ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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これは誰にも語られない御伽噺。


十二時を超えて(グランドフィナーレ)

 

「リリ! 君は奴を倒すことだけ考えるんだ! 守りは僕に任せろ!」

 

「了解です、ベル様!」

 

 交わす言葉は一瞬。交える視線も一瞬。それで総てが伝わる様は以心伝心。

 

 二人はまるで一つの生命体であるかのように、理性を失い狂気の傀儡に堕ちたゲドへ向けて大地を蹴った。

 

 一秒満たず、射程圏内。

 

「斬らせろ、英雄! テメエの首をぉおおおおおお!!」

 

 鼓膜を蹂躙する不快な金切り声を発しながら、ゲドが振り下ろした《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》をベルが完璧な拍子(タイミング)で弾く。

 

「なんて空っぽな剣なんだ」

 

 理性も意思も想いも宿らない、獣の一撃は英雄(ベル)にとって脅威とならない。

 

「今だ、リリ!」

 

「はい!」

 

 仰け反るように姿勢を崩して無防備な胴を晒すゲドへ、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を振るうリリルカ。腰をひねり両肩と軸足に溜めた力を一気に解き放ち、薙いだ一刀は神速。

 

 僅か一合で勝敗が決すると思われた、次の瞬間。

 

「終わりは死ねえよ、まだまだなぁ!! 俺は勝つため最善尽くす!! それが当然、常識だよなぁあああああ!!」

 

 ゲドは姿勢を整える択を取らず、仰け反る勢いのままに片手を地面につけてバク転することで、致死の閃撃を回避した。

 

「おらよっと」

 

 バク転は五度、両者の距離が再び離れる。

 

「厄介だな……理性を失って、奴の行動から(パターン)が抜け落ちてしまっている……」

 

「気を引き締めましょう」

 

「うん」

 

 仕切り直すように、得物を構え直すベルとリリルカ。両雄、正眼の構え。

 

 対するゲドは、命を失う危機に見舞われたにもかかわらず、ケタケタと壊れたように笑っている。死をも怖れぬ狂気が、彼を支配しているようだった。

 

「次は俺の番だよなぁ! どっちを殺るかは気分次第! 楽しみにして待ってろよ!」

 

 四足歩行の肉食獣を彷彿とさせる低い姿勢のまま、右へ左へ蛇行しながらベルとリリルカへ向けて疾走する。

 

 ──距離、6メドル。

 

「右か左か! 表か裏か! イチかバチか! 天に身を委ねようぜぇ!!」

 

「二択なんて、存在しない。お前の攻撃はすべて、僕が受けると決まっている!」と叫んだベルは、ゲドの動作を模倣(トレース)するように地面を蹴って駆けだした。

 

「王子を気取るか、英雄が! やっぱりテメエは英雄擬き(エセ・ヒーロー)!」

 

 鏡映しの稲妻が、戦意を吼えながら激突する。

 

「ぐぅうううう……」

 

乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》の剣身が《ヘスティア・ブレイド》の刀身と重なった瞬間、ベルの全身を凄絶な衝撃が襲った。

 

(リリは、これを何度も捌いていたのかっ!?)

 

 種族的体格差が甚だしいリリルカからすれば、ゲドが繰り出す攻撃の悉くが致命傷だったに違いない。一度でも選択を誤れば首と胴が永遠に決別する、薄氷を踏むかのごとき攻防を自分が参戦するまで続けていたことに、ベルは驚嘆を隠しきれない。

 

(これは、僕も負けていられないな……!)

 

 一合打ち合うごとに腕の感覚が麻痺していくのに、ベルの闘志は寧ろ燃え上がる一方だ。

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

「らぁあああああああ!!」

 

 闘志と狂気が鎬を削り、巻き起こる斬撃の嵐(テンペスト)

 

 無軌道、乱雑、稚拙、人間の技として最低極める連撃を膂力と狂気だけで絶技の領域まで押し上げるゲド。

 

 合理、鋭利、老練、人間の技としてある種の理想を体現している剣の窮みに立つベル。

 

 対極にある二人の、異質な鍔迫り合いが十合ほど続いた時、リリルカが叫んだ。

 

「ベル様!」

 

 名前を呼ばれただけで、取るべき行動を理解したベルは咄嗟に首をくいと捻った。

 

 ボン! 

