フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
断崖で、イヴリンは紀子に並び立った。
彼女の顔は深刻そうで、紀子にはその顔をうかがわずとも分かった。
「随分悩んでるわね、イヴ」
太刀を片手に、紀子が浮かない顔をしたイヴリンに語り掛ける。
崖の向こうには、大きな海があった。二人はそれを見下ろしていた。
「私、不安なんだ。みんなを引っ張れる存在になれるのかどうか」
「そうね。確かに、私も不安だった」
海の向こうから照り付ける朝陽。柔らかい太陽の灯りは紀子の刀を照らし、刃は眩く煌めきを返す。
隊長である魔女、堀内紀子。彼女にはイヴリン以上の重責があった。全ての責任は彼女が負うのだ、マイナスもプラスも全て。
「昔ね、扶桑で海軍所属のウィッチに会ったの」
語る紀子の右手で、刀がくるりと翻る。重さを感じさせない扱い、そして本人も意識しているようには見えない。それほど馴染んで、自然だった。
「海軍の? 扶桑の陸と海は仲が悪いって噂があったけど……」
「そうだった? まあ、とにかく彼女も扶桑刀使いでね。結構色々話したわ。豪快に笑う、本当に気合いでなんとかする人だった」
それでね、と紀子は繋げる。
「彼女には口癖があったの。『ウィッチに不可能は無い』って」
「……人生楽しそうだな、そいつは」
「でも、私たちに可能性はまだまだあるとは思わない? まだまだ限界は見えていないし、この先どんなウィッチに出会うか、現れるかもわからない」
「確かにそうだが……」
言うは易しだな。イヴリンはその言葉を飲み込んだ。
朝陽を浴びる紀子の後ろ姿に見とれて、そんな言葉も出てこなくなった。真っ白に染まるような、強い陽光を浴びる紀子。その刀を携えた後ろ姿は強く在り、そしてどこか儚げだ。
「もし分からなくなったら、考えに詰まったら、彼女みたいに物事を単純化して笑ってみたらいいんじゃないかしら。『はっはっは!』なーんて、大きな声で笑えたら悩みも吹き飛びそうでしょ?」
「……かもしれないな」
「だから安心して。あなたに任せたのは、間違いない。もし二人で詰まったら、二人で笑いましょう。ね?」
また紀子の右手で刀が翻った。逆手に持ち変えられた刀は刃の腹で鞘の口をなぞり、そして納められた。
世界が白に染まる。紀子の姿が呑み込まれていく。
「……朝か」
次に目を覚ました時、イヴリンは森の中に居た。焚き火は消え、キャンプ用品は幾つか片付けられたようだ。
隣で寝ていた明里の姿が無い。寝ぼけ半分の頭を叩き起こして、イヴリンは身体を起こした。
「詰まったら笑え、か。フッ……ガラじゃないよ、紀子」
刀を取り上げ、ゆっくりとその白刃を持ち上げる。
周囲に人は居ない。見回りだろう。
柄を握りしめ、そして真っ直ぐに振り下ろす。そこから右に薙ぎ、重さに振り回されるまま身体を一回転させ、勢いをつけつつ左へ一気に切り返す。
「……私に使いきれるかも、私次第。ウィッチに不可能は無い、か」
紀子が出会ったという、扶桑人の言葉。又聞きでしかないが、今思えばそうなのかもしれない。
基地脱出でも、紀子の見よう見まねだけで剣風を操った。自分でさえ可能性が秘められているかもしれないのだ。この先どんなウィッチに出会うか、それもわからない。
「分かったよ。代わりに探してみよう。君の代わりに、皆と生きて。そして、ウィッチの可能性を探してみよう」
手で刀を翻し、逆手で鞘へそれを納める。木々の間から漏れる光が刃を煌めかせ、そしてそれは鞘へ吸い込まれて消えた。
「あ、少尉。起きました?」
「ベルティーナか」
刀を背中に背負い、声をかけた主へ振り返るイヴリン。
見回りから戻ったらしい、茶髪のショートカットの少女がそこにいる。ベルティーナだ。
「アカリなら先に起きて、ボクらが概要を説明しましたよ」
「ふう。私と交替しなかったのか、見回り」
明里を起こした訳でもなさそうだ。かといって、イヴリンも寝過ごすような人物ではない。起こされれば気付く。
それが無かったのだ、恐らくマルレーヌ、八重、ベルティーナ、フェオドラで深夜の見回りを終わらせたのだろう。
「バレました? これから世話になる方々に、起きてくれなんて言えませんからね。休みなら四人で交替しながら取ったんで、問題ないです」
「そうか」
情けないが、思ったより心配はなさそうだ。イヴリンは納得する。
そうと決まれば、長居は無用だ。作戦を決めなければ。
なにしろウィッチである元隊員たちはストライカーユニットがあれば良いものの、明里は人間だ。魔装脚を履く力はない。つまり、明里だけは空を飛べない。
「アカリは納得するかな」
「何か考えがあるんでしょ? 待ってますよ、彼女」
「ありがとう。伝えに行くか」
