フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第十七話『目覚めるココロ』

「ダメだ、アカリに銃は持たせられない」

 

 それは明里がベルティーナの過去を聞いてから二日後。

 午前中に現れたネウロイを撃墜し、午後は明里の訓練となっていたが、射撃訓練に入ろうというところでイヴリンがそれを止めた。

 

「護身という意味でも、彼女は銃の扱いを学んでおくべきだ。元の世界に戻るというのも、いつになるか分からないそうじゃないか」

 

 シーラが返すと、イヴリンはぐっと言葉を呑み込んだ。すかさず、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「それにな、道端の石をどかしてやるより一度くらい踏んで転んだ方が強くなるし、危機対応も学べる。それはカルヴァート少尉が一番分かってるだろう?」

 

「しかし……」

 

「……アカリは厳密にはどこの隊にも所属していなかったな。であれば、この基地のウィッチを預かる私の命令だ。堀内軍曹に射撃訓練を行う。軍曹、ストライカーを装着し、五分後に射撃訓練場へ来い」

 

 命令だと言われては何も言えない。イヴリンが歯を食い縛り、悔しげに地面を睨む。拳を握りしめ、震えている。

 明里を自分達の隊の所属と明言しておかなかったのはミスだ。彼女の存在はあくまでも『隊付補助』とでもいうべきもので、曖昧なものだ。部隊員の指揮系統も簡単に覆る。

 明里は困ったようにイヴリンたちを見つめて、それから格納庫へ駆け出していった。

 シーラもまた、涼やかに茶色の髪をなびかせて射撃訓練場へと歩いていった。イヴリンたち独立飛行隊のメンバーは、なかなかその場から動けなかった。どちらも正しい。だから、どちらにも甲乙を付けるわけにはいかなかったのだ。

 

 □

 

 五分後。シーラは私物の懐中時計を確認し、訓練場にある明里の姿を見て「よし」と頷いた。時間に狂い無し、軍人としてなら当然だが、一般人として見れば上々と言えた。

 明里の表情は浮かない様子だった。ベルギカ製のM1935ピストルを一心に眺めているようで、そうではない。シーラには気付いていた。

 

「イヴリンが気になるのか?」

 

「……はい。悪いことしたんじゃないかって」

 

 斜を向いて明里は小さな声で返した。

 ふむ、とシーラは顎に手を当てて考える。ここで重要なのは信頼だ、依存ではない。

 

「アカリが気にしているのは、イヴリンに見捨てられたくないということじゃないのか?」

 

「そんなことありませんっ! イヴリンは私を助けてくれて、私はあの人が居なかったら……」

 

 イヴリンがあの牢で手を差し伸べてくれなかったら。きっと軍人に殺されていた筈だ。いや、死ぬよりもっと悲惨だったかもしれない。

 明里は嘘をついていない。真っ直ぐにシーラと視線をぶつけてくる彼女を見れば、思いが伝わるようだった。だが、なおもつつく。

 

「イヴリンに見捨てられたら、君は一人で帰る手段を捜さなきゃならない。見捨てられないために機嫌を取りたいんじゃないか」

 

「そんなこと……」

 

 明里の否定が弱くなる。

 

「君はイヴリンに捨てられたくない。イヴリンは何らかの理由で、君に戦ってほしくない。それは信頼じゃない、一種の依存だ。互いが互いにしがみつくだけのモノだ、そんなモノ……ちょっとした拍子で簡単に突き崩される」

 

 だから、とシーラは続ける。

 

「だから、君も彼女たちと並んで飛べるようになれ。少尉を心配させることなく、元の時代に戻れるように」

 

 明里の中には、まだ引っ掛かる部分があった。しかし、シーラが語ることは正しい。いつも背中の後ろに隠れて、一般人だからと庇ってもらうのはもう嫌だった。

 自分もイヴリンの飛行隊の一員だと胸を張って言いたくなった。その為には飛べなくては、戦えなくては。守られたくないのなら、皆を守れなくとも自身を守れるくらいの力を身に付けなければ。

 固く結ばれた口。明里の瞳にも決意の火が宿る。置かれていたピストルを手に取ると、教官となるシーラの説明を待った。

 

「良い眼ね。では説明するが、危険だから指示あるまで絶対に引き金に指を掛けず、銃口は何があっても自分と味方に向けるな。位置に困るなら、楽にして上へ向けておくと良い」

 

「はい!」

 

 精一杯の返事だった。銃の説明を聞きながら、魔装脚の出力を安定させるのは難しかった。ホバリングは飛行訓練過程で学んでいたが、他のことに集中し出すと魔法力の集中が乱れる。

