フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
陽が昇る。それは戦争犯罪者となろうが変わらず、太陽は営倉さえも別け隔てなく照らす。
「起きてるかい、アカリ」
イヴリンが何気なく問う。
「寝れませんよ……。身体痛くて」
気だるげな明里の声が、それに答えた。
見回りの目もそこそこに受け流して、二人は昨日のように柵に背中を預ける。
「今日はなんの話をしようか」
「どうしましょうね」
この閉鎖空間だ。自称未来から来た一般人には、なおさら極限状態だろう。
イヴリンが出来るのは、ひたすら話し続けること。とは言うものの、お互いに知っていることは話しきってしまった感が強い。
「代わり映えもしない毎日だ。狂うなよ?」
「不吉なこと言わないでください……!」
ぶるりとわざとらしく、明里は身体を震わせて見せる。
しかし、やはり昨日以上に会話は弾まなかった。明里はこれ以上イヴリン側へ踏み込めなかったし、イヴリンもまた同じ。
明里の語ることが妄言かさえ、彼女には見抜くことが出来ない。
話題もなく過ぎ去っていく時間。それを破ったのは、見張りと共にやってきた一人の少女だった。
ブリタニア軍とはまた制服の違う少女は真っ直ぐにイヴリンの牢へ向かうと、内側で座り込んでいた彼女を見下す。
「起きなさいよッ!」
イヴリンが反応しないと見るや、少女は牢を蹴りつけて無理矢理に意識を向けさせる。
「……トゥシャールか」
イヴリンにとって、知らぬ人物ではない。彼女がいた隊で、彼女の元で当時訓練を受けていたガリア空軍の部下だ。
マルレーヌ・トゥシャール。隊長が射殺された時点での階級は准尉になる。
「やっとあんたの顔を拝めたわ。隊長を返してよ」
「来るなりそれか……。お前も見たろ。アイツは私が殺した」
そうよ。マルレーヌは牢を殴り付け、イヴリンを強く睨みつけ、地の底から響くような恨みを滲ませ語る。
「そうよ、アンタが殺したッ! 隊長はまだ生きてたのに、助けも待たずッ!」
柵を掴み、マルレーヌが叫んだ。
「返してよ! 私たちの隊長をッ! 返しなさいよッ!」
柵の間から手を入れたマルレーヌはイヴリンの服を掴み上げ、牢へ叩き付ける。
イヴリンは無理矢理に手を離させると、マルレーヌを突き飛ばした。
「お前もウィッチなら、少しは現実を見ろ」
「ええ、そうね! 今日は顔を拝めただけよかったわ。また来る」
再び牢を蹴飛ばし、営倉を立ち去るマルレーヌ。途中、明里へ視線をくれるもつんと冷たく視線は逸らされてしまった。
「お仲間……ですよね」
騒動から少し。最初に口を開いたのは明里だった。
「元、な。……アカリ、少し周りを見ててくれ」
「はい?」
「いいから」
はぁ。明里も何がなんだか分からず、ただ言われるがままに周囲へ注意を向け始める。
ほんの少し。興味本意にイヴリンを見やると、彼女は小さな紙の切れ端を食い入るように眺めている。
いつの間にそんなものを用意したのか。明里には分からぬまま、ただイヴリンの合図を待つ。
そんな時だった。一羽の鷲が明里とイヴリン、両名の檻に空いた広い隙間に降り立った。
「こんなところに……鷲かな?」
鳥に詳しくはない明里だが、著名な猛禽だ。答えが出てこないわけではない。
「トゥシャールも素直じゃないな。……アカリ、感謝する」
「え?」
「君が私へ答えてこなかったり、途中で私が諦めていたら──」
イヴリンは鷲に手を伸ばすと、見張りが来ないか目を配らせ、そして柔らかな輝きと共に鷲と一つになる。
彼女の頭から伸びた雄々しい鷲の両翼、腰には立派な尾羽まで。明里も思わず腰を抜かす変貌ぶりだ。
「──彼女の言葉を思い出すことはなかったろう」
「……え?」
「出られたら教えてやる。危険だが、来るかい? アカリ。ここで無為に時間を過ごすよりはいい。けど、君の決断だ。危険に巻き込むことになる、軍を言い負かせるなら……逆に居た方が安全だ」
脱走を図る気だと、明里が気付くにはあまりに簡単すぎた。異形の姿と化したイヴリンを前に、明里は意外なほど早く冷静さを取り戻す。
彼女の言う通りだ。このままでは処刑されるのは免れないと。
故に、答えは一つだった。
「行きます。連れていってください」
イヴリンと行く。魔女と共に、自由を求めて走る。
何より、彼女の知る世界ではないと分かった。ならば、この世界から脱出する方法も知らなくてはならない。このままただ押し付けられるように死刑になるのは、当然ごめんだ。