 

 直後、殺意が込められた劫火の塊がベルの頬を撫でるように過ぎ去って、ゲドの顔面に直撃(クリティカルヒット)した。

 

「熱いじゃねえか、クソガキがぁああああ!!」

 

 しかし、狂気に操られているゲドは火傷程度で動きを止めず。憤怒の薪を()べて、狂気を炎炎と燃え盛らせる。

 

英雄擬き(エセ・ヒーロー)の前に、ガキを殺そう! そう決めた、この俺が! 誰の許可も求めはしない!」

 

 火傷を負わされた復讐をするために、目の前に立ちはだかるベルを無視してリリルカの元へ向かおうとするゲド。

 

「行かせるかぁああああ!!」

 

 リリルカの盾になると心に定めているベルは、過ぎ去ろうとするゲドへ足払いを繰り出した。

 

「あぁ!?」とゲドは一驚の声を発しながら、顔面を先頭に地面と激突する。狂気で理性が蒸発していなければ、間違い無く避けていただろう一撃。

 

 狂気の傀儡となった欠点が、ここで露呈した。

 

「今だ、リリ!」

 

 ベルが叫ぶ。

 

「これで、終わらせますっ!」

 

 阿吽の呼吸。ベルが足払いをすると先読みしていたリリは、既にゲドが晒す無防備な背中に向けて劫火滾らせる《劫火の神刀(ヴァルカノス)》の一刀を放っていた。

 

 ──悪意の化身はここで討たれ、二人の英雄に勝利の栄光が訪れる。

 

「そんなの認められるわけねえだろぉおおおおおがぁあああああああああああああ!!」

 

 ゲドが放つ大音声。

 

 敗北の運命を拒絶する悪意の化身(ゲド・ライッシュ)の意思を汲み取った《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》は、その剣身から狂気(トゥレーラ)を花粉のように振り撒いた。

 

「これ、は……!?」

 

「身体が……!?」

 

 洩れる声は困惑。

 

 勝利を目前とするベルとリリルカは、突如として肉体の制御(コントロール)を失い硬直してしまった。

 

 ──囚われたな、狂気に。

 

 何処からか、嘲る声が聞こえたような、気がした。

 

「あと、少し、なのにっ!」

 

 ゲドの背中を斬り裂く寸前だったリリルカは、必死に《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を振り下ろそうと腕に命令を下すが、まるで言うことを聞いてくれない。

 

「動け、よっ!」

 

 ベルも然り。二の矢として構えていた《ヘスティア・ブレイド》を握る腕は石のように固まって動かない。

 

「くくくっ……かかかっ……ぎゃはははははははっ! 本っ当に便利だぜこの剣は! ……愉快だなぁ……悲劇だなぁ……勝利を確信してた奴らが、たった一手で形成逆転させられちまうだなんてよぉ……現実ってのはなんて非情なんだ」

 

 そう言いながら、わざとゆっくり立ち上がって、狂気に肉体が縛られたベルとリリルカを芸術品でも眺めるかのようにしげしげと見つめるゲド。

 

「テメエらの精神が(コイツ)みたいに脆弱なら、肉体が強化されるだけだっただろうに。鋼みたいに硬い意思を宿してるばかりに、狂気に抵抗しちまって。その結果、指一本も動けなくなっちまうんだもんなぁ……可哀相になぁ……憐れだなぁ……」

 

「なぜ、すぐに、殺さない……っ!」

 

 貪欲に勝利を希求するベルにとって明確な隙を晒した敵を前にしながら、即座に殺さず、心を陵辱するのを目的として談笑に興じるゲドの思考が理解できなかった。

 

「やっぱ分からねえよな、才能も幸運も何もかも持ってる世界に選ばれた英雄様にはよぉ!! 持たざる者の惨めさなんざ、一セルチだって理解できるわけがねえよなぁ!!」

 

