フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
カウハバ基地指令室。格納庫から最初にフリーダムウィッチーズが案内されたのがここだった。
「ようこそ、フリーダムウィッチーズの皆様。カウハバ基地管制士官、ヨンナ・ハッキネンです」
通信で聴こえてきた冷たい声。その主が、今イヴリンたちの目の前にいた。
眼鏡を掛けた理知的な外観だが、その目は鋭く、やはりどこか冷たさを感じる。その一方で、ジェイスが暇をもて余して部屋を見渡していると、クマのぬいぐるみがひっそり置かれているのを見た。
つつかない方が良さそうか。問題児ジェイス・ブランソンも、どこかで何かを察しざるを得ない。
補給の予定を話すハッキネンとイヴリン。しかし、悪天候により本日中の出立は不可能と判断が下り、天候の回復を待つことになった。
指令室を出て、次に向かった先は談話室。さほど大きな部屋ではないし、豪華というわけでもない。だが風を凌げるならそれだけで充分だった。
適当に座って構わないとエルマに言われ、フリーダムウィッチーズの隊員たちも立ちっぱなしからようやく腰を落ち着ける。
五分ほど会話がないままだったが、ふと明里が智子に視線を向けた。
「あの、智子中尉。おば……じゃなかった。紀子さんって、どんな感じだったんですか?」
「智子でいいわよ。どんな感じって……扶桑海事変で私、無茶やって突っ込んじゃってね。味方の援護が届かないトコまで離れちゃった事があったの」
当時は若かった。今も若いはずの智子だが、自嘲気味にそう語る。
それから何かを紐解くように、智子は天井を仰ぎ見つつ語り始めた。
「怪異……ネウロイに囲まれて、流石に死んだと思った。でも、そこに来たのが紀子だったの。当時はまだまだひよっ子だったんだけど、あの太刀筋は忘れないわ」
けどね。何かを否定するように智子。
「あいつは、敵を斬れば斬るほど昂る癖があったの。魔力としてもそれが現れて、端から見たら辻斬りよ」
エルマが用意してくれたコーヒーに口をつけ、智子は眉を潜める。
話を聞いていたイヴリンがコーヒーの湯気を燻らせつつ、その話へ切り込んだ。
「私が初めて会った時は、そんな感じじゃなかったけど……」
1939年の終わり。彼女と紀子の出会いは散々だったが、智子が語るほど狂ったようには見えなかった。
「魔法力をばらまくような戦い方よ? 当然、矯正されたわ。でも紀子はそれを応用して、敵を引き寄せて斬る魔法に変えたの」
「あの時、ブリタニアで観測された赤い魔方陣か。ネウロイが一斉に方向を変えたとか……」
「そう。だから最初はそのイカれ具合から『鬼人の堀内』だった。ただ、途中からその顔を見たウィッチが『まるで鬼の顔だ』なんて言うから、『鬼面の堀内』って呼ばれるようになっていったの」
話を聞いている明里は、少なからず意外に思っていた。紀子はもっと理性的な人間だと思い込んでいたが、かなり攻撃的なタイプであったらしい。
だが仲間を助けるために全力を尽くしたという話は、間違いなく紀子の人格を現している。
「ねえ、明里って言ったわよね。未来の紀子って、どうだったの?」
話を振られるとは思っても見なかった。明里はコーヒーカップを慌てたように皿へ戻し、智子のまっすぐな視線に合わせる。
そんなに固くならなくても、と智子は言うが、かつての戦友に話すとなっては話も変わる。
「おばあちゃんは、優しい人でしたよ。本当に何か変わってる訳でもない、優しいおばあちゃん」
「……異世界って言うだけあるわね」
「でもおじいちゃんと一緒に、私たち家族に『入るな』って言ってた蔵があるんです。昔かくれんぼしようとしたけど、扉も開かなくて」
明里の傍らに立て掛けられた柏太刀が、談話室の明かりで鞘を輝かせる。
怪しい蔵の話には、フリーダムウィッチーズの面々も食い付いた。しかし、中身がわからないとなっては話もそれ以上膨らみはしなかった。
それからしばらく、風の音が談話室を包んだ。落ち着かない様子の八重はしきりに周囲を気にしている。
「大丈夫。敵はいないわ」
「分かってる。けど、うん……」
フェオドラに言われ、返答する八重だが、その視線は扶桑人である智子に向けられていた。
分かっている。今が弓を向けている場合でないことは。
「なぁ、射撃場か何か無いのかよ? 銃もしばらく撃たないと調子くるっちまいそうで──」
フラストレーションを溜め込み気味だったジェイスだが、彼女の言葉をネウロイ襲撃の警報が遮った。
オーロラ部隊、フリーダムウィッチーズ共に視線を配らせる。ネウロイは共通の敵だ、共に手を取り戦う。そしてイヴリンの有用性を世界へ。それがマルレーヌの作戦だ。
彼女たちは迷わず格納庫へ向かい、魔装脚を装着。離陸していった。明里が唯一、残った。離陸途中、ハルカが引き返して心配そうに明里の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、明里さん?」
「少し、気分が変で。──来る、行かないと!」
「へっ──ひゃあっ!?」
