フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第十五話『継がれるチカラ』

 ウィッチに囲まれた明里はその迫力に萎縮し、いつもより小さく見えた。

 携えた()()()を抱き寄せ、怯えたように周囲へしきりに視線を配らせる。

 最初に声を上げたのはイヴリンだった。しかし、その内容は彼女の覚醒についてではなかった。

 

「どうして外に出た? アカリ」

 

 あれだけ言うことは利くようにと念を押しただろう。イヴリンは暗にそう言っていた。

 

「それは……その」

 

 説明しようとして、明里はその口をつぐむ。口で言っても分からない。きっと伝えられない。

 彼女はスマートフォンを取り出して、メッセージアプリの画面を見せた。

 

「皆には少し伝えたつもりだけど、私のこれは電話なの。でも、この世界では使えなかった」

 

「何が言いたいのよ。そんなんじゃ、いくらアンタに甘い隊長も納得しないわよ?」

 

 マルレーヌが腕を組んで語る。難しそうに眉間にしわを寄せ、首をかしげていた。

 

「無線が通じないのと同じ。だから、同じく電波を利用している以上は、このメッセージは私に届く筈がないんです」

 

「届く筈がないメッセージが、アカリちゃんに窓を見ろ、外へ出ろと指示を出した……ということ……?」

 

 フェオドラが問うと、明里はハッキリと肯定した。

 有り得ない話だ。切って捨ててもよかった。しかし明里は異世界の人間で、魔法力にさえ目覚めた。彼女に関して、なんでも有り得ないと切り捨てることは、もはや出来なくなっている。

 

「混乱しているんだが、彼女は一体なんなんだ? ウィッチではないのではなかったのか?」

 

 シーラ率いる隊のウィッチたちの混乱は、イヴリンたち以上だ。何も知らない状況で、いきなりウィッチでないものが魔法を使うなどとは。

 シーラは説明を求めるが、イヴリンたちは顔を見合わせて暫し悩んだ。

 だがもはや、隠し立ては出来そうにない。説明は部隊を代表し、イヴリンと補足を明里が行うことにして、シーラ達へ明里の正体を明かした。

 未来から来た人間であること、そもそも別世界の人間であることも含め、全てを話した。

 証拠にはやはり、スマートフォンが役に立った。それから世界地図、情勢の話も。

 

「有り得ないわ……」

 

 シーラの口調に女性らしさが表面化する。頭を抱える彼女は、取り繕っていたらしい厳格な口調さえ忘れたようだった。

 

「魔法が存在しない世界にいたのなら、なおさら彼女の魔法力の説明がつかないでしょう?」

 

 シーラは語る。その通りだとイヴリン側でさえそう思った。

 

「逆なんじゃないのか」

 

 一人、隊の輪から外れていたリベリオン空軍制服の少女が、格納庫の壁に寄り掛かったまま話題に割って入った。

 逆とはなんだ。シーラもイヴリンも、少女へ視線を注いで答えを待つ。

 

「ソイツ、アンタらの元隊長と同じ名前の人間と知り合いなんだろ。その世界に魔法力が無いってだけで、家系で魔法力自体は継いでいたとしたら?」

 

「ブランソン曹長、話は簡潔に述べろ」

 

 シーラは壁に寄りかかる少女を睨む。

 

「つまり、魔法力の無い世界から来たが、実はウィッチの素質はしっかり遺伝してました。簡潔にしちまえば、それだけのことだ」

 

 上官であるシーラにさえ、少女は畏まったような口調にはならなかった。

 イヴリンはふと、明里の抱える扶桑刀に注目する。

 

「そういえばそれ、折れた筈だな?」

 

「これのこと?」

 

 明里は鞘から刀を抜き、イヴリンへ見せる。折れた筈の刀身には勿論継ぎ目などなく、うっすらと青白い、魔法力を体現するようなオーラを纏う。もはや単なる扶桑刀ではないように思えた。

 

「魔法力で刀身を形成しているのか……? あのウィッチもどきの打ち合いでも、折れる様子は無かったね」

 

 刃こぼれしている様子も無い。

 むしろ問題は、訓練を積んだウィッチでもない明里が魔装脚にフル武装のウィッチでさえ苦戦する、ウィッチもどきに正面から挑んで無事に済んだことだ。

 普通なら即時に殺されていておかしくはない。

 

「アカリ、キミがあのネウロイと戦ったことについてだけど。そんなに身体が動いたのかい?」

 

 ベルティーナの態度は柔らかく、明里も話しやすかったのか返答は早い。

 

「分からないんです。ただ、刀を無我夢中に振ってただけで。でも紀子さんの意志みたいなものが見えて、その通りに動いてみたら……」

 

「戦いになっていた?」

 

