フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第十二話『ガン・ブルー』

 サマンサに案内された先は、本当に急造の前線基地と言える場所だった。いや、基地といえるかも怪しい。野外指揮所とでも言うべきか。

 簡素な機材に雨避けの質素なテントを張り、軍用車も無造作に停められている。ウィッチと男性兵士を分けている様子も無く、絶えず忙しなく行き交っていて、それどころではない雰囲気だった。

 

「仲間を紹介するのは、後でも良いか。カルヴァート少尉、こちらへ」

 

 サマンサの対応は、イヴリンを引き連れてもやはり変わらないようだった。上官殺しの犯罪者であると、知らないわけではない素振りではあるが。

 簡素な救護テントに案内されたイヴリンは、そこでそれこそ簡単な治療を施された。自身の魔法力で傷を塞ぎつつ、賄えない部分は包帯を巻いて止血を行う。

 

「申し訳ない、助かりましたよ」

 

 相手は上官にあたる。イヴリンも今までの振る舞いを変えて、言葉に気を付けねばならなかった。

 サマンサは気にするなと一言で返して、イヴリンたちの部隊を別なテントへ案内した。待っていたのは他のウィッチ、陸戦タイプの魔装脚を傍らに置いた陸戦ウィッチだ。

 その中の一人が、イヴリンの姿を見つけて立ち上がった。

 

「お目にかかれて光栄です! ガン・ブルー……失礼、カルヴァート少尉! 自分はリベリオン陸軍義勇兵、グリゼル・ロウイット准尉です!」

 

「ロウイット准尉か。よろしく頼む」

 

 堅苦しいまでの敬礼を見て、イヴリンは思わず苦い笑みを見せる。自分はそんなに小難しい人間ではないのだが。

 

「大尉の前ゆえならば仕方ないけど、私たちにはもっとフランクでいいよ」

 

「そんな……! あの『氷のガン・ブルー』にそのような……!」

 

 妙に感極まったらしいグリゼルの言葉を聞いて、イヴリンが固まった。痛いところを突かれたのか、口を「い」の字に固め、身体を軽く仰け反らせている。

 

「氷のガン・ブルー……? なに、それ?」

 

 明里からも無垢そのものな問い掛けが突き刺さった。

 

「むかーし、隊長って結構冷たい性格だったらしいんだよね。それこそ、キコと会う前はそんな風に呼ばれていたよ」

 

 頭の後ろで腕を組んでベルティーナが語った。

 冷たい性格か、と明里が真剣に頭を悩ませた。今のイヴリンを見る限り、想像もつかない。そんな彼女を変えてしまうほど、紀子の存在は大きかったのかとすら思えた。

 

「あの頃の話はあまりしないでくれ……結構気にしてるんだ」

 

 こめかみを掻きつつ、イヴリンも困ったように眉を潜める。

 

「し、失礼しました!」

 

 対して、まるでこの世の終わりを宣告されたかのようにグリゼルの顔が青ざめていく。背筋を伸ばし、敬礼だけはしていたが。

 イヴリンにとっては、とにかくやりにくかった。過去の話はともかく、今の彼女たちはそこそこ自由にやっていたのだ。本格的な軍規模範のようなウィッチは久し振りだった。

 

「今はここの守備が重点なんですか?」

 

 周辺を見渡しながらマルレーヌが部隊へ訊ねた。八重は既に男性部隊に交じって周囲を警戒している。彼女の珍妙ともいえる出で立ちに、少々奇異の視線が集まっていた。

 マルレーヌの問いには、報告業務で忙しくなってきたサマンサに代わり、グリゼルが応えた。

 

「そうです。ただ、空軍がいる場所ではありません。飛行場は各地にありますが、自分が何かしら報を受けたのはグツェンホーフェンです」

 

「ウィッチを送る、とでも来たのかしら」

 

 マルレーヌが問うと、そうですとグリゼルが返す。ベルギカが戦場になって、各国のウィッチが陸空問わず集まったものだと思ったが、そんなに易々と情報が回ってくるのだろうか。ネウロイの襲撃で連絡もめちゃくちゃだろう。

 

「自分は航空ウィッチに友人がいるんです。少々問題児ですが、彼女はそう話していました」

 

「グツェンホーフェンにいらっしゃるんですか?」

 

 明里の問いに、グリゼルが頷く。

 

「今は自室謹慎四回目と聞きました。というより、空襲がある以外はほぼ自室謹慎だとか……」

 

 話を聞いて、イヴリンは「問題児というレベルか?」と思わず呟いた。自分を棚に上げた話ではあるが、緊急出撃以外自室謹慎とはとんでもないウィッチだ。もはや禁固ではないかとすら思う。

 

「何をやらかしたんだい? 流石のボクも、ほぼ自室謹慎だなんて聞いたことがない」

 

