フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第二十九話『残されたモノ』

 スオムス、カウハバ基地に来てからほぼ半日。

 半日とはいえ既に日を跨ぎ、太陽の昇り始める頃合いになっている。

 明里は智子の提案により、剣術指南を受ける事になった。智子の扱う備前長船とは勝手の違う刀ではあるが、何もないより余程まし。

 構えから付け焼き刃で切り抜けてきた明里に、刀の扱いを教えるのは智子も骨を折った。癖として染み付いた動きを取り除くのはそう簡単ではない。

 そもそも抜刀術を軸にする時点で、少々智子と堀内流は異なっている。

 

「紀子の戦いは否定する気無いんだけど、あなたがやるならもっと基礎をやらないとね」

「ご、ごめんなさい……」

 

 縮こまって謝る明里へ、智子は少々困ったように空へ視線を泳がせる。

 

「それで戦果を挙げていた以上、紀子の戦い方を間違っていたとは言えないわ。けど、それは基礎が出来てからの話。だから私は、基礎を叩き込むからそのつもりで」

 

 きっぱりとした声音。明里も思わず見よう見まねの敬礼を返す。それを見て、智子は微かな笑みを見せた。

 スオムスの寒さはまだ牙を剥いている。しかし、厚着をすればまだ凌ぐことはできる。

 

「やってますねぇ、アカリ」

 

 訓練に精を出す明里を遠くに眺め、ベルティーナは昨晩に危うく発砲しかけたリボルバーをくるくると指で回していた。

 

「カタナは私には教えられないからな。ヤエもカタナは範疇でないし、ああいったウィッチに出逢えたのは僥倖だが……」

 

 僥倖なんだがな。呟いて、イヴリンはベルティーナの手で自在に回転するリボルバーに目を遣った。

 

「危うく迫水さんを撃ちそうになったって?」

 

 イヴリンは鋭く問いを投げ掛けた。

 ピタリ、とリボルバーの回転が止まる。

 

「ハルカがいけないんだ。アカリとボクの部屋に忍び込むから」

「だからって……」

「ボクはいいけど、アカリはダメだ。いや、今はボクもダメだけど……」

 

 落ち着かない様子のベルティーナ。手持ち無沙汰なのか、リボルバーだけは彼女の手で前転後転を繰り返していた。

 

「頼むから問題を起こさないでくれよ。まだまだ問題は山積みだ」

 

 イヴリン自身のことは勿論、明里を元の世界に戻すためにはもっと力が必要な事も分かった。更にエデルガルトという追跡者の影もあるし、今はそれを振り切って扶桑に向かわなければならない。

 

「おはようございます。カルヴァート少尉、アッビアーティ少尉」

 

 外で話していると、エルマが挨拶にやってきた。挨拶を返す二人に、彼女は更に踏み込んだ。特に、イヴリンへ。

 

「ガン・ブルー、ですよね。ホルスターの拳銃って」

「スオムスにも噂が?」

「はい。すっごく有名ですよ。ビューリング少尉も話題に挙げていましたし」

 

 おやおや、それはそれは。エルマの話を聞いて、イヴリンは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「それで、一つお力添えが出来るのではないかと思って声をかけたんです」

 

 ぽん、と柔らかく手を合わせてエルマはにこやかに微笑む。

 基地にどこの隊とも聞かずに置いている今、これ以上の力添えとはなんだ。イヴリンとベルティーナは互いに顔を見合わせ、首をかしげた。

 エルマは一言「ついてきてください」とだけ言うと、二人を引き連れて基地内を歩き始めた。足音の他に聴こえるのは、風の音を除けば智子と明里の声だけだ。

 

 □

 

 エルマがイヴリンを連れてやってきたのは、一棟の倉庫だった。出入りが無いのか、扉は堅く閉ざされている。

 それを開け放つと、すぐに目に入るのは多数の機械工具。金属加工機のみならず、薬品の調合を行うためか、空の瓶が並んだ棚もある。

 しかし、この時世にスオムスでこれ程の設備を備えていたとはイヴリンたちも聞いたことがない。雰囲気を察してか、エルマが口を開いた。

 

「元々は、中隊に居たウルスラさんというウィッチの設備です。前の基地は何棟か設備が爆発したんですけど……」

「ばく……はつ?」

 

 あまりに恐ろしいエピソードが差し込まれたおかげで、イヴリンの背中が寒気とは別な何かで凍りついた。

 

「ですが、ウルスラさんは空対空ロケット発射器を開発した功績でカールスラントへ正規士官教育を受けに行ったんです。大躍進ですよ、大躍進」

「……まさか、フリーガーハマーですか。まだ現物を見たことはありませんが」

 

