フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第十九話『1939年、ブリタニアの氷』

 誰かに出会ったことを知ると、人は必ずといっていいほど「第一印象は?」と訊ねてくる。

 基地内の通路を憮然とした顔で歩くイヴリン・カルヴァートもまた、そう訊ねられた一人だった。

 堀内紀子に会った第一印象など、存在しない。肯定もなく、また否定もない。全くの無関心だ。好きの反対は嫌いではなく、無関心である。故に、全く眼中に無かった。

 最近軍部が執心な多国籍ウィッチによる飛行隊。その視察ついでに連れられてきたらしいが、彼女からすれば知ったことではない。適当に見回って適当に連れていってくれ、といった程度の感覚だった。

 

 通路ですれ違っては敬礼する兵卒を流し見つつ、イヴリンはただ目的もなく基地を見回っていた。

 今日の戦果もそこそこだ。彼女は自身の力を誇ったことはない。誉れもなく、ただネウロイという、世界の強大な敵を倒す為の機械のように存在していた。

 誰に興味も抱かず、いよいよついたあだ名は『氷のガン・ブルー』だ。

 

「ん? あれは……あの扶桑人か」

 

 基地の外には、水路が引かれている。広い基地に水を行き渡らせる為の策で、水量は比較的ある方だ。

 他人に興味を抱かないイヴリンは珍しく、そこにいた紀子の姿を見て足を止めた。

 何をする気だ。見てやろうと待っていると、紀子は水路へ足を進めた。

 

「全く、生活用水にもなるのに──」

 

 水を浴びたいならシャワーがある。はた迷惑な事をするなと思った。しかし、紀子は水に浸かってなどいなかった。

 魔方陣を足に作り出し、水の上を歩いている。流石にイヴリンも息を呑んだ。

 空で見た、無茶苦茶な戦いを見せていた時と同じウィッチとは思えないほどに繊細な魔法力制御。その上にそれは成り立っている。水路を歩く扶桑皇国陸軍の緋袴を纏う少女は、不思議とイヴリンの目を引いた。

 それと共に、興味が湧いた。彼女と自分は、いったいどちらが上なのか。空戦ではなく、身体の動かし方など地上で見られる全てが気になった。

 

「おい」

 

 イヴリンが紀子へ声をかける。

 

「私についてこい。話がある」

 

「……てっきり嫌われてると思ってたけど?」

 

「いいから来い」

 

 ぶっきらぼうなイヴリンの指示に、紀子は悩むこと無く従った。水路を出て、後ろをついてくる。ちらりと後ろの紀子を見遣るが、靴すら濡れていない。おおよそ水の上にいたとは思えない光景だった。

 しばらく基地を歩くと、人気の無い倉庫裏に出た。イヴリンはそこで足を止めると、くるりと紀子へ振り返る。

 正対し、ゆっくりとイヴリンは後ずさって距離を置く。

 

「ウェスタンは分かるか、扶桑の」

 

 イヴリンが問う。

 

「良くあるだろう? 一対一で、勝負をする話」

 

「西部劇ね。知らなくはないけど、それが?」

 

 二人の間に流れる空気が、びりびりと張り詰めていく。殺気のようなものが漂う。

 

「扶桑のサムライっていうのは、人を後ろから斬らないんだろう? 正々堂々としている辺りは、西部劇の一騎討ちに似てないか?」

 

「そうかしら」

 

 紀子の目は既にイヴリンの右手に向けられている。ホルスターに手を伸ばし、突き出したピストルのグリップを取ろうとしている。

 

「ウィッチ同士で殺し合いでもする気なの?」

 