「がはっ……」

 

 激情に突き動かされるように、ゲドがベルの顔面を殴った。

 

「ベル、様……」

 

「安心しろ。コイツを嬲り殺したあとで、たっぷり痛めつけてやるからよぉ……クソガキィ……」

 

 愉悦に濡れた双眸をリリルカに向けたあと、ゲドは再びベルを見た。

 

「格上相手をブチ殺す、常識破りの英雄様も、動けなくなっちまえば、ただの雑魚っ! 凡夫と変わりゃしねぇ雑魚っ!」

 

 二度目の殴打が、ベルの顔面を襲う。

 

「雑魚、雑魚、雑魚、雑魚! ベル・クラネル、テメエは雑魚!」

 

 これまでの恨みを晴らすように、顔面、腹、胸、腕、足、とあらゆる部位を痛めつけるゲド。英雄を虐げる超弩級の快感は『神酒(ソーマ)』でさえ得られないに違いない。

 

「動けないかぁ!! 動けないねぇ!! テメエが散々見下してた奴に痛めつけられる気分はどうだ!! 今まで感じたこともないくらいに、最高(さいあく)だろ!!」

 

 殺意さえも忘却しベルを嬲り続けるゲドは、勝利を確信しているのか。右手に持っていた《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を地面に突き刺して、両手を使いベルを殴る作業に没頭し始める。

 

 殴打。殴打。殴打。殴打。

 

「うっ……くっ……ぐっ……がっ」

 

 重傷を負う身体に、更なる痛苦が絶え間なく噛みついてくる。しかし、ベルは決して意識を手放そうとせず、狂気を超克せんと胸に宿る意思を加熱させていく。

 

「おいおい、どうしたよぉ! 狂気程度、軽々と乗り越えてこその英雄じゃねえのかぁ! 情けねえぞ、詰まらねえぞ、もっと抗ってくれよ!」と歓喜を叫びながら、ベルの鳩尾(みぞおち)に拳をめり込ませるゲド。

 

「かはっ!」

 

 堪えきれず、口を開いたベルの口から血の泡が噴き出た。

 

「……う……ご……い……てぇ……」

 

 ベルの命が削られていく様子を見続けるリリルカは、狂気を粉砕して肉体の自由を取り戻そうと意思を燃やす。しかし、意思を燃やせば燃やすほど、肉体の自由は奪われていくばかりだった。

 

(このままじゃ、ベル様が……)

 

 英雄は不死ではない。鋼の意思で死に半分浸っている肉体を生の側に引っ張っているが、いずれ限界が訪れてしまう。

 

(なんとか……しないと……!)

 

 今の絶望的な状況を変えられるのは、自分しかいないことをリリルカは理解している。だからこそ、肉体を縛る狂気を振り解こうと必死に、懸命に、奮闘する。

 

 だが、肉体は意思の力を否定するようにピクリとも動かない。

 

 こうしてリリルカが藻掻いている間にも、ベルはゲドに嬲られて命の灯火を弱めている。急がなければならない。ゲドが溜飲を下げてしまえば、直ぐにベルを殺してしまうのは明白。

 

(何か、狂気から逃れる手段が……)

 

 逃れる? 

 

 リリルカは、違和感を抱いた。何か、致命的な間違いを犯しているような気がしてならないのだ。

 

(あと、少しのところまで来てるのに……)

 

 違和感の正体を突き止めるために、思案を巡らせるリリルカ。意識を内側に向けて、記憶の本棚から数分間前の過去が記された本を取り出す。

 

 ──テメエらの精神が(コイツ)みたいに脆弱なら、肉体が強化されただけだっただろうに。鋼みたいに硬い意思を宿してるばかりに、狂気に抵抗しちまって。その結果、指一本も動けなくなっちまうんだもんなぁ……

 

「あ……」

 

 そうか。

 

 リリルカは、勝利に辿り着く道標を見つけ出した。

 

 何度目かの賭け。しかも、今回は失敗する可能性の方が高い。不確定要素は多数、賭けの対価として支払うモノは、最低で両腕。最高で命。

 