 カールスラント製対ネウロイ用ロケット発射器。アンテナの広いベルティーナは、その原型が戦果を挙げた事を知っていた。

 開発中のロケット発射器。それがフリーガーハマーという名を持つらしいということも、聞いたことくらいはあった。

 原型とはいえ、それを生み出したのがこの場だとするならば、それはちょっとした事件だ。機密がそこらに転がっている事になる。

 

「ここでなら拳銃の整備、可能なら改良も出来ます。ウルスラさんはMG34を使っていましたから、パーツも出ますよ」

「レイヴォネン中隊長……」

 

 微笑むエルマ。補給が目的とは言え、ここまで手を貸すのは正直に異様といえる。ガン・ブルーの名まで知っておいて、何も知らない訳はない。紀子の話も聞いていた筈だ。

 

「私が言えたことではないですけど、きっと辛かったと思います。だから、機密だらけだとしても、仲間の機材を使って戦力は整えてほしいんです」

 

 斜を向きつつ、エルマは語った。

 やはり、彼女は全て知ってしまっていたようだった。いや、恐らくエルマだけでは無いのだろう。基地管制士官であるハッキネンも、或いは事情を知っていたのかもしれない。

 

「隊長、どうします?」

 

 ベルティーナが訊ねる。答えは決まっていた。

 

「感謝します。ガン・ブルーも、これでワンランク上に行ける筈だ」

 

 ガン・ブルーのみならず、ブリタニアで拾得したMG34もだ。無理矢理な改造により崩れていたバランス、磨耗したボルトキャリアや各種可動部は勿論、熱により僅かに変形している銃身も。ここでなら交換や調整が出来る。

 

「フリーダムウィッチーズの皆さんにも使うように伝えますね。機密さえ守っていただければ、自由にして構いません」

 

 エルマはそれだけ言うと、ぱたぱたと宿舎へ戻っていったようだった。

 

「自由に、か。でもこんな機械をいきなり使えって言われても……隊長? 何してるんですか?」

 

 使い方も分からぬ機械をただただ睨んでいたベルティーナをよそに、イヴリンは拳銃を作業台に置いて、抜いた弾倉の型を紙に取り始めた。

 それから、ベルティーナにもあまり見馴れない図面も同時に引かれているようだ。比較的小さなパーツのようだが、何かは分からない。

 

「ボクは一旦戻ってますからね。アカリの事もあるし」

「あぁ。私は暫くここを使わせてもらう。何かあったら連絡を頼む」

 

 逃亡兵であるフリーダムウィッチーズに、この先何度訪れるか分からない装備強化のチャンス。イヴリンはそれを逃すまいと躍起になっているようだった。

 

 □

 

「なんだよ、隊長さんはまだ籠ってんのか」

 

 早朝にエルマがイヴリンたちを倉庫に案内してから、彼女は一度も姿を宿舎に見せていない。ジェイスは天辺を指す時計を見て呆れた。

 既に昼時だ。だというのに、イヴリンは機械いじりに夢中のようだった。ガン・ブルーの話は有名だ。リベリオンのガンマンを自負する彼女も、それは知っている。だが、所詮は素人。一からパーツ作りなど出来ようか。

 

「ガン・ブルーは特に自分が弄ってきた銃だからね。ブリタニア空軍時代は、よく『拳銃だけで戦うなんて正気じゃない』とか言われたって聞いたわ」

 

 マルレーヌら元『統合戦闘飛行隊』のメンバーはその歴史と進化を間近で見てきた人物でもある。

 

「自分の愛用する武器だから、他人には触らせない。気持ちは分かるもの」

 

 コーヒーを一口飲んで、マルレーヌは一息つく。

 

「噂は知ってる。箔が付くと思って奪おうともしたさ。けどよ、そこまでスゴいのか? アレは」

 

 ジェイスはあくまでも噂しか耳にしてこなかった人物。正式な名前でなく、ガン・ブルーと、ペットネームが通称になる程の戦績があるとは考えられていない。

 

「隊長が戦果を挙げる時は、必ずあの銃だったから。小型を蹴散らす時も、コアを撃ち抜く時も、いつも手には青い銃が握られていたの」

 

 フェオドラもまた、その戦いを間近で見てきた。その青い拳銃が放つ弾丸から、逃げ切ったネウロイは居なかった。

 特に、紀子と共に肉薄して行われる近距離射撃は遠距離戦を得意とするフェオドラからすれば、羨望すら抱く。果敢にネウロイへ立ち向かうその姿こそ、真のウィッチだと思いもした。

