フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
すっかり日も沈みきり、真っ暗な闇に包まれた基地宿舎。監視があるわけもなく、サーチライトの類いも動いていない。本当の意味で、基地は闇の中にあった。
「明里……?」
「あ、八重さん。ご苦労様です」
眠れずに宿舎から出てきた明里が、屋根の上で見張りをする八重に気付いて頭を下げた。
今宵は満月。月を背に、弓を携える八重は何処かこの世のものではない不思議な雰囲気を纏って見えた。
「眠らなくて大丈夫?」
ふわりと軽く屋根から飛び降りて、明里へ視線を配らせながら訊ねる。しかし周辺への警戒を止めることはなかった。
「ちょっと、悪夢を見るんじゃないかって思うと怖くて。少し手伝って良いですか?」
「分かった。眠くなったら、ここで寝ても良い。膝は貸すから」
「ありがとうございます、八重さん」
優しい笑みを見せる明里の顔を見て、八重は少々恥ずかしげに顔を逸らした。
耳飾りが揺れて、音を立てる。思えば、八重にここまで近付いたのは明里にとって初めてだった。
「八重さんは、紀子隊長とはどうやって知り合ったんですか?」
「……紀子は新しい飛行隊の為に、ウィッチを探してた。多分イヴリンはもう配属が決まっていて、その後」
弓の弦を軽く弾きながら、八重は語る。
思い出話も彼女はあまりしなかった。だが明里なら、少しは話してもいいと彼女は思った。
「私が狩りをしてるところを、紀子に見られた。魔法を使っていたから。弓の扱いを褒められて、扶桑陸軍にスカウトされた」
でも断った。八重の話は続く。
「私たちは扶桑人が嫌い。私たちの住む場所を奪った扶桑人は敵。私は、彼女に矢を射掛けた」
「射ったんですか……!?」
明里が目を丸くして驚いた。八重は迷うことなく頷く。
だけど、彼女には届かなかった。八重はそう語る。
「射った矢を止められて、焦った。その時は退いたけど、紀子はコタン──集落までついてきた」
「すごい執念ですね……」
明里の感心ももっともで、八重も今更ながら「本当に」と静かに笑っていた。
「扶桑人の、それも軍人が来たから集落の皆は紀子を囲んだけど、彼女は何もしなかった。ただその場で頭を下げて、私を扶桑陸軍にスカウトさせてくれって」
「でも、ダメ?」
「うん。私たちはその程度で扶桑人を信じない。でも、それから二ヶ月は毎日欠かさず集落に来ていた。飛行隊のメンバーも決まり始めていた頃だと思う」
忙しいはず。それでも紀子は顔を出し続けた。
そうなると、いよいよ八重も根負けだ。色々話をして、軍に入るからといって、入ってしまえば無理に従う必要はないと紀子は彼女に語っていた。
「『困ったら私に言って。私が上申するから』って、紀子は言っていた。私の力を、純粋に部隊の為に……そして集落を守るために貸してほしい。そう言われた」
「それで……部隊入りを?」
八重が頷いた。
「二ヶ月の間に私も紀子とは話していたし、楽しかった。だから、決断した。今、その選択を後悔はしていない」
晴れやかな表情で語る八重。部隊結成の裏にある、紀子の苦労。そして、皆が皆喜んで紀子に着いていこうとしたわけではなかったことを明里は知る。
携えた柏太刀を掲げ、眺める。紀子の愛刀であったそれは、月明かりを受けて輝く。
「ん……?」
ぴくりと八重が何かに反応を示す。
宿舎の屋根へ壁を使い、素早く駆け上がると彼女は感覚の向く方向を注視する。
基地入口付近に、奇妙な光が見えた。自然光とは違う、まばゆい黄白色。車のヘッドライトだ。
「まずい……!」
建物から飛び降り、状況を掴めない明里へ八重は告げた。
「ブリタニア軍が来る。急いで隠れるか、逃げないと」
「えぇっ!?」
皆を起こすべきだ。明里が言うと、八重も同意した。
八重は斥候に向かうため、屋根を伝い倉庫の上へ。明里は部隊を起こす為に宿舎へ飛び込んだ。
大騒ぎする訳にはいかない。慎重に、迅速に各部屋を回りイヴリンから順に起こし、状況を伝える。