 紀子が問うと、イヴリンは「どうだろうな」と笑った。殺しになるかならないか、それは紀子次第だと語った。

 イヴリンは紀子が乗っては来ないと考えたが、やはりその通りだった。構えない。扶桑刀に手すら掛けず、ただそこに立っているだけ。

 彼女が見たいのは、紀子の力だ。惹かれたのは初めてだった。故にイヴリンは紀子に刀を抜かせるため、ピストルを引き抜いて足元に銃弾を見舞おうとした。

 引き金を引き、出方を見ようとした。

 しかし、それは何かが砕けるような音がしただけで着弾音らしい音はいつまで経っても鳴らなかった。

 

「なんだ……?」

 

 数メートル先の紀子には、魔法力を使用している痕跡以外はない。刀にはやはり手を掛けず立っている。

 困惑。それがイヴリンを惑わせた。

 シールドで弾いたのか。で、あればもう一発撃ってみる。

 銃弾、破砕音。今度はしっかり紀子を視認して、肩を撃ち抜くように撃った。それでも紀子は立ち尽くしたままで、銃弾を何かで弾いていた。

 当たらない。それがイヴリンを苛立たせた。しかし、それ以上の苛立ちを見せていたのは紀子だった。

 

「いい加減にして。さっきは助けてもらったわ。あなたが力試しをしたいのも分かる」

 

 だけどね、と紀子。

 

「だけど、私たちはウィッチなの。他に替えの無いネウロイへの最終兵器。それが、地上で殺し合い? 一騎討ち? バカにしないで」

 

 紀子が僅かにうつ向いた。肩を震わせ、だが前髪で隠れたその表情はうかがい知ることができない。

 

「好きなだけ撃ちなさい。私は絶対に、味方に武器は向けない。“私がそうさせるまで”」

 

「綺麗ごとを……」

 

 だが興醒めだ。イヴリンはピストルから弾薬、弾倉を抜き取ると、本体を一回転させてからホルスターに押し込んだ。

 

 結局、視察の間も紀子の力を見ることはかなわなかった。ネウロイとの戦いでは、互いが別ルートに当たるなどで戦闘を見ることもなかった。

 だがある日、それが一変する。

 ウィッチの編隊が、一機の中型ネウロイへ向かっていく。イヴリンたちブリタニア空軍ウィッチだ。

 コア持ちとはいえ、所詮一機。部隊に驕りがなかったと言えば嘘になる。今日の出撃には、学校上がりの新任軍曹も加わっていたのだ。そこが、普段との違いだった。

 

「チッ! コアは何処だ……」

 

 ネウロイの周囲を飛び回り、銃撃。外板を割りながら様子を見るが、コアを見つけるに至らない。

 イヴリンも『氷』の異名さえ溶かし、苛立ちをあらわにしていた。不幸にも、その苛立ちをもっとも強く感じ取ってしまったのは新任ウィッチだった。

 

「自分が集中攻撃します!」

 

 ブローニング機関銃を手に、そのウィッチは果敢に距離を詰めていく。

 

「チッ、待てッ! お前にはまだ早いッ!」

 

 近距離戦闘など愚の骨頂。イヴリンはスピットファイヤのエンジンをフル回転させ、新任ウィッチの後を追った。

 墜とさせてはならない。他人に興味を抱かなかったイヴリンは、今回何故かそう思った。紀子と正対してから、まるで自分を書き換えられているような奇妙な気持ちだった。

 初めて他人に興味を抱き、そして今初めて他人を助けに向かっている。

 

「しまっ──」

 

 新任ウィッチへ光線が向かった。

 

「ちぃっ!」

 

直撃ルートにイヴリンが割って入る。初めてだった。部下をかばった事など、彼女には無かったから。

 シールドを構える間もなく、二人は光に呑み込まれる。インカムから悲鳴が聴こえた。それから次第に、驚愕の声に変わる。

 

「扶桑皇国陸軍、堀内紀子。統合戦闘飛行隊隊長として、部下を守る」

 

 長大な扶桑刀を構え、イヴリンたちの窮地に駆け付けたのは紀子だった。イヴリンよりも更に前で、扶桑刀を振り抜いていた。聞き覚えの無い肩書きまで背負って、彼女はイヴリンへの攻撃を防いでいた。