 

「でも、もう完成してるんですよね……? これ以上、イヴリンは何をする気なんだろう」

 

 午前の訓練を終えた明里は、疲弊からか椅子にもたれ掛かるようにして座っている。だが、なんとか話題には参加しようとしているようだった。

 

「見た感じ、普通の拳銃だったわね。中身がどうなってるとか私は良く分からないけど……有り得るとしたら、まずは弾倉じゃない?」

 

 ハルカもチュインニも哨戒でいない今の基地は、智子には安息の地。すぐに戻ってくるだろうが。

 とにかく、智子もイヴリンの行う改造には少々興味があるようだ。

 

「でも、このままだと身体を壊しちゃいますね。もうすぐ昼食ですし、呼んできます」

「あ、エルマさん! それなら私が行きます。場所だけ訊いてもいいですか?」

 

 エルマがイヴリンを呼びに行こうとして、それを明里が呼び止めた。

 エルマからイヴリンの所在を聞くと、彼女は少々小走り気味に部屋を飛び出していく。

 

「アレだけスタミナが余ってるなら、午後はもう少ししごいても良さそうね」

 

 明里の背中を見て、智子は少々意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「あの子、隊長の事になるとああいう風になるので、お手柔らかに……」

 

 結局、マルレーヌが代わりに頭を下げた。

 全員揃っての昼食までは、まだ時間は掛かりそうだ。

 

 □

 

 基地を走る明里。滑走路脇を走り抜け、目的地を目指す。ふと、それなりの距離を走っても息が上がらない自分に気がついた。

 訳の分からないままこの世界に来て、正体不明の敵と戦って、軍人と共に来て。

 元々明里はアクティブではあるが、スポーツがずば抜けて得意ということもない、普通の少女だ。自覚もある。

 少しは成長出来ているのか。一度足を止め、カウハバ基地を振り返る。

 

「ん……?」

 

 ふと、黒い何かが空を横切った気がした。ネウロイであれば基地で警報がなっているはず。では今、空を飛んでいる影は? 

 チュインニとハルカであれば、二人分の影があるはずだ。それは明里でもわかる。仲間を置いて帰投するなど、ほぼ有り得ない。

 

「……なんだろう」

 

 影はまるで明里を探るように右へ左へと飛び回っていた。そして遂に、太陽を背にする。

 同じ光景を見た。明里の背中をぞくりと寒気が走る。

 刀を──いや、遅い。魔法力を引き出し、両手を突き出した。シールドが展開され、刹那に基地中に警報が鳴り響く。シールドに銃弾が一発、直撃していた。

 

「バルシュミーデさん……!」

 

 魔法力解放による僅かな身体能力向上により、その姿を捉えられた。スオムスには来ないと思われていたエデルガルト・バルシュミーデ。シーラの腕と目を奪ったウィッチが、今度はピストルカービンを手に明里を狙っていた。

 

「どうした!? って、明里? 一体何が……」

「イヴリン、ダメ! 隠れてッ!」

 

 イヴリンは倉庫から慌てて飛び出してきた為に状況を理解できていない。エデルガルトが狙うなら、まずはイヴリンのはず。明里は後ろからやってきたイヴリンへ叫ぶ。

 着弾音。イヴリンの足元に銃弾が直撃する。恐ろしく射撃の精度が高い。その上、銃弾は次から次へと飛んできていた。

 明里の手を取り、イヴリンは倉庫へ引き返す。銃撃を掻い潜り、通信機を耳に嵌める。

 

「こちらカルヴァート! チュインニ准尉を含む、哨戒ウィッチを基地に近付けるなッ! 私と明里は現在、ウィッチによる襲撃を受けている!」

『把握しています。あのウィッチはこちらの交信に応えませんでした。現在、対空攻撃を用意しています。凌いでください』

 

 イヴリンの声に答えたのはハッキネンだった。いくらウィッチとはいえ、敵対行動を取ってしまっては追い払う他に無い。撃墜せずとも、対空攻撃を行えば逃げる筈。

 少なくとも、ベルギカではそうだった。

 

「イヴリンッ! あの人、こっちに来てるッ!」

「クソッ! ガン・ブルーは調整中だ、弾幕を張るしかない!」

 

 置かれていたMG34を抱え上げ、魔法力を解放すると倉庫から飛び出した。

 瞬間、耳をつんざくような銃声が絶え間なく響き渡る。薬莢は地面を跳ね回り、絶え間無い銃声は確実に聴力に影響を及ぼしていく。

 飛んでくるエデルガルトは弾幕をロール機動でかわし、瞬く間に倉庫へと近付いてくる。

 

「弾がもたないかッ!?」

 

 MG34の銃身は赤熱し、既に弾薬も打ち切ろうとしていた。弾が切れれば、イヴリンに武器はない。

 更に肉薄してくるエデルガルト。イヴリンが歯を食い縛る。

 明里は刀の柄を握り締めた。やるしかない。だが、エデルガルトもまた歴戦のウィッチだ。付け焼き刃程度でしかない明里の実力では、むしろ反撃を受けるのは目に見えている。

 

(頼るしかない……!)