 しかし、ベルを助けられるのならば、ゲドに勝利できるのならば、余りにも安い対価だった。

 

 リリルカは詠う、英雄から灰被りの少女に戻る魔法の言葉を。

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 瞬間。

 

 灰がリリルカを包みこみ、英雄の証たる純白(スノーホワイト)の髪と深紅(ルベライト)の瞳は溶けて消え、ただの少女が現れた。

 

 英雄でない、灰被りの少女が。

 

「っ……!」

 

 途端、リリルカの意識を浸蝕する狂気。思考はバラバラに分解されて、ゲドへの殺意で心が満たされていく。

 

(殺す……殺す……殺す……ゲド・ライッシュを殺す……!)

 

 ベルを助けるという最優先事項さえ忘却して、殺意の波動に溺れるリリルカ・アーデ。

 

 堕落する少女の身体が、狂気に支配されそうになったそのときだった。

 

 ──汝、我を担うに足りず。我が英雄の未来(たびじ)を共に歩む資格なし。

 

 両手で握る《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が、リリルカを拒絶するように劫火をほとばしらせた。

 

 ゴウ。

 

「熱っ……!?」

 

 腕を燃やし尽くすほどの劫火の熱に、狂気に貪られていたリリルカの意識が正気の側へ強引に戻された。

 

「ぐぅぅぅぅぅ……」

 

 次に襲い掛かるのは、意識が灰燼に帰すほどの激痛だった。

 

 ──離すがよい、灰を被った少女よ。汝が我に触れることは許されない。

 

劫火の神刀(ヴァルカノス)》の警告が、脳裏に厳然と響く。

 

(……警告、感謝いたします。ですが、この一瞬だけ、弱き者であるリリが貴方様を振るう無礼をお許し下さい)

 

 胸中の謝罪も《劫火の神刀(ヴァルカノス)》には無意味。

 

 今すぐその手を離せと言わんばかりに、劫火は激しさを増していく。

 

「く、ぅ……」

 

 それでも、リリルカは歯を食いしばり激痛に抗って、ベルを助けるべく動き出した。

 

(まるで玩具を与えられた幼児ですね……)

 

 ベルを嬲るのに夢中で視野狭窄に陥っていたゲドは、ゴウゴウと猛る劫火の音にさえ気付かず、自尊心を満たす自慰行為に等しい暴行を続けている。

 

(やはり……貴方様は、何処まで行ってもゲド・ライッシュでしか無いんですよ……今まで何度もリリを、ベル様を殺す機会(チャンス)はあったのに、結局は欲望を優先してしまうんですから……)

 

 ──だから、負けるんです。

 

 憐憫すら覚えるゲドの背中を視界に捉えたリリルカは、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を振り上げて──。

 

「まだ反抗の意思があるとは、吃驚仰天!!」

 

 ぐるり、と首だけをリリルカに向けるゲド。【シンダー・エラ】を解除してLv.1のサポーターに戻ったリリルカの不意打ちに勘づくのは、実に容易いことだった。時間にして一秒も要さない。

 

 それほどサポーターのリリルカと実力が隔絶していることを、ゲドは理解していたのだ。

 

 故に慢心はなく、驕傲もなく。あるのは、自信と余裕だけ。

 

「コッチはまだお楽しみなんだ! テメエはコイツが嬲られるところをじっくりゆっくり眺めてりゃいいんだよ!」と叫んで、リリルカに向けて拳を振り翳すゲド。

 

 ニヤリ。

 

「今回の賭けもリリの勝ちですね」

 

 嘲るような笑みを浮かべるリリルカ。

 

「強がりは止せよ、馬鹿野郎!」

 

「お馬鹿さんは、貴方様の方ですよ!」

 

 全身全霊をかけて、ゲドの拳を回避すると、その勢いのまま、リリルカは地面に突き刺さっている《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》へ《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を叩きつけた。

 

 ──神星鉄(オリハルコン)で鍛えられた重量凄まじき黒刀をサポーターに戻ったリリルカが持ち上げられたのは、【縁下力持(アーテル・アシスト)】というスキルを発現させていたからだということを、ゲド・ライッシュは知らない。

 

 ──それが、唯一の隙。

 

 ガキン!! 

