フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
明里が飛行学校に通い、飛行訓練に勤しみだして一週間。ネウロイの襲撃を退けながら、ウィッチたちは一進一退の攻防を続けていた。
明里自身も離陸から通常飛行までは安定して行えるようになったが、戦闘機動となれば話は別だ。そもそも軍属でない彼女に、そんな機動は必要無いというイヴリンの意見もあった。だが、明里は積極的に戦闘機動をも学ぶ気でいる。
ネウロイの絶え間ない襲撃から一転して、明里が訓練学校を終えて宿舎に戻るまで何もない日があった。
薄暗くなってきたベルギカの景色も、今や見慣れたものだ。
「あっかりー! 待ってたよー」
「ベルティーナさん? どうしたんですか?」
飛行場の中心で、ベルティーナは明里の名を叫ぶ。ぶんぶんと手を振り回して、随分と嬉しそうだった。
興奮冷めやらぬ様子で、彼女は語った。
「ほら、アカリが学校に通う前に言ってたドラムバス。あれ、やっと稼動したんだ」
「え? あ、ドラム缶風呂ですか?」
「そーそー、それそれ!」
グツェンホーフェン基地は最前線だ。そもそも欧州には風呂という概念が一般的でなく、シャワーがあるくらい。それはこの基地も変わらず、訓練生を含めたウィッチの多さもあって、順番待ちの列はかなりのストレスのようだった。
そこで明里は考えたのだ。なんとか湯船を作れないかと。勿論この時代だ、簡単ではない。ならば簡素な湯船を作ればいい。
明里がいた時代には、古代ローマからやってきた技師が、日本の風呂の技術を模倣する漫画が有名だったが、つまり似たような事をしたのである。
「評判はどうです?」
「上々なんてモノじゃないよ! 士気も上がると思う」
人間皆平等だ。シャワーばかりでは疲れも取れない。ネウロイの予測が無い日くらいは、ゆっくりと湯船に浸かれば疲れも悩みも解けていく。
火を炊くのは大変だが、それさえ出来ればあとは浸かるだけなのだ。一番風呂はグツェンホーフェンのウィッチ部隊指揮官、シーラだったとベルティーナは明里へ教えた。
「ロマーニャ人もお風呂は好きなんだけど、なかなかねぇ……」
「そういえば、イタリアもお風呂文化ありましたね」
認識の齟齬はそこそこで、ベルティーナも大して気にしなくなっていた。
明里の知るイタリアの風呂文化は、公衆浴場。要するにスパで、個人用のバスはやはり少ない印象だ。
「でさ、アカリ」
ふと、改まってベルティーナは明里を見つめる。首をかしげる明里。
「一緒に入らないかい? 二人で入れば、悩みも打ち明け合えるだろう?」
「お気持ちだけ! お気持ちだけ、ありがたく受けとります!」
ありがとうございました。明里はだいぶ様になってきた敬礼を見せると、宿舎へ歩いていく。
「あー! 待ってよー! ボクが火も炊くから!」
「大丈夫、大丈夫です!」
「分かった! ボクの昔話も付けるよ!」
ぴたりと明里の足が止まった。ベルティーナも手応えがあったと思った。
しかし明里の表情は複雑そうで、悩ましげに唸っている。
「そんなテレビショッピング感覚で……」
「テレビショッピング?」
何でもないです。明里はそう返すと、仕方なく折れることにした。どういうわけか必死なのだ。当然同性であったし、頑なに拒む理由も無いと言えば無い。
風呂に入るのが決まると、ベルティーナは明里の手を掴んで引っ張っていく。よほど嬉しいのか、年相応の少女らしい笑顔が垣間見えた。
□
「どう、アカリ?」
グツェンホーフェン基地に新設されたドラム缶風呂は、明里のいた日本で昔見られたものとほぼ同じだ。
使い古されて空っぽになった燃料用の大きなドラム缶を洗浄し、危険な縁の部分は丸めて、煉瓦の上に置き、真下で火を炊く。それに簡素な筒で息を吹いて、火を強めて湯を沸かす寸法だ。
「あ、いい感じですー」
「よし、ボクもはーいろっと」
ベルティーナがドラム缶に入ってくる。流石に二人も入ると身動きが取れないが、まだ多少のスペースはある。
「少し熱くない?」
「そうですか?」
扶桑人は熱い風呂が好きらしい。ドラム缶風呂の案を出してイヴリンと話している時、紀子がそうだったと語ってくれた。
明里は熱すぎる湯は苦手だったが、それでもロマーニャ人のベルティーナには熱く感じたようだ。
「に、しても流石軍人さんですね」
「ん?」
ベルティーナの小麦色の肌は張りがあり、小さいながらも身体はよく引き締まっている。軍人としての訓練の賜物なのだろう。
ネウロイの襲撃がないまま、一日が終わろうとしている。どうやら後がつかえている訳でもないようで、二人は揃って星の見え始めた薄暮れの空を見上げた。
