フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

11 / 29
第十一話『空と陸を結ぶ場所』

 翌朝、ベルギカへの出立直前。

 格納庫にはイヴリンの部隊が勢揃いした。満足な整備も受けられない魔装脚に武装。食事も満足でなく、部隊員の体調すら不安視される。しかし、このまま燻っていては意味がない。

 各々が魔装脚に足を入れ、魔導エンジンを吹かす。これからドーバー海峡を渡ることになる。ガリアを逸れて飛んだとしても、ベルギカ上陸まではせいぜい60キロメートルかそのくらいか。しかし、海の上を飛んでいくとなればその寒さは尋常ではない。その為、明里には宿舎に残されていた防寒着が渡されている。よほど屈強な男性隊員の物だったのだろう、裾が膝までくるほどにオーバーサイズで何より分厚く、米俵でもくくりつけられたのかと錯覚するほど重たい。それでもイヴリンはMG34と紀子から受け継いだ柏太刀をそれぞれ背負ってなお、軽々と明里を抱え上げていた。

 ホバリング状態で全員が視線を交わし、それぞれが右耳にはめたインカムをノックする。もはやエンジンの騒音で、普通にしゃべっただけでは聴こえない。

 

「行こう。ネウロイを発見した場合、予測進路上の国家へ通信、警告すること。こちらに来る場合は各個迎撃。ただ、こちらにはアカリがいることは忘れるな」

 

 イヴリンが言うと、皆が頷いた。

 格納庫を出るその間際、明里は隅に佇むバイクへ視線を巡らせた。ベルティーナが見つけてからたった一日だが、まるで新車のようにピカピカになっていた。いつか取りに来られるのだろうか、明里は離れていく格納庫を見下ろしながら感慨に耽る。

 

 □

 

 ドーバー海峡は比較的穏やかで、周囲に視線を配らせるイヴリンの僚機も落ち着いていた。だが、遠くガリアに見える、不気味な雰囲気を纏う真っ黒な雲の渦めいたものは、他ならない仇敵であるネウロイの巣だ。

 しかし、今戦っても自殺と変わり無い。イヴリンも巣を眺め歯噛みしつつベルギカ方面へ身体を倒す。

 巣に近寄ってはいたが、ネウロイの姿は無い。予報が入ってこないイヴリンたちには安心できない状況ではあるものの、ベルギカへの距離は順調に縮まっているように思えた。

 

〈隊長……!〉

 

 不意にベルティーナが編隊を崩し、イヴリンの前方へ躍り出た。飛んできた紅い光線を魔方陣のシールドで四散させ、同時に自身のウィッチ用カスタムSAFAT12.7mm重機関銃を構える。

 

「まずいな、ネウロイだ」

 

「えぇ!?」

 

 あまりに唐突な遭遇に、明里がすっとんきょうな声をあげた。ベルティーナに続いてマルレーヌ、八重、フェオドラと次々に臨戦態勢に入る。

 明里がイヴリンの腕の中から見たのは、奇妙な飛行機のような黒い塊だ。赤いラインを煌めかせ、こちらへ向かいながら複雑な軌跡を描く光線を幾つも飛ばしてくる。

 

〈イヴリン、こちら八重。敵は中型二機、私たちが引き付けるから離脱して〉

 

 弓を構え、前方のネウロイへ矢を放つ。

 風に乗って飛んだ矢は魔法力の明かりに包まれ、避けたネウロイを追尾するかのように緩やかに曲がる。着弾すると、爆弾が炸裂したかのような衝撃が空を襲った。

 

〈隊長、早く……!〉

 

 自国から持ち寄った最新式対物ライフル、PTRS1941の2メートルにもなる長大な銃身。その先を八重が射抜いたネウロイから露出した赤い塊……コアへ向け、トリガーを引く。

 発射炎が青い空に噴き出し、消えると共に14.5mmという大口径ライフル弾がネウロイのコアを撃ち抜き、消し飛ばす。

 

〈私が近辺を援護します! 隊長はネウロイを避けてベルギカへ!〉

 