 

 耳朶を打つ甲高い音。宙を飛んでいく長剣。逆転する形勢。

 

「な、何してくれてんだぁああああああああああああああああああ!!」

 

 狂気の傀儡から強制的に脱せられたゲドが、喉引き裂けんばかりの絶叫を十七階層に轟かせた。

 

 しかし、それは、愚行以外の何ものでもなく。

 

「余所見とは、良い度胸だな」

 

「はっ!?」

 

 咄嗟に振り向いた先、ゲドの瞳に映ったのは《ヘスティア・ブレイド》を構えるベルの姿だった。

 

「ちょっと、待てっ──!?」

 

「否、待たない!!」

 

 英雄の裂帛。

 

 斬。

 

「ぐぁあああああああああああああああ!!」

 

 胴を袈裟斬られたゲドは鮮血を噴き出しながら横転を繰り返し、ボロ雑巾のように地面に叩き付けられた。

 

「が、ご、ほっ!?」

 

 吐血に次ぐ吐血。勝利を確信していた滑稽な贋物(ゲド・ライッシュ)は、内臓を蹂躙する刀傷に身悶えながらも、必死に《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を探して、地面を這いずる。

 

「あ、あれ、さえ、あれば……」

 

 未だ自分を英雄殺しだと勘違いしているゲドは、逆転の余地があると信じて疑わない。

 

「あ、ああ、あ、あった……」

 

 幸運(ふこう)にも、二メドル先に《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を見つけたゲドは、傷が広がるのも厭わず、芋虫のようにズルズルと地面を這って進んでいく。

 

「俺は、負けない……負けてない……悪いのは……アイツらだ……」

 

 事ここに至っても尚、ベルとリリルカに総ての責任を押し付けようとするゲド。

 

 一メドル。

 

乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》、すぐそこに。

 

「俺は……英雄殺し……だぞ……こんなところで……終わるような……人間じゃ、ない……」

 

 常人離れした執念が、冥府へ案内される寸前のゲドの身体を動かして、遂に一は零となる。

 

「やったぜ……」

 

 右手に掴む《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》。きっと更なる秘策を披露してくれるに違いないと思っているゲドは、青ざめた顔貌に笑みを湛える。

 

 そこへ。

 

「ゲド・ライッシュ……」

 

劫火の神刀(ヴァルカノス)》を担い、冷酷な瞳を以てゲドを見据える灰を払った英雄(リリルカ・アーデ)が現れた。

 

「あぁ…………」

 

 穢れなき純白(スノーホワイト)の髪に、覚悟が宿る深紅(ルベライト)の瞳を見上げたゲドは、『酔い』が醒めたような感覚に陥った。

 

(あ、れ? 今まで、俺は、何をしてたんだ? どうして、こんな化物どもに、挑もうなんて馬鹿なことを……)

 

 恐怖は即座に全身へ伝播した。カチカチと音を鳴らし始める歯。不安定になる動悸。悪寒に凍える背筋。

 

 この瞬間、英雄殺しを願う悪意の化身は、群衆の一人(ゲド・ライッシュ)へ戻った。

 

「ま、ま、待ってくれ! 一旦、落ち着こう! 何かお互いの認識に重大な食い違いがあると思うんだ! えーと、あーと。じ、実は俺は、テメエらの英雄としての資質を試そうと思ってな! これは、そう、試練だったんだよ! テメエんところの神様に頼まれただけなんだよ! 本気で殺すつもりなんて、なかった! 全然、これっぽっちも! だって、そうだろ! Lv.1の雑魚が、今をときめく【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】様と戦える力を急に手に入れられるわけないだろうが! 常識的に考えてさ! それに殺す機会(チャンス)は何度もあったのに、なぜか見過ごしてただろ? アレもわざとだ。そうしろって命令されたんだよ! さっきまでのだってそうだ! あれもその前も、ゴライアスをベル・クラネルと戦わせるのも全部、お前んところの神様が企てたことだ! 俺はただ、従っただけ! 依頼通りに動いただけ! 今喋ってることは最初から最後までぜーんぶ、本当のことだ! 嘘なんて欠片もない! 信じてくれよ! な! 頼むぅよぉ!! 命だけは勘弁してくれぇええええええ!!」