「そうだ、昔話だったね」
ベルティーナが湯を手で掬い、語った。
彼女が自ら語ると言ったのだ、明里も遠慮無く聞くつもりでいる。
暫し静寂が続くと、静かに過去の記憶がベルティーナの口から紡がれていった。
□
ロマーニャの生まれである彼女は、決して恵まれた家庭ではなかった。それでも両親と幸せに過ごしていた。魔法力に目覚める、ほんの一年前くらいだ。
しかし、ネウロイの襲撃によって両親は死んだ。あまりにもあっさりと、今まであったものが奪われた。
家も、友人も、何もかもがなくなった。彼女の家はごみ溜めのような路地裏になった。
少し前までは暖かい料理と家族が待っていたのに、今では何もない。空腹が苦しかったのは数日だった。それからはどういうわけか気にならなくなった。
頭にもやが掛かったようになって、苛立ちやすくなった。不幸なのは自分一人ではないと思っても、そんな考えすぐにかき消えた。
路地裏から大通りを見ると、幸せそうな人間が見えた。許せなかった。理由など無い、ただ自分がそう思っただけ。
気付けばベルティーナは通りかかった家族から、買い出しの食料を盗んでいた。気付かれなかった。その日食べたパンは、罪悪感の味だった。
そんな日がしばらく続くと、今度は金に困るようになった。割れた鏡に映った、無造作に伸びた髪をした自分を見て、彼女は手近のナイフで髪を切った。
長い髪との別れは、ある意味家族との決別だった。それからベルティーナは持ち前のスタイルと、男から真似た一人称を使って女性から金を貰うようになった。
やり方は様々だったが、当然トラブルもあった。騙され、痛め付けられた事もあった。
それからほぼ同時期に、彼女は魔法力に目覚めた。金をせしめる時、不思議と相手が悪意を持っているのか分かるようになった。不埒な輩も追い返せるようになった。
そんな生活が続いて、彼女はある日ウィッチの募集をロマーニャ軍がかけているのを街で見かける。自分にはどうせ何もない、ならば軍に入って金を儲けてもいいか。
ベルティーナがロマーニャ軍に志願したのはそんな単純な理由だった。落ちぶれた自分なら、どうなってもいいという理由だった。
□
「ベルティーナさん……」
「あっははは、ちょっと重かったね。色んな事があったけど、ボクは隊長やキコたちに出会えて感謝してるよ。少なくとも、昔の荒れ果てた自分からはサヨナラできたしね」
少しのぼせたかな。ベルティーナはまるで話を遮るように、明里より先に風呂から上がっていった。
一人残された明里は、星空を再び見上げて物思いに更ける。
イヴリンたちがベルティーナの“眼”を信用すると語っていたのは、もしかするとここから来ているのかもしれない。
何にせよ、ネウロイが残す爪痕は深く、どこまでも人をドン底に突き落とす。明里のいた世界の戦争と同じだ。
戦争は技術発展の場でもある、とはたまに明里も聞くことがあったがネウロイとの戦争ではどうだろうか?
数少ない人間──ウィッチばかりが前線に立つ世界に、技術発展はあるのだろうか。
「う……のぼせた」
ふらつく身体で風呂から上がり、着替えて宿舎に戻る。入り口で待っていたのは、シーラだった。
「お疲れ様、堀内軍曹」
「え!?」
唐突に階級付で呼ばれ、明里は飛び上がってしまうほどに驚いた。
冗談よ。シーラはけらけらと楽しそうに笑って見せた。そこに、戦闘指揮を行う厳しい佐官の姿は無かった。ベルギカ人らしい、綺麗な顔立ちで満面の笑みを見せる少女だけがいた。
「確かにあなたは軍属ではないけれど、飛行技術は日に日に伸びている。あとは着陸や、戦闘機動を少し学べば大丈夫よ」
「ありがとうございます。あ、えと……はい!」
少し手を迷わせて、明里は敬礼を見せる。
本来ならば叱責もあるだろうが、シーラはそれでも笑っていた。
「気にしなくていいわ。カルヴァート少尉の拾ってきた人間だもの、信用はしているわ。……今度、未来の話を聞かせてね」
「はいっ! 必ず!」
「ありがとう。それじゃあ、私はまだ仕事があるから。おやすみ、アカリ」
シーラ自ら、敬礼ではなく手を振って明里の前から立ち去っていく。
明里が出会ったウィッチたちは、今のところ皆優しい人間だ。だが、不安にもなる。何かが迫っている気がする。
ネウロイでは無い何かが、自分達を見ている気がした。魔法刀が輝きを放ち、何かに反応する。だが、明里にその理由を知る余地はなかった。
ベルティーナの過去が少し語られました。
実はならず者です。不真面目なのはそのせいだったりもします。
ちゃんとお風呂回をしたいですね……。