ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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劫火よりも熱く(バトルドレス)

「征きます!」

 

 劫火逆巻かせながら、一瞬のうちにゲドとの間合いを詰めたリリルカが《劫火の神刀(ヴァルカノス)》で刺突(つき)を放つ。

 

「せぇいっ!」

 

 空気さえも穿つ神速の一撃を前に、ゲドは瞳に驚愕の色を揺らめかせながらも間一髪──。

 

「俺を舐めるなぁっ!」

 

 長剣(ロングソード)を下から掬い上げるように薙ぎはらって、弾き返した。

 

「くっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 睨み合う両者の間に火花が散る。それは、開戦を告げる号砲のようでもあった。

 

「劫火よ!」

 

 先制攻撃(ファーストアタック)を防がれたリリルカは一歩、ゲドと距離を置いて《劫火の神刀(ヴァルカノス)》の刀身から、うねる炎の斬撃を放つ。

 

 ゴウ、と吼える紅蓮の刃は天翔る翼となってゲドへと羽ばたいた。

 

「そんな小細工が、俺に通用すると思ってるのかよっ!」

 

 殺意を叫ぶゲドは迫り来る英雄の想炎を怖れず怯えず、真っ向から対峙して、一刀両断してみせた。

 

 割れる、紅蓮の刃。

 

 その隙間を進むべき道として駆けてきたゲドがリリルカの懐に入ると、邪念の宿る重く鋭い剣閃を放った。

 

「くっ」

 

 彼我の体格差を最大限に利用したゲドの剛剣を受け流し、捌き、刹那さえ無窮に思える僅かな隙を狙って反撃の一刀を振るうリリルカ。

 

「おら、おら! どうした、どうした! 変身してもその程度かよ!」

 

 何合かの打ち合いで膂力において自らが圧倒的に優位であると悟ったゲドは、一気呵成に攻め立てる。

 

「所詮は口だけってことだよなぁ!」

 

 意趣返しだろう、暴威に満ちた連続突き。リリルカと違い、洗練の「せ」の字もない【ステイタス】に任せた攻撃はしかし、それだけで十二分に脅威だった。

 

「さっさと、降参しやがれ! そんで、土下座して許しを請え! サポーターごときが冒険者様に逆らって申し訳ありませんでしたってな! 誠意を見せりゃ、もしかしたら俺の気も変わるかもしれないぜぇ!」

 

「その醜い言葉しか発せられない、穢れた口を開かないでください」

 

「ほざけっ!」

 

 怒号と同時にゲドは両腕に血道を走らせながら長剣(ロングソード)を天に掲げて、勢いよく振り下ろした。

 

(受けたら、死ぬ……っ!)

 

 敗北が訪れるだろう可能性の一つを直感したリリルカは、自分を中心に劫火をほとばしらせてゲドの視認性を下げると、前方めがけて滑った。

 

「なに!?」

 

 股抜け。それはパルゥムだからこそ出来る芸当。リリルカは奇策を用いて破壊の一撃を回避すると同時、ゲドの右足を薙いだ。

 

 焼け爛れる、皮膚。噴き出す、血。

 

「ぐぅっ!? クソがっ!?」

 

 想定外の攻撃を受けたゲドは、苦悶で表情を曇らせた。右足が訴えかけるジンジンとした痛み。それは、リリルカに傷を付けられた証明。

 

 叛逆の刻印(きず)

 

「俺よりも、先に、テメエが、一撃入れるだと……?」

 

 呟く空洞な声は、現実を受け入れられないかのようであった。

 

 事実、ゲドは拒絶していた。右足を斬られた現実を。リリルカから痛苦を与えられた現実を。力量差が拮抗している現実を。

 

 一方的に蹂躙できない現実を。

 

「なんなんだよ…………どうして……」

 

 裂傷と火傷を同時に負った右足をズルズルと引き摺りながら、リリルカの間合いから離れるゲドは、今にも憤死してしまいそうなほど顔を真っ赤に染めている。

 

「痛ぇ……痛ぇじゃねえかよ……ふざけんな……こんなこと、許されていいわけがねえ……俺は、選ばれたんだ……英雄を殺すモノに……」

 

 平凡な人生からの脱却。灰色な日常からの脱出。上を見ず、下を見下す思考からの脱獄。

 

(昨日、俺は運命に出会ったんだ! 俺と同じ、英雄を憎む同志に! そして、手に入れたはずだ! 英雄を殺す力を!)

