フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと-   作:鞍月しめじ

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第三話『大脱出』

『居たぞ!』

 

 兵士の声が銃撃に変わるまで、然して時間はかからなかった。

 イヴリンは刀を構え、さも当然のように撃たれた弾丸を弾き飛ばす。そして停められていた軍用車の陰に隠れ、一息。

 

「大丈夫かい、アカリ」

「……ちょっと恐いです。なんでだろ。なんで私、こんな訳の分からないところで、こんな目に遭ってんの……? なんで──」

「アカリ! しっかりしないと、本当に君を連れ出した意味がない。もっと君から未来の話を聞きたいんだ、私は……」

 

 銃撃が止む。明里は半分パニック状態だった。

 必死に宥めるイヴリン。しかし、言葉だけでは限度があった。

 

「アカリッ」

「なん──ふえっ!?」

 

 軍用車の陰で、イヴリンは左手で明里を抱き寄せた。自分の胸に彼女の耳を押し当てるようにして。

 彼女は自分の身体で明里に訴えた。早鐘を打つ鼓動で、浅い呼吸で。

 

「私だって恐いんだ。彼らだって恐い。ウィッチも軍人も、いつも恐い。冷静を保っているつもりで、戦闘が終わったら震えが止まらない事もある」

「イヴリン……?」

「だけど、生きて帰るんだ。紀子が言ったんだ。私が彼女を撃つ間際、『私の為に生きて』と」

 

 だから、とイヴリンは紡ぐ。

 

「だから、生きてここを出る。君を連れて、ここを出る。大丈夫、必ず守る。使い魔が帰ってきてるんだ、トゥシャールはただ私に罵詈雑言を浴びせに来たわけじゃない」

 

 イヴリンは明里の手を取り、深く息を吐いて、軍用車の陰から飛び出した。

 後を追うように銃弾が地面の土を抉っていく。それでも速度を落とさない。落としたら、二人とも撃たれてしまうから。

 ウィッチは頑丈だが、それでも銃弾で撃たれてしまえば分からない。明里などもってのほかだ。

 

『イヴリン貴様ァッ! ビューリング少尉にでもなったつもりかッ!』

「ひどい言い種だな。私は彼女ほど皮肉屋では無いよ──っと!」

 

 兵士の口車にも乗らず、明里を背中へ回り込ませてからイヴリンは刀を大きく斜めに振り上げた。

 刀から起きた風圧が兵士たちを薙いでいく。無血のまま無力化していく。

 

「よし。紀子の見よう見まねだが、出来たな。走れアカリッ! 走れ!」

 

 もうすぐイヴリンが予定していた出口だ。だが、歩哨が小銃を構えて立っている。

 

「イヴリン! 駄目ですっ!」

 

 明里の足が止まった。撃たれる。イヴリンの身体は考えるより早く、明里を守るために動いた。

 刀を地面に突き立て、明里のか細い身体を突き飛ばす。銃声と共に、小銃弾がイヴリンの右腕を掠めた。

 地面へ滑り込んだイヴリンはホルスターから1911拳銃を引き抜き、横倒しのまま歩哨の右腕、左膝と的確に一発ずつの発砲で撃ち抜く。

 

 ほんの数秒の出来事。明里にも何が起きたか分からない。イヴリンが自身を突き飛ばし、右腕から血が噴き出して痛みに顔を歪めたかと思えば、彼女は撃ち返していた。

 頭の中が空洞にでもなったかのように、イヴリンの拳銃が放った銃声が明里の中で反響している。

 

「イヴリン!」

「大丈夫! ……ッ! アレだ、あのジープまで走れッ!」

 

 歩哨の倒れた先に、綺麗な軍用車が停まっている。

 敵の車ではないのか、二人を見つけてもドライバーが攻撃を仕掛けてこない。

 突き立てたままの刀を引き抜いて、左手に拳銃を持ち変え、イヴリンは後ろに迫る兵士たちへ威嚇射撃しながら明里の後を追いつつ後退する。

 

