ベル君に「まだだ」を求めるのは間違っているだろうか   作:まだだ狂

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豊穣

 ミノタウロスとの死闘に勝ったことで大幅に【ステイタス】が上がり、【ランクアップ】すら可能になったベル。

 

 常軌を逸した速度で強くなり続けるベルだったが、その事実を知り喜ぶよりも先に、更なる力を求めて闘志を燃やし始める。

 

 食事を終えて深紅(ルベライト)の瞳に満ちる覚悟(ヒカリ)を見たヘスティアは頭を抱え、深く考え込む。

 

(ぐっ! このままじゃベル君は明日の内にでもランクアップして、ダンジョンでまた無茶するに違いない!)

 

 ベルから伝え聞いただけでも、死んでいてもおかしくはない傷を負っていたと理解できるヘスティアは、彼を休ませる為の秘策を出す。

 

「なぁベル君……」

 

 予め逃げられないように抱き着くと、ヘスティアは瞳を潤ませながら上目遣いでベルを見詰める。 

 

 ──英雄であっても休息は必要だ。だってベル・クラネルは英雄である前に、一人の人間なのだから。

 

 ──誰かが助言してあげないと、きっと彼は止まることなく永遠に進み続ける。

 

 ──鋼の心に、鉄の意志。その全てを胸に抱き果てなき道を征くに違いない。

 

 だからヘスティアは万感の想いを込めて、ベルに休んで欲しいと伝える。

 

「暫く、とは言わない。せめて、せめて今日と、そして明日だけでもいいから休んでくれないかい? お願いだよベル君……」

 

 透き通るように青みがかった瞳が、ベルの心までも射抜く。

 

 本当は今すぐにでもダンジョンに戻りたいと考えていたベルだが、ヘスティアがここまで自分を心配して願ってきたのだ。

 

 慈愛に満ちたヘスティアの想いをベルが無下にできる筈も無く。

 

「う……分かりました」

 

 ベルに残された選択肢は首を縦に振ることだけだった。

 

「約束だよ?」

 

 しっかりと頷いた筈だが、何故かヘスティアに念を押されるベル。

 

 ミノタウロス相手に瀕死の傷を負い、回復したから大丈夫だと、意気揚々と再びダンジョンにとんぼ返りしようとしているのだから念を押されるのも当然のことだ。

 

「はい…………約束します」

 

 もはや逃げ場のないベルはヘスティアと〝約束〟を交わす。ベルにとって〝約束〟とは必ず守るべき印であり、決して破られることのない誓いでもある。

 

「うん。いい子だね、ベル君」

 

 だからこそヘスティアは、約束の二文字に頷いて見せたベルを見て、ようやく安心する。

 

「よし! それじゃあ一緒に寝ようかベル君!」

 

「ふふっ……そうですね、神様」

 

 何故ならベルは瀕死の重体でありながらもエイナとの約束を守る為に立ち続けたくらいなのだから。ベルと結んだ約束以上に世界で信頼できるものはないと、ヘスティアは断言できる。

 

 ベルの温もりに身を任せ、ヘスティアは眠りにつく。無垢な少女を思わせるヘスティアを見て、ベルは艶のあるその黒髪を壊れ物を扱うように優しく撫でると……

 

「あなたを一人になんて、絶対にさせない。ベル・クラネルが己に誓った約束です……」

 

 己に向けて小さく呟いてベルはヘスティアに寄り添うように眠りへとついた。

 

(ああもう! 本当にかっこいいなぁ、僕のベル君は……!)

 

 実はちゃっかり起きていたヘスティアが惚れ直したことにベルが気が付くことは無かった。

 

 静かな夜が訪れる。美しき大空には星々が満ち、人々に安らぎを与える。

 

 ──神も人間も、そして英雄さえも空の前には平等だ。

 

 ○

 

 次の日になり、バイトがあるヘスティアはベルと共に食事を取ると、元気よく扉を開ける。

 

「ベル君! く・れ・ぐ・れ・も! ランクアップのことはまだ誰にも話したら駄目だからね! ……じゃあ僕はバイトに行くから、今日はゆっくり休んでいるんだよ」

 

「分かってますよ神様。……いってらっしゃい、気を付けて」

 

 いつもとは逆の立場になっている二人だが、ベルに「いってらっしゃい」を言ってもらえたヘスティアは、これはこれで悪くないと内心で喜びをあげる。

 

 寧ろ養ってあげたいと! とダメ男製造機になりかけたヘスティアだが、あまりゆっくりしていては遅れるとその一歩を踏み出す。

 

「うん! うん! 行ってきますベル君!」

 

 元気いっぱいのヘスティアを見送り、皿や部屋の片づけを済ませたベルは、当然のことながらジッとなどしていられる筈もない。

 

 もう既にベルは強くなる為にダンジョンを求め始めていて、身を襲う欲望を少しでも発散すべく【ヘファイストス・ファミリア】のテナントへ行き武器でも見ようと思い至る。

 

 思い立ったら即行動のベル・クラネルは、ダンジョンに向かう時とは違い身軽な軽装に身を包むとメインストリートへと躍り出た。

 

 オラリオの街は陽が昇ったこともあり、多くの人間たちで賑わっている。だが一人の少年が現れたことにより、その賑わいは騒ぎへと変わっていく。

 

「おい見ろよ、あいつだぜ!」

 