 

 凡庸な人間に価値を与えない今の世界を憎むゲドは、施しを受けてようやく【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】を超える力を手に入れた。

 

 だのに、格下だと、搾取される側だと、心の底から侮蔑していたリリルカ・アーデが、何の施しも受けず自らに比肩しているという理不尽。

 

(なんだよ、ちくしょう! 英雄に守られる奴も、結局は天に愛された側なのかよっ! 才能を持ってる側なのかよっ!)

 

 許せない、許せない、許せない、許せない、と右足の痛みが呪詛(カース)を吐いている。

 

(そうだ、許せるわけがねえっ! 英雄に守られ、天に愛され、運にまで味方されたコイツだけは──リリルカ・アーデだけは、ここで絶対に殺さなきゃいけねえんだ!)

 

 英雄が覚悟を抱けば無尽蔵の力を得るのというのなら。英雄殺しが憎悪を抱けば、限界の(タガ)が外れる。

 

 憎め、憎め、憎め、憎め、と腹の底から沸き起こる感情のまま、ゲドは憎悪(おもい)を叫ぶ。

 

「俺はお前をここで殺すぞぉおおおおおおおおお! リリルカ・アーデぇえええええええ!!」

 

 ゲドの気配が、変わった。

 

 先ほどまで肉体に纏っていた驕傲(きょうごう)慢侮(まんぶ)が霧散し、純黒の殺意が目を覚ます。

 

 英雄のごとき、覚醒。

 

「不味い、ですね……」

 

 苦々しい表情を浮かべながら、独白するリリルカ。

 

 一見すれば致命的な隙を晒しているように見えるゲドだが、不用意に接近すれば胴を真っ二つにされて無慙な死を遂げる、と英雄の直感が警鐘を鳴らしている。

 

 ここからが本番。今までは歌曲でいうところの前奏のようなものだ。

 

「ふぅ……」

 

 精神を鎮静させる深呼吸を一つ。

 

 先ほどまでも、決して油断していたわけではない。

 

 しかし、今からは全神経を極限まで研ぎ澄まし無駄な思考の一切を排除しなければ、ゲドと渡り合うことは出来ないだろう、とリリルカは予感した。

 

(ベル様の為にも、リリ自身の為にも、ここで臆するわけにはいきません!)

 

 不退転の意思、瞳にほとばしらせて。リリルカは正眼の構えを取った。

 

 決して退かぬと自らの主と同質の覚悟を感じた《劫火の神刀(ヴァルカノス)》は、刀身より劫火を噴いてリリルカと共に最後まで戦うと告げる。

 

 ──征け。

 

「征きます!」

 

 ──殺せ。

 

「殺す!」

 

 弾けるように二人は大地を蹴って、衝突。刹那のうちに無数の火花を散らしながら、一合、十合、五十合。切り結ぶ毎に加速していく、黒と紫の剣閃。

 

 覚悟と憎悪の双眸が刃と同じく衝突しながら、両者ともに「勝利」を掴み取らんと肉体を躍動させる。

 

「はぁああああああああ!」

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 嵐のような刃の応酬。

 

 矮躯ゆえの膂力不足を補うように、剣の軌道を先読みし、柳のように殺意の線を逸らしては劫火を放ち、致命的な間隙が生じるのを待つリリルカの柔剣。

 