 

「どういうことだ。統合戦闘飛行隊?」

 

「話は後! 二人は一度下がりなさいッ!」

 

 紀子を狙った光線を、彼女は刀の一振りで切り払う。ただの刀ではない、魔法力を持った特殊な刀なのだとイヴリンには分かった。

 

「援護するぞ、行けるな?」

 

「……はいっ!」

 

 話は後だとイヴリンも分かっていた。再び視野を広く持ち、ネウロイの周囲を旋回飛行する。光線をロールでかわし、ピストルを発砲しながら戦う。

 味方も不思議とついてきていた。しかし、さしもの紀子であっても刀一本では苦戦しているらしい。だがあの一騎討ちで弾薬を弾いたからくりが分かった。

 紀子は魔法力で複数の刀を生成し、ネウロイへ向けて投射していたのだ。刀を抜かずとも弾丸を撃ち落とすという、離れ業の正体がそれだった。

 

〈少尉! コアが見えました!〉

 

 通信。その声は、先ほど庇った新任ウィッチの声だった。紀子にも通信が行っているらしい、二人揃ってコアが発見された位置へ向かう。

 

「アレか……。ややっこしいところに」

 

 舌打ちと共にイヴリンが憎々しげに言う。

 コアがあったのはネウロイの下部。もっとも陰になりやすく、攻撃のしづらい位置だった。

 不幸は重なり、さらに小型が三機編制でイヴリンたちの空域に侵入し、攻撃を開始している。

 

「時間がない。纏めてやるわ」

 

「またあの自殺技か、扶桑の」

 

「私は堀内紀子よ。階級は中尉。残念だけど、ハズレ。カルヴァート少尉、コアへの攻撃をすぐに通せるように装甲へ集中攻撃を。速い小型を仕留めてくる」

 

 紀子はそれだけ言って、左手に魔法刀を作り出すと、二刀流で小型ネウロイの迎撃に向かった。

 指示に従う、従わないの問題ではない。そうしなければ皆の命がない。イヴリンが指示を出したのは、その直後だった。

 銃撃の最中、三機の高速飛行するネウロイを二振りの刀で次々に切り払う紀子を見たブリタニア人ウィッチが呟いた。

 

「イカれてる、あんな戦い方」

 

 向かってくるネウロイの攻撃を弾き、正面から恐れることなく叩き斬る。

 二振りの刀を操り、逃げるネウロイを魔法刀投射で足留めしつつ切り払う。

 ネウロイはどちらかといえば逃げているようにも見えた。しかし、もう遅い。紀子のすれ違い様、銀色のネウロイは彼女の背後で砕け散る。

 

「せぇいッ!」

 

 瞬時に反転した紀子が、ブリタニア空軍ウィッチの間を高速で通り抜け、コアへ向かう。装甲の修復をさせまいとする射撃援護を受けながら、紀子は九七式のエンジンを更に回す。

 再び排気管からは激しい炎が上がった。二振りの刀を眼前で交差させ、光線を防ぎながら出力で押し返す。

 

「こっちにもいるぞ、デカブツ!」

 

 紀子に集中していた攻撃を、イヴリンたちブリタニア空軍ウィッチたちが拡散させる。

 光線が弱まった隙に距離を詰めた紀子が、コアへ突撃。黒煙が青い空を昇っていく。

 砕け散ったネウロイを確認すると、ブリタニア空軍ウィッチたちから歓喜の声が上がった。

 

「……刀を抜かせなくて正解だったな」

 

 イヴリンは上空で、あたかも血振りするかのように左へ大きく魔法刀を振るうと共に消失させる紀子の姿を見た。

 本物の刀を仕舞う所作でさえ美しく、また隙がない。仮に一騎討ちで刀を抜かせていたら、イヴリンも叩きのめされていたかもしれない。

 蒼天の輝きの下に輝いた柏太刀の刃を見て、イヴリンは初めて自身が何故か笑みを浮かべていることに気がついた。

 

