フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
フリーダムウィッチーズが動いたのは、ブリタニア軍の偵察からわずか半日後だった。スオムスと話をつけた一週間後まで、既に待てないとの判断だ。
ネウロイに襲撃される前に北海を通過し、バルトランドへ。途中カールスボリ飛行場で補給を受ける。身分の証明には、シーラが役に立った。まだ彼女の脱走までは広く知られておらず、可能な限り最大限の補給が手に入った。
フリーダムウィッチーズをシーラの隊とし、北欧戦線に飛ばされたと半ば無理矢理な理由を付けたが、その追及も無くなんとか切り抜ける事に成功する。
天候の急変で冷え込む空も、厚着と魔法力でなんとか凌ぎながらボスニア湾を通過してカウハバ基地へと向かった。
先頭を飛んでいたイヴリンは全員に停止命令を出すと、右耳に嵌めたインカムに人差し指を添えて通信を始めた。
「こちらフリーダムウィッチーズ。現在ボスニア湾を抜けるところだ、エスコートがあると聞いたが」
反応があるまで、暫し時間が掛かった。
ざざ、と砂嵐のようなノイズが入ると、カウハバ基地の人間と無線が繋がる。
『バルトランドで補給を受けたという話を伺っています。既にそちらへウィッチは派遣しました。一週間後のつもりが早すぎて、こちらも合わせるのが大変でしたが』
「すまない。急に動かなくてはならなくて仕方なかった。それで、確認の方法は」
『今から向かうのはスオムス空軍の第34飛行隊──義勇独立飛行中隊“オーロラ”です。違う答えが返ってきたら、追い返して構いません』
インカムの向こうから聴こえてくる声はやはり感情を感じさせず、彼女たちへ吹き付ける風のように冷たかった。
しかし、話は分かりやすい。
「了解した。暫し待機する」
イヴリンの返答に簡単な応答をして、相手の通信は切れた。
「義勇独立飛行中隊か……」
イヴリンの呟きは、風に掻き消されていた。彼女にはその部隊に思うところがある。
脱走時、イヴリンに手を貸したビューリング。彼女が元居た部隊がスオムス義勇独立飛行中隊。風の噂では、問題児ウィッチの左遷先として『いらん子中隊』と呼ばれていたらしい。
1939年に設立された同部隊は、それから戦果を挙げ続け、“いらない子”の集まりではなくなっていた。ウィッチもどき──人型ネウロイや、最近増えた『黒いネウロイ』を観測したのも実は彼女たちなのだ。
もはや左遷先としての蔑称は使えない。だからこそ、対外的な部隊名を有したのだろう。
「あれか?」
一瞬止んだ吹雪の中に、シーラは人影を見つける。
「敵意は無いね。あれがオーロラだと思うよ」
ベルティーナの固有魔法にも、悪意は引っ掛からなかった。撃墜に向かってきたウィッチかネウロイでないのなら、通信先が用意したオーロラ部隊だろう。
前方を飛行するウィッチは扶桑陸軍の巫女のような紅袴を身に纏った、端整な黒髪の少女だった。扶桑少女は何かに気付いたのか、手を振りながらその速度を上げた。
「紀子っ! 紀子じゃない! 生きてた……の……」
近付いて、少女は明里の姿を目にする。求めていた結果と違い、その声は徐々に小さくなっていった。
「あの……おばあちゃんのお知り合いですか?」
「おば──!? えっ、紀子に孫がいたの!?」
明里が咄嗟にフォローに入ってしまったからか、余計に扶桑少女は混乱してしまったようだ。
しかし、紀子の名前を知っている。それはイヴリンたちからしても逃せない情報だった。
「失礼、紀子中尉のお知り合いですか?」
明里より少し前に出たイヴリンは、オーロラ部隊と正対。扶桑少女と向き合った。
「紀子とは昔からの知り合いよ。私は穴拭智子。扶桑陸軍の中尉。そして、この『いらん子中隊』の隊員よ」
扶桑少女が名乗る。
「まさか知り合いとは。イヴリン・カルヴァート、ブリタニア空軍少尉です。フリーダムウィッチーズの隊長を──」
「そう、あんたが
イヴリンが名乗った刹那、智子は腰に携えていた刀を引き抜き、その切っ先をイヴリンの喉仏に突き付けていた。
「隊長ッ!」