ベルティーナに寝床の整理を任せ、イヴリンは焚き火をしていた場所へ赴く。
メンバーは勿論、明里も燃えかすになった焚き火跡を囲んでイヴリンを待っていた。
「おはようございます、少尉」
最初はマルレーヌからだった。昨日までのつんけんした口調はウソだったかのように、柔らかな口調。そしてしぐさだ。
挨拶が終わり、イヴリンは明里へ視線を向ける。彼女は問う。
「アカリ、寝る前に言ったね? 何があっても、私を信じてくれるかって。変わりはない?」
「無いです。ベルティーナさんたちからも、無茶になるだろうって聞きました。でも、それでも私は付いていくって決めたんです」
そうか。イヴリンは感慨深げに頷いた。
「トゥシャールの見つけた基地への移動は、彼女の言う通りに進める。アカリ、君は私が抱える。絶対に落としたりしないから。約束する」
「……ッ! そうなるだろうとは聞いてたけど──。わ、わかりました!」
ぐっ、と覚悟を決めたらしい明里。口を堅く結びつつ、彼女はイヴリンを見上げた。
「よし、待たせておいてなんだがストライカーの起動は目立つ。ブリタニアの追撃がここに及ばない保証もない、動こう」
『了解!』
全員が動き出す。明里も立ち上がり、皆に付き添った。
木の陰には彼女の見慣れない、奇妙な機械があった。マルレーヌたちはそれを脚にはめると、イヴリンがそうしていたように、各々違う動物たちの耳と尻尾を生やす。
けたたましいエンジン音と共に、彼女たちは木伝いに空へ上がっていった。
「不思議かい、アカリ」
「それは、まぁ……」
イヴリンもストライカーユニットを装着しながら、明里へ訊ねる。濁したが、不思議でない訳がない。
脚にちょっとした機械を装着するだけで空を飛べるなんて、2020年の人間が知ったら大騒動だ。空の歴史が書き変わりかねない。
「これはストライカーユニット。そうだね……アカリは、魔女の箒はわかる?」
「あ、はい。魔女といえばって感じです」
「うん。そう、これは今を生きる魔女の箒なんだ。このストライカーユニットには、魔法力を増大する効果もある。魔法力を使って駆動する。言うなら、燃料としても使われてる」
「ガソリンとかじゃないんですね……」
「ストライカーユニット自体、ウィッチ専用武装だからね。人間の常識は通用しないんだよ」
青い魔方陣がイヴリンを中心に広がる。基地で見た、イヌワシの翼が頭から伸びる。長く綺麗な尾羽が腰から尻にかけてを隠した。
見とれてしまうような変貌を遂げながら、イヴリンは魔導エンジンの始動と共に空へ浮き上がる。
「アカリ、もう一度言うよ? 私は、君を絶対に離したりしない」
「うん。私は、イヴリンを信じるから」
空から手を差し伸べるイヴリン。明里がその手を取ると、思いの外力強く空へと引き上げられた。
空で抱き抱えられると、イヴリンの横顔がすぐ目の前だ。明里の時代で言えば『お姫様だっこ』とでも言われる体勢、彼女も憧れはした。
しかし、まさか体験するのがそんな言葉がありもしない異国の、しかもそんな概念さえあるか分からない1942年の空の上でとは思わない。
「……ッ!」
真っ直ぐに前を見据えるイヴリンの力強い眼差し。それを真横で見ると、同性であっても照れてしまう。空中にいる恐怖心など、それだけで上書きされた。
既に森を抜け、遠くには市街が見えている。
〈ロンドン市街は避けましょう。基地はもう少し先──ガリア近辺になります〉
マルレーヌからの通信。隊は高度を落とし、広大な街をわずかに掠めるような軌跡を描く。
〈ロンドンにいても良かったんじゃない?〉
〈どうせ同じブリタニア。すぐに捜索の手が伸びる〉
〈それもそっかぁ〉
ベルティーナの言葉をバッサリと切り捨てた八重。世界がネウロイに注視している。
観測人員に見つかれば、間違いなく逃げ場がなくなる。ロンドンの端を飛び、ウィッチを見上げる人々へ小さく手を振るベルティーナ。
「今はあまりサービスするなよ。目立ちたくない」
〈大丈夫です。ボク、純粋な人間は見分け付きますから〉
「お前の過去も
そういう問題じゃない。イヴリンが小さく息を吐く。
しかし、なんにせよウィッチが低空編隊飛行で街を抜けていくのだ。その時点で『目立たない』という目的は破綻していた。
「誰も嫌がらないんですね。聞く限り、ウィッチは戦争の象徴なのに」
明里がイヴリンへ語る。彼女の知る限り、ウィッチとはネウロイという人類の敵との戦争の象徴だ。
現代でも軍人は一部の人間に忌避される事がある。何より、ウィッチいるところにネウロイ在りのような世界らしい。
石でも投げられると思ったものだが、人々は好意的に手を振り返していた。