 ホッチキス機関銃を手に、マルレーヌは肩越しにイヴリンを見遣る。イヴリンは黙って頷くと、更に身体のバンクを大きくして旋回。エンジン出力を更に上げ、仲間から離れていく。

 

「イヴリン、私のせいで……」

 

 明里は小さな声で語った。少なからず自身が居たから、イヴリンは仲間を置いていかなければならなかった。

 だが、イヴリンははっきりとかぶりを振って否定する。仲間はそんなに柔ではないと告げる。

 

「彼女たちは中型程度に手間取るウィッチじゃないよ。指揮系統にはマルレーヌもいる、彼女は私の代わりだ。だから、まずはベルギカへ向かう……!」

 

 高鳴るエンジン音。速度は更に増して、明里の顔を叩く風が痛いほどになってきていた。

 そこへエンジン音が更に複数重なり、明里が周囲を見渡すとマルレーヌたちがけろりとした表情で編隊へ戻っている。だから言ったろう、とイヴリンはウィンクと共に明里へ語りかけた。

 

〈ちょっとブランクあるけど、まあこんなものだね〉

 

 得意気に宙返りしつつ、ベルティーナは言う。

 

「助かったよ、ベルティーナ」

 

 縦横無尽に飛ぶベルティーナを微笑ましく眺めつつ、イヴリンは彼女へ礼を述べた。

 

〈いえいえ、久々に“眼”が利きました〉

 

 イヴリンと視線を結び、ベルティーナは自身の眼を指差す。

 彼女の固有魔法だ。未来予知にも似ているが、ベルティーナが察知出来るのは知覚でき、且つ悪意のあるものだけ。ネウロイに見える悪意があるかは別にして、彼女にデコイの類いは基本的に通用しない。

 とにかく大前提として、まずはその目に見なければならない。今回はネウロイの発見が早かったからこそ、間一髪その力を発揮できたと言えるだろう。

 

「助かったよ。皆もありがとう。また襲われないように、スピードを上げよう」

 

 一度下げていた出力を、編隊に合わせて徐々に上げていく。イヴリンの腕の中で視線を巡らせる明里。一分の狂いもなく、魔女たちは追従してきた。まるで飛行隊の展示飛行だ。

 風の冷たさはイヴリンが手で顔を覆ってくれたから、気にならなくなった。

 

 暫く飛ぶと、次第に陸が見えてきた。とても軍事基地には見えず、むしろビーチのようだ。

 ブランケンベルヘ、ベルギカの海側にある街である。しかし、ビーチにあるべき騒がしさは無く、あるのは銃声と怒号、重々しい足音だった。

 

「既に戦線か……。全員、弾薬をチェックしろ!」

 

 ビーチへ降り、明里を下ろしたイヴリンもMG34と1911の装填をそれぞれ確かめる。

 いよいよネウロイとの本格戦闘になる。目の前で武器をチェックしていく魔女たちを見て、改めて明里は実感する。先ほどの攻撃だってそうだ。あっさり倒してきたかもしれないが、ここから感じる雰囲気は規模が違う。

 一歩間違えば、死が待っているだけなのだ。

 

「アカリ、これを」

 

「これ……通信機?」

 

 イヴリンが差し出してきたのは、耳に嵌めるインカムだった。

 受け取り、耳に押し込む。

 

「感度はどう?」

 

「うん、良く聴こえる」

 

 魔装脚の騒音の中でも、クリアな音声が届いた。これなら困ることはないだろう。

 そして同時に、イヴリンが明里から離れなければならないという事実の提示でもあった。

 

「アカリ、まずは近くの避難できそうな建物まで案内する。インカムは全員と通信が出来るから、必要に応じて切り替えて。その後は離れなきゃならない、グツェンホーフェン軍事基地へ顔を売るのが目的だからね」

 

 イヴリンの宣言。明里はこくりと頷いた。

 いつまでも問答している余裕はない。明里を走らせ、イヴリンたちは超低空飛行で陸上型ネウロイに見つからない建物を捜し、隠れているように指示を出すとすぐさま飛び去っていった。

