フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第二十六話『発端』

「紀子……。いや、有り得ない」

 

 よろよろと紀子のもとへ引き寄せられようとして、イヴリンは頭を振って現実に戻ろうとする。

 しかし、やはり眼前にいるのはかつての戦友の姿だった。明里ではなく。

 

「そんな、明里さんの姿が変わっちゃいましたよ!?」

 

 ハルカも目の前で起きた超常現象とも言える事態に目を丸くして騒ぐ。

 見慣れない洋服姿の少女が智子で見慣れた扶桑陸軍の軍装に変わり、目付きも全く違っているのだ。

 

「……そうですよ! 明里さんは、一体どこに!?」

 

 そう叫んだのはエルマ。目の前の少女が紀子なら、今までそこにいた明里は? 

 当然の疑問だった。

 

「大丈夫。私は生き返った訳じゃない」

 

 疑問に答えたのは他でもない紀子だった。

 

「この身体は彼女のもの。記憶は刀が持ったもの。私の姿は……魔法で再現してる感じね」

 

 左手に携えた太刀。その鍔を親指で押し上げ、鞘から刀身を晒す。青白い輝きが白刃を包み込んでいた。

 

「『ずっと守られているのはイヤだ』──それが、彼女が見た悪夢の正体」

 

 一瞬止んでいたスオムスの吹雪が、次第に吹き始める。風の音。だが、紀子の声は掻き消されることなく澄み渡る。

 

「彼女が聞いた『私』と、彼女は一緒になろうとした。でも、この子は私じゃないから──」

 

 紀子が不意に、虚空へ右手をかざす。

 

「──八重、やめて」

 

 手を握ると、その手中には矢があった。八重の放ったものだとその場の皆が理解する。既に弓矢では大きく道が逸れてしまうほどの強風が吹き荒れているが、鋭い矢じりは正確に紀子の側頭部を狙っていた。

 

「……明里なら、まだ止められない」

 

「分かって射ったの? 身体は彼女のものよ」

 

「明里にも、後で謝る……」

 

 弓の構えを戻し、八重は申し訳なさげに俯いた。

 

「あの……ともかく一旦、基地に戻りませんか? 天候も荒れてきちゃいました、これでは学校もおやすみになります」

 

 カウハバ基地には飛行学校もある。しかし、座学はともかく実技の授業は不可能だろう。新米を空へ飛ばす天気では既に無かった。

 紀子はまだその姿を保っていた。そのまま、ウィッチたちは基地へと戻っていく。

 

 □

 

 談話室。ストーブの熱が部屋を循環し、程よく暖まった頃に智子は紀子へ詰め寄った。

 じっと顔を覗き込むと、次の瞬間彼女は紀子の頬を問答無用につねり上げる。

 

()たたたっ! 痛い!」

 

 そのまま上に引っ張りあげられた紀子は悲鳴を上げながら身体をばたつかせた。

 

「……本当に紀子じゃないの?」

 

「いったた……。記憶は私。でも、身体は明里の物なの」

 

 痛そうに頬をさすりつつ語る。涙を浮かべ、腰を曲げた彼女は智子を見上げていた。

 

「つまり、今は明里の身体を借りて紀子がそこにいるってワケ?」

 

「だからそう言ってるのに……」

 

 理解できるわけがない。智子はため息交じりにそう考える。何度言われたって理解できない。まるで降霊術ではないか。胡散臭い事この上無い。

 だからといって、明里に紀子の真似をして周囲を騙し通そうとするような悪戯心があるようにも思えなかった。何しろガチガチに緊張していたのだ、そんな悪戯が出来るわけがない。

 

「ヤエの話は正しかったんだね。確か、キコの気配を感じるって言ってなかった?」

 

 談話室の椅子に腰掛けたベルティーナは、後ろに立つ八重を振り返る。

 ベルギカ脱出前、明里が悪夢に悩まされていた時に八重が漏らした言葉だ。彼女は頷いて応える。

 

「でも、まさかこんな事になるとはな」

 

 シーラも壁に寄り掛かりつつ、紀子を視認している。一度は目の当たりにした堀内紀子、その姿は彼女が見たものと相違無い。

 

「めんどくせぇぞ。結局どうなんだ? 隊長は変わるのか?」

 