 本来の射撃練習、訓練だけなら魔装脚は必要ない。これはシーラが少ない時間で魔法力の安定と射撃の練習を兼ねるよう編み出した、一種の複合練習だった。

 

「ベルギカ製M1935拳銃。装填数は十三発、薬室に一発。その拳銃を超える装填数を持つものは、機関銃以外に存在しない」

 

 シーラが明里の傍らに寄ると、指差しでピストルの操作を教えていく。安全装置のオンオフ、撃鉄の引き起こしと戻し方。弾倉の入れ方から出し方まで。

 

「それから、その銃は軍曹にそのまま支給する。軍用のプロ仕様だから、扱いにはより気を使って」

 

 訓練に使用したものを支給すると言われ、明里は不安になった。

 

「大丈夫なんですか……? 立派な備品じゃ……」

 

「それは私の私物よ。押し付けるみたいで申し訳ないけど、私も少尉たちと同じで.45口径のほうが好みなのよ」

 

 9ミリ弾では威力が足りないの。シーラはそう締め括った。銃を渡された明里は威力だとかそんなものは良く分からなかったから、押し付けられたなんて考えていない。

 

「さて、次はいよいよ発砲だ。覚悟は出来てるな?」

 

「はい……!」

 

 緊張が強まる。明里の頬を一筋の汗が伝った。

 前方には標的が10メートル間隔で置かれている。ピストルの最大射程はおおよそ50メートルといわれている為、五つ目の標的がM1935で当てられる最長標的になる。

 

「弾倉、装填!」

 

 シーラが声を張り上げた。明里は慌てつつもミス無くM1935のグリップに弾倉を押し込んだ。

 

「堀内軍曹も声を出せ。次、初弾装填!」

 

「初弾装填っ!」

 

 スライドを引くと、排莢孔から金色の弾丸が覗く。手を離し、スライドを戻す。

 

「装填完了!」

 

「よし! 構え!」

 

 シーラは最初、構えの基礎以外教えていない。力の入れ加減などの教示は一切無いまま、明里はピストルを標的へ向けた。

 

「一番手前、狙え! ──撃て!」

 

 シーラの指示にしたがって照準を移し、照準器を覗いて一射。思いがけない反動が明里の両腕を跳ね上げ、乱れた集中は魔法力制御にも現れた。魔装脚のエンジンが一瞬停止し、また回転を始める。

 危うく一発撃っただけで墜落するところだ。実戦だったら間違いなく死んでいる。

 ただ、そうなるのは初めて銃を撃つ人間、皆がそうだ。力の入れすぎや、構えの些細な違いは正確な射撃に結び付かない。

 

「右手はグリップのもっと上を握って。スライドが勢い良く動くから恐いかもしれないけど、大丈夫」

 

 明里の握りは少々グリップの下を握っている。反動を逃がすより先に銃が暴れて、弾が明後日の方向に飛んでいっていた。

 

「左手、右手両方共に指に隙間を作らないように。左手も出来るだけ上側で右手を包んで」

 

 より細かく教わって、明里は再度ピストルを構える。

 

「身体の力は抜いて、握る指に力を入れる。身体が固いと反動を逃がせないぞ」

 

 シーラのアドバイスを加えながら、更に構えを直していく。柔らかに。だが、しっかりと。

 そして一射。着弾と共に響いた高らかな金属音が命中を告げていた。

 

「よし、これだけで命中させられたなら充分だ。もっと当たらないと思ったが」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。まあ拳銃だから、このくらい出来てもらわなければ困るがな。だが理解力と吸収力はある」

 

 シーラが微笑む。安全装置をピストルへ掛け、明里は静かにM1935を置いた。

 

「本当なら、ちゃんと学校に通って軍籍を得るべきなんでしょうけど……。イレギュラーなのよね、あなたは」

 

「すみません……」

 

「良いのよ。ただ、そうね。少しだけ休憩がてら、未来の話が聞きたいわ。ストライカーを外して、そこに座って」

 

 木製の資材箱の上にシーラと共に腰掛け、青い空を二人で見上げる。

 午前中にはどす黒かった空も、今は嘘のように綺麗な青に染まっていた。

 明里はイヴリンにも話した、2020年の世界についてシーラに語った。ネウロイなど存在しないことや、戦争の違いなど。国の違いについても話した。

 ただやはり、一番驚いていたのはこの世界の女性のズボンという概念は、明里の世界では露出に含まれるということだった。

 

