョン)の硬質な床を突き破って、『階層無視(ショートカット)』するなどと。

 

 少なくとも、リリルカが思いつける可能性は零だった。

 

 だからこそ、安堵と歓喜が心の中で暴れ回るのを抑えられない。瞳に映る雄姿が涙で歪むのを止められない。

 

「リリは……リリは、また……ベル様に……」

 

「いいんだ、リリ。これは君の所為じゃない。幾ら罪を犯したとしても、あの男の蛮行が肯定されていいわけがないんだから」

 

 一瞬、ベルが睨みつけたゲドは粘着質な笑みを浮かべている。そう、今回の非は悪意の化身。人の形をした怪物(モンスター)の側にある。

 

 罪を償おうと精一杯の努力をしているリリルカに下す罰としては過剰という言葉ですら生温い。

 

「でも、これは、リリの……」

 

「待って」

 

「え?」

 

 リリルカの言葉を遮って、ベルはゴライアスに無防備な背中を晒した。

 

「ベル、様……?」

 

「ねぇ、リリ。僕はずっと君を助ける振りをしてきた。本気で君を助けたいなら、君を救いたいなら、怖がるその心に迷わず踏み込むべきだったのに。でも、僕は怖れた。リリに拒絶されるのを、リリが僕の前から姿を消してしまうのを……」

 

 本音を語るベルの背後で、今を好機と捉えたゴライアスがこちらへ迫って来ているのに、リリルカは澄み渡る深紅(ルベライト)の双眸から目を離せずにいる。

 

「でも、もう迷わない」

 

 リリルカが映る紅き二つの鏡に、決意の炎がほとばしるのが見えた。

 

「自分勝手だと言われようが、押し付けでしかないと罵倒されようが、構わない。嫌われても、拒絶されても、これを最後に僕の前から姿を消すのだとしても、怖れたりしない」

 

 ──僕が君を救う。

 

「あぁ……」

 

 ベルが告げた言葉は光となって、リリルカの心に渦巻く闇のことごとくを打ち払った。

 

 笑う、両親から愛されなかった自分が。笑う、『神酒(ソーマ)』に溺れていた自分が。笑う、『神酒(ソーマ)』を飲むために金を稼ごうとしていた自分が。笑う、細やかな幸せが壊されて絶望していた自分が。笑う、窃盗を繰り返し心を不信で満たしていた自分が。

 

 嘆き、悲しみ、傷ついた、灰色の過去が現在(いま)に繋がる確かな足跡として色づいていく。

 

(……そっか……リリはずっと誰かを信じたかったんですね……)

 

 独白のあと、リリルカはぎゅっと胸の前で手を握りしめた。

 

 愛情無く、友情無く、信頼無く、不信だけを過剰に与えられてきたリリルカは自らの願いにようやく辿り着く。

 

 さあ鳴らすのだ、英雄の姫君よ。十二時の鐘の音を。

 

 これこそは願望。私慾の錆びなき白銀の願いだ。

 

「お願いです、ベル様。リリを、救ってください」

 

 ゴーン、ゴーンと鳴り響く大鐘楼(グラウンド・ベル)が、魔法を解かすことはない。

 

 ベルは、貴女の英雄だから。

 

「ああ、約束するよ。僕がリリを……リリルカ・アーデを救ってみせる」

 

 膝を付き、リリルカの視線に合わせて決して違えぬ誓いを立てるベル。

 

「手早く終わらせようか、彼我の力量差すら理解できない裸の王様(ゴライアス)。魔法を使えなくとも……」

 

 ──勝つのは僕だ。

 

 振り返った先、地面を震動させながら駆けてくる猪武者(きょじん)に、ベルは冷たい眼差しを向けて二刀を構えた。

 

《ヘスティア・ブレイド》が共鳴するように仄かな紫の光を放ち、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が昂ぶるように炎を猛らせる。

 

「征くぞ!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 英雄と巨人の戦いが今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで負ける(ゲームオーバー)なんて詰まらない結末を迎えるのだけは勘弁してくれよ」

 

 なぁ、リリルカ・アーデの王子様(エセ・ヒーロー)

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