ベルティーナを始めに、フリーダムウィッチーズ全員が銃を構える。だがそれは智子の部隊も同じだった。
ネウロイ戦との緊張感とは違う、張り詰めた空気がスオムスの空を覆った。
「穴拭さん、やめてください!」
スオムス空軍の空色をした軍服を纏う少女が止めに入るが、智子はその刀を下ろすことはしなかった。
「止めないで。こいつが私の戦友を殺した……そうよね、ガン・ブルー」
刀の切っ先の向こうに、刀以上に鋭い智子の視線があった。
「そう思うなら、斬って構いません」
「あ、そう。じゃあ遠慮無く行くけど、恨まないでね」
「まさか。殺した事実は変わらない。購えるなら、恨みはしない」
喜んで斬られてみせよう。イヴリンは首を見せ、智子は軽く刀を振り上げた。
だが、そこに柏太刀を抜いた明里が立ち塞がった。智子の手が止まる。
「退きなさいよ。それに、その刀は訳のわからない格好した他人が持ってていいものじゃないの。紀子の墓に置くべきなのに」
「退きません。私は堀内明里。紀子は私の別世界の祖母で──ううん、私の親族です」
だから退きません。明里は左手に魔法刀を作り出し、二刀一対で智子と真っ直ぐに向き合った。
「イヴリンは殺したくて殺した訳じゃない。紀子は自殺です」
「どう証明するの? 世界の軍隊が、カルヴァート少尉を上官殺しだと言っているのに」
「それを証明する為に、私たちが空を飛んでるんです」
イヴリンたちフリーダムウィッチーズの隊員が呆気に取られていた。明里が前面に立ち、そして部隊の意義を語る。
いざというときに出る、明里の豪胆さが今出た形だ。
「基地に戻ったら話を聞くわ。それでいいわね?」
「はい。どちらにせよ、話さなければならない事もあります」
「そうだな。紀子の戦友もいるとなっては、余計な隠し立ては出来ない」
智子が刀を納め、明里もゆっくりと太刀を納刀する。その姿を智子は不思議そうに眺めていた。
「紀子のクセまで一緒か。全く、どうなってるのよ」
智子が呟く。
イヴリンの合図で全員が銃を下ろし、オーロラ部隊も合わせて警戒を解いた。
「あ、あの! まずは、長旅お疲れ様です。私はスオムス空軍のエルマ・レイヴォネンです。一応、中隊長……なんですけど……」
どんどんと語尾がトーンダウンしていくエルマ。中隊長の風格は、どちらかといえば智子の方にあったかもしれない。
だがそれは個人の性格だ。中隊長はエルマ、それが事実である。
「とにかく、自己紹介は一旦後にしませんか? 空は危ないですし」
「同意します、レイヴォネン中隊長。案内を頼みます」
イヴリンが言うと、エルマもはっきりと頷いた。
飛行姿勢に移り、エルマ率いるオーロラ部隊に導かれてフリーダムウィッチーズが後を追う。
途中、紺のセーラー服を着たボブカットの少女がやけにちらちらと明里を見ていたのを、当の本人が気付く事はなかった。
□
カウハバ基地へ降りる頃には、スオムスの気候がウィッチ達へ牙を剥いた。
強風に寒気。不思議と寒いという言葉すら出てこない。
八重とフェオドラは北国出身とあってか慣れているようだが、温暖気候な国の出身ウィッチたちは皆震え上がっていた。
「腕の傷が痛むな……」
特にシーラは左腕を抱え、寒さに疼く傷の痛みに顔を歪める。
魔装脚は格納庫にしまったが、智子の疑念を解くために居住区画へ入るのは後回しになっていた。
「それで? 紀子が自殺だっていうあんたは、一体何者?」
強風が格納庫を殴り付ける中で、智子は明里を睨むようにしながら腕を組んだ。
「堀内明里です。軍隊には居たことがありません。気付いたら、ブリタニアに居ました」
先ほどの豪胆さは何処へやら。明里の視線は少々泳いでいた。それが尚更、智子の疑念を深いものにする。
「軍人じゃないのに何で軍人といるのよ。それに、気付いたらブリタニアにいたってどういうこと?」
イヴリンと明里が視線を配らせる。また話すべきなのだろう。
幸い、切れかけながら明里のスマートフォンは省電力モードで生きていた。
明里が未来から来た、別な世界の紀子の孫と知るや智子は混乱しきって空を仰ぐ。
「冗談じゃなさそうね。その変な板といい、人をからかうには手間を掛けすぎだし」
「すみません。でも、私も迷惑は掛けませんから」