「へぇ……あの少年が〝未完の英雄〟」

 

「あぁ! 噂じゃあLv.1でミノタウロスを倒したらしい」

 

「うへぇ、それマジかよ」

 

「噂はあくまで噂なのだろう? 私にはLv.1が中層のモンスターであるミノタウロスを倒せるなど到底思えないが……」

 

「お前はあの場に居なかったのか!? はー、もったいねぇなぁ。あの雄姿を見たらそんな言葉は吐けないぜ?」

 

「なんだと?」

 

「やんのかオラァ!!」

 

 メインストリートの一部が騒然とするが、今のベルに彼らは映らない。ベルの全身が警鐘を鳴らしている。人間になど真似できない肌を冒すような粘着く無遠慮な視線がベルを襲っているのだ。

 

「!? ……またか。また、誰かが僕を視ている(・・・・)

 

 この感覚はベルにとって二度目のことだった。一度目は冒険者になり初めてダンジョンへと向かった時で、今回は一度目よりもその視線の力が増している。

 

 ふとベルが視線を向けるのは摩天楼(バベル)の最上階。

 

(愛に、豊穣そして黄金。……それにこれは、死か? でもあなたはまだ(・・)敵じゃない)

 

「あの!」

 

 瞬間。ベルは懐に仕舞ってあったナイフを手に取り、背後に佇む気配へとその刃を向ける。声の主から感じた気配が、あの視線とどこか似ていたように感じたから。

 

「ッ!」

 

 命を刈り取る死の一閃はしかし、首を断罪する寸前で止まる。振り返った先に居たのは、薄鈍色の髪をしたどこにでもいる純真そうな(・・・・・・・・・・・・)少女の姿だった。

 

「……すみません。少しあなたに似た気配を感じてしまって、勘違いしてしまいました」

 

 怯えさせてはいけないとすぐさま護身用のナイフを懐へ仕舞うと、ベルは少女に向けて頭をさげる。

 

 しかしベルは警戒を解くつもりはない。己の勘が外れたベルだが、一度感じた疑念が完全に晴れることは無い。

 

「……いえ、こちらこそ驚かせてしまったみたいでごめんなさい」

 

 少女の返事を聞いて頭を上げたベルは深紅(ルベライト)の瞳を細めて少女を見詰める。

 

「それで、何か僕に用でしょうか?」

 

 完全に〝白〟だ。この右目を通して視た(・・)少女は、ベルが警戒するあの視線の主ではないと判断した。

 

「あ……はい! これ、落としましたよ。あなたの、ですよね?」

 

 少女が手に持つ紫紺(しこん)の色をした結晶を見た瞬間、ベルの瞳孔が僅かに開かれる。

 

「……! ……そうですね、ありがとうございます。どうやらこれは僕の『魔石』みたいですから」

 

「……ふふっ! ……お気になさらないでください」

 

 ベルの表情が変わったのは一瞬のことで、少女はまるで気付いていない様子だ。

 

「それで、冒険者さんは今日も(・・・)ダンジョンですか?」

 

 そして少女から投げかけられる言葉は一見すると違和感のないのものだったが、ベルは少女が語る言葉の明確な意図を悟る。

 

「いえ、今日は(・・・)【ヘファイストス・ファミリア】に武器でも見に行こうかな……と」

 

 だからこそ、ベルは隠された少女の言葉に否と返す。二人だけにしか分からないやり取りは、表向きは穏やかに進行する。

 

「そうなんですか。……あの、もし夜の予定が空いているのでしたら、冒険者さんにはぜひ! 私が働いている酒場でご飯を召しかがって欲しいなぁ……なんて」

 

 少女からの提案はベルにとっても嬉しいものだった。一度の邂逅で終わる関係ではいられないと、ベルも少女も感じ取っているから。

 

「そうですね……ここで出会ったのも何かの縁ですし、夜の予定もありませんから大丈夫ですよ」

 

「本当ですか! ありがとうございます! 私はあのカフェテラス……豊穣の女主人(・・・・・・)で働いている、シル・フローヴァです! えぇと……」

 

「……ベル。ベル・クラネルです」

 

 ──二人の出会いはつつがなく幕を下ろす。互いにその名へと想いを乗せて。

 

ベル・クラネル。……ふふっ! ……では待ってますから、〝約束〟忘れないでくださいね。ベルさん(ケラウノス)

 

「はい。〝約束〟は守りますよ、シルさん(グルヴェイグ)

 

 ○

 

 

 

 

 にこやかに笑い合い別れを告げたベルは誰にも気づかれること無く裏路地へと向かうと……

 

「『まさか豊穣の女主人(フレイヤ)から贈られたものが、ミノタウロス()魔石()だとはな』」

 

 ──その右手に持った『魔石』を握り潰した。

 

 瞬間、ベル・クラネルの気配が豹変する。まるで何かに憑依されたかのように、その表情も、纏う気配もより苛烈なものになる。

 

「『舐めて貰っては困るぞ。進むべき道程度、己が手で切り開いて見せるとも。そして知るがいい、おまえの出る幕はないと』」

 

『ええ。それでこそよ、私の英雄。もっと雄々しく羽ばたいて?』

 

 メインストリートへ進み摩天楼(バベル)の最上階へと向けられたベルの右眼は、閃光のような黄金色に煌めいていた。

 






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