「パンツ……パンツって、何なのかしら」

 

 シーラは触れてはいけない世界の事象に触れようとしているようだった。哲学的にするには、少々明里には気恥ずかしい。

 休憩を終えようと二人で立ち上がったその時だった。

 

「アカリッ! ブラバンデル少佐ッ! ウチの隊長と、リベリオンのウィッチが!」

 

 二人を呼んだのはマルレーヌだった。ひどく慌てた様子で、立ち止まると膝に手をついて荒い息を吐いた。

 

「なんだとッ!?」

 

 リベリオンのウィッチ、ブランソンのことだ。彼女は謹慎の筈。まだ期間は終わっていない。

 シーラと明里は互いに視線を配らせ、頷くとマルレーヌの案内で飛行場の中心へと戻っていく。

 

 

 広い滑走路の真ん中に、人だかりが出来ていた。中心に居たのはイヴリン、そしてリベリオン人ウィッチ、ジェイス・ブランソン。

 

「ブランソンッ!」

 

 シーラが怒鳴る。しかし、とうの彼女はそんなシーラの声を鼻で笑い、イヴリンと対峙する。ホルスターに手が伸びている。イヴリンも、ガン・ブルーに手を添えていた。

 

「イヴリン、やめて!」

 

 明里の声も届いていなかった。独立飛行隊のメンバーも手を出せないようだった。

 その様相はまるで西部の一騎討ち。ファストドロゥによる、早撃ち勝負だ。

 

「来い、カウガール!」

 

「上等だ。そのガン・ブルーはアタシが貰う。腑抜けたテメェにゃ必要ねぇ!」

 

 どちらがどちらの挑発に乗ったのか。だがどうであろうと、冷静な筈のイヴリンがこのような喧嘩染みたことに命を捨てようとする筈がない。

 

「まずい、急げ! 銃を抜くぞ!」

 

 シーラには見えた。互いにグリップへ伸ばした手が動くのを。

 既に手遅れか。仲間たちもイヴリンの前へ飛び出そうとして、だがそれよりも早く明里が間に割り込んだ。

 イヴリンへ柏太刀の切っ先を。ブランソンへ柏太刀を模したような、青白い刀を向けて。

 

「アカリッ! 邪魔を……」

 

「イヴリンのバカ! なに考えてるのか知らないけど、隊長なんだよね!? なんで急にこんなことしてるの!?」

 

「ヤツが喧嘩を売ってきたッ! だから買った!」

 

「だからってウィッチ同士で命の取り合いなんて、間違ってる!」

 

「邪魔すんじゃねぇよッ! ノロマッ──!?」

 

 刀を避け、イヴリンへ引き金を引こうとしたブランソンは明里の目を見て息を呑んだ。

 刹那、明里はまるで誰かに操られるかのように刀を翻し、二人の拳銃を跳ね上げる。

 明里がその視線を向けた時、イヴリンには見えていた。

 

『ブラバンデル少佐の下で反省しなさい!』

 

 明里の言葉だった。明里の声だった。だが、その鬼気迫る迫力は本気で怒った紀子だった。『鬼面の堀内』──紀子は生前、イヴリンと知り合う前、扶桑陸軍でそう呼ばれていた。

 その紀子の姿が、明里に重なって見えていた。捕縛される間も、イヴリンは抵抗すること無くただただ明里の姿を見つめるだけだった。

 左手の幻影刀を振り消す仕種まで、イヴリンの知る紀子だった。

 

「……アカリちゃん」

 

「ごめんなさい。きっと、私のせいです。私がはっきりしないから、イヴリンの機嫌を損ねないように中途半端な態度ばかり取ったから」

 

 まるでそこに紀子がいるかのように、明里は柏太刀を瞬時に逆手へ持ち変えると、納刀する。

 フェオドラの声に、彼女は初めて毅然と答えた。

 

「マルレーヌさん。私、独立飛行隊に志願します」

 

「え? ……まあ、確かに厳密な籍は無いけど……。どちらにせよ、私たちも似たようなものよ?」

 

「構いません。おばあちゃんが教えてくれました、イヴリンを支えてやらなきゃダメだって」

 

 柏太刀を掲げ、明里は語る。

 2020年の堀内紀子ではない、1941年に死亡した堀内紀子が告げるようだった。

 太刀から魔法力の光が消える。明里に、とてつもなく大きな変化が起きた。

 だがその代償が小さいわけはなく、彼女はそのまま膝から崩れ落ち、意識を失った。




幻影柏太刀は何本でも魔法力が続く限り生成できます。
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