 体格差を理解しているからこそ、重く速く鋭い剣撃を間断なく放ち、決河之勢(けっかのいきおい)で強引に致命の一撃を与えようとするゲドの剛剣。

 

 異なる二つの攻意(けんぎ)(せめ)ぎ合い、ぶつかり合い、優勢と劣勢を乗せた天秤が釣り合うかのごとく拮抗する。

 

「サポーターのくせに、抗ってんじゃねえよ!」

 

「足掻きますよ、どこまでも! みっともなくても、惨めでも、最後まで絶対に!」

 

 両者ともに最適解の一手を打ち続けるがゆえに、相手の失態(ミス)を待つしかないという、剣の打ち合いにおける究極の状況が、死闘を延々と長引かせていく。

 

「く、うぅ……」

 

「はははっ、息があがってきてるぞ!」

 

 しかし、拮抗は対等と等号(イコール)であるわけではない。

 

 体力と精神力の勝負となってしまえば、不利なのは小柄なリリルカの側だ。ゲドの喰らえば一撃で命を落とす剛剣を正確に捌くだけでも至難の業なのに、そもそも【ステイタス】換算でLv.1もの開きがあるのだ。

 

 戦闘する時点で、既に不利。それも微々たる程度ではなく、圧倒的に。となれば危険を承知で、勝利を手繰り寄せる賭けに出なければいけないのがどちらであるのかは、言うまでもないだろう。

 

(ここで、やるしかありません……!)

 

 リリルカが胸中で呟く。

 

 賭けが成功すれば勝利は目の前まで近づくだろう。失敗すれば、リリルカ・アーデという人間が地上から居なくなる。

 

 ──背水之陣。

 

(……賭けるには十分すぎますね)

 

 逡巡は一瞬も無かった。

 

「死ねや!」

 

「せいっ!」

 

 リリルカは懐に隠してあった逆転の一手をここで使うと定めて、ゲドが振り下ろしてきた一撃を決死の覚悟で受け流す。

 

「ふっ!」

 

 と同時に全力で飛び退いた。

 

 距離にして五メドル。

 

「どうした、遂に降参か!」

 

 後退を逃げと判断したゲドが、憤怒で充血した目を尖らせながら叫んだ。

 

「そんなわけ……ないでしょう!」

 

 言葉を紡ぐのに呼応した《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が、リリルカの全容を覆い隠すほどの劫火を一気に燃え上がらせた。

 

「ちっ、何を……!」

 

 吹く風は熱く、ゲドは手で顔を庇わなければ眼を開いていられないほどだった。

 

 ──劫火の海が、産まれる。

 

「火を盾にして籠城かぁ!」とゲドが叫んだ、その瞬間。

 

「はぁっ!」

 

 少女の裂帛が17階層に木魂すると同時に、劫火の斬撃が三つ、悪意の化身(ゲド・ライッシュ)へ飛翔した。

 

「馬鹿がっ! それはもう体験済みなんだよっ!」

 

 迫り来る一つ目の斬撃を右に横薙ぎ、流れるように二つ目の斬撃を逆袈裟斬って、返す刀で三つ目の斬撃を袈裟斬るゲド。

 

 対策は万全だった。

 

「ちっ、ちょこざいなマネしやがって……」

 

 一撃も喰らいようのない無意味な攻撃を捌き終えたゲドは、僅かな苛立ちを覚える。けれど、注意散漫になっているわけではない。右足が訴える疼痛(とうつう)が警戒心を緩める愚行を許さないからだ。

 

 そこへ。

 

「なっ!?」

 

 劫火の海を割るように《劫火の神刀(ヴァルカノス)》だけが、ゲドの眉間めがけて飛来した。

 

「何のつもりだっ!」

 

 唯一の得物を手放すという自殺行為を目の辺りにしてゲドは動揺を抑えられない。

 

 刹那に過ぎない精神の漣も、この状況では醜態の極地。

 

「クソッ、このヤロウ!!」

 

 既に最善手は過ぎ去ったと悟ったゲドは、悪手とわかっていながら大きく姿勢を崩して《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を弾き飛ばす選択を強いられた。

 

「おらぁっ!」

 

 ギンッと硬質な物体が衝突した甲高い音が響いたあと、空中へ放り出される《劫火の神刀(ヴァルカノス)》。

 

 ……これは、誘導された? 

