ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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過去の罪を象るモノ(ゲド・ライッシュ)

 

「っ──」

 

 悪意の化身が振るう一閃は英雄の纏う雪白の戦闘衣(バトル・クロス)を貫き、柔い皮膚を引き裂いて、朱い肉を抉った。

 

 半歩。咄嗟に退いていなければ、ベルの命は儚く散華していただろう。

 

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)】を利用した『階層無視(ショートカット)』。

 

迷宮の孤王(モンスターレックス)』Lv.4、ゴライアスの単独(ソロ)撃破。

 

 無茶に次ぐ無茶によって肉体が原型を留めているだけでも奇跡な状態のベルが、不正な方法(チート)によってLv.4相当の【ステイタス】を手に入れたゲドの一振りを防ぐのは不可能。

 

 今のベルが取れる唯一の行動は、致命傷を避けることだけだった。

 

(何とか、命は繋いだ……)

 

 宙に投げ出されている最中、ベルは未だ心臓が鼓動している事実を噛み締める。

 

 だが、それだけだ。生きている、だけだ。

 

 受け身など取れるはずもないベルは、容赦なく地面に叩きつけられた。その拍子に、握力を失った左手から零れ落ちた《劫火の神刀(ヴァルカノス)》がリリルカの近くに転がっていく。

 

「ぁ……ぐ……」

 

 洩れる声は苦悶。生命の息吹たる血液が肉体からドクドクと流出する悍ましい感覚を味わいながらも、深紅(ルベライト)の双眸に宿る戦意だけは衰えず、ゲドを睨みつけている。

 

「はははっ! 死亡間近の癖に、まだそんな反抗的な眼付きができるのかよ。……ここまで来ると、苛立ちを超えて感心しちまうぜ」

 

 ゲドは呆れたように言った。

 

「リ……リ……」

 

「あ、なんだって?」

 

 耳に手を当てて、わざとらしく、嫌らしく、聞こえていない演技をするゲド。

 

「リリ……を、傷つけ……させは……し……ないっ!」

 

 意識を繋ぎ止めているのでさえ苦痛甚だしいのに、言葉を紡ごうとするベルの意思は止まらない。その目に、声に、表情に、明確な敵意を込めて、ゲドを射殺すように睨み続ける。

 

「はぁ、本当にイカれた根性してやがる英雄様だぜ。喋れば、喋るだけ。動けば、動くだけ、寿命をゴリゴリ削ってるって理解してんのか?」

 

「ベル様! 止めてください! これ以上、喋ったら……これ以上、喋ったら……」

 

「あぁ、間違いなく死ぬな」

 

 躊躇うリリルカに変わって、ゲドが英雄の辿る末路を宣告する。

 

「ゴライアスには、良い感じにベル・クラネルの体力を削って貰おうと思ってたんだが……」

 

 そう言って英雄の血がこべりつく紫色の刀身をペロリと舐めたあと、ゲドはニタリと嗤った。

 

「ちょいとばかし、やり過ぎちまったみたいだな。立つことさえできねえ英雄様を殺しても、何にも面白くねえからなぁ。ちょいと脚本を変更しようか」

 

「な、に……」

 

 掠れる声で問うベルを無視して、ゲドはリリルカへ視線を向けた。

 

「なぁ、リリルカ・アーデ。英雄の定義は何だと思う?」

 

「何、を……言っているんですか……?」

 

「質問に質問で返すなよ。ったく本当につまらねえ奴だな」

 

 やれやれ、と言うかのように大袈裟に肩をすくめたあと、ゲドが勝手に高説を始める。

 

「俺はこう思う。英雄ってのは勝利し続けるから英雄なんだってな。常人じゃできねえことを成し遂げる。それは即ち、華々しい勝利と同義。コイツもLv.1でミノタウロスを討伐するなんて常識破りな真似をしてみせたから、脚光を浴びるようになったんだ」

 

 独自の英雄論を語る、ゲドの無駄話は続く。

 

「で、あるならば、だ。俺に敗北したベル・クラネルはもう英雄としては無価値ってわけだ。命尽きるその時まで勝ち続けるのが英雄なんだからなぁ」

 

 そこでだ、と言ってゲドは人差し指をリリルカへ向ける。

 

「おい、ガキ。コイツをそこに転がってる刀使って殺せ。そうすれば、テメエのことは見逃してやるよ。今後一切、干渉もしない。晴れて、自由の身になれるってわけだ」

 

「……は?」

 

「どうだ、悪くない提案だろ?」

 

「……は?」

 