 

 □

 

「陸戦がずいぶんいるな……。爆弾でも持ってくるべきだったか」

 

 明里を置いて空を飛ぶイヴリン。地上は地獄絵図だった。一般兵たちが必死に戦っているが、多脚型を中心にしたネウロイの攻勢には押され気味だった。

 その地獄のような戦場の矢面に立っていたのは、リベリオン陸軍の制服を着たウィッチを先頭にした中隊だった。

 

 ウィッチには陸戦特化の者も居る。魔装脚を履帯に変え、戦車のように戦場を突き進む魔女たちだ。

 陸には陸の、空には空の戦いがある。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。イヴリンの指示はフェオドラへ向けられた。

 

「フェオドラ、君のPTRS1941なら陸戦ネウロイの装甲にも打撃を与えられるハズだ。弾が続く限り、頼む。私たちはフェオドラの邪魔をさせないように撹乱するぞ」

 

 ブレイク。イヴリンの掛け声で、飛行隊は扇を開くように散開した。

 地上を守る兵士たちは空を見上げる。ウィッチが来たぞと歓喜の声が点々と聴こえた。

 それぞれがネウロイへ向かっていく中、イヴリンは一人1911──ガン・ブルーを引き抜き、眼下から見上げる陸戦ウィッチたちへ視線を向けた。

 やはり名は知られているらしい。ウィッチたちから歓喜の表情が失せ、不穏そうに眉を潜める。

 

「フェオドラ、私がそのネウロイを撹乱する。何発で装甲を抜ける?」

 

〈……五発は必要です。ううん、もっと要るかも〉

 

「充分だ。他のウィッチが見てる、援護がない訳ではないだろう、行くぞ!」

 

 イヴリンはフェオドラが狙う多脚型大型ネウロイへ向かって高度を落とす。光線をかわし、.455口径弾をとにかく撃ち込む。だが、所詮は拳銃弾。有効打には欠けている。

 フェオドラがライフルで装甲に穴を空け、光線をシールドで防ぐ。光線の切れ間に彼女はすぐ撃ち返した。

 

「小賢しいな……!」

 

 フェオドラのライフルが再装填に入る。地上からの援護はあったが、コアへの打撃は無いらしくダメージを与えているようには思えないように見えた。

 

〈空のウィッチ、聴こえるか〉

 

 不意に、インカムにイヴリンが知らない声が割って入った。光線をかわしつつ、イヴリンは答える。交信の主は言う。

 

〈私はリベリオン陸軍義勇中隊中隊長、サマンサ・アディソン大尉だ。ネウロイコアを視認した、そちらのオラーシャ人が引っ張り出してくれたが、修復された。だがこちらには弾薬が無い〉

 

「私たちに任せると?」

 

〈弾薬を取りに戻れば他の兵が危ない。貴君らは私の指揮下ではない、やるかは貴君ら次第だ〉

 

「では、コアの位置を」

 

 ガン・ブルーを仕舞い、背負った柏太刀を引き抜いたイヴリン。光線の範囲外にフェオドラ共々逃れ、最低限の回避で交信に注意を向ける。

 

〈ネウロイの前方下部だ。特に装甲が分厚い、そんな扶桑刀では死ぬだけだぞ。背中のMG34を使った方がいい〉

 

「弾を無駄に出来なくてね。情報感謝する。……フェオドラ」

 

〈はい〉

 

 呼ぶと、通信はすぐにフェオドラへ切り替わった。イヴリンの見る先で、ライフルの用意は終わっていた。考えは読めているようだ。

 

「私が突入する前に、ライフルでもう一度装甲を抜いてくれ。刀でコアを破壊する」

 

〈分かりました。ただ、次で弾切れになります〉

 

「分かってる、私もさ」

 