 

「──!」

 

 まさかと思い、空中を舞う《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を見上げるゲドだったが予想は妄想。視線の先にリリルカの姿はない。

 

「引っかかりましたね……」

 

 声は、背後から。背筋を蹂躙する悪寒を連れて、ゲドの耳に響いた。

 

「どう、いう?」

 

 咄嗟に振り向いたゲドの瞳に映し出されたのは、炎を猛らせる紅の短刀(ナイフ)。それは詠唱を必要とせず、瞬時に魔法を発動させる異質なる武器。

 

『魔剣』。

 

「吹き飛んでください」

 

 リリルカがそう言うや否や、紅の短刀(ナイフ)から炎の塊が放たれて、ゲドの背中を殴った。

 

 直撃(クリティカルヒット)

 

「馬鹿なぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 魔剣の炎に焼かれる背中の痛みに絶叫しながらゲドは吹き飛び、二度、三度、と地面に殴られるように叩きつけられて、十メドル以上も転がり続けた先で、ようやく停止を許された。

 

「ま、けん……だと?」

 

 朦朧とする意識の中でゲドが目を向けた先には、粉々に砕け散る紅の短刀(ナイフ)を捨てて、宙から舞い戻った《劫火の神刀(ヴァルカノス)》をその手に収めるリリルカ・アーデの姿があった。

 

王手(チェック)、ですね」

 

 灼熱の殺意を揺らめかせる眼光(まなざし)が、地面に伏すゲドへ突き刺さる。

 

(なんだよ、その目は……それは、俺たち冒険者だけに許されたモンだろうが。なんで弱者であるはずのテメエが、俺をそんな目で見やがる……っ!)

 

 蔑まれるべき存在から蔑まれている事実に、ゲドは気が狂いそうになった。

 

(クソクソクソクソクソクソクソクソッ!! 話が違うじゃねえか、エニュオ!! アレを使えば、英雄を殺せるんじゃなかったのかよ!!)

 

 ジクジク、と痛む背中と屈辱に泣く心を落ち着かせるために、英雄殺しの力を授けたエニュオへ罵詈雑言を浴びせるゲド。

 

 一歩、一歩。また一歩、と地を滑走するかのごとく凄まじい速度(スピード)で迫り来るリリルカ・アーデから逃れる(・・・)ために、何とか立ち上がろうとするが、身体はゲドの命令を拒否して動かない。

 

(嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。コイツにだけは、殺されたくない!! サポーターに殺されるなんて、無様どころの話じゃねえだろ!)

 

 胸中で駄々を捏ねるように喚くゲドを、救う者はいない。

 

 しかし、救う物はあった。

 

 ──この剣は特別製でね。無いだろうが……もしも窮地に陥った時、君に大いなる力を授けてくれるだろう。

 

 妖術師(エニュオ)の声が、敗北()を前にしたゲドの脳裏に響いた。

 

(あぁ……そうだ。俺にはまだ取って置きが残ってたじゃねえか……)

 

 ギラリ。

 

 悪意の化身の双眸に、憎悪の輝きが帰還する。

 

「俺に英雄を殺しの偉業を成し遂げさせてくれ、《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》……!!」

 

 ゲドが声の限り叫ぶと、右手に握る《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》が血色の液体を噴き出し始めた。まるで、ゲドの願いを叶えるように。

 

「いけ、ないっ!」

 

 直感が叫ぶ死の気配をリリルカに伝えようとするベル。

 

「させません!」

 