人手が増え、手も増えると起床はより早く済んだ。
二分もする頃には、全員が起床。宿舎前で作戦会議を行っている。
「全員聞いてくれ。八重からの通信では、ブリタニア軍は再びここを取り戻す気らしいが、様子が少し変だと言っている」
「変って? まさか、全員小銃で完全装備だとか言わないですよね?」
マルレーヌが言うと、イヴリンの視線が彼女へ突き刺さった。
「残念ながら当たりだ」
「基地を取り戻すために様子を見に来たなら、そんなに武装はいらないよね。……ってことは」
「なるほど、アタシらがここにいるってのがバレたか?」
ベルティーナ、ジェイスの考えていることは同じのようだ。だが、違うのはその後。
ジェイスはすかさず腰のホルスターからM1911を一挺引き抜いて、初弾を籠める。
「よせジェイス。私たちは軍人を殺さない。殺すために逃げたんじゃないんだ」
当然、イヴリンからは間を置くこと無く制止された。
「じゃあどうすんだよ。黙らせる方法があんのか?」
「……隠れるしかない。だが宿舎はダメだ、隅々まで探索するだろうしな。全員散るぞ、明里は私とだ」
ネウロイを相手取るのとは訳が違う。相手は人間で、軍人だ。安易に引き金を引いていい相手ではない。
故に、一度身を隠す。殺さないためには、息を潜めるしかない。
「ストライカーはどうする? 見つかって破壊されたら
シーラが問う。魔装脚は全て纏めておかれていて、そこを燃やされでもしたら全員が作戦能力を失うことになる。
「六番倉庫は私と明里だ。入ってきた兵を追い返してやるくらいは出来る」
いいね? と明里へイヴリンが問うと、明里も緊張の色を見せながらだが頷いた。
その後、散開の一声で全員が散らばる。イヴリン、明里は全員の魔装脚を集めた六番倉庫へと向かっていった。
□
「これも想定内とはいえ、随分とタイミングが悪いというか……」
マルレーヌは近くの破壊された建築物跡を見つけ、そこへ入り込む。
隊長であるイヴリンからの厳命は『殺傷禁止』だ。気絶させたとしても、人数が足りなくなれば当然ブリタニア軍も不審に思う。
彼女の命令は、今回に限って言えば攻撃禁止にも等しいものと言える。
近くをライトを持った歩兵が通過する。
マルレーヌは瓦礫に隠れ、そこから歩兵の装備を確認した。
「エンフィールド小銃か。結構ガチじゃない……」
端整なボルトアクション小銃を持った歩兵が、マルレーヌの見える範囲だけでも二人一組で歩いている。
とてもではないが、気絶させるために素手で殴りかかれるような装備ではない。
仕方ない。悔しさはあったが、息を潜める以外に彼女に手段はなかった。
マルレーヌから近く、宿舎から距離を取り、廃棄された軍用車の下に隠れたベルティーナ。
地面に這いつくばると、過去の自分を思い出した。
「……大丈夫、大丈夫だ。みんなも悔しい筈だから」
気にするな。ベルティーナは必死に自身を抑止する。
すぐ目の前をブリタニア軍の軍靴が通り過ぎて、息を潜めた。
夜というのはどちらかといえば、フリーダムウィッチーズに味方している。影が消え、敵はより注意して対象を捜さなければならない。
ベルティーナが隠れたような完全な死角は、ライトを照らして覗き込みでもしなければ見つからないだろう。
「行ったね……」
ブリタニア軍歩兵の足は車の下からは見当たらない。まだ予断は許さないが、一先ずベルティーナも一息をついた。
フェオドラ、八重は互いに遠距離を見ることが可能とあって、各倉庫の屋根に張ることで敵の動向に注視する事が出来た。
「数が多い」
矢をつがえることも出来ず、八重は屋根の上で姿勢を低くするばかり。
通路反対の倉庫の上に、フェオドラの姿を確認出来た。彼女も武器は使えない。
「全員を黙らせれば楽だけど、そうなると……」
〈ヤエちゃん、ダメ〉
フェオドラからの交信が八重に二重の制止を掛けた。全員を黙らせれば、今度は彼らの所属基地が部隊が戻らない事を怪しむだろう。