「いいわよ。それに、あんたからは紀子の雰囲気を感じる。懐かしい感じ、悪くないわ」
変わらずイヴリンには敵意を見せる智子だったが、それも先ほどの空よりは薄れていた。誤解を解くには、確実な証拠が必要になるだろう。
「エルマ中尉、自己紹介を始めても?」
智子が控えていたエルマへ振り返る。エルマは迷わずに了承した。
それから、順番に自己紹介が始まる。
「扶桑海軍の迫水ハルカです。ところでアカリさん、その服装はなんですか?」
「へっ?」
思わぬ方向への問いかけがハルカから入って、明里も情けない声を漏らす。
見かけは可愛らしい少女だが、もしや智子以上に軍規に厳しいのかと思った。
「軍人じゃないって聞いてましたけど、綺麗な肌ですよね。未来の方はみんな、そんなに肩を見せつけるんですか? 智子お姉さま程じゃないにしろ、スタイルもいいですし、夜にお茶でもどうですか?」
「やめた方が良いわよ。こいつ、平気で睡眠薬盛るから」
「同意が得られないから仕方ないだけです!」
「永遠に得られないから安心して休んでいいわよ、ハルカ」
一瞬不穏な単語が智子から出たようだったが、何にせよ共にいる時間が長い彼女ならハルカを往なすのは簡単のようだった。
「本当に彼女が紀子の親族だとして、ハルカが何かしたら、私は墓前で紀子になんて言えばいいのよ……」
そう呟いた智子の言葉が、この部隊の異常さを表すようで。明里は少々背中に走る悪寒を感じながら、しかし苦く笑っているしかなかった。
少々脱線していたが、次はエルマが一歩前に出た。
「改めまして、エルマ・レイヴォネンです。スオムス空軍中尉で、この部隊の中隊長をしています。補給と伺っていますが、天候次第では暫く足止めになるかもしれません……」
まあ、もう半分確定ですよね。エルマはごうごうと吹き荒れる悪天候すら自身のせいだと言わんばかりに申し訳なさそうにしながら、フリーダムウィッチーズの隊員へと頭を下げる。
「チュインニは地上型の偵察で居ないし、また後で紹介するわ。少ないけど、今のところこの三人。もう少し早かったら、オヘアも居たからまだ騒がしかったわね」
語ったのは智子だ。何かを懐かしむように、彼女は目を細める。
「ビューリングも居たそうですが」
イヴリンが言うと、智子はさほど驚いた様子もなく返す。
「ビューリングの知り合い? まあでも、あの時首を差し出してきたのはビューリング以外には、あんただけだわ」
なんか被るのよね。智子は不思議そうに語る。
それからフリーダムウィッチーズの隊員の自己紹介へと移り、エルマたちはその部隊の国籍、階級のばらつきに驚いた。
何せ一番上は佐官。だというのに、隊長は少尉なのだ。しかもシーラたちが一番の新入り。
「本当に自由なんですね……」
エルマがフリーダムウィッチーズの部隊名を誤解したが、イヴリンは否定しなかった。その名前には、様々な自由の意味を込めている。
エルマの解釈でも、間違いはなかったからだ。
「紀子の親族か」
フリーダムウィッチーズの面々を眺める智子。途中抱き付こうとしてきたハルカの顔面を、手で押さえ付けて引き離しつつ、彼女は1942年には異質な服装の少女を目で追い続けた。
外は強風だ。小さな話し声なら聴こえない。だが、智子が一瞬の微かな耳鳴りを感じて不思議に思っていると、昔聞いた声が彼女に語りかけた。
『少しの間、お邪魔するわね。智子』
紀子の声。智子が口を開こうとすると、明里が彼女へ振り返っていた。違う、紀子は死んだ。気のせいだと。
だが、確かに智子には紀子が振り返っているように見えていた。
「ほんっと、無茶苦茶ばっかりなんだから」
「なんですかー? 秘密は私との秘密だけにしてください!」
「うっさいの。折角人が感傷に浸ってたのに」
ハルカの言葉を適当に受け流し、智子は改めてフリーダムウィッチーズと暫く過ごすことになると思い知る。
いらん子の出番です!
10月、リブート四巻ですよ!
予約しましたか!?
私は金欠です。
この話におけるいらん子はリブートと無印が少々入り交じった、独自時空になっております。
ハルカのキャラ難しくないっすか……これ……。