 この時、リリルカは生まれて初めて一滴の濁りもない、純粋な殺意を抱いた。眼前の人間を真似る怪物(ゲド)だけは絶対に許せない。もしも生かしておけば、これから先幾度となくベルに牙を剥くのは確実。

 

 殺すしかない。殺さなければならない。

 

 けれど、リリルカがゲドに勝てる確率は皆無(ゼロ)。不意打ちを狙ったとしても、掠り傷一つ負わせられずに返り討ちに遭うのは目に見えている。

 

 相打ちという細やか希望(きせき)さえ抱けない、隔絶した力量が二人の間には広がっている。

 

(……これが、リリへの罰だと言うんですか……神様……)

 

 目の前の存在は過去そのものだと、リリルカは思った。自分が犯してきた罪の総てが集まり束ねられて、ゲド・ライッシュという男を象って現れたのだと。

 

「ま……だ、だ……」

 

 満身創痍という言葉すら生易しい重傷を負っているのに、尚も立ち上がろうとするベル。両手で握る《ヘスティア・ブレイド》を杖にして、亀より鈍重な動作で戦場の舞台に戻ろうと足掻く様子は、悲痛すぎて直視できない。

 

「ほら、さっさと決めろ。殺すのか、殺さねえのか。このまま石像の物真似してるっていうんなら、俺がさっさと殺っちまうぞ?」

 

 侮蔑、嘲弄、軽蔑、愚弄に蔑視。塵でも見るような眼差しでリリルカを見つめながら、ゲドは言った。

 

「早くしろ、役立たず(サポーター)

 

「っ……!」

 

 ゲドの一言にビクリ、と身体を震わせたリリルカは、ゆらりと風に揺れる柳のように立ち上がり背負うバックパックを地面において、地面で沈黙している《劫火の神刀(ヴァルカノス)》へと近づいていく。

 

「駄目、だ……リリっ……! それは…………っ!」と何度か吐血しながらもリリルカの行動を止めようとするベル。

 

 神の想い宿る《劫火の神刀(ヴァルカノス)》にベル以外の人間が触れてしまえば、たちまち業火が燃え盛り、良くて火傷。最悪の場合、腕ごと炭化させてしまうのを、リリルカは知らない。知らないから、近づける。

 

「テメエは黙って見てろよ」

 

 しかし、ベルの必死な叫びは悪意の化身によって掻き消される。

 

「さぁ、英雄譚の幕引き(フィナーレ)だ!」

 

 喜悦の声を上げるゲド。その瞳に映るのは、一歩、また一歩と、英雄殺める黒刀へ近づいていくリリルカ・アーデの姿だ。

 

(やっぱりテメエは【ソーマ・ファミリア】の眷属だよ。自分の命が何より大事で、生きるためなら受けた恩を仇で返す選択を取っちまう……あははははっ! クズ過ぎて、救いようがねえぜ、全くよぉ!)

 

 リリルカがベルを殺すつもりだと、根拠なき確信を抱くゲド。彼の中では既に結末(エンディング)は決まっていた。ベル・クラネルの英雄譚(ものがたり)は、救いたいと願った少女の裏切りにって閉演すると。

 

(悲劇的な末路っつうのは、まぁ、英雄らしいか。はははっ! ざまぁ見やがれ! 俺を散々、虚仮にしてくれた罰だ!)

 

 ゲドが胸中で狂喜乱舞する中、リリルカはゆっくりと、ゆっくりと、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》へ向かって行く。

 

(ベル様……こんなことになってしまって、本当にごめんなさい……)

 

 一歩、大地を踏み締めるごとに、心に澱む死への恐怖が嵩を増していく。

 

(リリが愚かなばっかりに……沢山傷つけてしまいました……)

 

 一歩、純黒を煌めかせる英雄の刀との距離が縮まるごとに、心に怯えの雪が積もっていく。

 

(きっとベル様は……怒ると思います……何を馬鹿なことをしてるんだって……それでも……)

 

 一歩、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》の御前に立ったリリルカはふぅ、と小さく息を吸って手を伸ばし、柄に触れようとする。

 

「リリィイイイイイイイ!!」

 

 自分の名前を叫んでくれたベルへ一瞬、リリルカは顔を向けてはにかむと、恐怖の澱みと怯えの吹雪を消し飛ばす、覚悟の光を双眸に宿した。

 

(これは、きっと賭け。もしも失敗すれば、リリはきっと惨たらしく殺されるでしょう……それでも……僅かでも可能性があるなら──)

 

 ──可能性が零でないなら。

 

 一度、瞼を閉じて精神を研ぎ澄ますように深呼吸をする。

 

「──っ!」

 

