フリーダムウィッチーズ-あなたがいたからできたこと- 作:鞍月しめじ
宿舎へやってきた明里たち。部屋は各隊員二人部屋で用意され、放置されたことで少々カビ臭くなってはいたものの、床で寝るよりは圧倒的にマシであろうベッドが、それぞれ全員分しっかり整頓されていた。
「これ、フェオドラが一人で?」
建物の損傷はともかく、塵や埃にまみれていたであろう部屋は、ずっと綺麗に掃除されていた。マルレーヌはその光景に目を奪われつつも、フェオドラへ問う。
「はい。……建物の見回りも終わって、時間はたくさんありましたから。部屋はこちらへ」
フェオドラは各々を部屋へと案内していく。おおまかに部屋割りは決めていたらしい。
隊長であるイヴリンも、作戦に関係の無いところには比較的寛容だ。むしろフェオドラに任せていたかもしれない。
マルレーヌはベルティーナと相部屋、八重はフェオドラと。
イヴリンと明里は同じ方が互いに安心だろう。故に、彼女たちの相部屋はすぐに決めたという旨をフェオドラが説明すると、間髪入れることなくベルティーナから不満が上がった。
「ボクがアカリについた方が良くないかい? 隊長ばかりズルいよ」
「ズルい、ズルくないの問題じゃないでしょうに。というか、アンタそんなにアカリを気に入ったの?」
マルレーヌは、自分本意に駄々をこねるベルティーナを、腰に手を当てつつ睨み付ける。ライオンを使い魔とするに相応しい、まさに猛獣の威嚇とでも言うべき威圧にも、ベルティーナは屈しなかった。むしろ「ああ、そうさ」と逆に胸を張って肯定して見せる。
「気に入ってるよ。それに、ボクだってもっと未来の話が聞きたいしね?」
「……アンタの善悪見極めるその眼は、確かに信用出来るわ。けど、アカリの意思はどうなのよ?」
他人事ではないのだが、完全に蚊帳の外にされてしまった明里は「私、ここに居ますよ……?」と小さい声で存在をアピールする。しかし、今回ばかりはそれでは止まらなかった。知的探究心をくすぐられるのは、何もイヴリンだけではないということだ。
「隊長ばかりズルいだろう!? ボクももっとアカリと仲を深めたいよ! そうだよ、親睦を深めるべきだろう!?」
一歩踏み出し、マルレーヌへ詰め寄るようにしてベルティーナは語る。
「とうとう
対したマルレーヌも一歩も退かず、むしろ拳を握り締めて応戦した。
「なっ……!? そんなこと無理矢理なんてしない! ボクは野獣じゃないんだぞ!」
売り言葉に買い言葉で、最早収拾が付かない。元々引っ込み思案ぎみのフェオドラも完全に狼狽えてしまっていたし、明里も口を挟むべきところを見失ってしどろもどろだ。
ただ、一歩を踏み出さない訳にもいかないわけで。なにより放っておくと、話が大変な方向へと、嵐のごとく飛んでいきかねなかった。
「あ、あの! 未来の話が聞きたかったらまたお話しますから、フェオドラさんの部屋割りで行きませんか? もしくは、イヴリンが戻るまで待つか……」
どうにでもなれ、といった覚悟があった。とにかくこの言い合いを止めないことには、何も事態が動かないと明里は悟った。銃を向けられたらそれまでだと。
「アカリが言うなら……。じゃあ、次の基地では相部屋になってくれるかい?」
口論の激昂したテンションから一転、ベルティーナは少々屈み込んで明里を下から見上げつつ、懇願するように訊ねた。勿論、明里本人としても拒否するようなことはない。
「いいですよ。私も色々お話聞きたいですし」
明里の快諾と共に、ベルティーナが「やった」と小さくガッツポーズを見せた。
部屋割りでの揉め事が終息すると、指令室からイヴリンと八重が戻ってくる。
「綺麗になってるな……。フェオドラ、助かるよ」
宿舎を最初に確認した一人であったイヴリンは特に、その驚きはひとしおだったようだ。
「いえ……。部屋割りは決めちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