目の前にいる魔女から感じる迫力は、もはや全てを諦め、死を受け入れた処刑待ちの軍人ではない。生きるため、自由になるため、それこそ鷲のように鋭い眼をしていた。
だから明里は決意できた。脱出は楽ではないだろう。だが、イヴリンに付いていけば心配はいらない。そんな気がしたのだ。
「私を導いてください、イヴリン」
「……勿論、手伝ってはもらうよ。とはいえ、そう言われるのはむず痒いな。よし、やるか」
イヴリンは牢の扉から距離を取る。戸を閉めているのは堅牢な鎖で、それが幾重にも巻き付けられた上で巨大な南京錠がされているようなものだ。更に扉自体にも鍵が掛かっている。二重ロック、というべきか。
とてもではないが、素手では開くものではない。
「ハァッ!」
けたたましい金属音。イヴリンの右ハイキックが真っ直ぐに戸へ突き刺さった。
鎖が引きちぎれる。それだけに収まらず戸の蝶番まで弾け飛び、牢はいとも容易く開いてしまった。
「待っててくれ、アカリ」
一度営倉の奥へ駆けていくイヴリン。明里からは姿が見えなくなった。当然、慌て食って入ってくるのは巡回の軍人たち。小銃で武装していて、素手では打ち勝つのは難しい。
銃に詳しい明里ではないが、留学を予定していた者として銃器の恐ろしさは学んでいた。イヴリンに武装はない。
一体どうするのか。明里が悩むより早く、檻の間から飛び出したイヴリンが横から兵士の一人を蹴り飛ばすと、同時に小銃を掠め取る。
「動くな! ウィッチ相手に勝てると思わないことだ」
小銃を構え、残った兵士を牽制。瞬時に長い小銃の前後を反転させて持ち直すと、大きく振りかぶって銃床で強く対峙した兵士たちを殴り倒す。だが、殺してはいない。
苦しみ、呻く声は聴こえるものの、生きてはいる。それをかき消すように、牢に入れられた人間達からは歓声が上がった。
「アカリ、今開けるから」
素早い身のこなしで反転し、イヴリンは明里の牢へ。鎖を容易く引きちぎり、戸の鍵はそれ自体を引っ張って変形させて壊した。
戸が開くと、イヴリンは明里へ手を差し伸べる。
「行こう」
「……はい!」
その手を取り、明里は漸く自由に一歩近づいた。イヴリンが手に持っていた小銃を明里へ預ける。
その重さには一般人の明里も驚かされた。外観などほぼ木製だというのに、長時間持ち運ぶのは難しいと判断せざるを得ない重量。それに、使い方もわからない。
「あの、私使い方なんて知りませんよ?」
思わず共に駆けるイヴリンへ問う。
「いや、知らなくていい。軍人は殺せない。私だって軍人だったんだからな」
持ち運んでくれるだけでいい。イヴリンは最後にそう付け足した。火の粉は自分が払う、と。
「他に捕まっている人たちは!?」
営倉には他にも十数名、各個檻に入れられている。イヴリンに釘を刺した兵士ですら、今となっては檻にしがみついて助けを求めている。
明里には見捨てられなかった。皆が皆、悪いことをした訳ではないと思えたから。しかし、イヴリンは違った。
「混乱は起こせる。それに、手が増える。けど私たちと同じだ。ここの兵隊に見つかったら、その場で射殺される」
「でも……」
「分かってくれ。今の私には、君を生きて連れ出すだけでも難しい」
「あ……」
明里は理解した。理解出来た気がしただけかもしれない。
イヴリンだって今まで投獄されていたのだ、半日かそこら牢に入れられた明里とは違う。ずっと体力だって消耗しているはず。
それに明里という、一般人の道連れがいるのだ。非戦闘員を守りながら、すぐに発砲してくるであろう訓練された兵士たちを、殺さずに突破する。それがいかに難しいか。
営倉を解放すれば、次々に死ぬ人間が増える。最悪は、裏切るかもしれないということ。リスクは大きい。
「あ、いや。えっと……ただ、ここにいれば逆に生きて出られるような者もいるだろうと思ってね……」
「いえ。大丈夫です、行きましょう。──ごめんなさい」
明里は小さく牢へ頭を下げると、イヴリンの後に続いて営倉を出た。
早めに兵士たちを無力化したおかげか、基地はまだ大きな騒ぎを起こしていない。
昨日、気付けば基地内だった明里は、ようやくこの敷地の全貌を目にする。
「思ったより大きくない……」
基地というより収容施設なのか。塀の外に出れば、意外と簡素な作りをしている。
対空機銃などは置かれているものの、本格的な軍事基地とは少し趣が違っていた。
とはいえ、軍事施設なのは変わりない。イヴリンにも注意を促される。
「油断しないで。これから中に潜り込んで、私物を取りに行く」
「……はい」