 

 ゲドは我が子のように《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を抱いて、滂沱の涙を流し、鼻水をだらだらと垂らしながら、命乞いを始める。

 

「ここまで来て、嘘を吐くだなんて、呆れた人ですね、貴方様は」

 

 はぁ、と溜息をつくリリルカ。

 

「嘘じゃない! 本当だ! じゃなきゃおかしいだろ! 俺があのベル・クラネルを相手に五分五分で戦えるなんてよぉ!」

 

「そこじゃありません」

 

「あ、え?」

 

 ゲドの表情筋が硬直する。

 

「リリのところの神様は、純粋な趣味神(こども)なんです。お酒造りにしか興味がない方なんですよ、困ったことに。だから、貴方様が言ったような依頼なんて出すわけがありません」

 

「あ……あ……あ……」

 

 致命的な失態(ミス)を犯したことをようやく理解したゲドは、言語能力を消失させた。

 

「もう、これ以上、無駄話をするのは止めましょう」

 

「ぅっ!」

 

劫火の神刀(ヴァルカノス)》の(きっさき)をゲドの喉に突きつけて、リリルカは言った。

 

「ゲド・ライッシュ。貴方様の懇願に対してリリが提示できる唯一の救済手段は、自害だけです」

 

「じ、がい?」

 

 リリルカの発した言葉の意味がワカラナイのか、ゲドが幼い子供のように呟いた。

 

「そうです、自害です。あなたは道中、楽しそうにリリへ語って聞かせましたね。リリの家族──つまり【ソーマ・ファミリア】の団員を殺したと」

 

「嘘、嘘! 殺してない! あれはテメエを動揺させるための作り話だ! 皆、無事! 今ごろ楽しく酒でも飲んでるさ!」

 

「いいえ、嘘ではありません。リリはこれまで沢山の冒険者様の顔色を窺って生きてきました。だから分かるんですよ、貴方様が言ったことが本当だと」

 

「しょ、証拠は、ねえだろ……」

 

 ええ、とリリルカは頷いた。

 

「確かに証拠はありません。もしかしたら、本当は生きているのかもしれません……」

 

「だったら、殺すのは違うだろ! それじゃ、俺とやってること同じじゃねえか! 私刑だぜ! 私刑! テメエはそれで良いのかよ! 英雄様から軽蔑されるんじゃねえか……? な……? な……?」

 

 暗に二人を殺すつもりだったと自白したことにさえ気付かず、説得を試みようとするゲド。

 

「軽蔑されようと構いません。貴方様は、とても……とても大きな罪を犯しました。リリだけでなく、無関係な人たちを……ベル様を、巻き込んだんです……」

 

 リリルカの双眸に雷光がほとばしる。

 

「そん、な……」

 

 殺す理由は十分でしょう? と冷酷に告げるリリルカは、ゲドにとっては怪物(モンスター)と変わりなかった。

 

「その剣で、自分の意思で、首を掻っ切ってください。そして来世で今世犯した悪行を償うんです」

 

 ──どうです、悪くない提案でしょう? 

 

「っ!!」

 

 最低最悪の機会(タイミング)で自らの発言を使われたゲドは激昂。ここにきて、腕に抱く《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を握り締めて、リリルカの喉を貫かんとする愚挙に出る。

 

 刹那、

 

「うぎゃっ! 手、手がぁ!!」

 

 投槍の如く飛来した黒刀が、《乱戦剣(プセマ・ゲリョス)》を木っ端微塵に破壊した。

 

 投擲(ピルム・エスパーダ)

 

「言ったはずだ、僕がリリを守るって」

 

 瀕死の状態で地面に倒れていたはずベルが、ゲドの最後の足掻きを打ち砕いた。

 