フェオドラが問うと、イヴリンは予想通り「大丈夫だよ」と問題無さそうに頷いた。明里が相部屋であることも分かっていたようで、それ以外でも彼女が不満を漏らすことは無い。
「食事の前に、指令室の状況を共有する。通信器機はあらかた直したが、予断は許さない。復帰を確認してすぐ立場を隠し、グツェンホーフェン空軍基地に連絡したが、やはり状況は芳しくないようだ。『ウィッチがいるなら送ってくれ』と懇願されたよ」
目的地は変わらずベルギカである。イヴリンはそう語っているようだった。
やはりか。ウィッチたちも特に驚いた様子ではない。彼女たちは無許可で戦線を離脱している。今や逃亡兵同然、大きな戦線はカールスラントなどもあるがリスクが高すぎる。
いや、リスクなどどこの戦地も変わりはしない。ただカールスラントは1939年辺りから各国がウィッチを次々に送り込んでいたし、イヴリンという良くも悪くも比較的広く知られた存在を、あの『大舞台』とも言うべき場で披露するには早すぎるのだ。
だからまずは優先順位が各国から比較的低い国へいく。本来ならばもっと小さな戦線であるだろう北欧、スオムス辺りにでも顔を見せるのが一番確実。しかしそれも、ウィッチだけならの話だ。
一般人を乗せる貨物機などの支援を受けられない彼女たちには、明里を移動させる方法が直接搬送以外に無い。そうなると、スオムスはあまりに遠い。現在コネクションが持てて信頼の出来る軍属の人間ないし、ウィッチもいない状態では双方に負担だ。
故にベルギカ。一度ガリアにあるネウロイの巣付近は迅速に通過し、グツェンホーフェン空軍基地へ入れるように顔を売る。それがイヴリンの出した答えで、大きく見たマルレーヌの計画とも言えた。
そしてベルギカはウィッチを求めている。これは好都合だった。
「陸も空も休む暇がないって。義勇兵としてウィッチは来たけど、カールスラントを主に大体がベルギカより優先されている」
弓を壁に立て掛けて、八重は語る。
「すぐ隣の国なのにね、カールスラントからベルギカなんて」
マルレーヌは少々物憂げに目を伏せ、壁に寄り掛かった。「だからこそだろうけど」と最後に付け足しつつ。
「そうだね。ほぼ海も挟まないから、カールスラントからダイレクトに奴等は来る。ライン川とかはともかくね。ガリアには巣もあるし」
カールスラントでのネウロイの討ち漏らし、ガリアからは巣から新たな発生がある。それが両国からベルギカに流れている。そう考える事も出来た。
ベルティーナもどこか淋しげだ。
「川になにかあるんですか?」
ベルティーナの言葉が、明里には少々引っ掛かった。
「ネウロイは水を渡れない。海を越えるには、奴等も空を飛ぶしかないんだ」
イヴリンが腕を組みつつ語る。大戦線、カールスラントとベルギカは川を除けば陸で続いている。ネウロイが流れるとすれば、かなりの被害が想定できる。
しかも国の反対側はネウロイの巣。両側から圧迫され、潰されるのも時間の問題に思えた。
「どうします? 隊長。ガリアを掠めるように飛べば、アカリを乗せたまま戦うことになりますよ」
「ガリアには近寄らない。更に外れを飛ぶさ。ベルギカ北部から直接上陸だ」
少々楽観視も入っている。しかし、危険だからとしり込みしていては彼女たちに未来はない。自由はなく、いつかは捕らえられ銃殺が待っているだけ。だからイヴリンは、敢えて難しくは考えなかった。
紀子の教えか、煮詰まりそうになったから笑う。それはつまり、深く考えるより動いてみろという意味になるのではないか。彼女はそう考える。
「まあ、ベルギカの軍に恩を売るのは有りですね。犯罪者だろうとしっかり働けば、働いてる間くらいは使ってくれるでしょうし」