明里のスマートフォンはついでだ。それは彼女も分かっている。イヴリンが一体何を取り返しに行くのか、それだけは分からないが。
彼女はイヴリンの指示のまま姿勢を低く、奪ったM1895ライフルを抱き抱えるようにして施設内を行く。
「止まって。静かに」
イヴリンに止められ、明里も動きを止めた。
ほんの十数メートル先に歩哨が立っている。一人だが、小銃を抱えたまま睨みを利かせていた。
「あの建物の中なんだが……」
イヴリンは苦い顔を見せ、頭を働かせる。
突撃しても勝てるだろう。相手は一人、こちらはウィッチで魔法力も解放している。
いや、悩んでいる暇がない。イヴリンが覚悟を決めた。
「全力で私の背中を追って、アカリ」
「はい」
「よし。あの歩哨を倒したら、その背後の建物に飛び込む。行くよ」
一斉に立ち上がり、駆け出す。イヴリンの足の早さには明里も出遅れるが、必死についていった。
それから歩哨がこちらへ振り向いた瞬間、イヴリンが顔面へ右ストレートを叩き込んで気絶させる。流れるように二人は建物の扉を開け、閉めた。
格子付きの窓の向こうに、伸びた歩哨が見える。巡回に気付かれれば騒ぎになる。
「よし、早めに必要な物を探そう」
飛び込んだ建物は何かの倉庫か。明里にはそう見えた。
雑多に物が置かれているが、その中の一部にイヴリンが食い付いている。彼女は明里へ手招きすると、いくつか物を預けた。
「凄いですね……」
恐らく拳銃用の弾倉が二本。これは明里も映画で見たことがあった。
「私の愛銃でね」
イヴリンの手に握り締められる、ガンブルーの自動拳銃。M1911.455仕様。大国、リベリオン製の自動拳銃をブリタニア軍が空軍向けに仕入れ、採用拳銃のウェブリー自動拳銃の弾薬をそのまま利用するように小改造を加えたものだ。
ガンブルーに染め上げられた仕様は多くないだろう。活躍していた頃のイヴリンの看板でもあった。
「そうだ、アカリ。君も探し物があったら今のうちに」
「あ、はい。探してみます」
と、いったところで明らかに不釣り合いな旅行カバンが投げ出されているのを見た。
間違いなく、明里の物だった。全てを持っていくのは無理と踏んで、カバンの付近に無造作に置かれていたスマートフォンの電源だけを確認する。
ぱっと画面が点灯し、見慣れた画面が目に入った。
「よかった。まだバッテリー生きてる……」
日付を思わず確認した。彼女が最後に記憶した月、そして日付。西暦も2020年を指している。
ただ、電波は圏外だった。山の奥と言うわけでもない。明里に言わせれば、圏外になるなんて有り得ない。今や旅客機だって機内Wi-Fiを採用しているし、繋がらないなんてあり得なかった。
それでも、明らかにずれてしまっている時計と圏外になった電波表示がどこか彼女を焦らせる。
「よし、これもここにあった」
スマートフォンをポケットにしまった明里が振り向くと、イヴリンが一振りの刀を眺めていた。
その長さはあまりに長い。1メートルはゆうに超えている。刀にやたらとはまりこんだ友人はいたが、明里はやはり知らないもの。
ただ、そのあまりの長さには驚かされる。鞘に納められるとその長さは、160cm以上はあろう背の高いイヴリンの身長すらも超えた。
「それは?」
明里が問う。どう考えても、イヴリンには不釣り合いな“日本”刀であったから。
「隊長──
「隊長って、日本人なんですか?」
「だから扶桑の……いや、そこは今いいか。アカリ、物はいいかい?」
「あ、はい! 大丈夫──」
答えようとしたその時だった。施設内にけたたましいサイレンが鳴り響く。
身構えるイヴリン。拳銃へ初弾を送って身に付けたホルスターへ仕舞い、刀を抜き出す。
「ネウロイの警報じゃないし、そこの歩哨に気付いた声はしなかった。営倉で誰かが、助けなかった報復に見張りへたれ込んだか、倒した見張りが見つかったかだ」
「じゃあ、ここからは……」
明里の声が少し震えた。緊張して口が乾くのが判る。イヴリンは静かに頷くと、刀を構えて窓を覗く。
兵士たちが騒いでいるのが聴こえた。
「銃弾が飛んでくるぞ。極力庇うけど、なるべく物陰を移動して。勿論姿勢は低くね」
建物を静かに出た二人。兵士たちが血眼になって二人を捜している。
イヴリンに何か考えがあるのか? ただついていくだけの明里だが、イヴリンの背中に迷いは無いように見えた。
脱走開始の第二話です。
途中で作業BGMに埼玉県のうたとか流したら頭変になりそうでしたけど、やりきりました。
当時っぽい日本人名とか難しいですよね……。