「マジ、カ、ヨ……?」

 

 詰み。

 

「あ……あ……あぁ……」

 

 最早、逆転の芽がないことを悟ったゲドは、目を剥いて怒鳴り始める行動を選んだ。

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねえよ! どうして俺が殺されなきゃいけねえんだよ! 最初に盗んだのは、テメエの方だろうが! ただの被害者だぞ俺は! それが、改心したいですって盗んだ品を返しに来たところでな、遅いんだよ! なにもかも! それによ、テメエは俺に感謝するべきだぜ! テメエんところのクソ野郎どももな、俺と同じでテメエを殺そうとしてたんだよ! そんなどうしようもないクズどもを俺が殺してやったんだ! 手を汚してやったんだぞ! 殺人鬼になるのも躊躇わずに! なのに、恩を仇で返しやがって! ベル・クラネルに守られてるだけのお姫様が、偉そうに自害なんて命じてんじゃねえよ! それは、冒険者である俺様の台詞だろうが! その眼差しは、俺様がサポーターに向けるモンだろうが! なんだよ、こりゃ。おかしいだろ、何もかも! どうして、こんなことになってんだ!? あぁ!? 死ね!! テメエら両方、惨ったらしく死ね! 女を助ける俺様カッコイイなんてイキがってるガキがな、【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】なんて大層な二つ名もらってんじゃ──」

 

 言葉が、絶える。

 

「リリへの罵倒は許します。それが犯した罪への罰ですから」

 

 ですが。

 

「ベル様への謂われなき侮辱は、絶対に許しません」

 

 くるくる、と宙を廻る首は何も答えない。ただ生命の光を失った虚ろな瞳が、二人の英雄を捉えるだけだ。

 

(なんだってんだよ。話が違うじゃねえか、エニュオ。俺は英雄殺しになるんじゃなかったのかよ、あのホラ吹きが……ったく、どいつもこいつもクソばっかだぜ……)

 

 共犯者への文句が、ゲド・ライッシュの最後の思考だった。

 

 ──悪意の化身は、ここに散る。

 

 ○

 

「……良かったの?」

 

 激痛に堪えながらリリルカの前まで歩いてきたベルが訊ねる。

 

「はい、良かったんです。これで。……もし、今際の時に出た言葉が反省であったなら、片目を奪うだけで終わりにしようと思っていました」

 

 ですが、とリリルカは続ける。

 

「彼は……ゲド・ライッシュは、最後の最後までその性根を変えることはありませんでした。だから、後悔はしていません」

 

「リリ……」

 

「未来へ進むためにも、過去を受け入れるためにも、悪意の化身(ゲド・ライッシュ)との因縁はここで断たなければいけませんでした。これは、必要なことだったんです」

 

「そっか」

 

 見詰める少女の顔貌に曇りないことを認めたベルは、小さくそう呟いた。

 

「はい、そうなんです」

 

 リリルカはそう言うと、ベルへ《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を差し出した。

 

「勝手に使ってしまって、申し訳ありませんでした。叱責は如何様にでもなさってください」

 

「いや、叱責なんてするつもりはないよ。一時とは言え、《劫火の神刀(ヴァルカノス)》が君を担い手として認めたんだ。僕が怒るのは筋違いだよ」

 

「ですが……」

 

「いいから、いいから」と言って、ベルは《劫火の神刀(ヴァルカノス)》を受け取った。

 

「ベル様が、そう仰るなら」

 

 怒られずに済んだリリルカはほっとしたように息を吐いたあと、魔法の解呪式を詠った。

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 灰まぶされた光の群れがリリルカを包みこみ、やがて溶けて消えて無くなる。

 

 中から現れたのは、少女。栗色の髪と瞳をした、リリルカ・アーデだった。

 

「えっと、それは魔法、でいいんだよね?」

 

 ベルが訊ねた。

 

「はい、これは変身魔法(シンダー・エラ)といって、リリの想像した姿になれるんです」

 

「凄いよ、リリ! そんな魔法を持ってたなんて!」

 

 え。

 