「ネウロイを退けられるのはウィッチだけだからね。広報の甲斐もある。勿論嫌われてないわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「知らないだけで、いるかもしれない。それに、私たちが挙げる戦果は上層部の人間には邪魔だ。少なくとも、軍上層部には嫌われてるのが大半だろう」
内輪揉めは良くあることだ。イヴリンは語る。
明里も予想は出来た。明里の居た時代でだって、内輪揉めは日常茶飯事だった。ソーシャルネットは『炎上』と呼ばれる個人思想の罵詈雑言まみれ、現実でだってそうだ。笑顔で並ぶ友人同士が、その実は足で脛を蹴り合ってるような事が何処でもある。
そう考えると、人類が一丸となっているであろうこの世界はよほど平穏なのかもしれない。ネウロイという存在さえ除けば。
〈間も無くです。高度を下げます、ついてきてください〉
案内飛行で先頭にいたマルレーヌが更に高度を下げる。後に続いたウィッチも次々に高度を下げ、イヴリンも下降する。
「わあ……」
地面に手が届きそうな高さ。そこを非日常的な速度で通過する。たまに見えるようになった残骸が、戦争という事実を突き付けるがそれ以上に綺麗な世界だった。
声を漏らし、手を伸ばす明里。しかし、それはイヴリンによって慌てたように引き戻された。
「危ないぞ! もう少しだろうから、辛抱してくれ」
「あう……ごめんなさい……」
「あ、いや……。私もごめん。けど、怪我をさせたくない。それは分かって」
「うん……」
頷く明里。イヴリンも気を張って飛んでいる。それを理解しなくては。
かなり低い高度を飛んでいるが、明里が右手側から進行方向前方を見ると、大きな軍事基地が見えてくる。
遠くから見ても分かるほどに人気がなく、稼動しているようには思えなかった。
〈あれです。一通り探索しましたが、ガリア、ベルギカ近辺からのネウロイ襲撃により撤退したものかと〉
「随分でかいが、取り返しに来ないか?」
その大きさにはイヴリン自身も驚いた。単なる急造の前線基地ではない。それこそ、ブリタニア軍が始めから置いていたかのように思える立派な基地だった。
〈取り返しに来る頃には、ボクたちは別な場所にいくって寸法だよ。今はベルギカ、ガリアも戦線になってる。通信を引き直して、必要そうな場所に出てはあそこへ帰ることになる〉
ベルティーナがイヴリンへ振り返りつつ、交信を入れる。
まさに渡り鳥か。イヴリンが微かに唸る。そして、そう上手く行くか不安に思う彼女も居た。
しかし何より、まずは着陸だ。発進機が無いことが今唯一の難点だが、補給くらいは可能だろうか。
順番に降りていく僚機を追い、イヴリンも着陸。倉庫の中へと皆を追った。
「到着。無事に行ったね……」
フェオドラが揃った全員を見渡し、告げた。
確かに人はいなく、大事もなかった。強いて言うなら都市通過で多少目立ったことだが、特に問題はなかったように思える。
明里を下ろし、イヴリンも一息吐いた。
全員ユニットを外し、綺麗に並べ置く。
「それで、どうするの?」
八重がマルレーヌへ視線を向けてから、イヴリンへ判断を仰ぐように問い掛ける。
「物資を捜そう。雨風を凌げる宿舎はあるから、保存食と武器、弾薬だな」
「あとは車かしら。ガソリンがあれば、誰かがロンドンへ買い出しも行けるわ」
マルレーヌが言う。今のところ問題になるのはイヴリンと明里だ。買い出し自体は、その他のウィッチに任せれば良い。
「よし、手分けしよう。明里は私についてきて。車と燃料はそうだな……ベルティーナとマルレーヌ、食料弾薬は私、フェオドラ、明里。八重、申し訳ないがもう一度この基地を検めて欲しい」
「分かった。何かあったら連絡する」
「ああ、頼む。君の察知力が頼りだ」
頷いた八重。一足先に倉庫を出ると、八重はそのまま駆け出した。
「我々も捜そう。無線はそのまま、何があるか分からない。連絡は密にやるぞ」
『了解』
イヴリンの指示の下、グループに分かれる。
それぞれが物資を捜しに倉庫を出た。
「明里、最初の仕事はここで食料を見つけることだ。車とガソリンは考えなくていいし、気になったら何でも訊くこと。勝手な判断は許さないし、許可もしない。だから何かあったらすぐに訊け、いいね?」
「は、はい!」
「……もし、隊長に訊きにくかったらわたしが居るから。だから、気になったら訊いてね?」
フェオドラの柔らかな声に、明里も一種の安心を抱く。先に出た車両、燃料組を追うように、食料組も倉庫を出た。
彼女たち、戦線離脱者最初の任務はまず、生き延びる術を確保することだった。
彼女たちももはや、ただの戦線離脱者になります。
ここからの巻き返しをお楽しみに。
でもちょっとゆっくりした話もそろそろ挟みたいですね……。
冒頭のウィッチ、誰かはもう言わなくても分かりますよね(