「イヴリン早く!」

「よし、よしッ! 出せ出せ!」

 

 バンタムジープの後部座席へ、明里の後に乗り込んだイヴリンが運転席を叩く。

 黒い布で頭からすっぽり包んだ謎のドライバーは素早いギアチェンジと共に車を発進させる。あまりの急加速に、後部の二人も危うくもみくちゃにされる所だ。

 

「少尉はともかく、その人は誰?」

 

 助手席から振り返って問うのはマルレーヌ。怪訝な目を向けられ、明里も思わず身をすくめる。

 

「私の恩人だよ。彼女も連れていく、無実の罪で危うく処刑されかねなかったからね」

「恩人って、私なにもしてないですし……」

「私が勝手に恩を感じてるだけかも。取り敢えずは安心だ。これ、新型のジープなんだって?」

 

 マルレーヌへイヴリンが問う。あたかも自身の手柄のように、マルレーヌが胸を張る。

 

「ええ。最高の乗り心地でしょう? きっと、後世にはリベリオン製自動車は広く伝わるんでしょうね」

「これ、ジープですよね? 私でも分かります。車に興味なくても分かるくらいの、軍用車の代名詞ですよね?」

 

 はい? マルレーヌが明里を睨む。

 

「あのねぇ。この車は、つい二年ほど前にリベリオンからブリタニアへ貸与されたものよ? 代名詞になるのはまあ、間違いないだろうけど」

「まあまあ。とにかく、上手く行った……長かった」

 

 今は明里の事をマルレーヌに話したところで混乱が増すばかりだ。イヴリンはひとまず喧嘩腰なマルレーヌを宥めると、背もたれに深く寄り掛かる。

 刀を鞘へ収め、拳銃には安全装置を。小銃は明里から預かった。

 

「あの、イヴリン?」

「何?」

 

 不機嫌なマルレーヌの長い髪を遠慮がちに眺めつつ、明里はイヴリンへ訊ねる。

 

「えっと……ブリタニア? の軍人さんがイヴリンに言ってた『ビューリング少尉にでもなったつもり』って、何だったんですか?」

 

 ああ、それか。イヴリンから深い嘆息が漏れた。

 

「1939年、スオムス義勇独立飛行中隊で戦ったブリタニア空軍のウィッチだよ。命令違反が多くて、ついたあだ名は『スクリューボール』。たしか銃殺刑になりかけたことが三回だったか。すぐにスオムスに行っちゃったし、何回かしか会ったこと無いけど、私が会った時はくらーい皮肉屋だったな」

「それはひどいな。三ヶ月も銃殺刑執行を待っていたウィッチの台詞じゃない」

 

 明里の聞き覚えの無い声がした。運転席からだ。マルレーヌではない。

 イヴリンも目を丸くする。運転手は顔を隠していた布を剥ぎ、車外へ放った。

 

「ビューリング!? ブリタニアに帰ってたのか!?」

 

 ジープを運転していたのは、ブリタニア軍兵士がイヴリンと重ねた女性だった。整った顔立ちに、気だるげだが鋭い目付き。

 気付けば煙草までくわえていた。

 

「色々あってな。『ガン・ブルー』が三ヶ月前に営倉行きと聞いて柄にもなく心配したが、まさか本当に私に憧れでもしたのか?」

「紀子も私も、憧れてはいたよ。けど、君とは違う」

「意外と連れないな。イヴリンは牢でもこんなだったか?」

 

 ビューリングと呼ばれた女は明里へ振り返る。完全なる前方不注意。更にうっすら吐息から漂う酒の匂い。飲酒運転らしかった。

 

「いえ、すごく良くしてくれました。あと、前は見てください」

「つまらん。スリルが大事だろうに、こういうのは。そこの崖っぷちに片輪落とすとか」

「ぜっ──たいにやめてくださいね? 少尉」

 