 そして、ゆっくりと瞼をあげて《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を視界に映し出した瞬間、リリルカはこれまでベルの前では頑なに使って来なかった魔法を詠唱した。

 

「【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」

 

 紡ぐ言ノ葉は光の粒となって、灰を被った少女の身体を包み込む。

 

 変身魔法、【シンダー・エラ】。

 

 リリルカ・アーデが象るは、憧れの君。絶望の中にあった端役の少女に手を差し伸べてくれた、光のように目映い少年。少女を囲う悪意を斬り裂く英雄の姿だ。

 

「なんだ、こりゃ……」

 

「リリ……」

 

 変わる、少女の瞳が深紅(ルベライト)へと。変わる、少女の髪が純白(スノーホワイト)へと。変わる、リリルカ・アーデが英雄と踊るに相応しい英雄(ヒロイン)へと。

 

「リリはもう、逃げたりなんかしません」

 

 リリルカを中心に渦巻く旋風がマントを捲り、その顔貌が露わになる。

 

「前へ、未来へ、リリは進むと決めたんです」

 

 千年前の英雄(せいじょ)とも重なる、紅口白牙(こうこうはくが)。先ほどまでとは別人とさえ思える、気高い眼差し。十七階層に漂う陰気な気配を呑み込まんとする、威圧感。それは、まるで、絵本から抜け出してきた神話の英雄のようだった。

 

「…………おいおい、こんな話……俺は聞いてねえぞ……」

 

 唖然と呟くゲドに一瞥もくれず、リリルカは手を伸ばし──。

 

「リリ、離れるんだ!」

 

劫火の神刀(ヴァルカノス)》を、握り締めた。

 

 ──汝、我が英雄の未来(たびじ)を伴するに相応しき存在か試させて貰おう。値せぬのなら、汝の右腕は灰へ帰すと覚悟しろ。

 

機会(チャンス)を与えてくださり、感謝します。《劫火の神刀(ヴァルカノス)》様」と感謝を告げるリリルカ。

 

「《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が、リリを認めた…………」

 

 驚きのあまり、ベルはそれ以上の言葉を発せられなかった。

 

「あぁ、面倒臭せえなぁ。ここで終わりだと思ったのに、使い終わったはずのテメエが今さら俺に牙を剥くのかよ」

 

 余裕綽々としていたゲドが、苛立ちを吐いた。

 

「ここで、因縁を終わらましょう。ゲド・ライッシュ」

 

 (きっさき)をゲドに向けて、宣戦布告するリリルカを包み込むように、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が劫火をほとばしらせる。

 

「貴方は、ここで死になさい」

 

 螺旋する劫火を従える英雄の登場に、ゲドは満足して眠っていたはずの殺意、憤怒、憎悪が目覚めたのを感じた。

 

 グニャリ。

 

 視界が屈辱のあまり歪んで、思考は殺の一文字に支配される。

 

「俺に、死ねだと? 悪の側であるテメエではなく、この俺が? 何を馬鹿なこと言ってやがる、事の発端はテメエだろ? 俺のモノを盗んだ悪人は、裁かれて当然だろうが……殺されて当然だろうが……」

 

 正義は俺の側にあるんだ! と獣の雄叫び染みた絶叫を響かせるゲドの様子は、どこか異常だった。

 

「俺は英雄を殺すモノなんだ。サポーターごときに負けるわけがねぇ。そうだ、俺は名無しじゃねえ。英雄殺しのゲド・ライッシュになるんだよ!」

 

「……『酔う』のも大概にしてください。罪であれば償います。リリを痛めつけたいのでしたら、幾らでも殴ってください。蹴ってください。ですが、他者を巻き込み、人の心を弄ぶその愚行を、リリは認めるわけにはいきません」

 

 声は静謐。双眸は鋭く敵を見据え。刀構える様は摩天楼(バベル)のごとく直立。まるで一本の刀がそこにあるかのようだ。

 

 サポーターの境界線を越えて、冒険者の領域に踏み入ったリリルカを目の辺りにしたゲドは、我慢の限界を迎える。

 

「もう止めだ! あまり脚本を変更したくはねえんだが、まずはお前から殺す! 徹底的にいたぶって、舌引き千切って喋れなくしてから、腕と脚を順番に切り落して、英雄の目の前でその首を断ってやる!!」

 

 激昂するゲドが、長剣(ロングソード)の剣先をリリルカに向けた。

 

 ──戦いの場は整った。

 

「ふぅ──」

 

 いざ、英雄殺し(ゲド・ライッシュ)へ挑むべく、灰を払った英雄(リリルカ・アーデ)は深く、深く、呼吸して──。

 

 大地を蹴った。

 

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