 ベルティーナが訊ねる。イヴリンたち逃亡部隊も大まかに同意だった。そんなウィッチはそうそう居ない。

 顎に手を当て、記憶を遡るしぐさを見せたグリゼル。暫しうんうんと悩んで、答えが出たのか「そうだ」と手を叩いて語った。

 

「部隊長のウィッチに銃を向けたそうです。指示を訊いてられない、とかで……」

 

「あーらまぁ」

 

 マルレーヌは表情こそ変えなかったが、どこかで聞いた話に似ていると心中で囁く。しかしそれはほぼ共通認識。世の中にはつついて良いものといけないものがある。だから、部隊は口をつぐんだ。

 

「よく自室謹慎で済みましたね……」

 

 上官に銃を向ける。やはりそれはあってはならない。それも命令不服従とあっては、営倉で済むかどうか。

 フェオドラも首をかしげた。

 

「彼女は私より階級は下です。しかし、近接戦闘を果敢に仕掛けて、既に戦果は挙げていた。他国のエース方のように行きませんが、もっと規律に従えば尉官昇進の辞令も早かったかと……」

 

 ふむ、とイヴリンは指を口許に置いて熟考に入った。陸と空では戦い方も違うが、同じウィッチから見た評価はかなり高い人物らしかった。性格に難があったのは自分も同じ、と考えて思考を打ち消す。

 とにかく、かなり有望そうな人材なのは聞いている限り確実なようである。グツェンホーフェンに居るならどちらにせよそこへ行くのだ、いずれは会うだろう。その時に話してみる価値はあると思えた。

 

「あの、ところで少尉……?」

 

「ん……どうかしたか?」

 

 まだ見ぬウィッチについて、少々悩みすぎた。近接戦闘はエースオブエースにのみ可能な高等戦術なのだ。そんな話を聞いては会ってみたくもなる。

 イヴリンを引き戻したのは、少々恥ずかしそうに両手の人差し指を突き合わせるグリゼルの声だ。

 

「自分は、ずっと貴方のガン・ブルーに憧れていたのです。勿論、今する話でないのは分かるのですが……」

 

 ちらりと通り掛かったサマンサを見遣る。

 

「いいぞ、別に。ネウロイの報告も今はない、今の内に憧れのエースに訊きたいことは訊いておけ」

 

 通りすがり、サマンサは足を止めグリゼルへそう語った。「感謝します!」と表情をぱっと綻ばせるグリゼルは一転、詰め寄らんばかりの勢いで食いかかった。

 

「是非! もし、迷惑でないならガン・ブルーを見せてほしいのです!」

 

「1911をか? 青くて口径がわずかに違うだけだけど……」

 

 関係ありません。グリゼルはきっぱり言い放った。

 彼女はイヴリンに憧れてM1911ピストルを持っているのだと言い、少しでも参考にしたいのだと語った。

 そこまで言われて良い気はしても、悪い気は当然しない。イヴリンは愛銃をホルスターから引き抜いて抜弾し、手の中で銃身とグリップを反転させる。

 

「ありがとうございます! ……スゴいな、本当にガンブルーフィニッシュだ」

 

 食い入るようにガン・ブルーを眺めるグリゼル。気恥ずかしさで居たたまれなくなったイヴリンは、ベルティーナたちへ助けを求めるような視線を向けたが、当の彼女たちは肩を竦めて助け船を出すのを拒否する。

 ファンを相手にする時の気持ちは、ベルティーナたちも知っている。邪魔をするだけ野暮なのだ。明里を引き連れて、皆は『触っちゃいけない機材』を見せに歩いていってしまった。

 残されたのは、テンションも最高潮のグリゼルとそのテンションを向けられるイヴリンだけだ。周囲の喧騒も程好く落ち着いていた。

 

「ここまでの戦果を挙げてきた銃……。フレームとスライドにガタつきが無い」

 

 自身のM1911を取り出して、スライドの調子を比べるグリゼル。銃を左右に軽く揺すってやると、ガン・ブルーは音を立てなかったが、M1911はかたかたとパーツ同士がぶつかった。

 

「空は障害物が基本的に無いからね。精度を上げるために、パーツ同士の噛み合わせはかなりタイトに詰めてある。だから、普通のM1911のように使うとあっという間に調子を崩すよ」

 

 そこまでの逸品になるまでは非常に長かった。ガン・ブルー染色のブリタニア1911を持ち始めたのは、それこそイヴリンの軍歴開始とほぼ同時期。最初はグリゼルの物と変わらない、純正程度の仕上がり同然だった。

 

「自分の1911と、同じようで全く違う。パーツに触れた感じもしっかりしています」

 

 出来るなら試し撃ちしてみたかった。しかしここは前線で、物資が潤沢な訳でもない。仕方なく、グリゼルは青い空へガン・ブルーを構えて撃鉄を起こす。かちり、と何の抵抗もなく滑らかに撃鉄が起こされた。