 同じく、異様な気配から危険を感じ取ったリリルカが、トドメを刺さんと懸命に距離を詰める。

 

 だが。

 

 一秒、遅かった。

 

「【纏え狂乱(オルギア)、英雄殺す血飛沫よ】」

 

 頭の中に直接語りかけてくる《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》の言葉をそのまま詠唱すれば、剣身から溢れる血色の液体がゲドを包み込む。

 

 蠢動する血液。増幅する狂気。

 

 ──まるで蛹から蝶が羽化するかのように、ソレは舞台に乱入する。

 

「あはははははははは!! なんだ、この感覚! 何でもぶっ壊せるような全能感は! 最高だ! 最強だ! 今、俺は人間の頂きに立っている!! 誰にも俺を止められないぃいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 歓喜の絶叫によって霧散した液体の中から現れたのは、白目を剥いて口から涎を垂らすゲドの姿だった。

 

「ゲド・ライッシュ……貴方は……」

 

 呆然の呟き。執念の成れの果てを前に、リリルカは何と言えばよいのかわからなかった。

 

 ──今の彼を表す言葉を、知らなかった。

 

「オカシイなー! 馬鹿馬鹿しいなぁー! なーんで、今までこうしなかったんだろーなー! 全くもって不思議だぜぇええええええええええ!」と愉快そうに叫ぶゲド。

 

「どうだ、これが《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》だ!! 英雄殺す偉大な武器だ!!」

 

 見せびらかすように天へ掲げる長剣(ロングソード)も、使い手と同じく異様な変貌を遂げていた。

 

 蛇のようにグニャグニャと奇怪な形をした剣身。ドクンドクンと赤黒い光を鼓動させる(フラー)。柄の中心部分には崩れ落ちる搭が装飾されている。

 

「ぅ……なんて悍ましい……」

 

 禍々しいを通り越して吐き気さえ催すその長剣(ロングソード)は、見ているだけで気が狂いそうになるほどであった。

 

「さぁ、狂おうぜ! リリルカ・アーデ! お前の悲鳴を聞かせてくれぇ!!」

 

 豹変したゲドがケタケタと嗤いながら、迫り来る。その速度(スピード)、尋常ではなく。先ほどまでがLv.4相当の戦闘能力だとすれば、今はLv.5の領域に達していた。

 

「眼で、追い切れない!?」

 

「これでテメエの人生幕引き! お疲れさんだぜ、死に晒せ! 泣いて喚いての、命乞い! 涙、鼻水、撒き散らせぇええええ!!」

 

 レベルの差が二つ開いたことで、両者の力量差は明確に開いてしまった。

 

「オラオラオラ!!」

 

「ぐ、ぅう……!?」

 

「まだまだまだ!!」

 

「あ……ぐぅ……」

 

 ゲドが振るう一撃を受け止めるごとに、リリルカは枯葉のように軽々と吹き飛び。即座に迫ったゲドの一撃を受けとめて、また吹き飛ばされる。

 

 防戦一方(ディスペアー)

 

 これまでの激闘が茶番に見えるほど、隔絶。

 

「戦いってのは、死にかけてからが本番だよなぁ! そうだよなぁあああああああ!!」

 

「喧しい……ですっ……!」

 

 今のリリルカに出来るのは、ゲドの猛襲を凌ぐことぐらいだった。

 

 ○

 

「リリ……」

 

 一秒を経るごとに掠り傷を増やし血を失っていくリリルカを、見ていることしかできないベル。

 

「無様が、過ぎる、だろ……っ!!」

 

 自噴は頂点に達し、慚愧(ざんき)は暴れ回り、惨苦が心を軋ませる。

 

「倒れてる場合じゃないのに……っ!!」

 

 動け、動け、と意思を燃焼させるが、壊れかけの身体は緩慢な動作しか許してはくれない。

 

(どうすれば、リリを助けられる?)