 助手席にいるマルレーヌからも釘が刺さった。

 つまらん。ビューリングは煙草を吹かして呟く。

 

「せめて音楽でもあればな。ひたすら道無き道、聴こえてくるのはギシギシギシギシと、サスペンションの騒音に、友人の連れない言葉ばかり。ギシギシ聴こえてくるのは、トモコの部屋だけで充分だ」

「文句ばかり言うな。サウンドボックスなんか無いぞ」

 

 ねちねちと文句ばかりのビューリングへイヴリンが返す。

 そこへ切り込んだのは意外にも、今まで固まっていた明里だった。

 

「音楽ですよね? 少しくらいなら……」

「ほう? サウンドボックスを組み立てて、新型のジープを蓄音機にでもするのか? それとも、お前が自慢の歌声を披露するのか?」

「えっと……電波無くても音楽は聴けるから──」

 

 明里がスマートフォンを取り出すと、ウィッチたち三人の視線が集中する。もはやビューリングなど、ステアリングを軽く触れる程度だった。

 

「なんだこれは。ずいぶん薄いな、折れないか不安になるぞ」

 

 少々不安そうにビューリング。

 

「指で触ると動いてる? なにこれ、魔導具? あんたもウィッチなの?」

 

 ウィッチ疑惑を投げ掛けるマルレーヌ。

 

「そういえば回収していたな。それも、2020年とやらから持ってきてるのかい?」

 

 事情を知るイヴリンだけが、少々分かっているようだったが不思議そうに眺めている。

 

「2020年? 80年近く先だな。残念ながら私は死んでしまっているが……。ビューリング家の跡継ぎはどうだ? 銀行強盗の夢は叶ったか?」

「え? ちょっと待って、意味がわかんない」

 

 やはり混乱を招いているようだった。ビューリングに関してはそうではないようだが。

 明里は言語から推測して、英語の音楽をチョイスする。この時代にはまだ無い、UKロック。ロックというジャンルが確立するには、まだ三十年は先になる。

 

「少しやかましいな……」

「ごめんなさいイヴリン。止める?」

「…………いや、止めるな。悪くないぞ、その感じ。全く触ったことはないがな」

 

 ステアリングを操るビューリング。その白い指が、リズムを刻むようにステアリングをノックしている。

 心なしか乱雑だった運転は落ち着きを取り戻している。

 

 ジープは森を行き、ようやく減速する頃には夜になっていた。

 暗い森の中、小さなキャンプ地が焚き火の灯りを放っている。

 

「目的地はあそこだ。私は忙しいから行くが、まあ頑張って逃げてくれ」

「ありがとう。君も元気で」

 

 刀を背負い、小銃を抱えて車を降りたイヴリン。明里とマルレーヌも降車し、運転席のビューリングを見送るべく待機する。

 

「全く、調子が狂う。少しは言い返して来い。じゃあな」

 

 イヴリン、マルレーヌの敬礼に見送られ、ジープは森の奥へと消えていく。

 明里には軍隊流の敬礼など分からなかったから、精一杯頭を下げてから手を振る。

 掴み所の難しい人物だったが、明里は見た気がした。ビューリングが明里へ見える程度に手を振るのを。

 

「さ、少尉たちはこっちへ」

 

 マルレーヌがキャンプへ二人を招き入れる。数時間車に揺られ、いつしかマルレーヌの明里に対する警戒心も薄れていた。

 二人は案内されるまま、キャンプへと歩いていった。




思ったより短くなってしまった……。

もともとややこしくなるので、ビューリングなどは出す気がありませんでした。1942はちょうどアフリカの魔女ですし。本来ならマルタ島にいるはずなんですよ。
しかし、気付いたら出していました。
行く直前にわざわざ来てくれた、ということですね。

あとさらっと爆弾発言してますが、穴拭さんはちゃんと抵抗してます。食べられてないし、撃墜もしてません。
なんなら私はビュー智です(?)
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