「凄い、ですか?」

 

 予想外の発言に、リリルカは目を丸くする。

 

「そうだよ! だってその魔法を使ってからのリリの動き、僕と同じくらい速くて、剣の扱い方だって巧くなってたもん!」

 

「それは、ベル様を一部……その、模倣しましたから」

 

 突然の褒め殺しに、顔を羞恥で紅潮させて俯くリリルカ。対するベルは、【シンダー・エラ】の可能性に自分が負った傷の重さも忘れて興奮している。

 

「あの、ベル様……」

 

「どうしたの、リリ」

 

「怒らないんですか?」

 

「え、何を?」

 

 リリルカの発言の意味が理解できないベルは。首を傾げる。

 

「だって、リリはベル様の能力を模倣しました……それは貴方様の努力や経験を盗むのと同義です……とても、卑劣で、卑怯な行為です……」

 

「それは違うよ」

 

 ベルは言った。

 

「変身魔法はリリの武器なんだ。そして、リリは自分が持つ武器を使ったに過ぎない。模倣するのだって立派な力だ。だから僕はリリの選択を不快に思ったりしないし、咎めようとも思わない」

 

「ベル、様……」

 

 頬を上気させながら、リリルカはベルを見つめる。何処までも真っ直ぐで、眩しくて、雄々しい、憧れの君。

 

 自分の為に命さえ賭けてくれるベルに、リリルカは心奪われていた。

 

 だからこそ、ここで、伝えなくてはいけない。

 

 リリルカ・アーデの物語を、本当の意味で始めるために。

 

「ベル様、聞いて欲しいことがあるんです」

 

 明るい雰囲気を霧散させて、真剣な表情を浮かべるリリルカを見て、ベルも姿勢を正す。

 

「聞かせて、リリ。君が僕に伝えたいことを、全部……」

 

 そして、リリルカは灰色に染まった過去を洗いざらいベルへ喋った。一滴の嘘も落とさず、真実をすべて、語った。

 

「──こんなリリを軽蔑しますか?」

 

 ベルを見つめるリリルカの瞳は不安で揺れていた。

 

「まさか」と言ってベルはにこりと笑った。

 

 そして、純粋無垢な想いを紡ぎ出す。

 

「僕は善人だから、助けたんじゃない。僕は罪を償ってほしくて、手を伸ばしたんじゃない」

 

 リリだから。

 

「ぁ……」

 

 ずっと沈んでいた太陽が昇って、リリルカ・アーデを光で満たす。

 

「君がリリルカ・アーデだから、助けたいと思ったんだ。他に、理由なんてないよ」

 

 十二時を超えて、リリルカは真実の救いを得る。

 

「でも、敢えて言うなら……」

 

 そう言って、リリルカと視線を合わせるためにベルはしゃがんで。

 

「直感かな」

 

 出会った日の言葉を再び紡いで、笑って見せた。

 

「ベル……様……」

 

 涙が、ぽろぽろと零れ落ちるのを止める手段は存在しない。歓喜の落涙は、止めてはならない。

 

「また、泣かせちゃったね」

 

 よしよし、とリリルカを抱擁しながらベルは言った。

 

 暫くの抱擁で、心が落ち着いたリリルカは名残惜しいと思いながらも、ベルの温もりから抜け出した。

 

 そして。

 

 ──最後に、伝えさせてください。

 

 ──あの日、裏路地でリリを助けてくれたとき、酷いことを言って申し訳ありませんでした。本当は助けてくれて、凄く嬉しかったんです。

 

 ──だから、あの日、言えなかった言葉を今、贈らせてください。

 

『ありがとうございました、ベル様!』

 

 感謝の言葉のあとリリルカが見せた笑みを、ベルは生涯忘れることはないだろう。

 

 どんな笑みを浮かべたか、それを知るのはただ一人。

 

 リリルカ・アーデの英雄だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ヤハリマケマシタカ。シカシ、マダ利用価値ハアル。

 




正しいから守るのか、悪いから見捨てるのか。

英雄は迷いを振り払い、遂に真実(こたえ)を得た。
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