 

 必死に可能性を模索するベルだが、動くのは頭だけで肉体はガラクタ同然。

 

「リリを……守るん……だろうがっ!!」

 

 藻掻き、足掻いて、立ち上がろうとして、地面に倒れて。また立ち上がろうとしたその時だった。

 

 ころん。

 

 ベルの目の前に亀裂の入った試験管が転がってきた。

 

「こ、れは……」

 

 高等回復薬(ハイ・ポーション)

 

(右のポケットを探ってもなかったから、割れてしまったと思ってたのに……)

 

 ゴライアスの戦闘時に飲もうとしたときには既に行方不明だった、ナァーザがおまけしてくれた六本目の高等回復薬(ハイ・ポーション)が、今になってベルの前に現れた。

 

(あり得るのか、こんなこと……)

 

 奇跡を目の辺りにして言葉を失うベル。

 

 紛失した高等回復薬(ハイ・ポーション)が目の前に現れるのもそうだが、ゴライアスとの戦闘を始め、リリルカとゲドの激闘を無事に生き残ったのもまた奇跡。

 

 まるで高等回復薬(ハイ・ポーション)が何者かの祝福(・・)に守られていたかのようだと、ベルは思った。

 

(いや、祝福だろうが、奇跡だろうが、なんだって構わない。大事なのは、高等回復薬(逆転の一手)がここにあるということだ……!)

 

 糸よりも細く、砂粒よりも小さい、けれど確かな勝利への活路を見出したベルは、爪の間に土が侵入するのを気にも留めず、命令に背く右手を必死に動かして──。

 

「よ、し……掴んだぞ……」

 

 英雄の手に、高等回復薬(ハイ・ポーション)が握られた。

 

 復活の時は来た。

 

 王子と王女が揃って始めて、舞踏会は幕を上げるのだ。

 

 ガラスの靴はもういらない。

 

 必要なのは、二人が並び立つ勇気だけ。

 

 ○

 

「あははははははははははははは!!」

 

 狂乱するゲドの暴威が、リリルカを着実に冥府へ近づけていた。

 

「くぅっ!」

 

「惰弱、軟弱、薄弱、脆弱、微弱、虚弱、羸弱(るいじゃく)! よってテメエは敗北!」

 

 技も何もあったものではない、本能だけで振るわれる連撃から伝わってくるのは悪意ではなく、狂気だった。リリルカを憎む気持ちも、ベルを憎む気持ちも、無くなってしまってがらんどう。

 

(駄目です、完全に剣に支配されてしまっている!)

 

 許されざる悪であろうとも確かに心に宿していたはずの想いが消失した剣舞は、もはや台風や雷雨といった災害そのもの。想いと想いが鎬を削る、人の戦いはもうここにはなかった。

 

「なんて、デタラメな腕力っ!?」

 

「俺の腕に宿る力は、ゴライアスすら凌駕する!!」

 

「随分と饒舌になったじゃありませんかっ!!」

 

 捌いて、弾いて、避けて、劫火で視界を遮って、あらゆる手段を講じて延命を図るリリルカ。しかし、所詮は延命。

 

 今のリリルカ・アーデでは、逆立ちしても狂ったゲドには敵わない。

 

 敗北と死の運命からは逃れられない。

 

(何か、何か、逆転の一手をっ!)

 

 英雄の意思を変身(シンダー・エラ)という形で宿しているリリルカに、諦めるという選択肢は存在しない。何よりもベルの力を借りておきながら、膝を付くなど許されない。

 

(何か、何か、何か、何か!)