そうなれば、より大規模な部隊で“掃除”されるのは目に見えている。カウハバへ逃げる頃まで持つかも微妙だ。
「まだ誰も見つかってない。上手くやり過ごせば、切り抜けられる」
八重の視力では、シーラやジェイスの姿も捉える事が出来た。無茶をしそうなのはジェイスだったが、シーラが上手く制止しているお陰か敵をやり過ごす事は出来ていた。
だが、八重は歩兵の一部が未探索部分──六番倉庫に向かうのを目の当たりにする。
耳に嵌めたインカムを押し込み、そこで隠れるイヴリンたちへ警告する。
「歩兵がそっちへ向かった。イヴリン、大丈夫?」
〈なんとかする。一度交信を切るよ〉
話していては見つかってしまう。判断は間違っていなかった。
八重、フェオドラはただイヴリンたちの無事を祈りつつ、いざというときに武器を使用できるようにしておくことしか出来ない。
□
「ストライカーは隠したね」
真っ暗な倉庫内で、イヴリンは声を潜めつつ明里へ訊ねる。
「う、うん。大丈夫。でも、私たちはどうやって隠れるの?」
「じきに敵も来る。外へ出る余裕もない……物陰を使おう」
羽織った青いブリタニア空軍軍装を靡かせ、イヴリンは明里を近くの鉄骨付近に隠した。
イヴリンは停められたバイク、3HWの陰だ。上手く隠れれば、充分に逃れられる。
すぐにライトの灯りが倉庫を照らす。明里、イヴリン共に息を限界まで潜め、姿を隠す。
足音が近付くと、壁に背中をぴったりと張り付けた明里は声も漏らさぬように口を押さえて、恐怖と戦う。見つかったらタダでは済まない。また営倉か、その場で射殺だ。
近付く足音が想像を絶する恐怖にしかならない。しかし、泣いては駄目だ。明里も必死に恐怖心と戦う。
ライトは倉庫を照らすように周囲をぐるりと一回りし、バイクも照らす。
しかし、一瞬バイクを照らして止まったものの歩兵は何にも気づいた様子は無く、倉庫を後にする。
去り際、紙が捨てられるような音がして、歩兵は居なくなった。
「……行ったな」
「恐かった……」
「頑張ったね、明里。一先ず見つからずには済んだか」
倉庫から二人で出ようとして、イヴリンの足に丸められたメモ用紙がぶつかった。
軽い物だが、何もない基地には異質なもの。怪しんだイヴリンが紙を開くと、そこには殴り書きでフリーダムウィッチーズ──主にイヴリンへと向けられたメッセージが残されていた。
『明後日明朝、ブリタニア空軍は基地を取り戻しに来ます。今のうちに逃げてください、ガン・ブルー』
それは警告文だった。ブリタニア軍がいよいよ基地を取り戻しに来る。
恐らく残したのは先ほどの歩兵なのだろう。僅かな可能性に懸けて、イヴリンへメッセージを残したのか。
罠である可能性も考えられた。
「いい兵士さん……なのかな?」
「分からないね。だが、ゆっくり出来る訳ではなさそうだ。どちらにせよカウハバ基地との約束は一週間後だ。明後日には発てるように、皆へ知らせよう」
「そうだね。あのウィッチさんが来る可能性もあるし……」
エデルガルトのことを明里は言っていた。流石にドーバー海峡を越えてまで追跡はしてこないと思うが、あの執着加減は油断できない。
イヴリンも頷き、インカムのスイッチを入れて部隊のメンバーを宿舎前に集合させる。
既にブリタニア軍の歩兵部隊は基地から去っていた。無人と判断し、基地を取り戻すため動くのは決まったも同然だろう。
「少し休んで、明朝に作戦会議だ。明里、大丈夫?」
「うん。でもイヴリン、少し手──繋いでいい?」
「……? あぁ、恐かったか。いいよ。宿舎まで、一緒に帰ろう」
イヴリンが差し出した手を、明里は遠慮がちに握り締める。
暖かな人の感覚は、少なからず恐怖心を薄めてゆく。
二人は手を繋いで宿舎へと戻っていった。今度は一刻も早く、基地を脱出する話をするために。
今回はちらりと明らかになった八重と紀子の話、そして恐れていたブリタニア軍の基地偵察でした。
相手はあのガン・ブルー。きっと歩兵にも彼女のファンはいたのでしょう。