マルレーヌの作戦も、一歩間違えれば全員を破滅させかねないものだ。中には利用するだけ利用して、使い捨てようとする者や軍もいるだろう。だが、そんなことは百も承知。それを分かっているからこそ、イヴリンの力をより強く知らしめる必要があるのだから。
「じゃあ、本日就寝の前に、夕飯にしましょう! イヴリン、缶詰はあったよね?」
両手を合わせ、明里は笑顔で話題を切り替える。煮詰まってはいけない。まずは食事だ、空腹だから腹も立つのだ。
明里の提案はある意味、円滑な相談を進めていく為のものでもあった。
□
すっかり陽も落ちて、辺りは漆黒の闇に包まれている。周辺を照らすのは、場こそ変われどまた焚き火だった。
基地の中からかき集めた紙片、木屑。あらゆるものを集めて、棄てられていたオイルライターで火を点けた。
今回違う点があるとすれば、部隊で食事を摂っていること。缶詰ではあるが、軍用食だ。間違いなく腹は膨れる。
飲料は大小様々な石と砂を拾ってろ過し、更に火に掛けて殺菌した湯冷ましだ。給水塔は生きているが、明里が確認した通り、そのままではとても飲めたものではなかった。
「アカリ、こっちの缶詰美味しいよ? 一口交換しないかい?」
「いいですよ」
ベルティーナが明里にすり寄り、缶詰の中身を掬って明里の口元へ運ぶ。
「はい、アカリ」
「あ、はい。……あむっ」
なにも特別なことなど考える事もなく、明里は差し出された食事を口へ入れる。
望んだ反応を得られなかったのか、少々ベルティーナの表情が曇る。それを右斜め前から見ていたマルレーヌは見逃さず、「そら見なさい」と蔑んだ。勿論、聴こえないように。
「あ、交換でしたね。じゃあ、こっちもどうぞ」
「むぅ……。──ん、こっちもいいなぁ」
普通に差し出された缶詰へ、ベルティーナは自身のフォークを刺し入れて料理を口へ運んだ。
咀嚼しつつ、ベルティーナは思う。自分はきっとまだまだ甘いのだと。
フェオドラも八重も、比較的明るく周囲へ接していた。やはり食事は大事だと明里が納得した時、彼女が羽織るジャケットのポケットの中で何かが振動した。
入れているのはスマートフォンだ、そんなことあるハズがない。しかし、明里は端末を取り出すと画面を点灯させる。
その一挙一動はやはり、ウィッチたちには不思議に映るのだろう。会話は少々控え目に、だが画面を見て目を丸くする明里を注視していた。
「どうして……」
「何かあったか?」
イヴリンが明里の傍らに座り、その画面を覗き見た。到底彼女には理解の出来ない表示が画面いっぱいに映し出されている。
「どうかしたの? アカリ」
「どうして、ラインが来るの? ユーザー名も知らない人から、何も書かずに」
明里のスマートフォンはバッテリーが生きている。しかし、電波などがなく使用できるのは電卓やカメラ、音楽プレイヤーなどネットワークを使用しないものだ。
ソーシャルネットの類いは一切機能しないし、繋がる訳もない。それが差出人が一切不明のまま、彼女の端末に届いた。
イタズラなど有り得ない。端末は完全にネットワークから外れているし、ウィッチたちはスマートフォンの操作など分からない。「一体なんなの……」不気味な通知を眺め、明里は傍らのイヴリンに身体を預けた。とにかく夜の雰囲気と謎の通知から来る寒気を、人に触れる安心感で打ち消してしまいたかった。
「大丈夫だ。何があったか、私には分からないけど君の事は私たちが見てる」
「……うん、ありがとう。イヴリン」
揺れる炎が眠気を誘う。今日は基地探索でかなりの体力を使っている。
そのままイヴリンの腕の中で、明里は寝息を立ててしまった。困ったようにマルレーヌへ視線を向けるイヴリン。しかし、返ってきたのは肩を竦めて「分からない」と同じく困った声色の声だけだった。
本日より、タイトルが『フリーダムウィッチーズ-あなたがいたから出来たこと-』に変更されました。
自由を捨て、しかし自由を求めて戦う彼女たち。
いよいよ次回はベルギカへ向かう準備です。