 

 猛攻を凌ぎながら視線を巡らし思考を回していたその時だった。

 

「ぁっ」

 

 剣を捌くために一歩、退いた先にあった小石に躓いたリリルカは、僅かに姿勢を崩してしまった。それは、見る人によってはとても隙が生まれているようには思えないだろう。

 

 しかし、リリルカとゲドによる極限の戦いにおいては、死を決定づける致命的な隙だった。

 

「なんて不幸な末路かなぁああああ!! 小石に躓き隙晒すなんざ、全くもってツいてねえ!! そうだな、そうだろ!! リリルカ・アーデ!!」

 

 舌を出しながら襲い掛かるゲドという名の狂った獣。

 

「俺の勝ちで、テメエの負けだぁあああああ!!」

 

 禍々しい長剣(ロングソード)の剣先がリリルカの額に触れようとした。

 

 ──瞬間。

 

「まだだぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 英雄が十二時告げる鐘音(ぜっきょう)を十七階層に響き渡らせながら、ゲドの振り下ろした《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》の一撃を《ヘスティア・ブレイド》で弾き返した。

 

「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ!!」

 

 その威力凄まじく、ゲドは十二メドルも先へ吹き飛ばされていく。

 

「遅れてごめん、リリ!」

 

 そう言って、ベルがリリルカを庇うように前へ立つ。

 

「ベル様……」

 

 窮地から救ってくれて嬉しい。今も自分を守ろうとしてくれて嬉しい。

 

 でも……その優しさは、今だけは、欲しくない。

 

「あとは僕に任せて。君を傷つける悪意を払ってみせるから」

 

 英雄の背中は、変わらず頼もしい。全部を、託してしまいたくなる。

 

 この人なら、ベル様なら、【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】なら、狂気の傀儡(ゲド・ライッシュ)に勝利してくれると本気で思う。

 

 ──しかし、それは英雄譚。ベル・クラネルが紡ぐ【英雄神聖譚(イロアス・オラトリア)】の一幕。

 

 ──思い出せ、リリルカ・アーデ。二章は貴女の為にあるということを。

 

「ベル様っ!」

 

「は、はい!」

 

 突然の一声に、ベルは思わず姿勢を正してリリルカの方へ向き直った。

 

 なに? 

 

 そう紡がれるはずだった言葉は、世に生まれ出でることはなく。

 

「そうか……君は……」

 

 英雄の視線に映るのは、王子に守られるお姫様ではなかった。自らの因縁に決着をつけようとする英雄が、そこにはいた。

 

 ──主役は誰かを、告げていた。

 

「あの人は……ゲド・ライッシュは……リリが過ちを犯してしまった結果、悪の道へ堕ちてしまいました。もしも、リリと関わらなければこれほどの悪意を抱くことはなかったでしょう」

 

 ベルは黙って、リリルカの言葉に耳を傾ける。

 

「アレは、リリの罪の象徴です。歩んできた過去そのものです」

 

 額に汗を浮かべ、頬の裂傷から血を流しながらも、リリルカの眼差しは真っ直ぐなままだ。勝利を渇望したままだ。

 

「これはリリの『冒険』です。リリが断たなければいけない、因縁です。リリが向き合わなければならない、罪です」

 

 ですから! とリリルカ・アーデが叫ぶ。

 

「ここまで言っておいて情けないかもしれませんが、リリと一緒に戦ってください! 前へ未来へ進むために! ベル様の力を、お貸しください!」

 

 ベルと同じ深紅(ルベライト)の瞳が、英雄の双眸が、燦然と輝く。

 

 知っている、その瞳に宿る輝きの意味を。知っている、この輝きを失わせる言葉がこの世に存在しないことを。

 

 ──だって、そっくりだから。自分自身(ベル・クラネル)に。

 

 ならば、答えは一つ。

 

「リリ、君の『冒険』を僕に支えさせてくれ!」

 

「感謝致します、ベル様!」

 

 炉の女神の刀を担う英雄(ベル・クラネル)と、劫火を猛らせる刀を担う英雄(リリルカ・アーデ)が並び立ち。

 

「乱入上等! 俺が最高! テメエら両方、晒し首ぃいいいいいいいいいいい!!」

 

 狂気に堕ちた憐れな男(ゲド・ライッシュ)との最後の戦いが、幕を開けた。

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