 弾倉は入っていない。薬室からも弾は抜かれている。引き金に指をかけ、力をかけた。

 あまりに軽いトリガープルと、短い引き代に驚いた。ほんの少し、指を曲げたかも感じない程度で撃鉄は勢い良く跳ね起きたのだ。

 

「1911A1よりも軽いかもしれない……。なるほど」

 

 M1911ピストルは1926年、一度改修を行っている。その際に名をM1911A1と変え、様々な部分に変化が加えられたが、その一つは引き金の引き代短縮だった。グリゼルのものは改修前で、並べ比べるとその差は歴然である。

 

「もういいかな?」

 

「はい。空のウィッチ……それ故のカスタムであることが解りました。陸でこんなカスタムをしたら、すぐに作動不良を起こします」

 

 ガン・ブルーをイヴリンへ返しつつ、グリゼルは自身のM1911を眺める。確かにまだ足りない。しかし、何をすべきかは分かった。陸ならば、陸なりのやり方もあると。

 

「失望したか?」

 

 薬室を開放し、抜いた銃弾を直接籠めて閉鎖。弾倉を挿し込み、安全装置を掛ける。イヴリンにとっては使いやすい銃なのだ、失望されようと構わなかったのだが。

 

「とんでもありません! 勉強になりました!」

 

 同じように銃を仕舞ったグリゼルは、敬礼と共に礼を述べた。

 サマンサが居ないのだから、もう少し気楽にしても良いのに。イヴリンはただ苦笑を浮かべるだけだ。

 

「話は終わったか? 准尉」

 

 グリゼルの後ろからひょい、と顔を覗かせたサマンサ。あまりの近さに、彼女のボブカットの金髪がグリゼルの頬をくすぐった。

 

「た、大尉!? 驚かせないでくださいっ!」

 

「すまんな。あまりに年相応に騒いでいて、声を掛けられなかった」

 

 涼しい顔で語るサマンサ。反対に、グリゼルは顔を真っ赤にしている。

 固まったグリゼルを脇へ退かすと、サマンサはイヴリンへ真っ直ぐに向き合った。

 

「カルヴァート少尉、グツェンホーフェン空軍基地に連絡を取った。貴君らが必要だそうだ」

 

「ここの防衛は?」

 

「我々を甘く見るな。グツェンホーフェンの方まで行けば、貴君らの仕事がある。ここは我々、陸のウィッチと歩兵部隊、兵器に任せてもらう」

 

 ネウロイの出現もない。イヴリンの傍らに戻っていた八重も、敵影無しを告げていた。

 

「故障した少尉のストライカーだが、一応飛べる程度の修復はした。グツェンホーフェンについたら、改めて整備を受けろ」

 

「了解。感謝します、アディソン大尉。この出会いに感謝を」

 

 イヴリンが手を差し出すと、サマンサは迷うこと無く手を交わす。しっかりと握り合い、そして離れた。

 

「八重、明里たちに伝令を。すぐに出るぞ」

 

「もう必要ない」

 

 八重が言う。イヴリンが振り返ると、仲間たちは既に準備万端で待機していた。

 全員魔装脚を履き、空へ上がっていく。明里もイヴリンの腕の中で地上へ手を振っていた。

 故障したイヴリンのスピットファイヤはなんとかエンジンが回っているが、出力を極端に上げればまた不調を起こしかねない。今はネウロイを避け、グツェンホーフェンまで入り込む。

 綺麗な編隊を維持し、イヴリンたちはブランケンベルヘの空を飛び去っていった。

 

 □

 

「……私はバカだな」

 

 空を見上げ、サマンサは呟く。手にはイヴリンたちの到来を知らせる手紙が握られていた。

 通信は味方を優先している。ブリタニアへ知らせるには、手紙が良い。彼女たちは脱走兵、つまりは重罪人だ。グリゼルから離れている間、彼女は手紙を書いていた。

 

「逃げろ、カルヴァート少尉。そして勝ち取るんだ、お前の価値を」

 

 サマンサは手紙を粉々に破ると、吹いた潮風に紙片を乗せて飛ばした。

 どんな事情があるかは知らない。だが、一度だけとはいえ傷を負ってもサマンサたちを助けた彼女たちを軍のために売るほど、軍人として出来ていない。

 消えていく飛行機雲をもう一度見上げ、彼女はただイヴリンたちの無事を願って指揮所へ戻っていった。




最近暑い日が続きますね。場所によっては雨でしょうか。
私は熱中症になったようで、身体に熱を感じながら後書きを書いてます。
今回はガン・ブルーの話がメイン。
グリゼル准尉はかなり前に書いていたSW二次に登場していました。三年後には隊長で大尉になって、1911使いになってます。
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