一転して勢い良く飛び出した明里。勢いに巻き込まれ、ハルカはわたわたと腕を振り回して、崩れたバランスを取り直す。
〈敵数は多くないが、最悪だ。小型数機、それにベルギカで戦ったのと同じ人型が一体いる〉
シーラの交信が最悪の展開を告げていた。
イヴリンたちはベルギカで、同一個体のウィッチもどきと戦闘をしており、狙う優先順位も把握している。
〈だとしたら、ヤツは明里を狙うぞッ! カバーに行く!〉
視界に離陸してくる明里を捉えたイヴリンは、その場で転進し明里の傍らへ。
「……ネウロイ」
明里が呟いた。なんて事の無い呟きの筈だった。
〈隊長ッ! もどきが抜けたよッ!〉
小型ネウロイの機動性に振り回されたベルティーナたち。ウィッチもどきの機動力はそれ以上で、瞬く間に明里とイヴリンの元へ近寄ってくる。
「下がれ、明里ッ!」
今回ばかりはガン・ブルーでは相手にならない。背中に背負ったMG34を取り、ウィッチもどきへとその銃口を向ける。
トリガーを引くと、すぐさま強烈な反動と共に弾幕が張られた。一体のネウロイに集中する弾幕は驚異だが、ウィッチもどきは巧みな機動力でそれらをかわし、太刀を構える明里に右手の剣で切りかかった。
「ひゃっ……!」
刀を振り、なんとか攻撃を弾く。しかし、ネウロイと明里の距離が零に近くイヴリンが射撃援護出来ない。
ベルギカでのラッシュ攻撃は、カウハバで更に進歩していたようだった。捌かれた事を学習でもしたのか、明里の限界を試すように次々と斬撃を繰り返し、そして。
「あぐっ……!?」
ウィッチもどきの横一閃が、ついに明里を斬りつけた。
「明里ッ!」
すぐさま救援に向かおうとしたイヴリンだが、撤退しようとしたらしいウィッチもどきの機関砲光線の前に近寄る事さえ出来ない。
〈ハルカっ!〉
〈はい、中尉っ!〉
意識を失った明里はそのまままっすぐにスオムスの大地へ墜ちていく。
地面に激突すればタダではすまない。智子は素早い状況判断で、明里より更に遅く上がってきたハルカに全てを任せた。
力強い返事と共に、彼女は明里をキャッチ。バランスを崩しつつ、ウィッチもどきが残す複雑な軌跡を見届けながら後退する。
襲撃といえば、それだけだった。明里を斬りつけ、ウィッチもどきは撤退した。小型ネウロイは全滅させたが、またしてもウィッチもどきには撤退を許してしまった。
戦闘終了。カウハバ基地へ戻り、意識の無い明里を介抱するウィッチたち。建物に入る余裕など無かった。
だがどういうわけか、出血は止まっていた。明里がしっかりと握りしめる柏太刀はまばゆい輝きを放っている。
「明里……。頼む、帰ってきてくれ!」
魔法力を送り、イヴリンは必死に彼女の命を繋ぎ止めようとする。
すると、不意に明里を囲うように魔方陣が現れた。強大な魔法力に、紙のように吹き飛ばされるウィッチたち。
青白い魔法力の輝きは、直視さえ許さないほど強烈であった。
□
海の上を明里は飛んでいた。
既に魔法力は尽きかけていて、よろよろとした機動と共に、高度は急速に下がっていく。
虚ろな視界に映るのは、接近してくる浜辺の波打ち際だ。
あの悪夢。そうだと彼女に気付く余地は無く、迫る自身の死を間近に感じた。
『大丈夫』
優しげな少女が明里へ語り掛けた。左手を、誰かが握り締めた。
ぐん、と引っ張られて落下が止まる。急速な落下はゆっくりとした降下に変わり、明里はふと身体を捻って後ろを見た。
『ごめんなさい。もっと早く、こうすべきだったのに』
太陽を背にした少女の姿はわからない。だが、大太刀を背にした巫女のような装束の少女であることはわかった。
その声、その感覚。明里は、ベルギカでの覚醒で柏太刀から感じたものであると認識した。
「ううん。大丈夫、皆がいて……そしてきっと、何処からかあなたが守ってくれていた。そんな気がしていたから」
悪夢であった空間は消えていく。白く霞み、少女と明里は手を繋いだまま互いに目を瞑る。
□
カウハバ基地。光と共に吹き荒れた衝撃波が、ウィッチたちを吹き飛ばしていた。
刹那、複数の剣閃があたかも空間を切り裂くかのように走る。
「一体なんなの、あんた……!」
やっと目が利くようになった。やっと姿を確認できた。
智子は光の中から現れた少女の姿に、目を丸くする。
「紀子……!」
複数の魔方陣の中で、夢幻のように虚ろに揺れる姿はかつてイヴリンが射殺した隊長であり戦友、堀内紀子だった。
二人の姿は智子が最初間違えるほどに似ていたが、明里のぎこちなかった握りとは違い、しっかりと握りしめられた柏太刀と虚像のように青白く揺れる姿、扶桑陸軍軍装がその差を明確にする。
「ごめんね、明里」
紀子は自身の胸に手を当て、呟く。
強風吹き荒れるカウハバ基地だが、不思議なことに紀子は全く意に介していなかった。
鏡のように崩れる空間は、まるでイヴリンたちの世界から切り離されているかのよう。しかし、間違いなく紀子はその先に存在していた。
彼女は魔法力の輝きを強く放つ柏太刀を携えて振り返り、イヴリンを肩越しに見つめていた。
次回はちょっと更新が遅れるかもしれません。
少しお待ちいただければ、と思います。
次回もフリーダムウィッチーズ、宜しくお願い致します!