 □

 

「まるで君は、昔の私だよ。少々荒れているがな」

 

 1942年、ベルギカ。イヴリンとジェイスは私闘を問われ、営倉に入れられていた。

 ブリタニアで入ったような格子牢ではなく、何かの壕を改装したような洞窟牢だった。

 壁に寄り掛かり、イヴリンは過去の自分を思い返していた。氷の時代、それを溶かした紀子の存在。

 それがジェイスと少し重なっていたこと。

 

「ブランソン。私たちと来ないか」

 

「あ? どういう了見だ」

 

 壁越しにジェイスが返す。彼女もまた、イヴリンとは背中合わせに寄り掛かっている。

 

「グリゼルという陸のウィッチから聞いた。問題児なんだろ」

 

「チッ、アイツ……」

 

 何でもかんでも喋りやがって。ジェイスはぶちぶちと小言を漏らし始める。

 知り合いなのは間違いないようだった。

 

「まあ、何にせよ営倉に逆戻りしてしまったしな。今度は出られるといいんだが」

 

「出られるさ。じきに隊長が来るぜ」

 

 営倉に足音が響く。姿を見せたのは、ジェイスの言う通りシーラだった。

 二人を交互に眺め、腕を組む。

 

「二人とも、アカリたちに感謝しろ。彼女達から頼まれた。具申とも違うな、扶桑のドゲザとやらも見せられた」

 

 シーラが合図すると、二人のウィッチが牢の鍵を開ける。

 

「今回のことは何かの間違いだ。もう反省しているから、許してやれ。アカリはそう言っていたよ」

 

「なんだよ、隊長。エラくあの新入りの肩を持つな?」

 

「口を慎め、ブランソン。お前は引き続き自室謹慎だ。──連れていけ」

 

 ジェイスを部下に預け、シーラはイヴリンへ向かい合う。その視線は冷たかった。

 

「次、勝手をしたら許さない。分かったな? アカリの面子を潰すなよ」

 

「分かってます。昔の私とは、もう決別したつもりでしたが……イラついてた」

 

「コントロールしろ。魔法力も乱れる」

 

 シーラへ敬礼するイヴリン。冷たい営倉から出ると、今度は夕陽の明かりが彼女の目を突き刺した。

 

「イヴリン!」

 

 それからすぐに、強い衝撃。胸元に飛び込んできたのは、他ならない明里だった。

 

「アカリ……。ゴメンよ。私きっと、君をコントロールしたかったんだ」

 

 イヴリンが静かに語る。扶桑刀を受け継いで、明里が紀子の関係者であることは分かってしまった。

 彼女は何処か明里に紀子を重ね、操ろうとしていたのだと考えていた。ずっと敵わなかった紀子が今、自身より下の立場に居るということを利用して。

 

「汚い人間だよ。なんと罵ってくれても構わない。だけど、それでもいいから傍に──」

 

「思わない。私も、イヴリンの機嫌を取ろうとしてたと思う。見捨てられたら、知らない世界で独りになるから。でも今は、あなたに並びたい。皆と並んで飛びたい。そう思ってる」

 

 明里がイヴリンの傍らに居たシーラへ視線を配らせる。彼女は優しく微笑むと、何処か納得したように頷いた。

 

「……次の訓練は私が。少佐、いいでしょうか」

 

「勿論。元よりアカリは君の部下だろう、君が監督しろ。機材は貸す」

 

 それじゃあね。“佐官モード”を解いて、シーラはひらひらと手を振って二人の前から立ち去った。

 ネウロイの予報はない。薄暗くなってきた空を二人眺め、彼女たちは部隊の仲間たちの元へと戻っていった。




今回はイヴリンの話。
突然時代が戻っているので少々混乱されることとは思いますが、ちゃんと42年まで描いてこその回想なので許してください。
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