ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか 作:まだだ狂
「………………」
強敵ミノタウロスを打ち倒し無事エイナとの約束を果たしたベルは、しなやかな肌の温もりと抱きしめられた安堵からか、眠るように意識を失った。
今更かもしれないが、そもそもここまでの傷を負っていながらここまで歩けたことこそが奇跡なのだ。
ベルが結んだ誓いは見事果たされ、エイナの涙は拭われた。ならばこそ、今は眠れ
体力、気力、気合に根性は、今一時の安らぎを得て静かに眠りへとつく。目を覚まして前を向いた時、再び雄々しく進み続ける為に。
「べ、ベル君!」
「すぅ……すぅ……」
急に静かになったベルを見てまさかと思い心臓が止まるほど焦ったエイナだが、眠っているだけだと分かれば、優しくその頬を撫でて穏やかな笑みを浮かべる。
「本当に、よく頑張ったわねベル君……」
あれほどまでに鮮烈な雄姿を見せていたベルの眠る姿は、愛くるしさを感じさせる可愛らしい少年のもので。さきほどまでの、英雄を想わせるベルとは正反対な印象を受けたエイナは少しばかり驚く。
そしてエイナは思い出す。ベルはまだ14歳であり、少年と言える歳であることを。
(ふふっ……本当に可愛い寝顔。神ヘスティアは毎日見れるのよね? ……少し羨ましいかも)
この時ばかりはベルの主神であるヘスティアに少しばかり嫉妬するエイナだったが、おもむろに腰に付けたポシェットからエリクサーを取り出すとその口に流し込む。
(ベル君ったら、こんなに傷だらけになって……エリクサー、もしもの為にと買っておいて正解だったわね……)
いつも無茶ばかりしているベルを見て心配になったエイナは、ベルには内緒でポーションの最上位に位置する〝エリクサー〟を購入していた。
エイナが内緒にしていた理由は、直接渡したら「僕が勝手に無茶しているだけなのに、ここまで高価なもの受け取れません!」と断られそうな気がしたからだ。
もしかしたら「本当に受け取ってもいいんですか? ……ありがとうございます、エイナさん!」と喜んでくれるかもしれないと考えたエイナだったが、危険な状態になってもエリクサーを使わず気合と根性で立ち上がり「まだだ」と叫ぶ未来が見えたので、やはり内緒にしようと思い直したのだ。
エリクサーの効果は凄まじく、液体を流し込まれたベルの身体は瞬く間に再生していく。捻じ曲がった左腕は正しい形へと回帰し、壊死寸前だった右腕は人肌の色を取りもどす。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
神話に語られる一幕を目撃した人々が次々と声をあげる。後に吟遊詩人から語り続けられるだろう英雄譚を創り上げる英雄に喝采するのだった。
──ここに英雄は
──英雄の誕生に喝采を! 鮮烈なる英雄に祝福を! その道に炉の女神の加護あらんことを!
○
「ベル君、君はもう少し常識を知った方がいいと思うんだけど?」
「すみません……」
現在ベルとエイナは、ギルド本部に設けられた一室でテーブルを挟み向き合っていた。エイナのこめかみには青筋が浮かび、怒っていることは一目瞭然。
そんなエイナに対して、ベルは頭を下げることしか出来ない。たしかに約束は守ったが、あれだけの重傷を負い、エイナに心配をかけてしまったベルには申し訳なさしかなかった。
「でも僕は……」
「でも君は進み続けるんでしょ? ……知ってる。だからね、これは私のわがまま。君を心配している人が居るんだよって伝えたい、私のエゴなの」
「エイナさん……」
──エイナの言う通り、再び強敵が立ちふさがったならば、ベルは迷いなく立ち向かうだろう。どれだけ実力の差があろうとも、決して諦めることなく。
(本当に、僕はどうしようもないな……こんなに心配をかけてるのに、反省や後悔もしてるのに、前へと進むことしか出来ない)
どうしても、過去を振り返らずにひたすら前へとしか進めないベルは、内心で自分の在り方に毒づきながらも立ち止まるつもりは毛頭なかった。
これこそが己なのだと理解しているから。ならば答えは決まっている。
(前を向くんだ、そして未来をこの手で切り拓く! それが僕だ、ベル・クラネルだ!)
ふとベルが窓の外を覗き込めばすでに日は沈みかけ、儚げな夕焼けへと姿を変えていた。
ダンジョンに潜り早々にミノタウロスと遭遇したベルは、帰還した時はまだ碧空であったと記憶している。思った以上に気を失っていたと己の弱さを呪うベルだが、傍から見ればあれだけの重傷を負っておいてその日の内に目を覚ましたベルの方が異常だと突っ込むだろう。
「本・当・は! もっと言いたいことがあるんだけど! ……あまり遅いと神ヘスティアが心配するだろうから、とりあえず今日はここまで」
「あ、本当ですね……。早く帰らないと神様が心配しちゃいますよね」
心の中で自身と葛藤していたベルだが、エイナの言葉を聞いてようやく現実に戻る。
そして己の帰りを今か今かと待ってくれているだろうヘスティアを思い出す。日の傾きを見たベルは、いつもであればすでにホームについている時間だと悟る。
「ベル君……」
「……エイナさん? どうかしましたか?」
急いで帰り支度をするベルだったが、出口まで見送りに来たエイナに引き止められた。
ふと顔を見ればその頬は紅く染まり、その視線も右往左往している。
そんなエイナの表現を見て不思議に思うベルを尻目に、思い切ったようにその口から言葉が紡がれた。
「ベル君、あのね? 口うるさくなっちゃったかもしれないけど……えっと……その……約束守ってくれてありがとう! す、凄く嬉しかったよ!」
顔を真っ赤にしながら言葉を紡いだエイナはそのまま風のようにギルドへと走っていった。
「……それは、僕の台詞ですよ。ありがとう、エイナさん。あなたとの約束があったから僕はここまで諦めずに進んで来れました……」
「これからも、よろしくお願いします……!」
そんなエイナの後ろ姿を見て、