 ジェイスは難しいことを考えないタイプだ。目の前にいるのが紀子だろうと、新入りの彼女には然して関係の無い話。

 問題は、誰についていくかだ。しかし紀子は迷わずイヴリンを指し示した。

 

「私の最期の言葉、あの通り生きてくれている。隊長は彼女よ。私は堀内明里の内で、この戦いを俯瞰するしかない」

 

 数々の雪に耐えてきた建物。少々くたびれた天井へ、紀子は静かに手をかざす。

 

「明里を──この子をこの世界に呼んだのは私なの」

 

 紀子の呟きに、談話室がにわかにざわついた。

 

「どういうことだ、紀子」

 

 イヴリンが真っ先に紀子へ掴みかかる。全ての原因が彼女にあるかのような物言いだ、腕を握るイヴリンの手は力が入って震えていた。

 

「私が墜落した時、ネウロイに私の魔法力を奪われたのよ。恐らく、それをベースに奴等が出してきた答えが……今回のウィッチもどき」

 

「それと明里が何の関係があるんだ!? 彼女にも故郷があるんだぞ!?」

 

 談話室中にイヴリンの怒鳴り声が響き渡った。「分かってる」と紀子は間を置かずに返した。

 

「奴等が私の魔法力を使ったのを知った時には、私はもうあなたにしたようにするしかなかった。早い話、あのネウロイは私なのよイヴリン。私が残した、最期の痕跡よ」

 

 フリーダムウィッチーズの面々の表情に戸惑いが浮かぶ。明里をこの世界へ呼んだのが紀子というだけでなく、ベルギカから現れ始めたウィッチもどきですら、紀子が原因だと言われては致し方無い。

 

「あの、お言葉ですが紀子中尉? ウィッチもどきは綿密な連携に弱いと、まさにここの部隊が証明しています。なのに、どうして……」

 

 マルレーヌが、言い合いの最中におずおずと控えめながら口を挟んだ。

 彼女が見つめる先には、真剣な表情の智子たちがいる。

 

「そうね。でも、それだけじゃダメ。今回は異常なの」

 

「どういうことよ、紀子? 私たちの戦闘記録は役に立たないってこと?」

 

 智子が言う。自身を否定されたように感じて癪に障ったのか、その言葉にはかなりの刺があった。

 

「私だって分からない。だからこんな奇跡に頼るしかなかった。明里は向こうの世界で一度死んだの」

 

「なんだって……!?」

 

 明里は死んでいる。紀子が発するその一つ一つが、イヴリンたちには衝撃的だった。

 

「彼女が飛行機事故に遇って、死んで。世界の境界があやふやになって、そしてこちらへ来たの」

 

「待ってくれ……。それじゃあ、明里に帰る場所なんて無いじゃないか!?」

 

 イヴリンが問うと、紀子は一つだけ方法があると返す。

 

「こちらへ来た原因は私なの。ウィッチもどきを倒し、この身体の魔法力すら枯渇させる。堀内紀子の痕跡を完全に消し、この世界の異常を排除するの。そうすれば、この世界に居ない人間も消える」

 

「消えた後は!? 死んでるんだろう!?」

 

「分からない。私だって、まさかこんな事が出来るなんて思わなかった。でも、きっと向こうでは遺体も見つかっていないはずよ。身体はこっちにあるんだもの」

 

「……もしかしなくても、私たちとんでもない話を聞いてますよね?」

 

 真剣な紀子の話を輪の外で聴きながら、エルマがひっそり呟いた。

 いらん子中隊──もといオーロラ部隊には、にわかに信じがたい話だった。否、今も妄言ではないかと言わざるを得ない荒唐無稽この上無い話だ。

 堀内明里という実例が目の前に居なければ、堀内紀子という死んだはずの人間が目の前で話をしていなければ、真面目に取り合いもしない。気が触れてしまった哀れな魔女だと言う他にない事態だ。

 ネウロイ戦争という枠に収まらない、世界を超えた戦い。その一部始終を智子たちは聞いていた。

 

「紀子? もし奴等を無視して倒さなかったら……明里はどうなるの?」

 