 

 極力彼女に頼らない為に力をつけようとしていた。しかし、今は全員が無事に切り抜ける為にも解放するしかなかった。堀内紀子、恐らくエデルガルトの復讐を駆り立てているであろう張本人の魔法力を。

 

「くッ──!」

 

 イヴリンが限界を迎えるその刹那、剣閃がエデルガルトへ向けて走った。

 慌ててシールドを張ったようだが、イヴリンには攻撃を当てられないどころか手痛い反撃となったようだ。高度を取り、再び二人を見下ろす。

 

「き……いや、明里か」

 

 イヴリンの傍らに居たのは紀子。その姿を借りた、明里だ。危うく呼ぶ名を間違えそうになる。

 

「……困ったものだわ。私がしたことが、ここまでになるなんて」

 

 いくら明里とはいえ、記憶は紀子のものでもある。自身を睨み付ける魔女を見上げ、明里は刀を抜く。

 

「やる気なのか。間も無く対空攻撃が始まるぞ」

「そうなる前に、彼女を追い返すわ」

 

 エデルガルトが急降下と共に明里へ向かう。反対に明里は地面を強く蹴り、膝のバネで一気に加速する。

 このままでは地表で激突する。再装填を終えたイヴリンは、明里の後ろで機関銃を構えて備えていた。

 影が交差しようとしたその時、エデルガルトはシールドすら間に合わず、明里の後ろ回し蹴りに吹き飛ばされる。魔法力を使ったその力は並大抵ではなく、あたかも戦車にでも激突されたかのような勢いで、魔装脚を使用したウィッチですら地面に叩き付ける程だった。

 

「エデルガルト!」

 

 地面を転がった少女へ、明里が呼び掛けた。本来なら名も知らぬ少女。しかし紀子の記憶が、彼女との思い出を明里に教えている。

 

「何をしているの? 仲間のウィッチを狙撃し重傷を負わせて。また同じことをしに来たの?」

 

 明里の問いにエデルガルトは答えない。立ち上がろうとして、その先に立つ明里を睨み付けた。

 

「ネウロイ……」

「ネウロイ?」

「私はウィッチ……敵は、殺さないと」

 

 明らかに様子がおかしい。イヴリンも紀子の記憶を借りた明里も、統合戦闘飛行隊時代のエデルガルトではないとはっきり断定した。

 

「対空攻撃が始まるわ。投降しなさい」

「断るッ!」

 

 即答と共に、エデルガルトはホルスターから拳銃を引き抜き、明里めがけて引き金を引いた。

 直ぐ様刀で弾頭を両断する。どうやらエデルガルトは完全に二人を敵と認識しているようだった。しかし、なぜそうなっているのかが分からない。

 

「カルヴァート少尉! 明里さん! 下がってください!」

 

 声を張り上げ、存在を知らせたのはエルマだった。智子も臨戦態勢で滑走路に出てきている。

 

「チッ!」

 

 数的不利を悟ったか、エデルガルトは周囲へ拳銃射撃を見舞って牽制すると、瞬時に体勢を整え、魔装脚で飛び去っていく。

 その姿は、複数の航空学校ウィッチに目撃されていた。ウィッチの襲撃は、少なからずショッキングな事件として記憶に残ったであろうことは間違いない。

 

「……なんとか凌いだわね」

 

 刀を鞘に収めながら、智子はエデルガルトの飛び去っていった空を見上げる。

 確かに凌いだ。しかしウィッチの襲撃はカウハバ基地にとってイレギュラーだ。

 

「カルヴァート少尉、それから明里さんも。お話を伺うことになると思います」

 

 優しげだったエルマの口調も、少々きつくなる。仕方の無いことだ、名前を呼ばれた二人はエルマの言葉に従い、宿舎へ向かう。先導するのは勿論エルマだった。

 

 一体何が起きているのか。カウハバ基地の部隊にそれを語る時が来た。

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