 明里を運んだことで魔法力の損耗は計り知れない。エンジンの調子が悪く、咳き込んでいる。ドーバー海峡での離脱時に回しすぎたのか。しかし行くしかない。

 刀を振り回し、多脚型ネウロイへ鋭い眼光を向ける。

 PTRS1941の爆弾が炸裂したような銃声が、彼女の突撃ラッパだった。

 紀子は扶桑刀使いだった。イヴリンの中で、彼女の動きをトレースする。光線が頬を掠めたが、それでも視線を目標から逸らしはしなかった。

 大きく回り込み、フェオドラが装甲を割る時間を稼ぐ。

 

〈……隊長!〉

 

 刹那、銃弾が装甲を穿った。しかしコアの破壊には至っていない。ネウロイはまた装甲を修復し始めているが、そんなことをさせてたまるか。イヴリンは一振りの刀を手に、コアへ突撃した。

 シールドを張り、左右に揺さぶり、そして切っ先を穴の空いた装甲に突き立てる。修復が止まった。

 

「撃破できない……そうか!」

 

 ネウロイは通常、コアを破壊された時点で形状を保てなくなる。破片に変わり、散って行く。

 しかし今回、ネウロイはまだ生きていた。刀がコアを破壊する寸前で止められたのだ。それどころか、ネウロイは柏太刀を取り込もうとすらしている。

 それがイヴリンの逆鱗に触れた。

 

「その刀を蝕むなッ!」

 

 ガン・ブルーを引き抜き、刀を突き立てた位置へ立て続けにトリガーを引く。たまらずネウロイが暴れまわるが、しっかりと柄に掴まったイヴリンは離れない。

 装甲を削り、ネウロイは柏太刀の吸収を諦めた。やや乱暴に刀を引き抜くと、イヴリンは最後の一発をコアへ向けて撃ち込む。

 幕引きだった。ネウロイは消え、同時にイヴリンのストライカーも左エンジンが停止する。

 

「隊長……!」

 

 フェオドラが駆けつけ、抱き抱える。イヴリンは気付いていなかったが、ネウロイが発した光線は彼女に幾つもの切り傷を残していた。

 

「まず最初の一歩だな、フェオドラ……」

 

 フェオドラに抱かれながら、イヴリンは力無く微笑む。ダメージは想像以上だった。

 

「隊長があんな突っ込み方をして……どうするんですか」

 

「ごめんよ。やっぱり、ブランクかな……」

 

 ネウロイの脅威は一時消滅した。マルレーヌたちも帰投し、一度地上へ下りる。隠れていた明里にも出てくるよう伝えると、フェオドラの肩を借りたイヴリンに腰を抜かす勢いで驚いていた。

 だが何より、まずはウィッチと出会った。それが収穫だった。

 

「ありがとう、『ガン・ブルー』……元ブリタニア空軍、カルヴァート少尉」

 

 イヴリンたちを改めて出迎えたのは、コアの位置を伝えた交信の主。リベリオン陸軍の軍装に身を包んだ、サマンサ・アディソン。金髪碧眼に湛えるのは確かな闘志と、相反して微かに宿る優しさ。160cmほどの身長は少し厳しい姉かといった印象だった。

 

「どうします? 憲兵隊を呼びますか」

 

 イヴリンも退かない。援護があったにせよ、倒して見せたのは自分達だと逆に詰め寄ろうとする。

 

「……しないよ。私の部隊はまだ新入りばかりだ、貴方の噂を知りもしない連中しかいない」

 

「助かりますよ、大尉」

 

 ひとまず、憲兵に突き出されるのは回避された。

 

「付いてきてくれ、簡単な怪我くらいなら治療が出来るし……脱走して、三日か? ろくに食っても居ないんだろう。少しだが、マシな飯がある」

 

 サマンサが背を向け、イヴリンたちを案内する。

 グツェンホーフェン軍事基地からは遥かに遠いが、ウィッチに出会えたのは僥倖だった。男性兵士の冷ややかな視線を除けばだが。

 しかし、その視線に敏感に反応していたのは明里だけだった。




ベルギカ入りです。
やっとネウロイが……やっとネウロイが……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。