 智子はそこへ足を踏み入れることに決めた。彼女たちにも自らの任務がある、同行は許されない。だからこそ、手伝えるところは全力で手伝おう。それが、紀子に作った借りを返すことになると思った。

 構わなければそれでいい。それでも智子は、言葉と共に足を踏み入れた。

 

「彼女は多分、向こうに居場所が無くなるわ。こちらでどうなるかは、私にも何とも」

 

「帰れなくなっちゃうか、こっちでも死んじゃった事になったりしませんか?」

 

 そう問うのはハルカだ。智子が何かに驚いたように目を丸くしている。

 

「あんたでも気にするのね……」

 

「当然です! 智子お姉様のご友人は私の友人です! 仲人になってくれるかもしれないじゃないですか!」

 

「随分個性的なご友人が出来たのね、智子……」

 

「私だってゴメンよ!」

 

 ハルカが吹き入れた空気は、少なくとも張り詰めっぱなしだった談話室を弛緩させた。

 悩んだって仕方がない。振り返れないのなら、進むしかない。

 

「よし。とにかくまずは予定通り、扶桑を目指す。扶桑軍を少し探るべきだ。紀子に関して、気になることも出来たしね」

 

 怒鳴ったって責めたってどうにも出来ない。イヴリンは振り切るように、計画続行を宣言した。

 

「私は眠るわ。またいつかね、みんな」

 

「気ままな隊長さんだな。アタシら引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、自分は勝手に消えやがった」

 

 ジェイスの見つめる先に居たのは、逆に見慣れた異世界のオフショルダーニットの上着を着た明里の姿。

 ぼんやりと椅子に座っているが、意識はあるようだった。

 

「紀子さん、全部喋っちゃったんだ」

 

「聴こえてたんですか?」

 

 エルマが訊ねると、明里は静かに頷いた。

 

「なんだかラジオを聴いてるみたいだったけど、全部聴こえてました。やるしかないんですね」

 

「大丈夫? キミが……その、割と危ない状況だっていうことまで聴こえてたろうけど」

 

 歯切れの悪いベルティーナの言葉にも、明里は「大丈夫です」ときっぱり返した。悩みはある、だが止まったところで意味はない。

 明里は自分の窮地を知ったからこそ、動き続ける必要があると判断していた。

 

「そろそろチュインニさんが帰ってきますね。気分転換──にはならないかもしれませんけど、一緒に行きませんか?」

 

「この状況を更に引っ掻き回すのね。ハルカが大人しいと思ったけど、チュインニが帰ってきたら全部同じよ……」

 

 魂すら抜け出しそうな深い溜め息。智子が頭を抱えると共に、格納庫から談話室目掛けてとてつもない速度で近付いてくる足音が聴こえてきた。

 

『智子ーっ!』

 

「ウソでしょ!? 噂をすればなんてどうでもいいってのに!」

 

 再び騒がしくなる談話室。銀髪の少女が飛び込んでくるまで数十秒、呆気に取られるフリーダムウィッチーズメンバー。

 先ほどまでの張り詰めた空気は、すっかり無くなってしまっていた。

 

「大丈夫かな……」

 

 不安そうに、イヴリンはポツリと漏らす。

 

「大丈夫。私も、私なりに頑張って帰れるようにするから」

 

「明里……」

 

 イヴリンと明里の空気、そしてカウハバにいたウィッチたちの空気。重くて軽い、ごちゃ混ぜの空気。

 ジェイスが呆れ返ったように、壁に寄り掛かって身体を伸ばした。

 全く相反するが、騒がしいと同時に、静かだった。カウハバで明かされた事実は重くのし掛かるが、まだ目的地までは遠い。出立も先になるだろう。

 しばらくはその騒がしさと共に過ごす。明里はそれでも構わないとそう考えて、逃げ回る智子たちを眺めていた。

 落ち着いている。彼女にも不思議なほど、自分が死んでいるかもしれないという言葉を聞いても、ざわつきはしなかった。左手に握る柏太刀を伝って勇気のような、力強い不思議な何かが流れてくるようにすら感じた。だから頑張ろう。明里は心の内で、静かにそう誓う。




途中でシリアス書いてるのかギャグ書いてるのか分からなくなったので、いらん子のノリはかなり危険であると共に腕が試される(配点5点)

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