 ベルティーナが代わりに言葉を繋ぐと、明里は静かに頷いた。

 分からないことだらけだ、その場にいたウィッチ皆が揃って唸った。

 

「現状分かっているのは、アカリに魔法力が目覚めたこと、紀子の扶桑刀は最早普通の刀でないこと、その魔法力は恐らく以前から封じられていたものらしいということか」

 

 イヴリンが大まかに話をまとめる。それ以上に言えることはなく、解明するにはまだまだ時間も足りなかった。

 では、もう一つ。シーラが発進器に固定された魔装脚を示し、明里へ装着するように指示する。イヴリンは難色を示したが、シーラの考えが正しければ明里もウィッチだ。いつかは戦えた方が良いのは当然だった。

 

「どれを使えば……」

 

 グツェンホーフェン基地は飛行場。空軍ウィッチの基地になっている。予備機のストライカーはたくさんあり、知識の無い明里にはどれを使えばいいのか分からなかった。

 

「どれでもいい。『これだ』と思ったものに、脚を入れて」

 

 シーラが答える。皆が見守る中で、明里は一機のハリケーンへ足先を向けた。

 魔法が反応する。強い光と共に、脚が魔装脚に吸い込まれるように抵抗無く入っていく。使い魔の顕現と共に、共鳴するように刀も輝きを放った。

 

「うわ……」

 

 感じた事の無い感覚だった。明里は魔装脚に脚を入れるという、不思議な光景を自ら目の当たりにしながら、声を漏らすしかなかった。

 魔導エンジンに火が入る。明里のスカートが微かに靡いた。固定されている状態ですら生地が干渉するのか、少々脚が窮屈に感じた。

 

〈ズボンにする気になったか?〉

 

 インカムに、イヴリンから交信があった。見てみれば、ウィッチたちに交じって独立飛行隊は腕を組んで意味ありげに笑みを浮かべている。

 なるほど、あの独創的な服装にはちゃんと利点があったのか。明里自身が同じ舞台に立ったことで、ようやく“ズボン”の意味が分かった。しかし、それはそれ。

 

「絶対イヤッ!」

 

 明里には恥じらいがあった。文化の圧倒的な違いによる、恥じらいがあったのだ。

 ここの人間たちは皆口を揃えてズボンと言う。しかし、明里にしてみればどれだけズボンと言われようが、やっぱりそれはパンツなのだ。

 下着である以上、晒すのは絶対に避けたかった。理想は八重の軍装である、扶桑陸軍の袴くらいだろう。それならまだ耐えられそうだ。

 

「おい。どうしてもイヤだってんなら、そのベルトの横を切れ。可動域作りゃ何とでもなる。ナイフ貸してやるから」

 

 発進器の傍らに立っていたリベリオン人ウィッチ、ブランソンはホルダーから軍用ナイフを抜き取ると、手のひらでくるりと回し、柄を差し出した。

 ベルトとは。明里が視線を迷わせると、ブランソンは「それだ」と明里のスカートを指差した。

 

「ここじゃ一張羅なのに……」

 

「なら都合いいだろ。ダメになったら、イヤでも仲間入りだ」

 

 早くしろと言いたげにずい、とブランソンがナイフを押し付けてくる。

 明里は恐る恐るそれを受け取り、スカート両側の生地に刃を入れた。小さく切れ目を入れてやると、あっさりと手で裂ける。窮屈さは無くなったが、やはり羞恥心が強い。

 

「行ってみます!」

 

 動けるようになったところで、明里は勇ましく声を上げエンジンの回転数を上げる。

 固定具が外れ、魔方陣と共に地面を滑空。格納庫から勢いよく飛び出すところで大きくバランスを崩し、墜落した。

 

「いったぁ……」

 

 エンジンが停止し、地面で擦りむいた腕を見る。相当な衝撃だったが、擦り傷程度で済んでいる。明里はなによりそれに驚いた。

 

「大丈夫かい、アカリ!?」

 

 駆け寄ってきたイヴリンに、明里は問題ないと笑いかけた。

 そもそも超低空での離陸失敗だ、大した怪我にはならない。

 

「飛行訓練が必要だな。グツェンホーフェン基地には併設の訓練学校がある、そこに少し通うといい。戦闘に出ようとは思うな? 残酷だが、医官の仕事量も限られているからな」

 

 ベルティーナやマルレーヌたちの手を借りて魔装脚を外しつつ、シーラの言葉に耳を傾ける明里。

 確かに少し離れた場所に、基地とは関係なさそうな建屋があった。恐らくウィッチはもっと沢山いるのだろう。グツェンホーフェンにはまだ居ることになる、明里も自身が負担にならない為、シーラの話を呑む事にした。

 飛行技術を学び、せめて仲間たちの邪魔をしないようになるために。




いくらズボンって言ったって、やっぱりそれはパンツだよ。

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